以前、mixiでもアメブロでも交流のあるKenaz光(ひかる)さんが
『七つのスピリチュアルな法』という記事をアップされていました。
光さんは西洋占星術やタロットをされている方で
心理についてとても勉強されている方です。

・光さん
mixi:http://mixi.jp/show_friend.pl?id=26757887
アメブロ:http://ameblo.jp/hikaru-33/

彼が紹介してくれた『七つのスピリチュアルな法』は宇宙の法則を
簡潔に説明してくれています。

その法に関する記事が私の過去の記事にもありますので
私が過去に書いた記事の中で関連するものを添えて
ご紹介したいと思います。

(記事は全てアメブロに飛びます)

Crystal breath

             ヤグルマソウの花言葉は「幸福」
Crystal breath


【ワンネスの法】

私たちはみな全体の一部であり、
私たちの行為は宇宙に存在する全ての生命に影響をもたらす。
たとえば、北極圏でホッキョクグマがくしゃみをすれば、
サハラ砂漠の砂が一粒移動する。


関連記事
~ワンネスとは~
http://ameblo.jp/raphia/entry-11526121492.html



【カルマの法】

たとえ転生を超えるような長い時間がかかるとしても、
スピリチュアルな作用はすべてのものに及ぶ。
思考、言葉、行為はすべて、発したときとまったく同じ方法で
あなたの元に戻ってくるエネルギーである。
究極的には、与えれば、与えられるということだ。


関連記事
~カルマについて~
http://ameblo.jp/raphia/entry-11465354594.html



【現実化の法 】

似たもの同士が引き寄せあう。
あなたの思考、言葉、行為が、それに似たものを引き寄せ、
物質的な物、人、体験をあなたの現実生活にもたらす。
あなた自身が自分の人生のすべてを作り出す力を持つ。


関連記事
~引き寄せ~
http://ameblo.jp/raphia/entry-11480063115.html

~豊かさの循環~
http://ameblo.jp/raphia/entry-11508419869.html



【恩寵の法】

無条件の愛、許し、慈悲が恵みをもたらす。
恩寵はカルマを溶かし、祝福を引き出す。


関連記事
~慈しみの心・慈悲の心~
http://ameblo.jp/raphia/entry-11531316607.html

~感謝は心と体の最高の薬~
http://ameblo.jp/raphia/entry-11500164689.html



【責任の法】

自分の思考、言葉、行為に責任を持てば、自分の人生を支配する力を得る。
そうなれば、体験するすべての物事に適切に対処できるようになる。


関連記事
~責任を持つとは~
http://ameblo.jp/raphia/entry-11533577125.html



【無条件の愛の法】

無条件の愛は受容と無執着の状態であり、
なんらの感情的な付帯条件も持たない。
このように愛することが できれば、自分自身も他人も
自由に解き放つことができる。


関連記事
~愛とは・1~
http://ameblo.jp/raphia/entry-11503720483.html

~愛とは・2~
http://ameblo.jp/raphia/entry-11504276065.html



【意図の法】

あなたが明晰さを得れば、ためらいなく決断できる。
これによって、宇宙のエネルギーはあなたを助けるように動き、
あなたは力強く進むことができる。
あなたの意図が純粋なら、結果がどうであれ、カルマを得ることもない。

たとえば、恵まれない人々を助ける意図を持って
あなたの事業を拡大するためなら、
不幸にも雇い人の中に失業者が出た場合でも、
あなたにとって負い目にはならない。
一方で個人的に多大な利益を得る目的で人々の不幸を顧みずに
雇い人を首にした場合、あなたの魂の準備ができ次第、
カルマを負うことになる。


関連記事
~自己の意図・神の意図~
http://ameblo.jp/raphia/entry-11465354594.html


徳間書店「アトランティスからのスピリチュアル・ヒーリング」より

Crystal breath


宇宙の法則というのは、私達が無意識に行動する中で
確実にそして正確に反映されています。

それを知り意識的に行動するだけでも
真の豊かさや、無条件の愛を自分の世界に創り出せるようになります。

心理というものは難しいものではありません。
至ってシンプルです。

皆様がより幸せに、充実した日々を過ごされる為に
何かのお役に立てれば幸いです。



ご覧いただきありがとうございます音譜

ドキドキあなたのハートに愛と光をドキドキ
人は誰かに愛されたいと願います。

自分を必要としてくれる人を求め、
「あなたが必要だ」と言ってくれる人を愛します。

それはパートナーだったり、子供だったりと、自分を必要としてくれる対象によって相手が変わっていきます。

必要としてくれる人の為に、一生を生きる人もいます。

誰かが自分を必要としてくれている事が生甲斐になって
その人の為に生きなければいけない感覚に陥ったりもします。


だけどもし・・・誰も自分を必要としなかったらどうでしょう。

男女の別れ際に「あの人はもう必要ない」って思うことってよくある話ですね。

自分がそんなことを言われたら生きる意味をなくし、
存在意義が無くなったように感じるのはないでしょうか。
誰にも必要とされていない自分を想像してみてください。

誰かの為に生きて、本当に自分の人生と言えますか?

誰かの必要に応じて生きてて、自分の人生はどこにあるのでしょう?

