デュアンの夜更かし -3ページ目

デュアンの夜更かし

日記のようなことはあまり書かないつもり。

 5月5日(水)

 作品を世に送り出す人で、僕が個人的にすごいと思っている要するに好きな人はジャンルごとに何人かいる。はじめは作品に向いていた興味は、そのうちそれを作り出した作家さんにも向かうことは自然な流れだと思う。あるときは文芸誌などでのインタビューを読んだり、あるときは特集されているドキュメント番組を見たり、あるときは直接触れ合える場に足を運んだりするなど、そうやって作品の生みの親、作家さんの価値観や人となりを知る。

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 これまで幾度となくそれをやってきて、失敗、すなわち「作品は好きなのに、この人はちょっと……」などとがっかりしたことは一度もない。ただし、例えば小説家ならば好きな作品のなかにあふれ出ているのはゆらゆら浮遊するようなやわらかな空気感や愛であっても、実際の作家さん自身は至極きびきびはきはきしていてときどき毒を吐くという一面を持っていることを知る場合もしばしば。しかしイメージとのギャップに何らかの失望を覚えるようなことは決してない。むしろ、思わぬ一面を発見すること(そしていつもそれが個人的にとても魅力的なこと)で作家さんへの興味はさらに加速することになる。ギャップを抱かせる可能性があったとしても、究極的には作品は嘘をつかないということだ。それで最近ふと気づいたことがある。といっても改めてみればあまりにも当たり前のことなのだが……。

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 以前これもまたとある好きな小説家が話していたことのなかに、「基本的にそのとき興味があることをテーマにして書いています」という趣旨のものがあった。とくに作家さんのような人たちはそれこそがもっとも基本的なことでもっとも重要なことなのだろう。興味がなければ次々と着想していき展開させていくことなどできず、そもそも取り掛かる意欲がわかない。逆に興味があるものならばどんどん知識を仕入れて、それにまつわる「誰も見たことのないもの」を作り出そうと励むことになる――きっと誰よりも自分自身がそれを見てみたいから。つまり、興味のあるものへは躊躇せずにどんどん踏み込んでいくべきであると気がついた。自分が信じる「良いもの」とは、自分が興味のあるもの――好きなものからしか生まれない。極論かもしれないけれど、そんなふうに信じることができ、そしてそれは良い意味で自分を安心させる説になった。むろんこれはモノ作りだけの話だとは思っていない。もっと汎用性のある説だと思い、要するに「良いものをインプットできれば良いものをアウトプットできる」、こんな感じだ。

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 人の好みは千差万別で、だから自分の好き嫌いが世間のそれと同じであるはずはない。また、悪いもの同様良いものも世界にはたくさんあり、そのなかでも「より良い」などという優劣はそこここにある。そう前置きしたところで、僕は近ごろ、読書を失敗したくないとよく思う。一冊を読む時間も馬鹿にはできないもので、それを費やして読むものから少しでも多くの感銘を受けたいと望むのだ。感銘の受け具合とは、むろん本の内容だけでなく自分の読み方にも左右される。だから、「良いもの」をインプットするために、僕は最近一段とまじめに本選びの段階から読書をするようになっている。そしてこの傾向は、「良いもの」をたくさんインプットしたい、という気持ちからきているものなのかとようやく腑に落ちた。

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 興味本位に日々を過ごしてばかりいてはいけないけれど、ぎりぎりまで興味本位に日々を過ごすことがきっといちばんたのしくて、そしていちばん明日につながる生き方なのかもしれない。

 5月4日(火)

 昨日・今日と、友だちの家に泊めてもらいつつ京都であそんだ。両日共に今年の体感最高気温の記録を更新してくれるという申し分のない行楽日和に恵まれ、自分にとってうれしかったことはもちろん、顕著に多い外国人観光客たちに「いい天気でよかったねぇ~」と祝福してあげたくなった。この2日間の太陽は、人間の悪い部分だけをうまく焼き払って、良い部分だけを浮かび上がらせるそれだったにちがいない。

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 いくつかあったが最大の目的は、昨日お寺で密かに行われた贔屓の作家さんのイベントに参加することだった。小説家と画家。イベント時間の半分は、年齢や出自の異なるふたりの作家が対談を行い、残りの半分はその小説家さんが夢中になってやまない蓄音機のすばらしさを我々におすそ分けしてくれるというもの。

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 そう予定されていた。しかし蓋を開けてみれば結局8割くらいの時間が蓄音機に充てられ、対談はごくわずかだけという構成になっていた。それでも――どちらもたのしみにしていた僕だけれど――とても満足のいく2時間だった。

