ちょっとだけ今日は何の日 -26ページ目

らっきょはいらない。

「ジャズの日」
東京都内の老舗ジャズクラブ「バードランド」「サテンドール」「オールオブミークラブ」のオーナーらによる「JAZZ DAY実行委員会」が2001(平成13)年から実施。
JAZZの"JA"が"January"(1月)の先頭2文字であり、"ZZ"が"22"に似ていることから。
ジャズのファン層の裾野を広げる為に、ライブコンサート等さまなざまPR活動が行われる。

「カレーの日」
1982(昭和57)年、全国学校栄養士協議会で1月22日の給食のメニューをカレーにすることに決められ、全国の小中学校で一斉にカレー給食が出された。

「飛行船の日」
1916(大正5)年、初の国産飛行船である陸軍の「雄飛号」が、所沢~大阪で実験飛行を行った。

カレーライスといえば、ごはんとカレーを分けて盛り付ける家庭と、ごはんの上からざばーっとかける家庭があると思う。
我が家は半分に分ける派。
ちなみに、ライスカレーとカレーライスの違いは、ごはんにざばーがライスカレーで、ごはんとカレーが別れてるのがカレーライスだという説がある。
いまどき、ライスカレーという人は少ないし、じゃ、カレーをカップ(?)にいれてごはんと別に持ってきてから、ごはんにかけるのはどっちになるんだってことにもなるから、真偽の程はあやしいもんだ。
もともとのカレーはインドのものだが、イギリスを経由して日本に伝わったことから、洋食のイメージが定着したようだ。
カレーライス大好きの私だけど、これがカレーパンになるとまったく食べる気にならない。
カレーうどんもめったに食べない。
カレーピラフやカレードリアもまず食べない。
きっと、カレー+ごはんの組みあわせが好きなんだと思う。
世間にはカレーにこだわりを持つ人もけっこう多いけど、自称カレーマニアでありながら、壱万円の高級カレーと素人が作ったカレーの判断を間違える芸能人もいるし、そうかと思うと市販されているレトルトカレーのほぼ全種類をあてられるカレーの王様もいる。
味覚の鋭さは別として、やっぱりカレーは皆から愛されているメニューなのだと思う。
カレー記念日に便乗して、私も今日はカレーを食べよう!と思いながら、すっかり忘れていた…
こんな私も一応、自称カレーマニア…

かりとうど

今日は関東地方が大雪に見舞われる。
大雪とはいっても、東北や北陸とは比較にならないけど、かなりの雪でニュース見てビックリ…!

「ライバルが手を結ぶ日」
1866(慶応2)年、長州の木戸孝允、薩摩の西郷隆盛らが土佐の坂本竜馬らの仲介で京都で会見し、倒幕の為に薩長同盟(薩長連合)を結んだ。

「料理番組の日」
1937(昭和12)年、イギリスのBBCテレビで、料理番組の元祖と言われる番組『夕べの料理』の放送が開始された。
第1回目は「オムレツの作り方」で、この日の担当のマルセル・ブールスタンは、世界で初めてテレビに出演した料理人となった。

確か、料理番組の日については去年書いたような気がする…(気のせいで、間違いかもしれない)
ライバルってのもなんかピンとこない。
今日の出来事も、これまたいまいち気になるものがなかった。
強いていえば、「1985年 ソニーが8ミリVTRを発売「」ってものかな。
やたらとビデオ録画をしていた時、8ミリビデオは救世主のように感じたけど、思ったほどではなかったなぁ。
なんせVHSのビデオテープはかさばる。
これが8ミリになればかなりの省スペースになると思ったのだけど、なんかあんまり普及しなかった。
我が家には今、かなりの8ミリビデオがあるけど、8ミリビデオデッキは壊れて捨てたし、8ミリビデオカメラも古いだけにいつ壊れても不思議はない。
そしたら、このテープは見れなくなってしまうのか?と思うと、VHSにダビングしといた方が良いかな?とか思いつつ、する時間がない…(っていうか、その気がないのかも…)

まったく関係ないけど、今日は京本政樹の誕生日!
1959年生まれだから、47歳なんだって!
驚異的に若い!
あと、面白いところで(?)狩人の弟の方の加藤高道(TAKAMICHI)も。
この人は京本政樹の1つ下。
って言うか、何が面白いんだかわからないけど、「狩人」って聞くと、変にウケてしまうっていう…謎…

普通は1000円なのに!