自分の人生とは一体何でしょうか。


それは他者の為に生きることではありません。
「人の為」と書いて「偽り」です。
他者の為に生きる人生は、偽りの人生なのです。


自分の人生なのですから、自分の為に生きるのが正解ですね。

誰かから必要とされることに心を捉われてしまうと、自分の人生は生きられません。

自分自身で生き、喜びを感じ、満たされる人。
それを「単独者」といいます。


誰かから必要とされることを求めずに、生きていく人です。

Crystal breath

           ジャノメエリカの花言葉は「孤独」
Crystal breath


人は一人になると孤独を感じます。
そして人を求めてしまいます。

だけど大勢の中では、独りになりたいと願います。
緊張した心の状態から解放されたいと思うのです。

「一人」と「独り」は全く違います。

一人は悲しみを生みますが、独りは自由で安らぎがあります。

誰かが居ては、心の自由は得られないのです。
つまり、自己探求は独りではないと出来ないのです。

ブッダは悟りを得る為に家族を捨てて旅立ちました。
家族がいては独りにはなれなかったのですね。
必要とされ続け、自らも必要としてしまうことを解っていたのでしょう。

だからブッダの言葉には、

仲間の中におれば、休むにも、立つにも、行くにも、旅するにも、
つねにひとに呼びかけられる。
他人に従属しない独立自由をめざして、犀の角のようにただ独り歩め。


という行があります。

パートナーは必要ないと言ってるのではありませんよ。
確かにパートナーがいれば、難しい面はあります。
その中で、心を独りにする時を設けることが必要なのです。

独りあることは、単に完結している事を意味する。
あなたは全体だ。あなたを完結させる為に、他の誰かを必要としない。
だから、あなたの最も内なる中心を見つけてごらん。
そこでは、あなたはいつもひとりだし、いつもひとりだった。
生において、死において……あなたが何処に居ようとも……
あなたはひとりだろう。

でもそれは満ちている! それは空っぽではない。
それは、生の精髄の全てと、存在の美しさと祝福の全てで、
余りにも一杯で、余りにも完結し、余りにも溢れ出している。
だから、もしあなたが一度でも自分のアロンネスを味わったら、
ハートの中の痛みは消えるだろう。
そのかわり、途方もない甘さと、平和と、喜びと、至福が、
そこにあるだろう。


~OSHO~

魂の成長の到達点は、全ての制限を外し絶対的な自由を得ることで
創造主と一つになることです。

それは自分の内側の「愛の源泉」と一つになること。

私達は創造主から分離した意識です。
単独者になることで、分離した意識を統合出来るのです。

単独者となり、心の自由を得れば、自分自身への信頼と愛が生まれます。

そこで初めて、自分を必要とされずに自分から愛を与えることも出来るのです。
無条件に愛を与えることが出来るようになるのです。




ご覧いただきありがとうございます音譜



クラッカーあなたのハートに愛と光をクラッカー
創造主と一つになる事をイエスは「神の国に入る」と言いました。

イエスは乳を飲んでいる幾人かの幼な子をごらんになった。
そして彼は弟子たちに言われた。

”乳を飲んでいるこの幼な子たちは神の国に入る者たちに似ている”。

彼らは彼に言った。

”それではわたしたちは幼な子として神の国に入るのでしょうか”。

イエスは彼らに言われた。

”あなたがたがふたつのものをひとつにするとき、
そして、内を外のように、外を内のように、上を下のようにするとき、
そして男性と女性とをひとつにし、男性がもはや男性ではなく、
女性が女性ではないようにするとき、
そしてひとつの目の代わりに目を、ひとつの手の代わりひとつの手を、
一つの足の代わりにひとつの足を、
ひとつの像の代わりにひとつの像をつくるとき、
あなたがたは神の国に入るであろう”。


~トマスによる福音書~

幼な子とは小さな子供という意味ではなく
純真な心を持つ者という意味です。

幼な子のように純真にならなければ、
神と繋がることは出来ないのです。


人は成長する過程で知恵がつき、欲求と理性、損得感情、承諾と拒否など様々な思考のもとに行動します。

幼な子はそういったものに捉われません。


自分の目に入るもの、耳に聞こえる音、漂う香りをただ受け入れるだけです。
そこに知恵の付いた思考はありません。

だから「誰かに従えばこうなる」という考えもありませんね。

大人はどうでしょう?

Crystal breath

             胡蝶蘭の花言葉は「清純」
Crystal breath


イエスの弟子たちは、イエスについていけば神の国に入れると信じていたのです。
だから、十字架に磔にされたとき、自分が磔されないようにみんな逃げだしました。
純粋に神を信じていたのではなく、欲の為にイエスについていたのがよく解ります。


欲望を捨てること、そして純粋に神を受け入れる心がある者が、
神の国に入る者なのです。


では、ふたつのものをひとつにするとは一体何か。

二つのもの、それはこの世界における極と極。

陰陽・光と闇・ポジティブとネガティブ・善悪・プラスとマイナス。
内側の愛と外側の思考。
地球と宇宙。

そして男性性と女性性。

全ての二つのものを一つにすることが必要なのです。

二つのものを一つにすること、それは肉体のエネルギーも同じ条件です。

肉体に宿る性エネルギーを融合させる話は以前しましたね。
純粋なセックスエネルギーからくるエクスタシーは、神への繋がりを深めるのです。

それは肉体に宿るカーボディを作り上げます。
カーボディは目に視えない霊的な肉体です。

その肉体があってこそ、神の国に入れるようになるのですね。



ご覧いただきありがとうございます流れ星



キラキラあなたのハートに愛と光をキラキラ