デュアンの夜更かし -2ページ目

デュアンの夜更かし

日記のようなことはあまり書かないつもり。

 5月15日(土)

 ふと居間のテーブルの上に目を落とすと見慣れぬハードカバーが置いてあり、母になにこれと訊くと、「『告白』、湊かなえの」といった。巷で話題になっているし買ったのかと思ったが、すでに文庫化された今日にハードカバーとは少々不経済だと思った。よく見ればそれはほんの少しだけユーズド感が認められ、どうやら買ったわけではなさそうだ。誰か知人にでも借りたのかと予想した上で、これどしたん? と尋ねると、曰く、妹に頼んで、通っている高校の図書室から借りてきてもらったらしい。本を裏返せばなるほど図書館の蔵書を示すラベルが貼られていて合点がいき、次の瞬間、きょうびの高校の図書室でも市立や県立の図書館よろしくバーコードで読み取ることですべての情報がデータ化されているのだと知って驚いた。

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 もはや図書カードなどというアナログなものは存在しないのだろうか。そして、あれは確か「代本板」と呼ばれていた代物だった――。僕が小学校のとき各自に渡された平均的ハードカバーの大きさ、厚さに仕上げられた木の板(それには背表紙にあたる部分に学年と名前を記す)。「図書室で本を借りたときは、抜き取った本の代わりにこれを差し込むこと」と先生は釘をさした。みんなが本を借りすぎたら本棚がすかすかになって収拾がつかなくなるかもしれない――。教諭陣はおそらくそんな心配をしていたのかもしれないが、あれは確実に杞憂だった。そもそも当時、図書室で本を借りようとする小学生などほとんどいなかったのだから。かくいう僕も、恥ずかしながら「代本板」を正しい用法で使ったことがない。

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 直筆の図書カードがなくなることはハイテク化が進む上で当然のことかもしれないが、それとは関係のない「代本板」、あのシステムは全国的にメジャーなものだったのだろうか。少なくとも、あれ以降、僕はそれを目にしたことがない。謎といえば謎である。

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 予定外のノスタルジーに多くの行を割いてしまった。それにしても、高校の図書室に目をつけた母はなかなかの策士かもしれない。確かに市立図書館の類では、話題の本をその場で借りることなど到底不可能だ。人のことはいえないが、高校生とはこれほど本を読まないものなのか? 妹に訊いてみれば、「別に、予約もなしに簡単に借りれたで。やっぱ誰も読まへんのちゃう?」と今どきのノリで高校生の図書室事情を教えてくれた。確かに、手もとのハードカバーはほとんど手垢がついていない。それでもコンピュータでのデータ管理システムを取り入れたり、新刊を毎月仕入れたりとごく少ない(であろう)需要に一生懸命な学校の姿勢に切実な感動を覚える。あぁ、僕もとうとうこちら側に来たのだ。

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 母が読みたいといっていた『告白』だ。しかし母が手をつける前に僕が「つまみ読み」してしまったのが良かったのか悪かったのか……。なるほど噂に偽りなくそれはとてもおもしろく、止めるに止められなかった。母より先に手を出したくせにのんびり読むわけにもいかない、という気持ちもあったが、それ以上に本が中断しようという気にさせてくれないせいで結局3時間ほどかけて一気呵成に読了した。「決して良くはない読後感」との触れ込みがあったけれど、個人的にはそんなことはなかった。母は読むのが早く、だから遅くとも2,3日後には読み終わっているだろう。母の感想を聞いてみたい。妹はきっと読まないから。高校の図書室が穴場だと知った夜。

 5月14日(金)

 先日、いつものように夜な夜なジョギングに精を出していたときだった。僕の基本とするコースは後半に立派な病院の前を通るようになっているわけだが、お世辞にも都会ではないこの町、健全な病院といえども夜にしぃんと浮かび上がるそれというのは少々不気味であるのは否めない。

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 往路はその病院の玄関前を横切るように通り過ぎ、通過後まもなくして道路を横断し、来た道のしかし今度は反対側の道路を復路としている。折り返して復路に差しかかったときだ、向こうの方から真っ赤なランプをくるくる回転させながら、速いスピードで滑るように一台の救急車が近づいてきた。なおも歩道を走り続けていた僕はほどなく再び病院の前で、するとその救急車の目的地も案の定その病院であるらしく病院の敷地内へ入るべくウィンカーを点灯させた。

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 救急車で傷病人が搬送された瞬間、という緊急事態の現場に出くわした僕は、それはめったにないことで不謹慎にも野次馬根性が働きジョギングの足はすっかり止まり見入ってしまっていた。救急車は到着という段階で、これから入るべくなだらかでも確実に段差になっている歩道に乗り上げた。それは想像を上回るほどゆっくりゆっくりの車の操作で、その際の慎重さには目を見張るものがあった。