寒い~~
特別寒い!
しかも、今日は朝からゴタゴタ続きで思いっきり疲れる~…

「玉の輿の日」
1905(明治38)年、アメリカの金融財閥モルガン商会の創立者の甥、ジョージ・モルガンが祇園の芸妓・お雪を見初め、結婚した。お雪は「日本のシンデレラ」と呼ばれた。

「二十日正月」
正月の最後の日として納めの行事を行う。
正月に食べた魚の骨や頭までも食べ尽くすことから、骨正月・頭正月と呼ぶ地方もある。

「アメリカ大統領就任式」
西暦年が4で割り切れる年の翌年。
アメリカ合衆国憲法修正20条で、大統領の任期は1月20日の正午に終了することとされており、その瞬間から次の大統領の任期が始る。

玉の輿の「玉」とは、優れたものや価値のあるもの、美しいものを指す言葉。
「輿」は、貴人達を乗せて人を運ぶ乗り物ぼこと。
そこから、貴人の乗る立派な輿のことを「玉の輿」と呼ぶようになり、身分の低い女性が身分の高い男性と結婚し出世することを「玉の輿に乗る」と言うようになった。
「玉の輿」の語源にはもう1つあり、江戸時代、西陣の八百屋の娘「お玉」(後の桂昌院)が、徳川家光に見初められ側室になり、のちに徳川五代将軍・綱吉の母になったこと。
京都の今宮神社では「玉の輿お守り」というものが売られており、若い女性を中心にけっこう売れているらしい。
お玉さんが八百屋の娘だったということからなのかどうかは定かではないけど、聖護院かぶら、加茂茄子、金時にんじんの刺繍がされている。
カラーは数色あり、お値段は800円!
800円で玉の輿に乗れるなら、なんと安いことだろう…
私も買いに行こうかなぁ…

キンコンカンコン!

はい。今日も相変わらずです…

「のど自慢の日,カラオケの日」
NHKが制定。
1946(昭和21)年、NHKラジオで「のど自慢素人音楽会」が開始された。

「家庭消火器点検の日」
全国消防機器販売業協会が1991(平成3)年に制定。
1と19で「119」となることから。11月9日が消防庁が定めた「119の日」であるため、1月19日を記念日とした。

私は実は1度も見たことがないのだけど、国民の大半が1度は見たことがあると思われる「NHKのど自慢大会」
国内は当然のことながら、海外でも放送されている所があるそうで、今までにブラジル、ペルー、アメリカ、アルゼンチン、カナダ、シンガポール、イギリス、中国、韓国、メキシコといった国々で大会が行われているらしい。
この番組に出演後、歌手になった人も数多くいる。
北島三郎、五木ひろし、森進一、島倉千代子、といった演歌の大御所たちもそうだし、かの美空ひばりも9歳の子供の頃に出たことがあるらしい。
しかし、信じられない話だが、その時の結果は鐘1つというものだったらしい。
鐘といえば、この番組で鳴らされている鐘は「チューブラベル」という楽器。
教会の鐘の代用として使われることもある大変美しい音色を出す鐘だ。
実はのど自慢大会では口頭で結果を伝えていた。
不合格をあらわす「(もう)結構です」という言葉を「大変結構です!」の合格と勘違いして喜ぶ出場者が多かったため、現在のように鐘で結果を知らせるようになったらしい。
「合格!」「失格!」で良かったんじゃないかと思うけど、そのあたりは優しさだったのかなぁ…?!

振り袖は何才まで?

