自分の中に『~しなければならない』という思考はありませんか?

働かなければならない。
よい学校に入らなければならない。
優勝しなければならない等など。

「~しなければならない」という考え方や思いこみは、
過去の経験や、育てられた環境から養われた自分への心の制限なのです。

人は本来自由です。

何にも束縛されず、制限されることもありません。

お腹が空けば食事をするし、眠ければ寝る。
生まれたばかりの赤ちゃんは本能のままに、何の制限もなく生きています。
それが人としてのホントの姿。

言葉を話せないから泣くだけであって、
心地よければ笑うし、機嫌が悪かったり痛かったりすれば涙を流します。
そこには何の制限もありません。

自分が生きてきた環境の中で、自分にルールを課せ、または課せられて
生きることに対しての制限をつけて行くのです。


その制限は自分を苦しめるだけのもの。
「そうしなければ○○になる」という不安や恐怖が、自分の人生を豊かにする一歩を
踏みとどめてしまうのです。

苦痛を伴いながら働いたからといって、豊かになるとは限りません。
むしろ病気になって得た対価を治療費に落とします。

よい学校に入っても、就職浪人は沢山います。
人に優しいだけがいい人ではなく、厳しさを持っている人の方が相手は伸びます。

不安や恐怖は、それ以上不幸になりたくない、苦しみを味わいたくないという思いから生まれます。

ですが、まだ体験してもない不安や恐怖に脅かされて本当に幸せなのかしら?

そういったものは、脳が勝手に創りだした妄想です。
まだ起きてない現実を想像してるだけ。

制限された枠の中で生きていれば安心だという思いこみが、
「~しなければならない」という思考となるのです。


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人生を豊かにするには、多少のリスクはつきものです。


あなたの能力に限界を加えるものは、
他ならぬあなた自身の思い込みなのです。

~ナポレオン・ボナパルト~



まだ体験したことないことにチャレンジする必要はあります。

だからと言って、失敗するかと言えばそうではありません。
やってもみないことの結果を先に創造するから失敗するのです。


だけど、思いこみの中で生き、自分に制限をかけていれば
チャレンジすることすら出来ません。

人は長い人生の中であらゆる部分に制限をかけています。

その制限を取り払い心に自由を取り戻した時、
何かに挑戦したり、楽しんで物事を進めることが出来るようになります。

人は楽しみながら何かに没頭している時、最大の力を発揮します。
スポーツ選手が得点や記録に追いかけられている時は
良い成績を残せないでしょう?

だけど、メダルを取った時等は、とてもよい気分だったと言うでしょう?

それは自分にかけた制限の枠が外れて、楽しみながらやったから
本来の力以上のものが発揮されたのです。

心の制限は人を前に進めなくさせてしまいます。
と同時に、豊かになること・幸せへの制限をさらにかけてしまうのです。


~しなければならない。
そういう考えは自分の中に何がありますか?

そして、その考えの裏にある不安や恐怖が何かも考えてみてください。

思いこみとその裏側にある不安を自分で見つけれた時、その制限は外れるのです。
天使とか妖精、神の存在。

こういった存在は人の霊と同じで、特定の周波数を持つ意識体なのです。
だから、大抵の人の目には見えないけれど、オーラと同じで視えるのです。

私達人間も意識体です。

人を含めた意識体は特定の次元(霊的次元)で存在します。

先ず、人間は3次元に生きてるよね。
これは物質的次元です。

人の霊的次元は2~3次元と言われます。

幽霊と言われる存在は1~2次元。
天使は9次元以上で神は22次元とも言われます。
真偽はその人の感知度によって変わるので、正確なことは解りません。

意識の周波数が変われば、見えない光(赤外線や紫外線等)と同じようにその存在も見えません。
が、自分の意識のレベルが上がれば天使や妖精が視えたり感じるようになります。


心と魂を成長させ、悟りに近づくということは、この意識のレベルを上げるということなの。

2~3次元の意識のレベルは、ネガティブな意識が蔓延しています。

怒り・恨み・憎しみ・悲しみ・嫉妬・痛み・苦痛・不安・争い・飢餓など。
物質的な執着を伴い(特にお金)、物質でしか幸せを得れないという考えを持ち合わせます。


4次元の意識になると、ネガティブな意識は遠のいていき、時間と距離が関係なくなります。

例えば、どう考えても1時間かかる道が40分で行けたとか。
電車に乗り遅れたのに目的地に時間前に着くとかが起こります。


5次元の意識になると、愛と調和の意識になります。

ネガティブな意識は完全に消え、自分の周りでもそういった事に遭遇しません。

例え遭遇しても、自分の中にネガティブな意識が起こらないので、常に安心感があります。
物質的な執着は消え、それ以外のもので幸せや喜びを感じるようになります。

そして、思考の具現化のスピードが格段に上がります!
本当に必要で欲しい物や情報が、難なく手に入るようになります。


あなたは、まだ低い意識のレベルにしがみついていたいですか?