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 救急車とはタイヤとエンジンのついた病院で、だからそれにかかる費用は莫大なものであると以前聞いたことがある、そしてそれは納得至極のことだった。乗り物に振動は付きもので、だけど傷病人に振動を与えることはなるべく避けたい。そんな矛盾を限りなく現実にすべく、車体のスプリングもかなり強化されているとも耳にした。見た目は無骨ではあるが、救急車はそんな繊細さの結集の果てなのだ。

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 そんな救急車でもってしても、運転手は小さな段差でも――少しやり過ぎではと思うほど――細心の注意を払っていた。当然といえば当然だろう、だけど僕はその配慮や責任といったものがにじみ出た一幕に大きな感動を覚えた。信号が赤でも律儀に停止することなく一刻も早く現場に駆けつけることが最速ならば、病院到着前の段差を慎重に慎重に通過することもまた最速なのだ。

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 ハッチバックが開かれ、傷病人の院内への搬送が行われた。目の前とはいえ、4車線をはさんだ向こうの光景であり僕はそれほど詳しくは見えなかった。しかし、その一連の流れには迅速と慎重が高レベルに同居していた。あっというまに彼らは患者を院内へ運びこんでいった。誰もいなくなった救急出入口では救急車が静かにびかびかと赤いランプを回し続けていた。

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 運ばれていった傷病人がどのような状態なのかはわからない。だが、少なくとも夜中に救急車で運ばれるほどのものだからさほど軽症とは思われない。一部始終を見終えたから、という理由で僕はジョギングを再開したわけだが、なんだか妙にふわふわと心が落ち着かなかった。誰に頼まれもしないのに自発的にジョギングをする僕は、今しがた運ばれた患者さんとは――語弊を恐れずにいえば――正反対の生気具合だ。4車線を隔てた僕とその人の距離はすごく遠く感じた。だけど、その後家に帰るまでの間にその距離は一瞬ものすごく近くなったり、次の瞬間にははるか遠くなったりとちっとも定まらずふわふわと漂うだけだった。

 5月13日(木)

 午後から電車で2駅、友だちと落ち合ってくだくだとおしゃべりに興じた。待ち合わせ場所はもっぱら本屋である。働きアリのなかにも怠けるアリがいるように、比較的時間には厳格な日本人のなかにもルーズな者もいる。それはときどき自分であり、または相手である。むろん、例えば交通麻痺などによる遅刻などやんごとなきケースもあるわけで、そういった待ち時間をストレスなく、それどころか得るものさえ見つかりうる場所こそが本屋なのである。ちなみに今日の僕の場合でいえば、立ち読みのなかにあったエッセイから「ぜひとも読むべき本」を2冊ほど発見することに成功した。最寄りに本屋がある場合、これからはぜひ待ち合わせ場所には本屋を選択されたし。

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 無事友だちと合流できてからは、すぐに喫茶店を探すのではなく、僕のわがままに友だちを付き合わせた、すなわち、大型CDショップに立ち寄った。そこではあるクラシック音楽を探していたのだが、在庫があるという目算はまったく立っていなかった。しかしそれは、一年前のヤナーチェックの「シンフォニエッタ」や、今をときめく辻井伸行くんのCDといった事情、要するに売り切れてしまっているかもしれない、という危険性のあるものではない。「そもそも店が仕入れているのだろうか」という、極めて需要が少ないと思われる類のものである。

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 閑散とした店内、しかしみな忙しそうに立ち働く店員たち。クラシックのコーナーで目を凝らしひとつひとつCDに印字された所望の文字を探す。しかし案の定店頭には並んでおらず、仕方なく電話の応対に忙殺されている手近な店員(それでも彼女がもっとも見込みがあった)の横にぴったり寄り添い待った。しばらくして電話が終わり、僕の用件を聞き終わると、彼女は僕をタッチパネルのところまで誘導した。そしていう前に、僕がいった。「これで調べればいいんですね?」 彼女ははいといって再び忙殺の彼方に消えていった。

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 反応されにくい指、理解が追いつかない頭。以上の2点から機械操作に難がある僕だ。今日のタッチパネルにも相当難儀したのはいうまでもない、そして所望のCDがやはり見つからなかったことも。余談だが、そんな機械操作に対してハンディキャップを持つ自分が、携帯電話をiPhoneに替えようかなどと考えることは愚考であろうか。