今日も同じく…
体調悪すぎ…
しかも、ゴキゲンナナメ…

「都バス記念日」
東京都交通局が制定。
1924(大正13)年、東京市営乗合バスが東京駅への2系統で営業を開始した。

「振袖火事の日」
1657(明暦3)年、江戸城天守閣と市街のほとんどを焼失し、死者が10万人にもおよんだ明暦の大火が起きた。
この大火は「振袖火事」とも呼ばれる。これは次のような話による。
上野の神商大増屋十右衛門の娘おきくは、花見の時に美しい寺小姓を見初め、小姓が着ていた着物の色模様に似せた振袖をこしらえてもらい、毎日寺小姓を想い続けた。そして、恋の病に臥せったまま明暦元年1月16日、16歳で亡くなってしまった。
寺では法事が済むと、しきたり通り振袖を古着屋へ売り払った。その振袖は本郷元町の麹屋吉兵衛の娘お花の手に渡ったが、それ以来お花は病気になり、明暦2年の同じ日に死亡した。振袖は再び古着屋の手を経て、麻布の質屋伊勢屋五兵衛の娘おたつのもとに渡ったが、おたつも同じように、明暦3年の1月16日に亡くなった。
おたつの葬儀に、十右衛門夫婦と吉兵衛夫婦もたまたま来ており、三家は相談して、因縁の振り袖を本妙寺で供養してもらうことにした。しかし、和尚が読経しながら振袖を火の中に投げ込んだ瞬間、突如吹いたつむじ風によって振袖が舞い上がって本堂に飛び込み、それが燃え広がって江戸中が大火となった。

10万人の死者とはおそろしすぎる。
まさに戦争並みの死者だ。
この手の因縁話はありがちだけど、10万人もの死者が出たなんて話はめったにないんじゃないのかな?
受け取った人が死んだり、不幸に見舞われる…というのがほとんどだと思う。
実は、私の親戚の家にもそういったものがある。
私の家は本家じゃないから現物を見たことはないのだけど、とにかく他家に渡ると必ず不幸が訪れるといった代物で、ちょっと怖い…
昔から、物にはその人の想いが入ると言われている。
だから、私は古着は絶対に買わない。
直接誰かが身に付けたものは特に怖い気がする。
よほど幸せで性格の良い人の使ったものなら、逆にそれにあやかりたいという気持ちからほしいような気もするけど、誰が使ったものかわからないのは怖い…
この手の話では宝石にまつわる話も多い。
物によって念の入りやすいもの、そうでもないものがあると思うけど、石は入りやすいとされている。
そのため、大昔から儀式や呪術にも用いられてきた。
しかし、悪い念ばかりではない。
持ち主に幸せをもたらしてくれるものや、護ってくれるものもある。
どれが良いものでどれが悪いものか、良い物を手にするか悪いものを手にするか、そんなことで運命は変わったりするのかも…

…………

今日も相変わらず不調で寝たり起きたり…
真面目に寝てることはめったにないのに、さすがに今日は真面目に寝てた…

「阪神・淡路大震災記念日」
1995(平成7)年1月17日午前5時46分、淡路島北端を震源とする兵庫県南部地震が発生した。マグニチュード7.3で震源の深さは約14キロ。神戸市・芦屋市・西宮市と淡路島の北淡町で初めて震度7の激震を記録した。
大都市神戸を中心に阪神間の人口密集地を直撃し、鉄道・高速道路・港湾等の交通機関や電気・水道・ガスのライフラインが壊滅状態となり、自宅を失なって避難した人は最大で23万人に達した。死者は、震災が原因で亡くなった人を含めると6000人を超えた。負傷者は約42000人、倒壊家屋は約40万棟。被害総額は10兆円にも登る。

「防災とボランティアの日」
阪神・淡路大震災では、政府や行政の対応の遅れが批判された一方で、学生を中心としたボランティア活動が活発化し、「日本のボランティア元年」と言われた。
これをきっかけに、ボランティア活動への認識を深め、災害への備えの充実強化を図る目的で、1995(平成7)年12月の閣議で制定が決定され、翌1996(平成8)年から実施された。

「おむすびの日」
米に関係する民間企業やJA等でつくる「ごはんを食べよう国民運動推進協議会」が2000(平成12)年11月に制定し、2001(平成13)年から実施。
日附は公募で選ばれ、阪神大震災ではボランティアの炊き出しで被災者が励まされたことから、いつまでもこの善意を忘れない為、1月17日を記念日とした。

