Dirty B Rampage -46ページ目

Dirty B Rampage

MC RA-SIMO

MC 凌駕

DJ NOPPO


『企んだ晩』

あれから半年くらいすぎて初めてオレらの『RAP』ができた。
街にバラまいた と言うほどではないけど少量だけ配って歩いた。
帰ってきたマイメン達に渡したり 住所聞いて送ったり
でも自分らでかっこいいと思ったRAPだけどクラブでは渡せなかった。
正直 こんなんまだまだもまだまだだなって。 いろんなラッパー聴いて思ったし、一番最初のやつに関しては、内容はわからないし言いたいこと つまり求めてるリアルはなに一つない。
だだ自己満の一つにしかすぎなかった。
でもマイメン達は かっこいい って言ってくれた。
あの時のドキドキ胸が騒いだ感じ?忘れないねwwwマジで本当に嬉しかった
それからオレが書くリリック(歌詞)には仲間のことが常に入ってきて RAボーイに何度かガラれたこともあった。
RAボーイは口には ダメとかダサいとか絶対言わないけど何年も一緒いるからオレは表情でわかるし その時のやる気さでもわかる。
あっ、今日これちゃうんやなぐらいのノリでwww
目キラッキラッしてるもんねwやる気ある時はwww

そんなこんなで二年前の夏 急にRAボーイは仕事の都合で福岡に行くことになった。最初オレ的には ハッ?マジ?コイツ?なんやねん? って 今からバンバン曲作ろうって話してた時やんけ って思ってたけど
まぁ仕事だから仕方ないなーって イラっとはしてたけど口にはださず でも逆に考えれば福岡行ってRAボーイがオレらの曲知らんB-BOYに聴かして名売る方法もあるなーって少しポジティブに物事を考えたりもした。
これヤツに言った事ないから多分初めてブログで知るんだと思うけどww


『帰ってきた時くらいは 飲みに行こうぜ そっちであった事でも 聞かせろよ
昔の話でまた夜が暮れる』LOCALIZM

気ずけばオレは地元に一人になっていた。周りにいたヤツらは都会にでて何かしらの夢を持って歯食いしばって毎日やってる。けど都会だろうが田舎だろうが別にどーでもいいこと。多少は乗り遅れるかもしないけどそれは世間での話であって自分は自分それはそれこれはこれあれはあれ。
中身があるヤツがどこ行っても強いしすぐ気にいれられる とオレは自分なりに大人たちを見てきて思った。
都会にいるヤツらからすれば、こんなんだだの都会に憧れてる田舎もんの嫉妬でしょって オレは別に思われても構わない。
そこが自分お前らのホームなら

けどいつかみんな会うんだよ 嫌いなヤツとも大好きだった彼氏彼女ともwwwだってルーツは故郷はみんなアフリカ。の遠い親戚。やっぱNASは間違いない!さいっこーだわ。HIPHOPは。だからやめられないんだよ!熱くなれる唯一のたった一つの方法。



【5.14】
遂に会いたかった人と逢えることになる。雷家族、LAMP EYE、証言、さんぴん

このヒントだせばある程度のHIPHOP聴いてるヤツならわかるね?


じゃまたこの続きは暇な時に!