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 時間を取らせたことを陳謝して、僕たちはようやく喫茶店に腰を落ち着かせた。一杯のコーヒーだけでそれからおよそ4時間くだくだとしゃべった。大別すると5つほどの話題が展開されたわけだが、そのなかでも群を抜く盛り上がりを見せたのは「父」についてであった。友だちが自分のお父さんのことについて話した内容は、主に、というか9割9分9厘が愚痴やその類だった。はじめ僕はけらけら笑いながら、やがて未来の教訓にしたり激しく同情したりしながら傾聴したっぷりたのしんだ。しかし僕にも自分の父について愚痴やその類がないわけではない。むしろ、友だちのそれとまったく同じ温度でまくし立てるくらいの日々の鬱憤はある。あまりいわなかったのは、一度堰を切ればもう押さえきれなくなるという確信があったからだ。それでも途中からは「ひとつだけ僕も…」といいながら結局いくつか「不満セレクション」を吐露させてもらったのだが。

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 時刻はそろそろ20時という頃。ぼちぼち帰ろうかと駅まで歩き、すると友だちが「ドーナツ買って帰るわ」といった。それいいやん、と僕も便乗させてもらい、家族ぶんのドーナツを買って帰った。いつだったか「聴きたいねん」とぼやいていたCDを買えなかった、せめてもの罪滅ぼしのつもりで。

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 家に着くと家族は晩ごはんを食べはじめていた。食卓の真ん中にはでんと出来たばかりのケーキが鎮座していた。それを見た僕は一瞬ばつが悪い表情になったが、めげずにドーナツの袋を差し出した。受け取った相手は、こちらが恥ずかしくなるくらい顔をほころばせて感謝の言葉をいった。今日は父の誕生日。正確な年齢はよく知らない。

 5月12日(水)

 長らくブログをこのアメブロでやっていて、せっかくブログテーマがあるのだからと、書き溜めてきたこれまでのものを鑑みてテーマとして独立できそうな記事を振り分けてみることにした。そうして――多いのか少ないのかわからないが――いくつかのテーマが新設され、そのうちのひとつが「蟻といた日々」である。これは少し前に席巻したテーマで、かいつまんで説明すると、僕の部屋とりわけ机周りにアリがよく散見されるようになったわけで、ぷちぷち殺生するのが性に合わないからと静観を保っているうちにいつのまにやら好き放題やられているとかいないとか……。そんな観察日記を綴ったものがそれらなのである。

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 さて、それでアリによる僕の聖域完全制圧がいよいよの段階まで差し迫ってきて、そろそろ我慢が限界に達したのが少し前のことである(4月21日ぶん参照)。その気になれば目につくアリ全てをことごとく押しつぶすことで当座の解決は見込めるという、多勢に無勢ならぬ「多勢に有勢」な戦況ではあるが、単純に力によってのみの解決は望むものではない。憎しみは次の憎しみを生むだけであるから。そこで、平和的解決の策を求めて僕は図書館に足を運び、アリにまつわる書物を探した。そしてそれを精読したのが――遅くなってしまったが――昨夜である。

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 著者はアリを研究する学者。内容は、実寸大で描かれた100種以上のアリの紹介、体のつくり、基本的習性にはじまり、長年の研究のなかで見られた珍行動や戦々恐々のエピソードなど、アリ目線、研究者目線の双方が広く入り混じったいわゆる「アリ」を手っ取り早く知る入門書であった。図書館でその本を見つけたときは、時間の都合上ほとんど中身を見ることなく借りた。唯一目に入ったのが「集団行動」という単語で、十中八九アリの基本的習性である集団行動のことが記されているはずだと期待を込めた――徐々に構成する数が多くなる「集団」で蹂躙されることが今回の煩わしさの核なのだ。その集団行動の秘密が明らかになれば、それを分断させるヒントを得られるという目論見があった。

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 実際のところ――かなり浅くではあるらしいが――集団行動いわゆる「アリの行列」ができる秘密は明らかになったのだけれど、しかしそれを散り散りにさせるヒントはついに得られることはなかった。アリは自身らが尻から出す特殊な液、通称「道しるべ液」を辿り、さらにその際に液を上塗りして、以下それがくり返され行列ができることは知っていた。そしてその液は揮発性で、上塗りされなければ効果はすぐに消えるということを今回新たに知った。しかし今日、長時間アリが上塗りしなくて液が気化しても、また、ふき取ってみても、僕のもとにはアリは再びやってきたのだ。もはやそれは帰巣本能としか思えず(そんなものがあるのか定かではないが)、ならばここ机周りが彼らの巣、もしくは第二のふるさとになってしまっているとしか考えられない。そしてその考えは僕の戦意を喪失させる。