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 噂には聞いていたが、蓄音機でレコードを聴く、というものはなるほどものすごく面倒なことだった。面倒くさくないのか、そんな話があがったときにその小説家さんはいった、「これを面倒と思うか思わないか、ですね」。危うく自分も「面倒なのでは?」と揺らいだ瞬間があった、でも、その言葉こそが真理だと思った。

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 実際、「面倒」を経て聴く音楽は、すごくよかった(僕たちはただ座っているだけで、直接「面倒」をしないのだけど)。ふだん自分がするような音楽の聴き方とそこで体験した聴き方を並べて考えてみると、とてもではないが一緒くたにして「音楽を聴く」といってしまってはいけないような気がしたものだ。蓄音機で音楽を聴くとき、それはまさしくその音楽と親密に向かい合っているのだ。それは、ぜんまいの回転が少なくなっていないかなどといつも気にかけていないといけない「否応なし」という意味も含むが、なんだかほんとうに蓄音機が今その瞬間僕たちに向かってパフォーマンスをしてくれているように思えてならないという意味においてである。こちらに働きかけてくれている人に等閑な態度など取れるはずがない。それと同じで、レコードを再現する蓄音機がこちらに働いてくれている間は、こちらも相応の熱量で向かい合わなくてはいけない、そんな気分にさせられ、そしてそれは決していやな気分ではなかったのだった。良い経験になった。

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 それもさることながら、やはり僕の印象にもっとも残ったのはその小説家さんの話だった。ありがたい話や勉強になる話ばかりというわけでもなかった(もちろんそれらもあったけど)。どんな話でも、僕が大好きなその人がする話(それは言葉選びや物の捉え方なども含めて)は僕の胸をはっとさせてくれる。決してどれもが全部、共感や正解だと思うわけでもないけれど、もれなくはっとさせられるのは事実。それはその小説家さんという存在が完璧に僕の胸を打っているということで、自分のことながらこの「人が他人の胸を打つ」という現象の奇跡に感じ入ってやまなかった。「この人になりたい」と思うことはふだんからないけれど、こうやって胸を打たれた瞬間だけはいつも「この人みたいになりたいなぁ」と一心に羨望しているたまらなく純粋な目をした自分がいる。そんな人と時間を共有したとき、得るものはいつもとても大きく、そして多く、それを信じて成長すべく明日からがんばろうと思うのだ。2日のうちの、ほんの2時間の話。

 5月3日(月)

 昨日書いた釣りブログ。今日は語られなかったその後の明るい話である。

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 農家のおじいさんにその池の話を聞かされてからというもの、俄然「釣る」という意気は消沈してしまっていた。とぼとぼ歩いて離れて釣っている友だちのところまで行く。正午からはじめた釣りは、友だちの都合により3時までと予め決まっていた。「3時間とは少ないけれど……」と開始前はいっていた。しかし事情がちがえば時間の捉え方もちがってくるもので、「ちょっと早いけどもうお開きにする?」と僕が提案したのが2時少し過ぎ。

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 いや、と彼。見ると彼の竿がびくんびくんと小さく振動している。うそ、と思い、そんなはずは、と思う間もなく彼はあっというまに釣り上げていた。アスファルトの上で元気いっぱいぴちぴち跳ねる小ぶりな魚。針を外しながら彼は「ブルーギル」といった。いつのまにか彼の仕掛けは激変していた。お笑いかと思うほど小さな針に、よくそんなもの持っていたなと思うくらいぴったりの小さなワーム。重りは無し。僕がその仕掛けを指さすと、彼は少し自嘲的に笑って前方目線より少し上の悪徳釣り糸もとい悲しき番人(昨日の記事参照)を指さした。見れば新しい見せしめが増えていた。

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 彼のいる場所、そこは確かに誰が見ても絶好のポイントに相違ない。しかし、悪徳釣り糸をはじめ障害物が多く、根がかりなどで仕掛けを失うリスクも非常に高い場所なのだ。「もう5こくらい失くしてもたわ」と彼。それで、苦肉の策としてつくった仕掛け(極小針と極小ワーム)、それが奇しくも今日この池での正解だったようだ。

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 ブルーギルもブラックバスと並んで有名な外来魚である。そのブルーギルが、この池にはわんさかいることが数十秒のうちに彼は立証した。ただし、どれもがカセットテープ大の小さなものである。「おもしろ仕掛け」を、彼が投じればたちまちブルーギルは食いつき(いわゆる「入れ食い」である)、ファイトがはじまる。小さな魚のファイトはあまりに頼りなく、従って釣り上げるのに要する時間はほんの一瞬。しかし確実に抵抗して「引き」のたのしみを提供してくれる。

