読書人の日々

読書人の日々

まだまだ半端ですが、読書人の日記を書いています。

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ある夫婦に子供が生まれた。彼は祐樹(仮)と名付けられた。
この子はすくすくと大きく成長していった。

しかし物心がつき、成長が進むにつれ子供は親を憎むようになった。

父親にも母親にも片目がなく、その為周囲にわらわれたりバカにされたりしたからだった。

参観日や運動会などの、親が必要な催しや集まりごとなどは極力両親を参加させなかった。

親を親とも思わぬ言葉をいつものように浴びせた。


高校を卒業すると憎い親のもとを離れ、一人暮らしを始めた。勿論住所などを親に知らせたりはしなかった。

やがて彼には好きな彼女ができ、一緒に暮らす為の部屋へと引っ越した。当然かのように親に居場所や彼女の存在などの連絡や報告は一切しなかった。


ある日、チャイムが鳴った。
玄関に出たのは彼の妻だった。チャイムをならしたのは、長年行方を追って探し続けてきたのだろう、彼の両親だった。
見知らぬ、片目のない熟年夫婦が訪ねてきた事を、妻は夫である祐樹に告げた。
彼は血相を変えてとんで出てきた。

何年ぶりかに会った息子は大人になっていた。
しかしそんなことを思い噛み締める間もなく、久しぶりに会った息子には激しく罵倒され突き飛ばされて両親は、、、玄関を閉められた。


また何年も後、母親が家を訪ねた。
しかしまたしても息子は激しく叱り付け、「二度と会いに来るな、二度と会いたくない」と、自分を想い続けてやまなかった親に言葉の暴力で、これまでの恩を仇とした。

それからというもの、二度と親は来なくなった。


何年も過ぎて息子は、久々に生まれ育った実家へ行き、憎い親がどうしてるか見に行こうと思いそうした。

実家は人がいる様子はなく、遠目から見るに閑散としていた。


近所の者に聞くと、両親は死んだらしい。そして、実家はそのままなのだと、、、。

祐樹は中へ入り台所へと行った。

そこにあるテーブルの上には、一つの手紙がありこう書いてあった。


「祐樹へ・・・

あなたが生まれたときに、あなたはすぐに病気にかかり失明したんだよ。

あなたのこれからを考えると胸が押しつぶされるような思いで、とても心が痛かった。

わたしがあなたの代わりになろうと、あなたに両目あげようとしたんだよ。でもお父さんは自分がそうすると譲らなかった。それであなたにわたしの左目を片方、お父さんの右目を片方あなたにあげることにしたのよ。

あなたのことを生まれた時から愛してきた。
お父さんもわたしもあなたをいつも思っていたんだよ。

祐樹、それでもお前は私たちが憎いのかい」



知り合いが紹介してくれた文章ですが、なかなか考えさせられるところがあります。

以下、私なりの考察を書きます。


実家に置かれた手紙には、「私たちはお前が憎い」などということは一切書かれていませんね。
片目ずつを与え、「元気に育つように」と願いを託した息子が、いつの間にか自分たちを全否定するような暴君になれ果ててもなお、息子を愛し続けた。
この両親は、最後の、『祐樹、それでもお前は私たちが憎いのかい』という短い一言で、真実の愛を簡潔に知らせ、これからは人の道を歩けと諭しているように見えます。
この、今はとんでもないバカ息子である人物が、少しでも「人間として」大事なことに気づくことがあれば良いのですが・・・。


「愛」や「友情」というテーマは、なかなか難しくも、人間には永遠につきもののテーマです。

そういえば、私が購読しているメルマガで、友情の話を記述していました。


http://archive.mag2.com/0000283989/20090315002638000.html


ここなんですが、文芸が好きな私にもわかりやすい切り口で論じている印象です。

テーマが「オタク」となっていますが、筆者はかなり勉強を積んだ人間なのではないかという記述も見られ、なかなかに興味深いメルマガ記事になっています。

今回は文芸ではなく経済書です。

ロバート・B・ライシュ『勝者の代償』。



ニューエコノミーは、すばらしいものであり、勝者には栄光と富とこのうえない充実感をもたらしてくれるが、その反面、家庭生活や友人やコミュニティとの関係、はたまた自分自身まで失ってしまわざるをえない・・・という大きな代償がある。

こんな内容のことが書いてあります。

筆者はクリントン政権時代に労働長官を務めた人物ですが、経済書にありがちな「難解な用語をちりばめて理解を困難にする」という難点もなく、専門外の人でもスムーズに読み進めることができます。

翻訳者の腕が良いのでしょう。



グローバルな競争に勝ち抜いてきたアメリカ合衆国。

その中で、何が代償として犠牲にされてきたのか。

では未来に向かってどのような取り組みを視野に入れれば良いのか。

こういったことを問う文章になっています。



アメリカ社会を対象にしていますが、日本に適用して考えても十分に頷ける部分も多く、一読すればかなり勉強になります。




今回は「大崎善生」をテーマにします。

大崎は、ノンフィクション作家でもあり、フィクション作家でもあります。

「アジアンタムブルー」は映画化もされたし、恋愛小説畑の人なのかと言う誤解も生んでますね。

大崎の神髄は、ノンフィクションにあります。

デビュー作にあたる「聖の青春」も、その後の「将棋の子」も、ノンフィクションです。

大崎自身がもともと将棋連盟の編集者をやっていただけあって、相当にリアルな描写をしています。

しかし、「パイロットフィッシュ」「アジアンタムブルー」を発表してからは、主に「泣ける系」の短編集を出す傾向になっています。

つまらなくは、ない。

だけれども、特別に面白くもない。

このブログの筆者は、「大崎と言えば『聖の青春』」と思っているので、多少のフィルターは入っているかもしれません。

ただ、小説としてはどの作品も及第点以上。なかなか楽しめるのは事実です。


【試験に役立つ左脳型速読術】 受験、ビジネスシーン、さらには英語の速読にも具体的に対応する速読法



なかなか、通勤電車で読書をするというのも、忍耐が必要ですね。

そこで、「速読」などをマスターしてはいかがでしょうか。

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これを覚えれば、書店での立ち読みが楽しくなります。

無駄な時間を使わずに、必要な情報を収集する。時間は有効に使いたいですね。


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