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 結果として、その本を読んでもアリがいなくなることはなかった。しかし、奇妙に聞こえるかもしれないが僕のストレスはなくなっている。なぜか。それは本のそこここにあふれ出ている著者のアリに対する愛、それが見事に僕にも宿ったことによる。すなわち、今の僕は相変わらず歩き回るアリを見ても、一端の研究者のように愛をもって彼らの営みを眺めているのだ。しかしこの愛もある意味揮発性といえそうで、どう転んでもアリの研究者ではない僕はじきにまた煩わしさが先行するだろう。鬼が仏のごっこ遊びをしている今が最後のチャンスである。アリよ、ぐずぐずせず即行で避難されたし。




参考文献

大河原恭祐著 『いつか僕もアリの巣に』 ポプラ社


 5月11日(火)

 なかなかの悲しみに打ちひしがれている。もう、ほんとうにこのまま二度と会うことは叶わないのだろうか。信じたくない、だが、どうやら信じなくてはならないらしい。

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 携帯電話のウェブでもって、有名無名問わず気に入った人のブログを日々チェックしていた時期があった(7月20日参照)。贔屓のブログをブックマーク登録し、毎日時間が空いたときに、更新されているか、その場合何が綴られているかをチェックする。更新熱心な、例えば毎日欠かさず更新する人のブログの場合は、就寝前に枕もとでそれを読んで一日の締めとしていたふしがある。

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 ところがある日、ブログをはじめニュースなどをチェックするたのしさを、それらを携帯電話の小さな液晶画面で見ることの面倒くささが上回るという革命が起こった。以来僕は携帯電話でインターネットをすることをやめ、それはすなわち日課としていた各ブログのチェックが激減、もしくは消滅したものさえもある。されどブログとは携帯電話のウェブでしか見られないものではなく、というよりもともとはパソコンのまだ幾分大きな液晶画面でもって見るものであった。そういうわけで、ブログチェックの媒体を携帯電話からパソコンに変更する際に、それまで惰性で続けていた「チェックすべきブログ」を見直す運びとなった。これが後に自分史において重要な意味を持つ(かもしれない)「ブログ仕分け」である。

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 そうしてゼロから再び見直して、無事チェックを継続するブログもあれば、これを機に「もういいや」と別れを告げたものもあった。そしてもうひとつ、これを機に「新たにチェックしていこう」という新進気鋭の優良ブログの発見もいくつかあった。この淘汰は正解で、最新の自分がきちんと興味を持ち、かつ刺激を受ける精鋭ばかりが残ったのだ。何ごとにおいても惰性は足音もなく忍び寄ってくるものらしく、今後少しでも違和感や満腹感を覚えるもの(ブログに限らず!)があれば、迷わずゼロに戻して仕分けしていこうと考えた。話題にちなんで、というわけではないが、更新、アップデートして新鮮でいることが重要なのだ。

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 さて、ずいぶんの迂回を経て冒頭の話題である。その「新・ブックマーク」に名を連ねるブログのひとつに、ごくふつうの女の子のブログがある。歳は僕より2つか3つ下で、彼女は保育士として日々子どもと奮闘しつつ、オシャレに、あそびに、恋に忙しくしている。きっかけはその女の子のブログテーマのひとつにある「今日のコーディネート」だった。彼女のファッションの趣味が僕のそれと酷似しており(アウトドアやワーク系)、女の子の着こなしを見て参考になることがこれほど多いのかと驚愕だった。そこから過去の記事などを紐解いていくうちに、彼女からにじみ出る素敵な人柄にすっかり熱心な読者になってしまっていたのである。前述の通り彼女には恋人がおり、それに関するほのぼのとした記事も散見されるわけだが、そのような記事を見ても過度のやきもちを焼かなかったことが、彼女のブログを継続して見てよいという自分に対する免罪符となった。

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 その女の子のブログはそう高頻度で更新されるわけではない。しかし更新される毎回のものはいつも100点満点に僕を癒してくれるのだ。そしてその日も更新されているか訪問してみたときだった。味気ない画面が現れそこにはさらに味気なく、「お探しのブログは見つかりませんでした」と出た。「すでに退会されたか、誤ったURLを入力された可能性があります」とも。ブックマークである、URLの誤入力はありえない。ならば残った線は「退会」。これほど残酷な二文字は今の僕において他にはない。一時的なシステムエラー、そうであってくれと祈るような気持ちで時間を置いて何度か訪問しなおしてみても結果は同じ。以降数日、相変わらずの状態である。

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 諦めることにした。なんだか胸にぽっかり穴があいたような気持ちだ。しかし、少々深入りしすぎていた自分を知り、そこは少し戒めなければならないとも思った。だが今はただ寂しい。パソコンを開くたのしみが減ったのは間違いない。自分が少々キモいことも、ほぼ間違いない。

 5月10日(月)

