<5別居中ー㊷>終わりが始まり

 

このブログの最初、

<1> はじめに① サイコパス?アスペルガー?の冒頭、

¨ 関係の深い相手から傷つけられそれを乗り越えるには、

自分で答えを出すしか道はありません。(新聞記事より)¨

 

自分で答えを出すしかない、本当にそうだ。

今の私の答えは、

「私は私でいい。穏やか・フラットでいたい。」

 

ご縁のある人とは、お互いを鏡として自分と向き合い、

一生学んでいく事なのかもしれない。

そして男性女性、若い人高齢な人関係なく、

境界線を持ちつつ、わかりあえる人と出会いたい。

 

2024年3月24日(日)に

発作的に家を飛び出した。

家を出たら離婚だと思っていたが、別居という名のモラトリアムだった。

今後どうしたら良いのか、不安で孤独でどん底だった。

リアルタイムでブログを書くことで、気持ちや考えをまとめ生き延びた。

 

夫を思い出すと、責められ続けた恐怖が蘇る

いつまでもこの宙ぶらりな状態ではいられず、

いつかの時点で夫とは区切りをつけねばならない。

でもいつか、夫に対してもフラットな、穏やかな気持ちになりたい。

 

できればあらゆる事にフラットな感覚でいたい。

読んでくれる人がいる、何だか繋がっている、

私のブログにメッセージやいいね、フォローしてくれた人がいる、

そんな感覚を励みに綱を渡ってきました。

 

発作的に家を飛び出してから約2年、

自分の気持ち、身体、生活、仕事、子ども達の事、

とにかく自分を建て直すことで精一杯でした。

㊷まで来たこのブログに区切りをつけようと思えたのは、

やはり私の中で何かが変わったのだと思います。

 

また始めるとしたら¨6¨で章を新しくしようと思います。

これまで書くことで、私はどうしたいのかを意識できるようになりました。

読んで下さった方、ありがとうございます。

<5別居中ー㊶>パターンを見る②

 

夫によく似た上司の存在は、

まさしく無意識のパターンを再現している。

私は何に気づき、何を学べということか。

 

私はつかみ所がない人、理解しがたい人を、

分析、同調、相手の視点から見て、

何とかわかろうと思ってしまう。

 

私の中に、ユングのいうどんな¨元型¨があるのか。

 

父の怒鳴りと不幸話を聞き続けなければならない。

母の父への愚痴を聞き続けなければならない。

私の価値は、父と母の話を聞き続け、

この、生きていくための状況を保つ事。

私が何とかこの家族といえるのかわからない状況を支えなければならない。

 

私の価値は、他者への貢献という無意識のパターン。

私が何とか相手の役に立たねばという、

相手を支える事で、私が生きていてもいいというような。

 

これが悪循環だった。

 

私は自分の視点から世界を見る事、自分軸を学んでいる。

私は何を感じ、何を望んでいるのか、

他人に求めず、自分で自分を満たす、自分自身を愛する。

相手も他人に求めず、相手は相手で自分を満たす

 

相手の問題を私の問題にしない。

 

「人は救われるのではなく、自分の力を認識された時に成長する。

他者の力を信じる事で、その人は自分自身の力を発見し始める」

 

私が何とかしなければ、幼少期はしょうがなかったけど、

他人を救おうだなんて自分が傲慢であること、

人を信じることを学んでいる。

健全な人間関係を学んでいる。

 

私の無意識のパターン

・自分よりも他人を優先する

・役に立とうとする

・わかりたいと思う

バランスが取れていなかった

自分を大切にして境界線を持った上なら長所になる

 

まずは、自分を大切にすること

境界線を持つこと

ありのままの、本来の自分でいること

そして、相手をありのままに見れるようになること

 

これもシンクロか、偶然かわからないが、

今日見た美輪明宏さんのYouTubeで、

手の人差し指より薬指が長いと、

共感力が高く自然と人を助けたいと思ってしまうらしい。

でも、自分を優先しなさいと言っていた。

指も関係しているのか…?

