デュアンの夜更かし -4ページ目

デュアンの夜更かし

日記のようなことはあまり書かないつもり。

 4月25日(日)

 夕べは遅くまで久しぶりにビリヤードに興じて、そのほぼ唯一にしておそらく最高のライバルである先輩の、買ったばかりという超最新の携帯電話の「近未来ぶり」に舌を巻きに巻いた。ここ最近センセーショナルを巻き起こし、近い将来それが主流になるとまで囁かれている「タッチパネル式の携帯電話」。ろくに知りもしないくせに、高性能もある一線を越えれば逆に不便となる、という持論を信じる僕はそれに関して「反応は果たしてスムースなのか」、「誤認識が多発しないか」などと懐疑的な見方をしていたのだが、やはり百聞は一見に如かず、である。おっかなびっくり触らせてもらったその「近未来携帯電話」はこの若輩の不安をことごとく掃き清めていき、最終的にはすっかり欲しいと憧憬の眼差しを向ける対象にまでなった。なにしろそれはスタイリッシュ。形から、それを操る所作から、本体のみならず関わる人までもスタイリッシュに変貌させてくれる魔法の機械であった。しかし飼い慣らせば最高のパートナーとなりうるものほど、そこに至るまでの道は険しい。使用可能になるまでかなりの面倒をクリアする必要があるらしく、実際買ったばかりの先輩はお手上げ状態だった。今夏以降、僕が買いかえるかもしれない頃にはおそらく先輩は相応に使いこなしているはず。もし僕も「近未来人」の仲間入りを果たしたあかつきには、真っ先に先人の指導・鞭撻を仰ごうと目論んでいる。まったくもって自分は次男気質である。

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 さて、今日は朝から高校生ブラスバンドの演奏会を観に行ってきた。といってもそれは何を隠そう妹の所属する部活。嘘のようだが高校3年生になった妹の晴れ舞台ももう残りほんのわずかということもあって、半ば義務的に観に行った、というのはやはり少し嘘か。気がつけばこの「定期演奏会」は毎年観に行っており、当初はそれほど興味があったわけではないのだが今ではすっかり興味先行で足を運ぶようになっているのだ。ブラスバンドは派手な音楽という性格をもち、従って親しみやすいものではあるが、それでも音楽的なことはたいしてよくわかってはいない。半分子ども半分大人である高校生がする、という点に僕はどうやら心動かされているようなのだ。すなわち、彼女ら彼らが舞台の上で見せる表情の緊張と緩和は、完全大人のそれに比べてどうしても顕著なのだ。開演直前はがちがちに緊張を見せ、はじまれば真剣そのもの。途中で失敗したならば動揺は隠しきれておらず、上手に演奏を終えた直後は解放感からかよろこびを爆発させる。瞬間瞬間があまりにもリアルなのだ。例え失敗しようが成功しようが、そこに向けた「一生懸命さ」は何ら嘘のものではない。「一生懸命にならざるを得ない」と当事者たちにニュアンスを正されるかもしれないが、もしそうでも構わない。一生懸命で、それが観ている者にリアルに伝わることこそがすべてなのだから。自分に今、一生懸命になれることがないわけではない。だけど彼女ら彼らのそれには到底及びもつかないものであるのは間違いなく、感動と同時になんだか襟を正されるような気分になるのである。

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 それが終わって昼下がりからは悪友ふたりと合流し、まさかの青空の下でボールを追いかけてあそんだ。そこで、ここ数年でもしかしたら最高級に一生懸命になる一幕があったのはいったいどういう偶然だろうか。とにかくたのしくてたまらなく、その後ごはんを食べに行ったのだが、そこでの会話で、これまたここ数年で最高級、大爆笑の一幕があった、数分間、三人とも涙を流しながらただただ声も出ず笑うような。なんだかとんでもなく密度の濃い、日づけをまたいだ24時間だ。まったくあそんでばかり。明日から連休までは少し、一生懸命になってやろうと意気込む。それでようやくプラマイゼロだ。

 4月24日(土)