 サッカーW杯の日本代表選手23名が発表された。世界の主流ではいきなり――今回の日本代表のように――最終登録人数の23名を発表するのではなく、まず30名ほどの大枠を発表し、そこから最終的に削るという方法が採られているらしい。ではなぜ日本はと考えると、そこには何か日本人監督率いる日本代表チームという「純日本色」ならではの精神があってのものなのかと興味深いものはあったが、今日ばかりは本題に勝る興味などありえない。

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 発表は実にあっけなかった。NHKでも生放送されていたが、僕はCSで見ることにした。画面左横には白紙のリストが表示されてい、監督が代表選手を一人ずつ発表するごとに素早く入力された選手名で埋まっていくという演出を準備していたけれど、あまりにも間を置くことなく淡々と読みあげるものだからせっかくの演出がまるで機能していなかったほどに。前回(5月8日ぶん参照)のブログでも述べた通り、僕は代表監督が発表した23名について疑問符を抱くつもりはなかった、そして実際に発表されたリストを咀嚼してみても「確かに、うんうん」となる人選だと思われた。これもまた前回漏らしたが、そもそも23名に絞りきれるものではないのだ、だから人によっては「どうしてあの選手が入らなかったのか」などと不満あるいは憤懣を抱くだろう、そしてかくいう自分にも「この選手よりかはあの選手だと思ったのに」という予想外はあった。しかしあくまでも「予想が外れた」であって、間違っても「納得がいかない」ではない。あらゆる試合展開を想定して選んだ23名、と監督は会見の席で何度もいっていた。チェックにチェックを重ね、想定に想定を重ね、悩みに悩んだ監督が下した決断だ、ならば日本サッカーの一ファンとして支持できないはずがなく、個人的にはもともと納得だけれど、さらに応援しようと気持ちは上向いた。

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 今回の選考は、個人的には「誰が外れるか」というより「あと誰が入るか」であった。多くのメディアやサッカー好きと同じく、発表前から自分にもメンバーの8割程度の当確は見えていた。あとはそこに誰が入るか、であり、発表されたメンバーを見て、監督が補ったポイントは膠着した状況を打開できる「アクセント系」よりも、平均的日本人に比べ体躯に恵まれた「パワー系」だというふうに思われた。全体的に攻撃的な選手が多く選ばれた構成にあって、確かにFWでもパワー系ならばアクセント系よりも守備面での貢献の計算も立つ。これが正しいのか否かはさておき、そうして見てみればグループとして理想的な23名の構成であるように思えてくる。

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 個人に着目すると、思わず膝を打った名前はGKの川口である。ふだん発言に慎重な岡田監督の口から「彼は第3GK」と出たこともあり、出場の見込みはかなり薄いだろう。負傷明けでポジション上重要な実戦感覚も不安がある。しかし一か月の集団生活にチームリーダーは必要不可欠で、思えば思うほど彼ほど今適任な選手はいないのではないかと思え、想像しただけでなぜだかわくわくしているつぶらな僕がいた。また、順当とはいえ神戸の大久保の名前が呼ばれたことに僕の心は爽快となった。改めて言及すれば、決して露骨なことは口に出しはしないまでも、「(やることはやっているから)自分は選ばれるでしょう」というニュアンスの発言をしていたのは彼くらいのもので、その日本人離れした感覚に世界を相手に戦う本大会での躍進を期待せずにはいられない。

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 思うことは山ほどあり、しかしこれについてはもう文章に落としこむほど冷静にはいられない。CSの番組では、お昼の1時半からはじまり、その終了時間は夕方5時とあった。会見は質疑応答含め2時から40分ほどで終了した。あとはスタジオで、サッカー関係者があれやこれやW杯にまつわる四方山話に明け暮れたのだろう、そしてそれを見る物好きな視聴者も相当数いたはずだ(実際僕も見ていたかった!)。これから熱戦の火蓋が切っておとされる大会、そのすべてが未定のことについてあれこれ話す。それほど羨ましいことはなく、僕もこのあとサッカー好きの友人に電話でもしてあれやこれやと冗長に語ろうかと思う。日本代表に栄光あれ!