<5別居中ー㊵>パターンを見る①

 

今のこの状況から私は何に気づき、何を学べということか。

 

YouTubeユングの解説動画では、

全ての人間関係は鏡であるという。

縁のある相手は、自分自身の中で所有していないものを見せてくれる鏡

そして、自分自身の中でまだ発達させていないものを見せてくれる鏡

全ての人間関係は、自分の魂が意識と無意識の、統合を求めるプロセスだという

何故この現象が起きているのか、無意識からのメッセージを聞き、気づくことが大切

個性化、あるべき自分になっていく。

 

自分の苦しみの主な原因は外部の環境ではなく、

自分の無意識のパターンにある

それに気づき、淡々と通り過ぎれば、新たな地平に立てる

無意識のパターンに気づけば、

意識的に選択できるようになる。

気づくことが、必要

私は、もう繰り返したくない

 

私の人間関係のパターン

①子どもの頃から人間関係に自信がない

 どうやって関係を築いたら良いか、距離を取れば良いかわからない

②わからないから、わかろうとする

 血液型や星座、本を読み、相手の話を聞きわかろうとする

③相手を分析して、相手に自分を合わせようとする

 

書いていて思ったのは、結局¨自分¨がない。¨私¨がない。

¨どうしたら相手に合わせられるか¨で、50年生きてきたのか…?

父を分かろうとすること、

生存として、そうせざるを得なかった。

夫と分かり合いたいと思った事、叶わなかった。

今は4人の職場で会う時間が長く、わかりたいと思ってしまう。

 

子どもの頃からわからない事に「何で?」と聞き、

母から「何では、何でなんだ」と答えてもらえず、

それでも「何故だろう」と好奇心が強かった。

私の好奇心は夫のつかみ所のなさに惹かれ、

分かろう、分かって欲しいと思う程、沼に落ちていった。

 

わからないのは、わからないままでよいこともある。

子どもの頃の「何で?」の答えがこれか。

「わかりたい」という執着を手放し、ありのままに見る。

相手の本当の姿を見る。

 

わかろうとし過ぎて、相手目線で見過ぎていた。

相手がどう思い考えるか、他者の視点から世界を見過ぎていた。

私は今、何を感じ、何を望むか、を学んでいる。

自分自身の視点から相手を見ないと、

相手をありのままに見ることはできない。

自分軸がない、本当にそうだ

私は自分軸を持ちたいと思っている。

 

自分を知るために他者という鏡が必要。

人間関係の距離感、境界線を引くことを学んでいる。

無理に、相手の役に立とうとしなくていい。

私は、人見知りで人間関係に自信のない私でいい。

<5別居中ー㊴>自分軸とシンクロニシティ

 

4月に転職した職場で50代女性の同僚と話している時、

「自分軸がないですね」と言われハッとした。

その後何となく、

「自分軸がないから他人の事で埋めているのか」とフッと思った。

私は何が好きなのか、何がしたいのか、自分の未来をどうしたいのか。

 

10月に資格試験に受かり、今後のキャリアを具体的に考えるようになった。

合格したらピアスをあけようと思い、店でピアスを見るのが楽しくなった。

昔から星占いなど占いが好きで、西洋占星術を学んでいる。

目が内から外へ向かっている。

 

長い間必要を感じない本が読めなかったり、音楽が聴けなかったが、

娘とMrsGreenAppleのライブ映画を見たり、

ONE OK ROCKを知り聞くようになれた。

私の内側で、やっとまた音楽が流れ始めた。

随分長い間、自分の内面世界に沈んでいた事に書きながら気づく。

 

話は変わるが、

仕事は4人の職場で、退職や病欠があり本部から上席者がやって来た。

その人はつかみ所がなく、いろんな意味で夫に似ている。

夫を思い出す…。やりづらい。

兄に言ったら絶句後、「厄除け神社でお祓いしてもらったら」(笑)。

しばらく混乱したが、

ユングの言うシンクロニシティ(意味のある偶然の一致)という事か。

この状況から私は何を学べ、気づけという事か。

 

¨無意識は古いパターンを再現することで、

今度こそ違う結果を得ようとしている¨

 

私の経験上つかみ所のない人は、

「分かられてたまるか」と思っているように思う。

4人の職場なのでお互いを分かった方がやりやすいが、

それをわかろうとしない、のが大事だろうか。

私が持つ¨スリル・好奇心¨をコントロールすること。

境界線を引くこと。

これまで意識したことがなかったが、

私の無意識は、どうしたいのだろうか。

私は学べているだろうか。

<5別居中ー㊳>パターンからの脱出

 

私の中で、変化が起きていて戸惑っている。

このブログも何だか、どうすることもできなかった。

でも、変化の状況を書いて区切りをつけようと思い立った。

というのも、アスペルガー、カサンドラ、モラハラ…、

私を規定していたものが自然と意識にのぼらなくなってきている。

これが中々できなかった、¨執着を手放す¨ということなのか。

 