バーイ。

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今、思い返せば笑えてくるあの日の出来事も

あの日の、俺らにとっては泣けるほど壁があった。


TO MY MENのたくや
木下と凌駕、まだ書ききれないくらいのマイメンが
支えくれた。


TPO関係なく、みんなでサイファーしてた
街の到るところで。今も心から仲間と呼べる仲間がいてくれる


あの日、凌駕と向かった楽器屋の帰り、語ったことは今でも忘れない。


有り金、全部握り閉め、二人で出し合い機材を買った。

飯代も削って安い牛丼を食ってた

でもなんのためらいもなかった、
だってそれは俺たちが望んでたことができるから。理由はそれだけ。


最初はマイクスタンドもなかった、

二人で電気屋に行き、1番安いテクニカのマイクを一本買ってレコーディングした

マイク持つ手が震えた

嬉しくて嬉しくてたまんなかった。


それからイベントにちょくちょく行くようになって

ある日、RINOさんとL-VOKALさんとDJ ジンマンさんとクラブで喋る機会があった

俺と凌駕も加わり五人でフリースタイルしてた
その時の動画が今も俺の宝物です。

その日RINOさんが言ってくれた。「場所は田舎だろうが都会だろうが関係ない、アツいハート持った奴がどれだけいるかどうかだよ」って

L-VOKALさんが言ってくれた
「いつか、一緒に一曲でもやれる日を楽しみにしとくよ、二人の名前教えて」って

素直に嬉しかった
その後貰った偽L札は笑えたけどw

DJ ジンマンさんに限っては、イベント終わってからも、

路上に座り混んで朝まで語った。

ジンマンさんが言ってくれた
「等身大でいれれるかどうかだよ。」って

響いた。


あの日、テキーラ飲まされて、記憶飛びかけてたけど、

RINOさんL-VOKALさんジンマンさんの語る時の真剣な目は
まだまだ焼き付いてる
ジンマンさんって知ってるかな?UMBって言うフリースタイルバトルのDJやってる人なんだけど
音楽語らしたらボキャブラリーが尽きることがないくらいアツい人なんだ。


そんなジンマンさんが23日
廻すみたいだから遊び行くZE



またあの日のことを語りに…

続きは凌駕がします


PEACE

RA-SIMO
HIPHOPにのめり込み自分らでもラップをやろとRAボーイと語ったあの日から約7~8年
ようやく何が言いたいことなのかが少しだけ鮮明に見えてきた。
本当にようやく。

仲間のことや夢のこと
知らないことをラップした所でそこに求めてるリアリティはなにもない
だから自分が見たことや感じたこと 匂いやその時の風景 現実や忘れちゃいけない時間。
そうやって考えれば考えるほどHIPHOPは難しいしバカじゃできない。


あの日、2PACのトラックに自分らの声をのせてHIPHOPにしようと企んだ晩
なに一つ知らないオレらはとりあえずDEO DEOに向かった。
パソコンはある。次になにが必要か
定員に訪ねた。だけど言ってることが何一つわからないオレらは、カッコつける為に一番渋くてキラキラしてたテクニカのマイクを一本買った。
帰宅し二人で一本のマイクを握りしめ交互にフリースタイルをして何回も同じ事をループしてめちゃくちゃ盛り上がり楽しんだ。

時が経つにつれこれじゃ やっせんなーっと思い、思い立つと即行動にうつすタイプのオレらはソッコーで車に乗り市内にある島村楽器に向かった。
フェリーに乗る 気持ちが高鳴る
タクシーに乗り込む ビルが広がる
エスカレーターを上がり ようやく到着。
今まで触ったことのない機材がたくさんあった。 感激で田舎もん丸出しの行動をとって いろいろ聞きまくった。
(あれはどうするんですか?)
(これはどうやってやるんですか?)
(この機材はなんの役目ですか?)

でもオレはこれが『B-BOY』や って思ってたから何一つ恥ずかしさなんてなかった。むしろかっこいいだろ?オレらなんて思ってたwww。
なにをするにも『かっこいい』が一番の基準だったオレらは自信に満ち溢れていた。
それであの当時は貴重な1万円を二人で出し合い一つだけ、レコーディングには重要なソフトを買った。
それを握り島村楽器を後にし最終のフェリーで家に戻った。
タクシーの中でもフェリーの中でも帰りの車の中でも話す内容は同じ
これでHIPHOP ラップができるね
あの時の事は未だに鮮明に覚える。
忘れたことはない。



この時のことを唄にしようと今はまだ企んでる。オレとRAボーイしか知らないことけどHIPHOPは簡単じゃねーぞとわかってもらえればまぁそれでいいかな。

とりあえず今日はここまで
この続きはまた暇な時にでも!!


じゃララバーイ。


凌駕