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 おじいさんは嘘つきだと非難してはならない。特定の魚だけを完璧に駆除することなど不可能で、魚の繁殖力は人間の駆除力などよりもはるかに優れているからだ。その友だちのいるポイントは、土管のような穴から水が流れ込む流水口。そこには魚が集まりやすく、十中八九外来魚と思しき魚の稚魚が、それはもうおびただしい群れでたゆたっているのだ。穴に近いところは稚魚に譲る形で、少し離れたぐるりにいるのが小ぶりのブルーギル。春になり水温も温かなので、魚は水面近くまで上がってきており魚影は目視できる。そこをめがけて「おもしろ仕掛け」を投げ込めば、興味を示し寄ってくる様、とりあえずつっつく様、食べようか止めようかためらう様すべてが目に見えてわかる。僕もやらせてもらったがその釣りのおもしろさはまた別もので、手ごたえこそ小さいがとてもおもしろかった。

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 魚は頭が賢いもので、同じ仕掛けを何度も見せると次第に偽物だと気づき興味を示さなくなる(これを「スレる」という)。しばらくすると我々の釣りにも「スレ」がやってき、あまりのたのしさに約束の時間を回ってしまっていた。ブラックバスじゃなかったけどまぁ別にいいか、と帰る用意をはじめたとき、水中の土管の下からぬっと、中年おやじが顔を出した。見つめあう僕と中年おやじ。その時間は永遠のように感じられたが実際は一瞬だったかもしれない。おやじは再び鈍い音をたてて水中に潜っていった。横で友だちが叫んだ。「なまずや!」

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 外来魚は、その強さから日本古来の魚を絶滅に追いやることで駆除の対象とされている。なまずは日本もしくは東アジアに多く、日本古来の魚、と考えてよいだろう。そのなまずがきちんと住んでおり、(これは僕の感覚でしかないが)快適そうに柔和なほほ笑みをたたえていたのだ。その顔はもちろん大変不細工だった。大きなブラックバスはいないけれど、そしてその池の実情の全貌を知ったわけではないけれど、日本古来の魚と外来魚が共生している池。釣りに関しては魅力的な池ではないけれど、僕は密かにこの池のことは好きでいつづけるだろう。どうかあの主が、不細工なまま笑いつづけられる池であってほしいと心から思う。

 5月2日(日)

 ようやく今年はじめての釣りに行ってきた。天気は申し分のないほど晴れわたっている。シャツ一枚でも、と思わせる空だけれど忘れてはならないことは病み上がりだということ。そういうわけだから、つまらないと思いながらもたっぷり着込んで水辺へとくり出した。

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 半年ぶりに訪れた池は、季節が巡って水がとてもきれいになっていた。小高い土手を上れば開ける湖面の青を見たそのとき、「地中海!」と口に出してしまったのは連れの友だちを意識したジョーク半分、(地中海はいったことはないけれど)真面目半分のものだった。半年前の記憶ではずいぶんと水は濁っていた。池の水とは濁ったり澄んだりをくり返すものであるということは知っているけれど、「一回水を全部抜いて入れ替えたんちゃうやろか」と思うほどの変わりようである。それすなわちブラックバスのような外来魚にとって大問題、とこの水の澄みようは自然のものであることを祈りながら疑似餌を噂の水に投じる。

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 数十分粘るも、竿先にはなんの沙汰もない。しかし、恋や、購入したCDの開封と同じく、「釣りは焦らず」である。季節に見合った仕掛けでもってもうしばらくじっと耐えた。

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 「あかんなぁ」とは釣り名人である友人の弁。彼がそういうのである、僕も思う存分「そうやなぁ」と賛同する。「魚がおる気配すらない」と彼はいい、僕はおうむ返し。場所を変えよう、とすぐ横の池に移動する――こちらもその昔「よく釣れる池」との名声を縦(ほしいまま)にしていた。

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 外来魚の駆逐が叫ばれて喧しい昨今である。娯楽の釣りに対する目も冷ややかなもので、その池でも表向きには「釣り禁止」の立て札がある。意地悪なことに、池の上空数メートルのところを横切るように釣り糸のような(皮肉か? お?)糸がぴんと張られており、元気いっぱい疑似餌を投じようものならその糸に絡まって、着水すら叶わぬという憂き目に遭わせられるのだ。その釣り糸界の問題児釣り糸には、うっかりキャストミスしてからめ捕られてしまったのだろう、持ち主不明の複数のルアーがだらりと垂れ下がっている。「あんたらもこうなりたくなかったら……」と悪徳釣り糸がきらりと光る。見せしめとされているルアーたちはその針の鋭さもはやなく、輝きもなくすっかり生気を失った囚人のように見えた。