 5月9日(日)

 久々に馴染みの大きな街に出て、約束の時間までしばらくあったから単身ぶらぶらした。およそ何でも揃う街、服屋をはじめジャンル問わず気に入りの店はいくつもあり、向かう電車の道すがらどこを廻ろう、どの順番で廻ろう、もしかしたら3時間という制限時間は短すぎるかもしれないなどと思案、危惧するのもまたたのしいものだった。

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 しかし実際はきびきびと廻ることなどできず、もとい、せず、差し当たり入用の用事を済ますだけ済ましたら人ごみから逃れるようにして大型書店に潜伏しつづけたのだった。それは昨日の話で、すなわち土曜日、休日。街は多くの人で大変なにぎわいを見せており、思うように進めない通路に辟易し、故の避難である。よって、書店入ってすぐの雑誌コーナーにはむろん足を止めることなく(そここそ街いちばんといっても過言ではないほどの人口密度なのだ!)、いそいそと階上のハードカバーばかりが並ぶ文芸書コーナーに向かった。

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 ひょいと本棚から顔を覗かせば、最新の文庫本が平積みされた一角が目に入り、そこも大変なにぎわいぶりだった。では自分のいるこの一角はといえば、本棚と本棚の間、その通路およそ8㎡の細長い長方形に僕を含めふたりしかいない。心なしかこちらは照明が少し暗くなっているように思えた。しかしこれこそが当座の自分がよろこぶ環境であり、折しも気になっていた本があるのもここということもあり、少なくない時間をそこで立ち読みしたり物色したりして過ごしたのだった。

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 そこで一冊、夢中になって没頭してしまった本があった。まるで小説のような、しかしそれはエッセイであって、著者の物の見方、その描写にすっかり心を奪われたのだ。その書店は大きなアーケードのなかにでんとあり、特に僕のいた一角からは外の様子はまったく把握できない。本にまともに没頭したときはそれ以外のことにはまったく盲目になってしまうもので、ふと気づいたとき今いったい何時で、何曜日で(あるいは、何月で)、ここはどこなのかということがまったくわからなかった。それどころか自分がそのとき決して楽とはいえない立ち読みという体勢で本を読んでいたことすらもわからなかった。

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 一篇を読み終えてふと本から顔を上げたときそんな不思議が一気に押し寄せてきて、そこは無音でしぃんとしており、さながら月面に降り立った宇宙飛行士のようだと思った。せいぜいはっきりとしていたのは自分が何者であるかということくらいで、あとはまったくわからない。それで突然怖くなりもう一度本のなかに戻ろうかと思ったが、それをしてしまえば余計に迷いの奥深くにいってしまう気がして本を閉じ棚に戻した。左右を見ればその8㎡に人影はなくなっていた。

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 それから一歩ごとにぶわっ、ぶわっとここがどこか、今日は何曜日かなどあらゆる情報が甦ってき、でもそれはまだ半透明で、囲われた本棚から外界へ出たとき、すなわち最新の文庫本の一角及びその人だかりが目に入ったとき、すべての情報や音が一気に頭のなかに雪崩れ込んできた。それで文字通り僕はよろけて転びそうになりながらも、しかし安心したのは事実である。

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 本に没頭しているとき、自分は確かにそのなかに存在しており、また、それ以前はむろんふつうに僕は存在しているとの意識はあった。問題は本の世界と現実世界を繋ぐ「橋」。そこで迷子になってしまったら、もしかしたらほんとうに神隠しのように忽然と実体が消滅してしまうのではないかと怖くなり、書店を出てからはなるべく人の多い通りをぎゅっぎゅと足の裏で掴むようにして地面を踏みしめ歩きながら待ち合わせ場所へ向かった。

 5月8日(土)

 4年に一度のサッカーW杯が、実は目前に迫っている。開催地が初となるアフリカ大陸で、治安や設備などの面での不安が解消されていないせいか、はたまた我が国の代表チームが応援するに値しないと世間がみなしてしまっているのか、そのあたりの理由は不明瞭だが、「ぜんぜん盛り上がってへんやん」というのが現在の見方である。僕のようなサッカー好きにはこれは悲しき事態で、ミーハーでもなんでもいいからなるべく早く盛り上がってはくれまいか、せめて自国の代表チームだけでも熱心に応援してはくれまいかと切実に思ってやまない。先のバンクーバー五輪でのカーリングにおいて、あれほどの理想的なミーハーぶりを発揮した日本である、国民がミーハーになる素質を十二分に秘めていることははっきりした。すると盛り上がらないのはやはりサッカー協会やメディアの力不足と思うべきなのか、それならばもっと盛り上がりに向けて奮起すべきだ。盛り上がりこそが選手のひとつのプレーの輝きにつながるのだから。

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 さて、本大会に望む代表選手23名の発表がいよいよ明後日、10日に迫っている。サッカーが好きな人ならば、一度は枕もとであれこれ自分なりの23名を選出してみた夜もあることだろう。むろん僕もそのクチである。自分のことながらそのときの心は限りなく一途なもので、だから僕は、同じように何でもない凡人ながら日本代表23名を考えてみた人を無条件に愛している。たとえ自分の応援するクラブチーム贔屓のメンバーになっていたとしても。

