ヘリオス44 3世代 ロシアンビオター 前編 | シネレンズとオールドレンズで遊ぶ!

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カメラマンヨッピーのブログ。シネレンズやオールドレンズなどのマニュアルフォーカスレンズをミラーレスカメラに装着して遊び、試写を載せていきます。カメラ界でまことしやかに語られているうわさも再考察していきます。

ロシアレンズの2枚看板は「ジュピター」と「ヘリオス」。中でもジュピター9とヘリオス44の人気は根強い。
これらのレンズはどちらも周知の通りドイツのカール・ツアイス社のレンズのコピー品だ。しかしただのコピー品であればこれらのレンズがここまで人気を獲得することはなかったのではないかと思う。

ジュピターシリーズは主にカールツアイス社のルードビッヒ・ベルテレが発明したゾナーやビオゴンのコピーとして知られている。これらは1945年の第二次世界大戦におけるドイツ敗戦時に旧ソビエト軍に戦利品として接収されたものがベースになっている。これに関しては詳細な記録が残っていて同時に接収されたContaxⅡとContaxⅢもKiev(キエフ)として旧ソ連が生産を続けることとなる。一方西ドイツのカールツアイス社はContaxの工作機械を喪失してしまったことにより生産不能に陥り、ContaxⅡa,ContaxⅢaを再設計する必要に迫られた。

一方ヘリオス44はBiotar58mmF2のコピーレンズとして知られているがいつごろ誰によってコピーされたかは不明である。ヘリオス44はカール・ツァイス社のビオター5.8cm F2 (キネ・エキザクタ用)をモデルに設計されているというのが定説である。
旧ソ連では1950年ごろにクラスノゴルスク機械工業(KMZ)BTK(Biotar Krasnogorsk/ビオター・クラスノゴルスク)という試作品が作られている。ドイツの敗戦より1年前後は事実上の特許無効期間があり世界中の国々がドイツ製品を模倣した。この期間にヘリオスもコピーされたという説もあるが、実はロシアに存在するレンズカタログには古今東西のレンズと同構成のものが多数存在する。これらが本当に生産されたかどうかは不明であるが、そもそも当時のソビエトには特許という概念が希薄だったようだ。

その後BTKはHelios-44となりZenit用のレンズとして1950年代にリリースされる。当時のマウントはM39と呼ばれる特殊マウントで口径はライカLと同じ39mm径、フランジバックはM42とほぼ同じ45.3mmである。その後ZenitのマウントはM42に仕様変更になる。それに伴いヘリオス-44-2以降のマウントはM42になる。

ZenitのHPによるとヘリオス44には初代のHelios-44をはじめ以下のモデルが確認されている。

Helios-44          
Helios-44-2        

Helios-44M      
Helios-44M-4
Helios-44M-5
MC Helios-44-3
MC Helios-44-3M
MC HELIOS-44M-4   
MC HELIOS-44K-4
MC HELIOS-44M-5
MC HELIOS-44M-6
MC HELIOS-44M-7

これ以外も派生型があるようだ。各モデルによって鏡胴のデザインやコーティングの種類、透過率、解像力の違いがあるようだが基本的なレンズ構成は同じだ。

ロシアレンズの特徴に刻印がある。工場ごとにオリジナルの刻印が押されているのだ。ロシアの光学工場は時代によって役割が移り変わるので同じが色々な工場で作られている。主な工場の刻印を挙げてみた。


KMZ・・・クラスノゴルスク機械工業(S・A・ズヴェーレフ記念クラスノゴールスク工場)


キエフやゼニットといったロシアの代表的なカメラを開発、生産している。KMZで設計されて他の工場で生産というレンズも多く見られる。



LOZS・・・リトカリノ光学ガラス工場

光学レンズ専門の工場。Jupiterシリーズの多くがここで生産されている。





MMZ/BelOMO ・・・ミンスク機械工場/ベラルーシ光学機械合同

ミンスク機械工場は1957年に設立された。スメナ-2などの生産で知られる。またこの刻印はZENITボディーやHeliosレンズなどにも良く見られる。1971年にBelOMO社となった。今回のHelios-44もこの工場の製品。
現在もZENIT-BELOMOとして稼動しておりライフルのスコープなどを生産しているようだ。


ARSENAL・・・アーセナル・国営工場アーセナル

ウクライナの首都キエフ市内に位置している。アーセナルは兵器工場の意味で兵器工場として創設された。1917年ごろから光学製品の生産を開始しCONTAXⅡ、CONTAXⅢのソビエト版であるKIEVを生産していた。その後レンズ生産も開始する。ロシア版ハッセルのサリュートやロシア版ペンタックス6×7(ペンタコンシックス)のキエフ6なども生産している。キエフシリーズにはキエフ10シリーズなどオリジナリティーあふれるものも多くロシアンカメラの1時代を担った。


VALDAY・・・バルダイ光学機械工場(ジュピターオプティック/バルダイスカヤ)

モスクワの西北に位置する光学工場。工場の規模は小さく、カメラアクセサリーや一部のジュピターレンズを生産していた。長らく謎の工場とされた。そのマークから海外ではシシカバブファクトリーと呼ばれ日本ではおでんマークといわれてきた。



 

ZOMZ・・・産業合併ザゴルスク光学機械工場

モスクワの北方の地方都市ザゴルスクにある機械工場。Jupitar-3などの生産をKMZから引き継いでいる。右側のマークが旧マークで現在は左HPが存在していることから現在も稼動していると見られる。


KOMZ・・・カザン光学機械工場

タタールスタン共和国の首都「カザン」の機械工場。一部の望遠系のレンズの生産を担っている。生産数はあまり多くないと見られる。

これら工場マークからレンズの経歴を知ることができる。

後編に続く