 今朝、いつものように学習教室に行くと知らなくもないけれど知っている顔の男の子が立っていて、一瞬の間の後に「おお!」とふたり同時に声を発した。彼こそかつて小学生だったときに通ってきてくれていた子である。この春から晴れて高校生になり、時間的余裕ができた、というよりは然るべき心身の成熟を積んで小学生を指導するにふさわしい身分になったからということで、曰く「久しぶりに来てみたかったし、今日手伝うわ」とのことであった。折しも今日は少しイレギュラーで、人手は多ければそのぶん大助かり。来室する子どもたちが僕に慣れ親しみすぎて、近ごろ指導者としての威厳が失われつつあった教室に「新しい先生」という新風が吹きこんだ。それにより子どもたちの間に少なからぬ緊張感が生じ、そのおかげで(もちろん彼の働きにもよるが)心配していた「ひっちゃかめっちゃか」には至ることなく無事終えることができたのだった。

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 それはそうとして、彼との再会を果たしてすぐの会話である。そこそこの開口一番で彼は僕に「老けたなぁ」といいやがった。とっさに「ますます若返っておるわ」と返したものの、あれは強がり以外の何ものでもなかったかもしれない。第一、口調がおじさん、というよりは「翁(おきな)」である。実際4年ぶりの再会で、当時は僕もそうはいっても十代だった。現在23歳で、これを花盛りと呼ばず何がそうであろうかという年齢なのだが、感想はあくまでも一個人の感じた想念である以上、甘んじて受け入れなければならない。

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 名誉のためにいわせてもらえば、これまで久々に会う人に「老けた」などといわれたことはただの一度もない(思っていても口にしない、というのはこの場合断固なし)。「変わってないね」といわれることがほとんどで(それが正しき大人のマナー、というのも……以下略)、だからあの場合彼がいうべき台詞は「相応に年とったなぁ」であった。もっとも、ぴかぴかの高校一年生にしてそのような「思慮分別あって余りある」言葉がいえる方が問題で、彼の用いた「老けたなぁ」は「相応に年とったなぁ」とこちらで変換して問題ないものだと半ば無理やり落着させる。なにしろ、あの年代の子らはおいしい場合でもまずい場合でも「やばい」の一言で片付ける悪しき傾向にあるのだから――。

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 それはまたそうとして、僕にもいわせれば彼こそ「老けたなぁ」である。意地悪心が働いて――ではない、正直な感想として「老けたなぁ」であり、換言するならば「相応よりも若干、年とったなぁ」。そう思っていた矢先に先制パンチを浴びせてきたものだから、僕は心おきなく「いやいや、そっちこそ老けたなぁ」とがっぷり四つ。すると彼は絶妙の間で「いやいや先生、これは『成長』っていうねんで」と余裕の構えでいなしやがった。「ほなワシのはお前のいうところの『成長』やないんかえ? ほなここのこれは『にきび』やのおて『吹き出物』け? 最近目覚め良好なのも年のせいけ?」とムキになっては男が下がる。上着の胸ポケットから覗かせておいた白いチーフを振り振り、「いうようになったやん」と紳士的に負けてあげたのだった。

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 しかしそれはほんとうで、抗弁といい立ち居振る舞いといい、彼はすっかり「こちら側」に来たのだと実感した。最小公倍数や人口密度がわからなくてベソかいていたのはとうの昔のこと。一緒に教室に入る際、「まぁ懐かしみつつ教えてあげて」と叩いた肩は、いつのまにか僕と同じくらいの高さにまでなっていた(ほんとうはちょっと高かった)。10分ほどで子どもたちも彼に慣れ、「先生、先生」と頼られている彼の姿はほほえましく、5年生の国語の敬語についての質問で狼狽している姿に、かつての面影がぴったり重なった。

 4月23日(金)

 最近、夜眠るときから早くも翌朝の起床がたのしみでたまらない傾向にある。元来朝が苦手な自分にとりこれは極めて重大な変化だ。しかもその正体が、これもまた苦手だった「朝食」にあるとなれば、いよいよ自分という人間が生まれ変わりつつあるのかもしれない。

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 ここしばらく、朝食といえばメニューは固定化されている――バナナジュースと、食パンだ。しかしバナナジュースは、きちんとミキサーを使ってバナナを細かくちぎり入れ、適量の牛乳と氷と共に攪拌して作るものである。また、食パンも軽く焦げ目がつくまでトーストしたものを、小豆島(月日ぶん参照)で調達したエクストラヴァージンのオリーブオイルに少量の塩と黒胡椒をふったものに浸けて食べる。こんなふうに書けば我ながら気取った朝食スタイルを採る奴でいけ好かない匂いがぷんすかするが、おいしいものはおいしいのであり、こればかりは仕方がない。一見手間がかかるように思われるかもしれないが、バナナジュースの場合、攪拌時間などものの数秒で、準備といってもバナナの皮を剥いて無造作にちぎるだけ。食パンにつけるオイルも上記以上の説明はなく、すべてひっくるめてパンをトーストしている間に完了して猶待ち時間があるというほど。安価でいて手軽、かつ美味。換言すれば要するに、うまい・やすい・はやい、なのである。一度いってみたいと思っていた言葉である、「お試しあれ」。