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 あいそうですか、と引き返すような僕らではない。あいにくふだん釣果が悪い自分、そのぶんキャストの回数は多くなり、ならばキャスティング能力は自然と上達している。ただじっとしているだけの悪徳釣り糸に捕まるような真似は絶対にしない。そうやって、その池でもしばらく投げては巻き、投げては巻きをくり返した。

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 しばらくすると、下の農家のおじいさんが除草用の鎌片手にほっほとこちらに向かって歩いてきた。ブラックバスやろ、なんぼやってもここでは釣れへんで。どうして、と僕。曰く、小さいうちに川鵜が飛んできて食べてしまうそうだ。また、これこそが真の原因なのだが、ここ数年で駆除はかなり進んでいるとのことだった。「そう、駆除」といいながらおじいさんは足もとの雑草を鎌でずぱっと刈った。まったく力の入っていないような振りでも、雑草は軽々と切り取られていた。

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 おじいさんに礼をいって、僕はその話を離れて釣りをしていた友人に教えてあげた。なるほどなぁ、と得心した彼は少し寂しそうに、だけどそれ以上に潔く仕方がない、と前を向いていた。「まぁ、おる池にはまだバスはおるやろ」。

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 ここに釣りの対象となるような魚はいない。おじいさんから聞き、それを友だちに伝えたとき、悪徳釣り糸がきらりと光るのが目に入った。ああ、お前か、と僕。とたんに悪徳釣り糸のことが不憫に思えてきた。「それなのにお前はなぜそんな警備をやらされているんだ?」 なかの宝などとっくにない宝箱を長年一心に守りつづけている者。それと知らずに宝を狙い、返り討ちにあった者。真実はあまりに残酷で、いろいろ考えれば悲しくなりそうだから、代わりに、もうここに釣りに来ることはないだろうとだけ思うことにした。

 5月1日(土)

 いうなれば昼も夜も関係なく寝て療養の数日だったこともあり、そうなれば自ずと「ふつうの生活」に戻すときはかなり難儀することになる。夕べがまさにそれで、足りに足りている体でもってさらに「眠り」と邂逅することは、シャカシャカ音のなるナイロンジャージを着込んで渓流でヤマメを狙うくらいに途方もない大チャレンジだったかもしれない。枕もとの読書に夢中になり過ぎないよう注意を払いながら、にじりにじり就寝の総本山に近づいていることを実感したのが深夜2時くらい。機敏な動きで消灯し、確かに部屋に浮遊する「眠りの気配」と同化させようと試みるも、気持ちとは裏腹ちっとも願いは成就しない。それで結局だ、起床時間の朝8時30分までついに一睡もすることができなかったのである。

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 天地神明に誓ってもよい、就寝への助走である読書の時間も含めて7時間半、僕はベッドから一歩も出ることなくひたすら眠らないままでいた。今改めてそれを思えば気が狂いそうになるが、実に際しているときは憧憬の「眠り」にひたすら一途で、一途ゆえに盲目になり気を狂わせている暇などなかった。昔はそういう夜も(決して多くはないが)珍しいというものでもなかった。そういうとき、空が白みはじめ複数羽の鳥の鳴き声が認められるころには眠ることを諦め、ふだん持ち得ない早朝時間をたのしんだものだった。しかし久々の今回は、たとえリミットが2時間を切っても少しでも眠ることを諦めきれず、その粘りはついに残り15分までつづいた。ほんの少しでも眠ったと眠らないとでは日中の持ちようがずいぶんちがうということを知ったのだ。だが、眠れなかった。

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 眠れない夜、価値の有無に関わらず、それが考えることのできるものならばなんだって考える。好き勝手に移籍させて完成させる自分だけの最強のサッカーチーム。また、通ならば必ずや唸るであろう「ちょうどええどころ」でつくったチーム。連載中のマンガの続きはこの先どう展開していくのか。次、外国人に道を尋ねられたらやろうと思う立ち居振る舞いのシミュレーション。僕は透明人間。云々。

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 動かず、されど眠れず。ならば次第に苛々してくるのが正常な手順である。なぜか苛々したら全身がむずがゆくなってき、ふとんのなかで器用にズボンを脱いで、足首のあたりから首もとまでがしがし掻きむしる。掻いて掻いて、一か所のかゆみが消えればたちまち別のどこかにかゆみが宿る。延々それのくり返しで、かゆみのモグラ叩きをやっているような不愉快な心地。掻くという明確な行為があってももはや無心にはなれない。ちょうどそのときはなぜだかマンガ「デスノート」のあらすじを思い出そうとしていた。