ユングのタイプ論をもとにしたMBTI(性格検査)をたまたま知り、

YouTubeでユング心理学の解説動画があったりしてユングに興味を持った。

意識と無意識が統合され個性化される過程で、不可逆的な変容を経るらしい。

 

<解説動画より>

¨感情的に距離を置く人、

つかみ所のない人に惹かれてきた。

安定した愛を提供してくれる人に退屈を感じ、

不安定で予測不可能な人にスリルを感じる。

何故なら無意識は見捨てられることへの恐怖を愛の証拠として解釈¨

 

まさしく…。ぐうの音も出ない。

付き合っていた時、つかみ所のない、

でも色々教えてくれてブレない夫に惹かれた。

 

¨無意識は古いパターンを再現することで、

今度こそ違う結果を得ようとしている¨

 

父との確執、夫のモラハラ、繋がっている。繰り返されている。

なぜこの状況が起きたのか、

自分のどの部分がこの苦しみを引き寄せたのか。

私の「わかって欲しい」、

それ自体、不健全な関係を延命させていたという事…?

 

「わかって欲しい」は、

私は正しい、夫は間違っている、夫が変われ、

という私のないものねだり…?

私の無意識のパターンが、今の現実を作っている?

 

20才で夫と出会い、7年付き合い結婚。

夫とは濃密な時間と、空虚な時間、両極端な約30年。

 

もし次に出会いがあるとしたら、

「わかって欲しい」を渇望しなくてよい、

穏やかに時を重ねられる人と共にありたい。

男女問わず、これまで感覚的に分かり合える人がいた。

スリルや好奇心ではなく、分かり合える人。

学ばせてもらった。

 

7年付き合い、夫がアメリカへ行くタイミングで結婚した。

離れられないと思っていた。

私には夫が必要、それは愛と思いたかったが依存だったのか。

依存とハラスメント、不健全でしかない。

 

この状況から私は何を学ぶことが必要か。

自分を守る事、Noと言う事、心の境界線を設定する事。

私の執着、「わかって欲しい」を手放すこと。

誰かの人生の旅路に干渉するのをやめること。

ただ、私は私である、という存在にすぎない事。

ひとりで立ち、自分の頭で考える事、

外部に承認を求めず内側に見出すこと。

 

¨立ち去る事は究極の自己愛。

私はあなたの反応を恐れるよりも、私自身の平穏を大切にする。

私は私を選ぶ。¨

 

私はこれまでのパターンから抜け出すことを学んでいる。

その為にこれまであまり考えた事のない、

魂、無意識、スピリチュアルな概念に出会った。

学んだら手放すこと、感謝して次へ進む。

苦しみにしがみつく必要はない。 

 

<5別居中ー㊲>ユング・無意識・個性化

 

ハラスメントの構造を学んだ。

私はわかって欲しいと、コミュニケーションを求めていたけど、

夫にとって私は敵認定、攻撃してよい存在、

コミュニケーションを求めていない事に気づいた。

 

強制終了が起こりどん底の中、

結局私はどうしたいのか、自分の本音と向き合う事を学んだ。

そうした中から¨無意識¨を意識するようになった。

無意識といえば、精神科医のユング。

 

 

「ユング派精神分析の四本の柱」  マリー・スタイン著

「個性化とは、ユング心理学の概念であり心理学的発達のプロセス。

その人が「本来そうなるであろう究極の自分」になっていくこと。

生涯を通して成される心の成長。

 

この考え方は心理学的発達に関する「どんぐり理論」と呼ばれることもある。

どんぐりは樫の木の種子で、潜在的には樹木全体が種子の中に含まれているが、

どんぐりを割っても胚芽という遺伝物質だけ。

地面に植え、水分を与え、何年もかけて木に成長していく。

人もまた、生まれた時からそうであった自己になっていく。

 

人生前半の課題は自分のアイデンティを確立し、

大人としての役割を果たすこと。

社会的・文化的に適応する為に、心は意識と無意識に分かれ、

ペルソナ(仮面)を獲得し、社会的な自己を作り自分の居場所を見つける。

 

人生後半の目標は、自己の統合が中心。人格的柔軟性の獲得。

自らの無意識と向き合い受容することで、

今まで一面的であった意識や無意識がより調和のとれた全体性へと向かう。」

 

 

私の強制終了は、個性化という心の成長過程の中で起きた事。

大海の小舟のイメージだったが、

どんぐりが発芽して木になるプロセスを歩んでいると思うとホッとする。

 