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 食、或いは、もしこれをそう呼んでも許されるのならば「料理」つながりで別の話題をば。テレビを点ければ、リポーター(出演者)がカメラの前で何かを食べてコメントをしている映像に当たる確率は高い。それでいつもまんまと見てしまうのだが、一口食べて咀嚼しているその間。代表して食べる人は、その食べ物の良い面を余すことなく(ときに装飾して)お茶の間に伝える義務があるわけで、従ってかなり力が入っているのが認められる。カメラの向こうの何千何万の視聴者、それが人間であるならばほとんどみな食への関心は高く、リポーターもそれを背負っているとわかっているのだろう、一挙手一投足一表情全身すべての反応が直接その食べ物への評価になるふしがあり、両者(とりわけリポーター)には見えないがものすごい密度の力が入っている。かりんとうや生野菜など音がする食べ物のときはあまり散見されないのだが、そうでない食感のものを食べるときだ。なんとかして特別さをアピールしたいリポーターはときどき、咀嚼しながらピチャピチャと音を(それも律儀にマイクが拾いやすいように)鳴らしている。そのリポートを受けてスタジオなどは「うわーおいしそう」などと上々の反応を寄せているが、「おいしそう」である前にあれはとんでもなく行儀が悪いことだ。マイクを通してお茶の間に届けるなど言語道断。どうせクレームを寄せるならばそういう指摘にしてほしいものだと思うのだが、これは価値観というデリケートな問題なので口をつむぐ。

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 料理番組でもうひとつ。同じく、料理のことを視聴者に伝えるという広い意味での「リポーター」が、あまりの感激にため息半分の称賛コメントを発しているが、ときどきうっとりしすぎてため息の度合いが過剰になり、わしゃわしゃと吐息だらけで何をいっているのかまったく聞こえないリポーターがいる。意図は汲めなくもないが、実はとてもコメントを待っているのが僕だ。ふたつの苦言も、その手の番組が好きゆえのものである。リポートの本質に立ち返ってみてほしいと思う。

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 ひとつめの話題(それは断トツでどうでもいい話題)でやめておけばよかったかなと今思う。今日は一応、「料理」という括りの三本立て。お粗末。

 4月22日(木)

 丸一日家のなかにおりっぱなしで、気づけば朝から夜までほとんどずっと机に正対していた。久々に「亀」を実感した一日で、それはすべて疎ましき雨天のせい。朝から空は、息の長い雨と確信させる様相で、昨日企んでいた図書館の予定は明日に流れた。それは同時に「アリと僕の救済(昨日の記事参照)」も延期ということなのだが、多くの生きものに違わず彼らもまた雨の日は我々の前に姿をあまり現さないため今日は無駄な血が流れない束の間の平穏な一日だった。

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 机に向かいっぱなしもこれはこれでかなり疲労するもので、しかしこの場合の疲労とは精神的なものがほとんどだ。「選択肢がふたつあるとき、楽だと思う方を採れば身を滅ぼす」という学びを得て以降、なるべく自分に鞭打ってそれを積極的に取り入れていることから、根の深い課題であった「集中力の欠如」はわずかながらも改善されてきている。しかしそれでも僕の「精神的疲労バケツ」は満たされやすく、きちんと頭は休憩を求める信号を発する。とはいえダイエット強化月間の只中の今、自慢の食欲は鳴りを潜め、あんなに大好きだった間食への関心がまったくといってよいほど、ない。ただぼーっとするだけの休憩は今欲する種類のそれではなければ、こういうときこそエレキギターの出番だ。疾走感あるロックナンバーが気分の最近、ロックミュージックを気が済むまで弾けば少なからぬ肉体的疲労に襲われるものなのだが、今日に至ってはかえってそれが心地よく感じられた。おそらくそれは、精神的疲労と肉体的疲労の釣り合いが取れたことによる。あるいは、カラリとしたギターサウンドが憂鬱な天気による閉塞感に穴を空けてくれたのかもしれない。