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 かゆみのモグラもそう根気強くない。数十分付き合ってくれただけで再び僕は孤独になり、その後数時間眠りを信じて朝を待ちつづけた。眠れないままそろそろ各家庭の郵便受けに朝刊が差し込まれ終わるころ、ふと触れた太腿裏がぴりりと痛かった。なんだ、と驚いてすぐに気づく――数時間前掻きむしったせいだ。奇妙なのはその瞬間、すっかり忘れていた「デスノート」のことが頭に甦ったことだ。こんなふうにセットになっているものなのか。

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 それまでの睡眠の貯蓄が潤沢だったからだろうか、病み上がりの不眠でも今日一日を朗々と終えることができた。それは思わぬ誤算で、とてもラッキーなこと。こういう夜、すなわち今は、いい加減まぶたはかなり重たいが良い気分だ。なぜなら、今夜の僕には完璧な睡眠が約束されているから。たっぷりの太陽のもと、日中はふとんも干せた。今夜のぶんまで起きた昨夜だ。今夜は、昨夜のぶんまで眠ってやろう。

 4月30日(金)

 風邪風邪とかまびすしいブログは本日でもって最後にすることを誓う。この宣言、「そのくらいの気持ちで……」という意思表明の意味合いも多少はあるが、実際に完治まではあと一歩という手応えがあってのものだ。いうなれば、暴漢(風邪)はもう通り過ぎたのだ、今は巻き起こった砂塵が収まるのをじっとこらえているという段階。例えなどはどうでもよい。ただ、前回(10月19日ぶん参照)は風邪を一羽の鳥と見立て、現在のような状況は「尾を長くひいている」というふうに表現しており、そちらのほうが幾分センスがよい。

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 今日も帰りはコンビニに立ち寄り、気休めのど飴と、定番中の定番ラクトアイスをいそいそと買い込んだ。「アイスも値上がりしているんだなぁ」とはこの一週間で知ったこと。せっかく買ったラクトアイスを帰るまでに溶かしてしまってはつまらない。急いで帰ろうとまたぐだけの国道二号線に差しかかったところで、珍しく渋滞ができていた。しかしそこは機動力に富む原付き。すいすいと前に躍り出てみればたくさんの警察が巻尺などでもってせっせと作業しており、傍らには不安そうな顔した若い男性。交通事故? との予想はしたたかに的中し、数メートル先にフロントバンパーが大破した軽自動車が歩道に乗り上げてくたびれていた。詳しく見たわけではないけれど、他自動車との衝突事故ではなく(事故車はその一台だけだった)、近くの壁や電柱などにもぶつかった痕跡が見当たらなかった。謎の大破、と頭のなかで片付けることにして、思考は展開する。

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 ある期間の事故件数を観測した時間で割り算すれば、一秒ないし一分あたりに何件事故が起こっているか算出することが可能だ。交通事故に限らない。世界中で、一秒の間に死んでいる人数、生まれる人数。宝くじで億万長者になった人数、破産した人数。データさえあればなんだって可能だ。ならば、この今しがた事故を起こした若い男性も、そんな「一秒あたりに……」を真実にするための「必要な加害者」であったという見方ができなくもなく、そう考えれば被・加害者といういい方ができるのではないだろうか(「被害者」とは微妙にちがう)。むろん起こしたくて事故を起こしたはずがない。誰もが注意して運転しているなかで、事故とはくじ引きのように降りかかってくるものなのかもしれない。まったく、不憫としかいいようがない。

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 今日は物をよく落とす日だった。こんな日は危険だ、と今一度交通状況に気をつけながら帰宅を果たし、カフェラテと共にラクトアイスをたのしんだ。ラジオでも聞こう、と自然とスイッチに手が伸びたことが、体調がもと通りに戻りつつあることを示唆している。aikoの最新のシングル曲「向かいあわせ」が流れていて、聴き入る。特に贔屓の歌手ではないけれど、なんだかこの曲はとてもきゅんときてかわいいから好きだ。そしてしばらくしてアジカンの「ソラニン」が流れる。これはすでにiPodで何度も聴いた曲だけど、こうやって不意に耳にすることで改めて良さがわかることはある。久々に音楽を聴いた、という気分で、それは言葉にしがたい晴れやかな気分だった。それから、実に5日ぶりにiPodを取り出し、Radioheadの「KID A」を聴いた。これまで聴いたなかでいちばん良かった。