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 それにしても考えれば考えるほど23名とは選びに選び抜かれた少数精鋭だと思う。少々事情の異なるGKの枠3名を除けば、フィールドプレーヤーで選出されるのは実質20名なのだ。これまでのレギュラーや常連といわれる選手を挙げれば規定の数などすぐに埋まってしまい、あるいはそれだけで超えてしまう。そこに、予選などでの貢献度こそ少ないが、短期間でめきめきと実力をつけたいわゆる「旬の選手」も加えるべきで、戦力として図抜けているわけではなくても一か月の集団生活のなかでチームをまとめられるベテラン選手も必要になる(それが今いないかもしれない)。それらを考慮して再考してみると、自分のような決断力の乏しい人間にはとてもじゃないが23名など選びきれない。もっとも、選ばれる立場同様に選ぶ立場になる心配は皆無中の皆無であり、それについてちょっとほんとうに幸運だとさえ思いかける自分がいた。それほど真面目な問題なのだ。

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 岡田監督に対する世間の目は残念ながら温かなものではないように見える。心ないバッシングはさすがにいただけないけれど、しかしどのような監督に対しても厳しい意見というものはあって然るべきだ。どちらかといえば鳩派と自負する自分ですら、岡田監督の采配や言動にときどき首をかしげるときがある。だけど、少なくとも選手選考に対する苦言は10日の代表選手が発表された時点でやめにする、そして世間もそうするべきだ。日本を含め、ほとんどの国でももともと絞りきれないのがこの23という数字なのだ。万人が納得の23名などありえなく、それでも選手のことを誰よりも知っていて、誰よりも考え抜いた末に出した監督の考えである以上、その時点で何もいいっこなしになるのが道理である。僕の贔屓の何人かの選手はおそらく選ばれないだろう。だけど僕は間違いなく発表された選手全員を応援し、目の前の試合に勝利することだけを祈る。それにしても23とは絶妙な数であり、世界の覇権を争うようなチームにとっては特に、選手選考から戦いがはじまっているといっても過言ではない。

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 W杯のことについては書き出せばきりが、もといとりとめがない。選手にとってこの時期怖いのが、大会を棒に振るような怪我を負うことである。毎回それにより勇姿を見ることが叶わなくなる名手は存在し、残念ながら今回もそれは確実にいるだろう。願わくば各国誰もが最高のコンディションで最高のパフォーマンスを発揮し、その上で決する雌雄を僕は見たい。

 5月7日(金)

 相変わらず今いちばん仲がいいのは小学1年生になったばかりの6歳の男の子かもしれない。もっとも、子どもは他にもたくさんいて、同じ小学1年生でもあと6人いるのだけれど――眉唾っぽい表現かもしれないが――フィーリングという面でいちばん合うと感じるのは彼なのだ、そして彼も同じように思っていると信じてやまない。

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 合う・合わない、いやこの場合では「より合う・ふつうに合う」というものは人間同士の付き合いの上では確実にあり、だからこれを贔屓だとかいわれてはたまらない。人間同士の付き合いとははるか昔から営まれてきたことであり、だから、むろん平等が大前提であるはずの場面でも「より合う・ふつうに合う」、あるいは「合わない」などの優劣はひそかに、だが確実につけられているはずだ。そういえば、と考えてみて、過去、自分も目上の人から「フィーリング」だけで不当な扱いを受けたのであろう経験はいくつか思い当たる。逆に、自分でも不思議に思うほどの寵愛ぶりを受けたとき、それもまた「フィーリング」以外には理由づけられないというようなこともあった。

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 どんな立派な人でも、何かである前にまずはふつうの人間である。ふつうの人間には好き・嫌い、及びその程度が漠然と、だが確実にあって当然で、人を見るときどうしてもその「フィーリング」の眼鏡を完璧に外して見ることなど無理なのではないか。たまたまその眼鏡にかなった人がその場でおいしい思いをして、逆の人は苦汁をなめることになることがあり、それはあまりにも不平等だと思うかもしれないが、また別の人の眼鏡では正反対のことが起こる可能性だってまったくなくはない。人の数だけ「フィーリング」の眼鏡も存在するのだから。いうなれば確かにそれは不平等ではあるが、その不平等さは誰のもとにも平等なのである(世渡り上手ならば「不平等」をうまくかいくぐりつづけられる場合もあるが、それはまた別の話)。不平等さは誰にも平等にある。一見憂うべきものに思えるが、しかし自分ならばそういわれれば半分訳がわからなくなっているということもあるが、「ならば仕方がないか」とあきらめることもでき、「不平等に自分に幸運が降りかかる」ことを夢見る方向に指針を向ける。あまり真面目一辺倒に人間付き合いが廻られてもつまらない。そして、23歳にもなればときどき目上の存在になるときだってあるわけだが、そんなときこそ「フィーリング」の優劣はあるということを肝に銘じ、だからこそ決してそれが彼もしくは彼女の評価を左右するものにならないように気をつけようと思うのだった。