「今月今夜の月の日」
尾崎紅葉の『金色夜叉』の中で、主人公の寛一が熱海の海岸で、貫一を裏切った恋人のお宮に可いか、宮さん、一月の十七日だ。来年の今月今夜になつたらば、僕の涙で必ず月は曇らせて見せるからと言い放ったことから。
この日の夜が曇り空になることを「貫一曇り」と言う。

「湾岸戦争開戦記念日」
1991(平成3)年、アメリカ軍を主力とする多国籍軍が、イラクとクウェートのイラク軍拠点に攻撃を開始し、湾岸戦争が勃発した。
この日に設定されていた撤退期限が過ぎてもイラク軍がクウェートから撤退しなかったため、攻撃に踏み切った。

阪神大震災が起こってからもう11年の歳月が流れた…
あぁ、そういえばそんな事があった…
被災してない人にとってはそんなことかんじなのかもしれない。

この日、あちこちで慰霊祭が行なわれる。
鐘を鳴らしたり、キャンドルに火を灯し、今は亡き家族や友人に思いをはせる…
その場に集まった人の顔は、震災の次の年とまるで変わってはいない。
ニュースで流れたある女性は「私たちには節目なんてないんです」と言っていた。
碑に刻まれた亡くなった家族の名前をなでる人…
娘の遺影を持ち寄る人…
キャンドルに手をあわせ、なにかをじっと祈る人…
この人達にとって、阪神大震災は遠い昔のことではない。
つい、昨日のこと…
心の傷は癒えてはいない…
涙は枯れてはいない…
それほどまでに、大きな出来事だったのだ。

多分、こんなニュースは関西以外では流れてはいないかもしれない。
震災後数年経った時、この日に震災スペシャルが流れていたのは関西だけだと知った。
最近では関西ですら放送されてはいない。

いまだ心の傷が癒えていない人達を弱い人間だと笑う人もいるかもしれない…
それはきっと、それほどまでに深い悲しみを負ったことがないから…
「震災のことを忘れてはいけない」
そんなことを言っても、覚えているのは、やはり被災した人だけだろうと思う。
どんなに説明したところで、響かない人には響かない。

悲しみだけに心を奪われてしまうのは良いことではないとは思うけど、それだけの傷を負ったのだから、急ぐことはない。
この日はどうしても悲しみが吹き出してしまうと思うけど、それで良い。
忘れなくても良い。
無理に立ち直らなくても良い。
時間をかけて、ゆっくりゆっくり元気をだしてほしい…!
たくさん年月が経った時、被災者の顔が変わっていたら良いなと思う。

お酒は20歳になってから!

なんだかどんどん体調が悪化していく…
特に夜はものすごく悪い…
大丈夫か…?!

「禁酒の日」
1920(大正9)年、アメリカで禁酒法が実施された。
清教徒(ピューリタン)の影響が強かったアメリカではアルコールに対する強い批判があり、20世紀初頭までに18の州で禁酒法が実施されていたが、これが全国に及んだ。
飲料用アルコールの製造・販売等が禁止されたが、密造酒による健康問題や、アル・カポネを始めとする密売にかかわるギャングの出現等逆効果を招いたため、1933(昭和8)年2月に廃止された。