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 今日の場合でいえば、音楽か。僕たちは簡単に気分が浮き沈みし、そしてそうなった気分を簡単に沈めることも浮き上がらせることもできる。良いと思っていたら簡単に悪くなったりし、悪いと思っていたら簡単に良くなったりする。浮沈は激動だ。長く同じ状態であることなどない。と、ときどき悟るのだけれど、じきにまた忘れてそれをくり返す。それで、ようやく板についたころに全うするのが天寿なのかもしれない。

 4月29日(木)

 鼻づまりが解消されて味覚が戻ってきたかと思えば、今度は激しい痰(たん)である。日替わりでいろいろな表情を見せてくれるこの風邪、そのエンターテインメント精神は買ってやるが、そろそろほんとうにもうたくさんだ。

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 基本的に寝てばかりいる。今日はまったく何の予定もなかったものだから、とことんまで安静にしてやろうと意気込んでいた。睡眠はとっくに飽和状態で、だけど眠っている時間にこそ事態は変化するものである。だからミラクルを信じて意識を飛ばすことに専念しつづける。そして、再び「ようやく眠れそう」というサイクルの訪れの予感があったのは昼過ぎ。そんなときに枕もとの携帯電話からメール受信を告げる軽やかな音が響いた。見れば階下の母からで、曰く「今からインドカレー食べに行くけど、どうする?」。母には以前から気になる有名インドカレー屋があったことは知っている。諸々の都合がついたのが今日ということで、それでついでだからと尋ねてきてくれたのだろうが、もちろん二つ返事で「やめとく」と返信した。風邪、それもよりによってのどを中心にやられているときにどうしてスパイシーなカレーなど食べて回復を見込めよう? 好きな食べ物ベスト3に永久的にランクインしつづけるであろうカレーではあるが、自分にこれほど瞬時に拒絶する側面があることを知って少し驚いた。同時に、またしても安全な選択肢をしたたかに選んだ自分がちょっとだけ淋しかった。

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 病状はほんとうに、ずいぶんと回復している。この体の重さも、風邪によるものというよりかは、おそらくはずっと体を動かしていないことによる。顕著なのは3つめの進化段階に突入したこの痰くらいのものであり、痰が落ち着き次第、生活をもとに戻していこうと計画を練る。あらゆる進化段階の相場は3回までと決まっているものである。もしこの風邪もそれに準じてくれたならば、見事にやきもきさせてくれた、この演出上手! と後に拍手のひとつでも送ってやるつもりだが、万が一禁断の4段階目に足を踏み入れようものなら、野蛮で無粋な腐れウィルス! と自分がつづく限りいいつづけてやるつもりだ。

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 相変わらずテレビを見ない。新聞も読まない。それどころかなぜかラジオもつけようとせず、音楽も一曲たりとも再生していない。まるで時間のない世界にでもいるような錯覚(狂気)になり、だから毎日ブログの最初に日づけを入力するとき、たいそう驚く。だからもう、4月決着を誓う。ここ数日、ちらと横目で見たニュースで知っているのは、与党の幹事長が起訴相当になったことと、覚せい剤で捕まった音楽家の確か初公判があったことくらい。特にオと思わされたのは後者で、それもまたワイドショーの作り方なのだが、見出しに「せんべいに隠ぺい」とあった。韻を踏まれても困るのだが事実ならば仕方がない。しかし(詳しくは知らないが)せんべいに覚せい剤の受け渡し場所を書いて、それを食べて証拠隠滅としたらしく……なんだそれ? インクはソースだろうか? せんべいはかなり大判だったのだろうか? だいたい、手口がかなり芝居じみており、このような事件がなければ本業の楽曲の歌詞の一部でもっとロマンティックな形でお目にかかれたかもしれないなぁとふらふらしつつも思ったことをよく憶えている。

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 まったく世間から遅れをとっている。ちょうど若干世の中が停滞するゴールデンウィークなのは不幸中の幸いかもしれない。とにかく、治そう。もうそれしかいうことがない。

 4月28日(水)

 風邪ひきブログも本日で3日目である。一体いつまで続くのだろうか。願わくばこれでもって打ち切り、また明日から話題探しにうんうん唸る日々に戻りたいと思ってやまない次第である。

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 今日もまた昨日、一昨日とほぼ同じ一日。昨日から変わったことといえば、伸び放題になっている髭面(実際はちょこちょこと生えてきているだけ)と、痛みがひいたのどに代わり味覚を奪う鼻づまりが台頭したこと。体のだるさ・重さは相変わらずで、固くなった体はさらにその強度を増す。

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 このような生活は、求めようがないことから自然とたのしみが少ない。しかし人間には与えられた環境のなかでそれなりに工面してやり過ごす能力が備わっているものなのか、こんな日々でもささやかなたのしみを持っている。そのひとつが、帰宅途中に買うアイスクリームである。「帰りにコンビニで選べる、帰ってからそれを食べられる」と思えばどれだけしんどいときでも奮起することができ、今や衰弱した自分を支える唯一の希望は「その日のアイス」といっても過言ではない。