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スピリチュアルな事を学ぶ、精神世界を探求するということは
視えたり聞こえたり高次の存在と会話するということではありません。

それに執着している時点で、まだまだ3次元的思考です。

そういった執着を手放し、心を解放していくことで
自己の意識は高められ、愛や豊かさを得ることができるようになるのです。

「悟る」ということは「真理を知る」ということ。

イエスはこう言いました。

真理を知らん。而(しこう)して真理は、汝らに、自由を得さすべし

(新約聖書・ヨハネ伝八章三二節)

真理を知りなさい。
そうすれば真理はあなたたちに自由を得させるでしょう。



真理は宇宙の真理でもあり、自分の心の中でもあります。
自分自身を知らずして、どうやって執着を取り除くのでしょう?

先ずは自分自身を知ること。

自分を知れば知るほど、意識のレベルは上がっていきます。

ネガティブな意識のヴェールを脱ぎさり、自己を知り
宇宙の真理を受け入れた時、人は悟りを得ることが出来るのです。

そうしてやっと高い次元の意識へと到達していくのです。

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能力的なものだけを追いかけて、
「私は高次元と繋がっています」とか「私は○次元に達しました」と言う人ほど
低い次元に存在しています。

何故なら・・・もう言いたいことはお解りですね。

高い意識を持つようになれば、そんなものは自然に身についていくのです。

自分の意識をどの次元に置くかは自分次第です。

真理を知ればみな、高い次元に昇る階段は用意されているのです。
カルマはインドの言葉で「行い・行為」という意味で、仏教では業(ごう)と訳しています。
人が生きている間に行った行為を表し、よい行為(カルマ)にはよい結果が、
悪いカルマには悪い結果がもたらされます。

これを「因果応報」と言います。

このカルマの悪かった部分を正すために、人は輪廻転生してきます。
過去世の過ちを自ら償うことで、輪廻から開放されていくのです。
つまり悟りを得て、もう二度と人として生まれ変わることがなくなるのです。

今世で出会う全ての人は、幾多の生まれ変わりの中で一度は出会ったことのある人達です。
「袖すり合うも多生の縁」というでしょ。

親も兄弟もパートナーも子供も友達も仕事仲間も、
みんな過去に出会った人で、その時のカルマを解消するために、今、再び出会っています。

これは悪いカルマを解消する為だけでなく、共に魂が成長するという約束も果たしている為でもあります。
お互いの役割が変われば、その時の相手の感情を今世で経験することが出来ます。
日々の体験を通して、感謝や慈しみを覚えることも出来ます。

その反面、仲が悪い相手などには今世でまた悪いカルマを創りだすこともあります。
そうすれば、また輪廻の輪の中にしっかりとハマってしまいます。
自分が気に入らない相手でも、実は魂を成長させるために目の前に現れてくれているのです。
相手から何を学ぶかで、魂はどんどん成長していくのです

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カルマを解消させる・解放させるには、先ず相手に対する感謝の気持ちが必要です。

過去世のカルマは自覚はないだろうけど、今世のカルマは自覚できるよね。

今、目の前にいる人に対して、好きであろうが嫌いであろうが、
自分の魂を成長するために存在してくれてることに感謝する。


これは「全て赦す」ことにも繋がってくるのです。

目の前に起きた問題っていうのは、単なる事象であって
実は内容に悲観・落胆する必要はないの。

辛すぎるとか、相手が居る場合の相手への憎しみとかは、自分が勝手に創りだした感情です。

カルマを解消させるには、その問題から「何を学ぶか」なの。

例えば、人に裏切られたら嫌な思いをするでしょう。
怒りや憎しみや、絶望感等色んな感情が湧くでしょう。
そこで普通は相手を拒否する。

でもね、カルマを解消するには先ず相手の立場になって考えてみる。

騙されたなら、なぜ騙したのか。
物を奪われたのなら、なぜ奪ったのか。
相手にもそれをする理由があったのだから。

そして内観してみる。

何故怒りが湧くのか、憎いと思うのか等ね。

そうすると、「自分はこうして欲しかった」っていう心の奥底の想いが見えてくる。
自分の(心の中の)欲求が満たされなかった事に気がつく。

問題のあった相手というのは、心の中の欲求(エゴ)を見つける為に
悪役というお役目を買って出てくれた存在なのです。


一度、心の欲求に気がつけば、同じことが起こっても同じ感情は湧いてこない。
だから同じ行為も繰り返さなくなります。

だから、自分にとってよい人も悪い人にも感謝の気持ちが必要なんです。

悪いカルマから学びを得て、相手に感謝が出来た時
それは自然と癒されて解消されていくのです。