お正月に兄家族が実家へ行くから来ないかと兄から誘われた。

父との確執から、これまでの私だったら断った。

でも今はフラットな気持ちで、兄がそう言うなら行くと伝えた。

昨年言われた、父から「来るな」と言われたら行かなければ良いだけ。

そうしたら、父から「楽しみに待ってます」とメールが来た。

目の前の現実を作っているのは、私の無意識だと、

私の意識が変わると、現実も変わる事を目の当たりにした。

 

私の意識と無意識が統合されてきているのかわからないが、

着実に何かが変わってきている事を感じる。

できれば私は穏やかに、フラットにありたい。

 

<別居中ー㊱>ハラスメントの構造

 

<ハラスメントの構造>

・加害者の目的:攻撃・支配

・被害者の目的;意思の疎通(コミュニケーション)

 

→被害者の真理:相手にわかってほしいと思い、何とか意思の疎通を図ろうとする

 

→結論:目的が違う両者が交わることはない

 

 

ある所でハラスメントの構造について学び、腑に落ちた。

そうか…。私は、支配されていた、という事か…。

それは、私が、支配を受け入れていた、という事。

 

 

「わかってほしい」

何度、訴えてきた事か。

 

でもそれが、夫の「支配」を受け入れてきた、という事だった。

 

 

私に経済力がない、子どもが小さい、

いろいろ、言い訳はある。

でも、夫の言葉の暴力に耐え過ぎてしまった、

支配を受け入れたのは、私だ。

 

 

別居してからのこの1年、夫の言葉は変わった。

夫「家事も何もできないから俺が追い出したと周りに言う」

と言っていた。

その後、必要なものを取りに連絡してから行った時、

夫「出ていった人間がこうして来るのはおかしい」

そして、

夫「(私が)家族を棄てた、(私が)始めた事だ。(私が)何とかしろ」

 

 

夫が言う「(私が)家族を棄てた」

 

本当に、あんまりだ。

 

私が何故、やむにやまれず衝動的に家を出ざるを得なかったのか、

それを聞いても、

夫「自分の事だけなのですね」

 

あんまりだ。

誰かにわかってほしい、第3者に聞いてほしい。円満調停だ。

と思い、弁護士に相談した。

 

そこで弁護士に「支配されている」と言われ、我に返った。

夫の言葉に反応し、

また支配されようとしていた…?

私が夫に「わかってほしい」と思えば思うほど、悪循環?

 

そうか…。夫は私が家族を棄てたと言い、

私に罪悪感を持たせて、矛先を変える。

これまでも論点のすり替えが行われてきた。

いつの間にか私が悪いような論破をされ続けてきた。

また、繰り返そうとしていたのか…?

 

夫といたら、私は責められ続ける。

夫は、夫の¨正義¨で、責める事を正当化する。

どんなに泣いて叫んで「やめてくれ」と言っても、夫は責める事を止めない。

夫に私を責めている自覚はない。ただ、¨正しい事¨を言っているだけ。

でも、私はもう二度と、夫から責められたくない。

支配を受け入れない。

やっと、腑に落ちた。

<別居中ー㉟>夫と向き合う

 

R7年4月、別居中に、転職と母の死、強制終了が重なった。

私はどうしたいのか、家族としてどうしたいのか、夫と話さねば。

母の葬式前後に夫と話し、荷物の整理もあり家へ行った。

 

家を出た時から、夫へは¨良い関係を作りたい¨と言ってきた。

それを言うと、具体的に何ができるのかと言う。

夫「出ていった人間が家へ来るのはおかしい。」

 

そして、

夫:「ヒロコが家族を棄てた」と言う。

頭が真っ白。

 

私「淳さんが出て行けと言ったよね?」

夫「話の中でそういう事はあったかもしれないけど、

ヒロコが出ていった日に出て行けとは言っていない」

私「私が何故、発作的に出ていかざるを得なかったと思う?」

夫「また、自分の事だけなのですね。

1年経っても変わってないのですね。ヒロコが始めた事だ」

 

言い返したい衝動、責めたい気持ちが瞬間出たが、

あんまりだ…。

 

カウンセラーに相談したら、

「ハラスメントだとわかってやっている人はいない。

アスペルガーベースがあるだろうが、

これはハラスメントだ。」

 

弁護士に相談したら、

「皆さん正当化します。誰でもそうです。

記憶はすり替わります。(旦那さんは)自分を守る為です。」

 

絶句。

私は家族を捨てたくて家を出た訳ではない。

あの時家を出なかったら、鬱かアル中の、やむにやまれぬ所まで耐えた。

夫は在宅勤務で家にいて、子ども達の勉強をみている。

ギリギリの所まで頑張った。

私が家族を捨てたなんて、あんまりだ。

 

