生前に犯した悪行が、その人物が死んだからと言ってチャラになるなんて都合のよい話はない。

私の痛み、憎しみは増すばかりだ。

私は父の兄、つまりは私にとって「叔父」に当たる人物に酷い仕打ちを受け続けた。

私自身の過失か何かで仕打ちを受けるならまだしも「鬱病」の真っ最中に「お前は怠けているだけだ」やら「仕事も出来ないなら生きている価値もない」そして更に「お前は一族の恥だ」とまで言われた。

「鬱病」で沈む私はなすすべもなく。無抵抗で、まるでサンドバックの状態で、ひたすら耐えるしかなかった。

私が「死」を選んだ背景にはこの「叔父」の存在が少なからず起因していることは事実だ。

その「叔父」が昨年、胃がんで呆気なく逝った。

私が私を苦しめた叔父が死んで喜んでいると思っていた身内は少なくなかった。

待て待て。

私は「逃げやがったな!」と憤りは増幅する。

「許してあげてね」
「もうやめにしてあげなよ」

身内の人々は口々に言う。

私は叔父の通夜も告別式も、当然行かずに仕事をしていた。

「お前のためにやったことだ」私の父は、そう言う。
父は私と叔父の間で何があったのかを知らない。

そして、今ももちろん、墓参りに行くはずがない。

「許してあげなよ」

なんて無責任な…。

私は大抵、死者に鞭打つようなことは好まないし、しない。

しかし、この叔父は全く持って別次元の話。

私は「叔父を憎む」ことをやめたりしない。

もし、私が死を迎えて叔父がいる世界と繋がっていたら…。

今度は手加減はしない。

皆さんも、自分が辛く悲しい日々の中で、その辛さ悲しみを全く理解もせずに、ひたすら批難し続ける輩に出会うことがあるかと思います。

許さなくていいのです。

そして、その輩が死んだからと言って悪行をチャラにする必要なんかない。

ちゃんと、ケリをつけるまで「憎しみ」を忘れる必要などないのだ。

日本ハムファンの皆さん。いかがお過ごしでしょうか?

私は宣言します。NPBのパ・リーグにおいて、栗山監督率いる、北海道日本ハムファイターズがもし、仮に、まかり間違って優勝した暁には、「頭をスキンヘッドにいたします。」

と、まあ、かなり安全な宣言をしておきます。

早い話が、「栗山監督」は有り得ない、ということです。

報道ステーションでは「理論派」などと、持て囃された存在で、確か教員免許を持っていらっしゃったか、と。

しかし、日本ハムもご乱心召されたか?

梨田監督もかなりNGだったが、まさか本当に、栗山くんを「監督」にするとは…。

ダルビッシュの動向次第では、最下位争いも見えてくるようで…。

そして、今日 駄目押しのようなニュースが飛び込んできました。

スレッジとマイケルを呼び戻す!?

新監督のなさることは、本当に素晴らしい!

新しい割には実に古い補強…。

さて、栗山くんの苦々しい顔が浮かびます。

野球を知っていることと、チーム率いて勝つことは、似て非なるものだと私は考えます。

残念ですね。

ただ、若い人材を登用したことは日本ハム球団を高く評価したいと思います。

来シーズンのパ・リーグは面白いですよ!

楽天と日本ハムの最下位、もとい、優勝?争いは…。
沖縄の人々を傷つけてしまった。私はそう思った。

田中防衛局長の発言には、一欠けらの同情の余地はない。

しかし、私たちは日々の生活の中で沖縄の人々に 多大な負担を押し付けている事実を、今回のようなことがなければ、ほとんど想起することはない。

専門家は辺野古への移転しかない、と論ずるが果して本当にそうなのか。

TPP参加問題で、野田総理大臣は、いみじくも「国益を最優先」と論じた。

では、日本にとっての「国益」とは何だろう。

当たり前だが、政府や国会議員の皆さんは国民の「国益」のために働いているのではないのか。

「国益」 今更ながら。

結局はTPP参加問題にかかわらず、沖縄米軍基地問題にしても、何もかも、ことごとく「国益」が履き違えられている気がしてならない。

日本人を犠牲にして、アメリカのご機嫌を伺う「国益」って一体何だろか。

原発も、海外へ原発を売ることも「国益」なのだろうか。

多分、専門家の先生方はこういう「屁理屈」は、一笑して取り合わないだろう。

相変わらず、国民は政治の中にはいない。

「国益」って何だろう。