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 そうして今日も夕方、ベッドに沈み込む前にラクトアイスを恍惚浮かべて堪能したのだった。連休の真っ只中よりも前夜の方がうれしいのと同じく、食べる直前舌先までラクトアイスを運んだ瞬間がもっとも至極のひと時なのである。だけれど矜持というべきか、理性はきちんと保っている。これをもって最大のたのしみとする自分に感じる淋しさが止め処なく、もしも向こう5年のラクトアイスと引きかえに今すぐ風邪を治してやろうと神様が取引を持ちかけてきようものならば二つ返事で応じるだろう。そのくらい風邪に対する嫌悪感を持ち、同時にラクトアイスに対する愛を持つのが自分なのである。しかし実際の神様はそのような取引の場に現れるほど暇ではなく、今日もまた比肩するもの見つけがたい種類のペーソスを羽織っては病床のラクトアイスに舌鼓を打ったのだった。そしてその顛末は、忌々しき鼻づまりによって無味無臭のまま終わったのだった。

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 ここ2、3日、帰宅後午後6時半ごろから3時間ほどは無理やり眠るようにしている。そのため家族と夕食の席を一にすることはなく、夕食は10時前からひとりで少量を摂る。母は息子が風邪をひいている、そしてその病状は芳しくないものだということを知っているはずである。そんななか今日のメニューときたらステーキと刺身だ。絶句を浮かべる息子に母はアといって、声を出して笑いながら「今の体によくないものばっかりやな」。まぁでも食べなさい、と母はいう。フライパンでお肉適当に焼きなさいね、と。するとどこかから物好きな父が駆けつけてき、曰く「肉は強火で一気に焼けよ。それから最初は動かすな」。体によくなさそうやなと僕が肩をすくめるも父は聞いておらず、「て」と「ぺ」の中間くらいの音という独特の擬音語でもって火の当て方を指南してきた。焼肉もその範囲内で、アウトドアなものに昔から目がない父なのだ。

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 後に父はいった。風邪は、薬じゃないんや。十分すぎると思うほどの食事と、睡眠。それで一発や! 医学が行き届いていない世界の話ならばそうかもしれないが、と思いながら僕はなかがずいぶんレアに焼きあがった牛肉や、一緒に焼いたにんにく、生の刺身などを父に見せつけるように次々と平らげ、そのあと隠れて薬を飲んだのだった。世間は静かにゴールデンウィークを迎える。

 4月27日(火)

 復調していないということなので、今日もまた「闘病日記」となる。景気づけに何かたのしい話題でも展開したいところだが、テレビもラジオも新聞も、およそ自分の体調以外の何とも関係を断っていることから話題がない、というよりも頭が感性を失っている。閉鎖的引きこもりがダメな理由を、ここに身をもって知った。

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 昨日とほぼまったく同じような一日だった。昼ごろまで粘り強く何度も眠りに自分を突き落とし、昼下がりから学習教室へ。こんな日に限って天候は春の嵐であった。なにしろ眠ってばかりいるすなわち横になってばかりいるものだから、体が小さく固まってしまったよう。そのため久しぶりに体を伸ばすようなことがあればぴきぴきと感じのよくない痛みが走る。そういうわけだから、嵐のなか原付きを走らせること以前に、着込んだ服のさらに上からカッパを着るその動作の方が辛かった。

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 子どもとのふれ合い。昨日の大失敗から今日はことさら注意して臨んだ。4年生になったばかりのお調子者の男の子が、何とかして勉強から逃れようと今日は手近なところに置いてあったモップでもって部屋のそうじをしはじめた。まだ他に子どもが来ていなかったことからしばし黙認していると、そいつときたら埃まみれの床を掃いたモップを僕の腹にこすりつけてきやがった。曰く、「先生もそうじしたらなあかんからな」らしく、彼にとりひとつのボケのつもりがモップは案外洒落にならない汚さで、とっさに本気の身の翻しから「柔らか大外刈り」をキメてしまった。それはそれで何ら間違った教育ではないと全力で思っているが、服が汚れるからという理由で、子どものボケをないがしろにする大人はつまらないと猛省したのも事実。ゆっくりと着地した一連の「大外刈り」を、「ダンス」だと解釈した彼は希代のお調子者と再確認した。