誰かにちゃんとわかってほしい。

カウンセラーが、円満調停で、

家庭裁判所が仲裁してくれると言っていた。

 

弁護士:「円満調停は、話を聞く所ではない。

話を聞いてほしいならカウンセラーや家族友達だ。

円満調停は、戻りたいか。」

 

弁護士:「まだ旦那さんに支配されてますね」

 

支配…。

 

 

 

<別居中ー㉞>母の死

 

83才の母が亡くなった。

逝去日は、転職中で、明日が仕事最終日という4月上旬の前夜。

お酒を多めに飲み早く寝ていて、連絡に気づけなかった。

朝起き、スマホを見て愕然。

仕事前に実家へ駆けつけ対面。

何ていうタイミングなのか。

職場に事情を話し、午後は忌引きにしてもらえた。

何とか半日で引継ぎなど仕事を終わらせ、実家へ駆けつけた。

 

母は、1月上旬に救急車で運ばれ、徐々に衰弱。

2月末に急性期病院から、3か月限定の療養病院へ入院。

食事が摂れず点滴が必要な為、長期入院可能な病院を考える時だった。

救急車で運ばれてから亡くなるまで、ちょうど3か月。

急すぎず、長引きもせず、年齢的にも状況的にも、

心の準備をしてきたが、やはり衝撃は大きい。

 

 

 

ー動画「亡くなった親」「残された家族」 両方が幸せになる『供養』の仕方

 

亡くなった方は身体的苦しみから解放されており、

家族が苦しむ理由は死を受け入れられないという事。

人は関係の中で生きており、バランスを形成しているが、

死は、目に見えない家族のバランスを崩し、心の状態が乱れる。

死を受け入れるには時間がかかる。

そこから、残された家族がどの様な新しいバランスを再形成していくか。

 

故人は、残された者がちゃんと仲良く生きていく事を願っているだろう。

心の納め方や死を乗り越えるために、供養、共に養うという先人の知恵がある。

仏壇や墓にこれまで言えなかった本当の想いを吐き出す。

死から新たな関係を始めるのであり、

残された者が、どうやって生きていくかを考える事。ー

 

 

母の死から、実家と向き合わざるを得ない。

父とは、子どもの頃から確執があり、

母無くして、今後どの様なバランスが作れるのか、想像できない。

 

そして私は夫、子ども達と作った家族から、

私が発作的に家を飛び出す形で距離を置いており、

夫にわかってほしいという執着を手放し、

再構築できるのかわからない。

 

また、仕事も転職して職場の人間関係も新構築。

 

仕事や自分の事は、自分と向き合って何とかするしかないが、

実家や夫、子ども達とは、結局、話すしかない…。

 

去年の3月24日にやむにやまれず家を飛び出してから1年。

何だかいろんなことがあった。

私は五味太郎さんの絵本「きんぎょが にげた」のきんぎょだ。

ラストの、「いた いた もうにげないよ」となりたい…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<別居中ー㉝>原点回帰2

 

主婦期間が長く、この年齢で専門職の常勤で働き3年。

経験浅い50代の私を雇ってもらえた事に感謝だが、

そんな私を雇う組織にも闇がある。

色々あって4月16日から新しい職場へ。

自分の本音と向き合う事の大切さを学び、

1年契約の嘱託で条件は悪いが、

勝手に魂の道を歩んでいると思っている。

 

これまで閉じ過ぎてきて、職場で人間関係がギクシャクしてきた。

モラハラで、自分を閉じざるを得なかった。

閉じている期間、精神的、身体的いろいろ病気になった。

夫の所為にしたいが、誰かの所為にしたら前へ進めない。

引き寄せの法則的に、私は何かに気づかなければならない。

カウンセラーから言われたのは、

「安心できる関係を作っていくことが大切」

 

夫と今後の事を話さねば。

絵本作家、五味太郎さんが描いた

「きんぎょが逃げた」の、

私はきんぎょだ。

これまでも、そして別居してからのこの1年も、

また責められる、夫への恐怖から、

夫と向き合う事から逃げてきた。

 

やっと、夫と向き合い、

止まった時間を流していく事が必要だと思うようになった。

 

経済的、精神的自立の問題は

私が自分と向き合い、考え、行動を起こすこと。

しかし、夫婦、家族の問題は、

夫や子ども達と向き合わないと、逃げ続ける事になる。

時間は、かかるだけかかる。

夫と話さねばと思えるまでに、

本当に、随分長い時間と工程が必要だった…。