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 さてさて、順調に話が脱線した。しかし脱線は今日の場合、結果よろこぶべきものだったかもしれない。なにしろ、冒頭の話題がそのままつづけば展開する文章は以下のようなものだったからだ。

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 そんな6歳の彼は、なかなか多忙な生活をしている。小学校の5時間授業を終えて、その後学童保育で学校に残り、それから学習教室に来てくれるのだ。休みの日は今度はじめたというソフトボールに明け暮れ、そういうわけで無尽蔵のバイタリティといえどもお疲れ気味の日は当然ある。その日会って一発目の表情が疲れからか少々不機嫌に思われる日もあり(今日がそうであったのだが)、だけど最終的には前半の不機嫌を補って余りある笑顔をはじけさせてたくさん笑いを提供してくれ帰っていく。すなわち、いつも必ず何らかの方法でもって100点満点にまとめるのだ。その生まれながらの能力に、今日も僕はこれ以上巻く舌を見つけるのは困難だった。……というとりとめもない話。

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 フィーリングで流れていく世の中もあるということだ。それはなんともいい加減で、だからもう少し気楽にいくくらいでちょうどいいのかもしれない。臆するなんてもってのほかだ。

 5月6日(木)

 昨夜、およそ2週間ぶりにジョギングにくり出した。ほぼ1週間の長きに渡りこのブログを席巻した憎き風邪めは、しかしまだ完治と呼ぶには相応しくない。むろん、さすがにだらりとのしかかるように感じられた体の重さや何もする気が起こらなくなる一時的憂鬱症は治ったけれど、花粉症と手を組んで僕を苦しめる鼻づまりや痰といった症状が依然としてしぶとく続いている現状だ。

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 たいした症状ではないと高を括っていたけれど、実は少しもそうではなかった。鼻がつまることにより、呼吸にいくらかの困難は確実に生じる。それが重なって、頭に回るはずの酸素が不足する。その結果、酸素要求のサインとしての頭痛が頻繁に巻き起こるのだ。また、痰がのどにひっかかる状態は気持ちの悪いもので、それを打破するには強くせきをし吹きとばすしか方法はない。またすぐに痰は生成されひっかかるのだが、それでも一瞬でもクリーンなのどが戻ることの幸福感たるやかなりのものだ。しかし、せきとは案外かなりの負担を与えるほど衝撃の強いものであり、すなわち頭痛発生時においてせきはハンマーとなり、のどを救済するそれは頭を破壊するものにもなるわけだ。どちらをも満足させてやることは不可能で、瞬間ごとにどちらかに泣いてもらわなくてはならない。もはやどこかが泣くのは必至で、躊躇されている時間こそが辛いとのども頭も口を揃えていう声が聞こえた気がした。ずばっと決断して、どこかが泣くのならば泣いてもらって、それから温情あるアフターケアをするべきだ、と僕は思ったわけです。さて何の話だろう。

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 ジョギング再開の話だ。まだ一応病み上がりで、ジョグ程度の運動でも風邪がぶり返すかもしれないという心配性なのがこの自分。だけどそんな自身の「くよくよ性」――自分の嫌な面を嫌う気持ちは時に反対の衝動に化けるもので、しゃらくさい! と一念発起し、ぶり返すなら思う存分ぶり返してみやがれという気概でもって久々のウェアに袖を通したのだった。その時点でわかった気がした、もうぶり返したりするはずがないということを。

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 部屋の片隅には洗濯して2週間前にスタンバイさせたままのウェアが乱雑に丸めて置いてあった。あのときはよもやこれから2週間も手つかずにすることになるとは思いもしなかった。2週間前まで着ていたウェアをそのまま着る。そして、ほどなくちがう、と思い下だけハーフパンツに履きかえた。それでしっくりきた。季節は2週間前から確実に変わっているということを知った。

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 玄関口で腰掛け靴を履く。そのときトントンと左右かかとを鳴らすのは一体いつから習慣になったのだろう。そしてiPodを操作してBGMを決める。このときなかなか決まらずに5分くらい平気で費やしてしまうこともしばしば。その夜は割とすぐに決まった。

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 途中何度か痰が気になりげっほげほせきこみ足を止めることもあった。そして、やはり気温は寒・暖ならば確実に暖で、汗は確実に粒となって顔を流れる。そんな少々厄介なコンディションにも関わらず、久々のジョギングはやはり気持ちの良いもので、なによりもそのときの空気というものが大好きなのだということを改めて知った。いざ、今宵も走らん。