「籔入り」
昔、商店に奉公している人や、嫁入りした娘が、休みをもらって親元に帰ることができた日。
この日と7月16日だけ実家に帰ることが許されていた。

シカゴの暗黒街のボス・アル・カポネは本名アルフォンス・カポネ(Alphonse Gabriel Capone)1899年1月17日うまれ。
自称「家具販売業者」
「夜の市長」と呼ばれていた。
ナポリからの移民の子供で、ブルックリンで生まれ育った。
禁酒法時代、ジョニー・トーリオとシカゴで密造酒製造・販売をして組織を拡大していった。
1927年にはその1年間だけで当時のお金で、約1億5千万ドル(約2百40億円)を稼いだといわれている。
1929年2月14日、シカゴで勢力を張り合っていたバッグス・モラン一味を壊滅させた。
警官に偽装させたヒットマン達が、マシンガンでモラン一味を殺害させたのだ。
バレンタインデーだったことから、この事件のことは「聖バレンタインの虐殺」と呼ばれている。
その事件により、政府はカポネ一味の取締に本腰を上げた。
1931年、エリオット・ネスに率いられた特別捜査チームは脱税容疑でカポネを摘発し、懲役11年の判決を言い渡されたカポネはアルカトラズ刑務所に収監された。
禁酒法が実施されている間、密造業者たちは月明かりのもとで密造したりしたため、密造業者はムーン・シャイナー、密造酒はムーン・シャインと呼ばれていたらしい。
その密造酒だが、当時もアルコール度0.5%未満の酒を造ることは合法だったので、ビールの醸造業者は最初に4~5%の普通のビールを製造し、出荷時にそれを薄めて販売する方法をちっていた。(このビールは「ビールに近いもの」ということで「ニア・ビール」と呼ばれていた)
しかしビールはかさばるため、工場出荷時に取調べを受けることがよくあったので、密造者はまず0.5%未満のニア・ビールを運び出し、その後注射針で樽の中にアルコール成分を注入する方法をとリ始めた。注射針(ニードル)を使うために、このビールは「ニードル・ビール」と呼ばれた。
混入されるアルコールは毒性の強い産業用の変性アルコールがほとんどで、そのため飲酒者の健康に害を及ぼすことになっていった。
産業用のアルコールの違法転用が増加するのを阻止する目的で、当局はより毒性の強い変性アルコールを使用するように指導。
しかしこれが仇となり、「メタノール」によって、失明者や死者を多数出す結果になってしまった。
テレビドラマ化され、日本でも放送されていた「アンタッチャブル」はエリオット・ネスとアル・カポネの戦いを描いたものだが、その内容のほとんどはドラマ用のフィクション。
「アンタッチャブル」とは「決して買収されない」という意味。

いちご粥はない!

今日もけっこう暖かい。
お天気が回復したのでたまってた洗濯ものを片付ける。
おかげで気分はすっきり!

「警視庁創設記念日」
1874(明治7)年、東京警視庁(現在の警視庁)が創設された。

「いちごの日」
全国いちご消費拡大協議会が制定。
「いち(1)ご(5)」の語呂合せ。

「いい碁の日」
鹿児島市が制定。
「い(1)い(1)ご(5)」の語呂合せ。

「アダルトの日」
1947(昭和22)年、日本初のヌードショーが開演された。
東京・新宿の帝都座の5階劇場で、額縁に裸体の女性が現れる「額縁ショー」が上演され、人気を呼んだ。裸体画に見たてたもので、出演した女性はただじっとしているだけだった。

「半襟の日」
京都半衿風呂式和装卸協同組合が制定。
襟を正す正月であり、この日がかつて「成人の日」であったことから、和装に縁のあるこの日を記念日とした。

「小正月,女正月」
7日までの松の内を「大正月」と呼ぶのに対し、15日を「小正月」と言う。
松の内に忙しく働いた主婦をねぎらう意味で、「女正月」という地方もある。

「上元」
この日に小豆粥を食べるとその一年中の疫病が避けられると言われている。
7月15日を中元、10月15日を下元と言う。

またいちごの日があるのね…
どっちかっていうと、1月5日の方がインパクトは強いかな?
ところで、私は基本的に豆類があまり好きではないのだけど、豆腐や豆乳やこしあんは嫌いじゃないから、もしかしたら豆の皮が嫌いなんだろうか??
昔から「赤」には邪気払いのパワーがあると信じられていた。
そのため、小豆の赤は邪気を払い、1年万病を防ぐと言われ、小正月(1月15日)には小豆粥を食べる風習が出来たというわけだ。
一般的な小豆粥の見た目は、赤飯をおかゆにしたような感じだ。
その中にお餅や栗の甘露煮、なつめ等を入れて食べる。
韓国にも小豆粥があるらしいのだけど、韓国の小豆粥は甘くて見た目にもぜんざいのような感じ。
私はつぶあんが苦手だから、ぜんざいは食べない。
おしるこは大好き!
だから、韓国風のも日本のも、小豆粥はやっぱり食べれそうにない。
赤なら、梅粥でも良いんじゃないのかな?