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 注意していたつもりでも、風邪っぴきの状態ではテンションの上限が意外と低いものらしく、子どものパワーに見合う受け答えが思うようにはできなかった。小さければ小さいほど第六感は敏感なのか、5年生や6年生はなかなかしんどい要望をしてくるのに反し、新1年生の三人が今日は異常に真面目に勉強に取り組んでくれ、担当する僕を助けてくれたのだった。今日を失敗なく最後まで乗り切れたのは、確実にその新一年生たちのおかげである。

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 終わると、気休めを求めて近くのコンビニへのど飴を買いにいった。今回の風邪の被害は、のどを中心とするものなのだ。のど飴が陳列されている棚からほどよい位置に、アイスが眠る冷蔵器が目についた。風邪をひけばアイスを食べる、というのは小さいころの刷り込みかもしれない。それからは矢も盾もたまらずにアイスを選び、ちょっとだけ贅沢していそいそと雨上がりの家路についたのだった。

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 風邪薬を飲み、夕べはちょうど1時間くらいで激烈な眠気が覆いかぶさってきた。今日もさきほど飲み、すぐブログに取り掛かり現在服用後約30分。これから入浴し、雑務を済ませることにはきっと眠気がぴったり訪れる。これは完治への栄光の流れとみてかまわないだろう!

 4月26日(月)

 しまった、しばしの奮闘を誓った昨日の今日で、風邪をひいてしまった。今日午前中などは体も意識もちっとも思うように動いてくれず、従って午前中というものが存在しなかった。これは大嫌いなパターンである。

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 午後はそれでもへばっているわけにもいかないので、ぎりぎりまで眠ったあと、子どもたちの待つ学習教室へ向かった。いつものように原付きでぱひーんと向かうわけなのだが、その間、こんなしんどい日は歌をうたう気にもならない。疾走感からひとりでに歌を口ずさんでいるのが常なものだから、今日はあたかも世界がまったくの無音になったかのような錯覚に陥ったのだった。

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 いつだって子どもは元気だというのが厄介だ。風邪ひいたん? と持ち前の第六感を働かせて尋ねてきさえするものの、彼らは僕のことを風邪っぴき、病人だとみなした配慮を一切見せてくれようとしない。丁重に扱われでもしたらそれこそ大問題だと思うわけだからそれで構わないのだが、あと1オクターブだけでも落ち着いてくれればと願う気持ちは止めどなかった。

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 中盤あたりでふっと意識が遠のくことがあり、それを機に椅子に座って不動の態勢となることを了承してもらった。わからない問題や質問がある場合はここまで来てもらうようにし、そこでヒントを与えてあげたり、靴下が破れかけていることをからかったり、アクロバティックな寝癖頭をからかったりと、なんとか仕事を続行することはできた。

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 いろいろな子がいるなかに、算数が苦手な子というのはもちろんいる。多くは望むのはとりあえず置いておいて、基本的なことをしっかり押さえていこうね、と方向性を決め、それに伴って最適と思われるサポートを日々根気強く続けてきているつもりだ。今日もいつものように質問をしに来てくれたわけだが、二度三度と説明してもなかなか理解が困難な問題にその子はかなり難航していた。だけどそれはいつもの風景である。だのに自分ときたら、思うようにいかないことに少しずつイライラしてき(むろん解けないその子に、ではない。的確なヒントがいえない自分にである)、するとこちらのイライラが子どもに伝わらないはずがない。はにかみ屋ながらも人なつっこくて可憐な笑顔が印象的なその子の顔が、みるみる曇っていく光景が目の前にあった。必死で取り戻そうと思う気持ちとは裏腹に体がそれについていかず、半ば無理やり答えを教えるようにして解答欄が埋まればその子はもう僕の前にいる必要はなく、なんとかしないと、と思っている間にその子は自分の席に戻っていってしまった。もう自分をやめてしまいたくなった。

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 その後、花粉症らしく目をこすっては止まないその子、その話題を足がかりにその子を中心に教室中が沸くようなたのしい一幕が起こった。僕に絶妙にツッコんでくるその子の笑顔はいつものものだった。それで取り返した気になった僕ではあったが、そのあたりの懐の深さが子どもの尊敬すべきところである。もしかしたらほんとうに当座は取り返せたかもしれない。幸い明後日もその子と顔を合わす予定で、そのときは復調した体でもって完全に取り返そうと思う。いかなるときも子どもに大人が迷惑をかけてはいけない。

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 帰宅してから4時間ばかり横になり、午後10時半ごろ強引に栄養も採った。実は腹は空いていたのだろうか、食べれば少し元気が出、その産物が今日のこのブログ。眠気誘発目的で風邪薬も飲んだことだし、ちゃっちゃと入浴をすまし、早めにふとんにもぐろう。冷える間もないふとんが、僕のペーソスを喚起する。