土・日・月はお休み

今日は久々の雨…
ま、外出しなかったから良いんだけど…

「愛と希望と勇気の日,タロとジロの日」
1959(昭和34)年、南極に置き去りにされた南極観測隊の2匹のカラフト犬・タロとジロの生存が確認された。

1956(昭和31)年の秋、南極観測船「宗谷」で11人の隊員が東京港を出発。15頭のカラフト犬も犬ぞり隊として参加した。1958(昭和33)年、第2次越冬隊を送り込む為再び「宗谷」は南極に向かったが、厚い氷にはばまれて断念。11人の越冬隊員はヘリコプターで救出されたが、15頭のカラフト犬は救出することができず、鎖につないだまま氷原に置き去りにされた。翌1959(昭和34)年のこの日、ヘリコプターが2頭の生存を確認した。南極から打電されたこのニュースは、世界を愛と希望と勇気の感動で包んだ。
ジロは南極で死亡したが、タロは5年後に日本に生還して北海道で余生を過ごした。

確か、去年もこの記念日にはむかついた! な~にが愛と勇気と希望の日なんだ!
置き去りにした犬たちに懺悔する日にせえっちゅーねん!
綺麗事言うんじゃな~い!!
ばか~~っっ!!

…ってことで、今日も、今日の記念日じゃなくて、今日の出来事について。
「1954年 マリリン・モンローが元プロ野球選手のジョー・ディマジオと結婚。同年に離婚」
マリリン・モンローは大好きな女優さん。
コミカルな役が多いけど、この人ってすごく純粋なイメージと影を感じる。
ジョー・ディマジオはアメリカメジャーリーグの元プロ野球選手。
ニューヨーク・ヤンキースと契約し、1941年の56試合連続安打はメジャー記録を樹立した。
1954年2月1日にマリリン・モンローとの新婚旅行で日本を訪れている。
しかし、同年10月に離婚。
離婚原因は、日本での新婚旅行時にマリリン・モンローばかりに注目が集まったため、2人の間がうまくいかなくなった事だったと言われている。
短い結婚生活ではあったが、マリリンが1962年に死去した後、ディマジオは20年間、火曜~土曜日の毎日、墓標に真っ赤なバラの花を供え続けたという逸話もある。
…愛されていたのねぇ…

どうも、すいません。

今日は13日の金曜日ということは関係ないけど、体調最悪…
明日こそはゆっくり寝るぞ~!!

「たばこの日,ピース記念日」
1946(昭和21)年、高級たばこ「ピース」が発売された。
当時、10本入りで7円で、日曜・祝日に1人1箱だけに限られていた。
…と、今日の主だった記念日はこれしかなかった…

私はタバコは吸わないので(そんな理由…)、今日の出来事からピックアップしてみたりする。

すると、「1876年 東京でマイナス9.2度を記録。東京の最低気温記録」というのがあった。
この冬はかなり寒い…
でも、マイナス9.2度なんて気温にはなってないようだ。
ちなみに先月(2005年12月)の東京の平均最高気温は10.2度(12.3度)、平均最低気温 3.0度(4.6度)だったらしい。
いずれも例年の平均気温よりは低いけど、マイナス9.2度には程遠い。
最近の寒波と温暖化の因果関係はあるのだろうか?
まだ科学的に証明はされていないらしいが、科学者の多くは、異常気象は温暖化がもたらしたものだととらえているようだ。
実際、地球の歴史を振り返ってみると、温暖化→氷河期(寒冷化)というサイクルを繰り返しているらしい。
詳しい理論はわからないけど、暖冬の時には白く積雪している富士山が今年は雪が積もっていなかったりするし、一般人にはよくわからないメカニズムがあるようだ。
寒いのも暑いのも苦手だし、身体弱いから、将来のことを考えると不安になってくる。
暑くてひからびて死ぬのも、寒くて凍えて死ぬのもいやだなぁ…
今からじゃ、異常気象に歯止めは効かないのかな??