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 最近のギターのマイブームは、CDなどの音源に合わせて同じ曲を弾くことだ。そうはいってもコード進行に応じて弾かれていない音を付け加えるような高度な腕は持ち合わせていないため、すでに弾かれているリード・パート、或いはバッキング・パートを弾いて、つまり結果的に何らかのギター・パートがふたつ存在するという具合。同じ音がすでに鳴っているといっても、同じ音ほど自分の鳴らしている音しか聞こえなくなるもので、だから音量の配分さえ誤らなければあたかも流れている曲のギターは自分が弾いているようなオメデタイ錯覚を得られる。そこにはアイコンタクトは存在せず、グルーヴ感も自分だけが一段下にいるような「置いてけぼり感」が大いに否めないものとしてあるのだが、たのしさはまったくのひとりで弾いているときの比ではない。単なるリスナーのときは「この人たち演奏自体は大して難しいことやってないやん」と思えても、このように「共奏」するとほぼ必ずプロのプロたる所以を知り恐れ入る。高校以来、そして熱量でいえば過去最大に、バンドを組みたいと思うこの頃だ。

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 相変わらず雨は降り続いた。それでもあちらはあちらで降らせっぱなしも疲れるのだろうか、晴れ間こそ出はしないまでもときどき小休止とばかりに止むことがあった。机に向かっている状態で、すぐ左側には窓があり、外側には欄干がある。そんなとき、そこにスズメが一羽飛来し、しばし羽を休める一幕があった。ずぶ濡れのスズメを至近距離で見るのははじめてで、うっとくるほどその姿は痛ましかった。すなわち、水を多量に含んだ羽毛は、見るからにその小さな体には重たげなのだ。スズメは一刻も早く目的地へ行かねばというような使命感に満ちた背中で再飛行の頃合いを見計っていた。完全に休む態勢を取ってしまえば二度と羽ばたけないとでもいうように、いつでも臨戦状態を保ったまま羽を休める。そして、今というタイミングでスズメは一瞬にして窓のフレームから消えていった。ほんの数秒の出来事だったが、終始立派な後ろ姿だった。

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 或る雨の一日。外に出なければ頭のなかが活性化されないと改めて思い知った。でも、そうしないからこそ得るものもある、ということも知った。こういう日はたまにでよい。

 4月21日(水)

 とても悲しい気分だ。心が痛む。たった今僕はひとつの命を結果的に奪うことになってしまった。

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 帰宅してすぐにノートパソコンの顔したワープロを開き、今日のブログに取りかかったまさに今、19時ちょうど。この度の取り組み「まいにち文章」をスタートさせてから一年と二か月、変わらずはじめに入力するのは一つぶんの「スペース」なのだが、便利なことにそのキーは他と比べて倍以上に大きく作られており、ブラインドタッチもかなり熟達した今となってはいちいち手もとに目を落とすことはない。キーボードへの負担を考慮する心は昔から備わっているものだから無闇に強打することはないまでも、「スペース」キー担当の右手親指でもって振り下ろすその破壊力たるや、少なくとも一匹のアリを瀕死に追い込むには十分すぎるようだった。

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 誰かに「それは事故だよ」といってもらえれば少しは救われる。まさか、タイミングよくそこにアリが滑り込んでくるとは思わなかったのだ。巨大ハンマーと化した親指は、パソコンに興味を持つ学者肌のアリの脳天に直撃し、それきりみりみりと震えるだけで身動きを取らなくなった。近くにいなくとも仲間の危機はわかるものなのか、そのとたん遠隔地にいた残業アリたちの動きが俄然忙しなくなった。

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 命に大小などはないと考える僕は、故意のものはもちろんのこと、過失の殺生も(気づいていないだけかもしれないが)ほとんどない。然るにこの度の事件による心の乱れは相当のもので、しかしただあたふたとしていることがいちばんの悪であることは瞬時に理解が及んだ――学者肌のアリは苦痛に悶え苦しんでいるのである! 判断は一瞬だった。もはや彼を救う手立てが自分にはないと悟った僕は、さっと抜き取った純白のティッシュでもって彼を包み、二本の指で渾身の握力を込めて一息に天国へと送ったのだった。

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 この犠牲は無駄にはしない。この事件を契機に、もはや人間(僕)とアリがこの机廻りで共生することは不可能であるとの判断に踏み切ることができた。これ以上過ちが繰り返されぬよう、本格的に棲み分けを考えようと思った。失敗なしに改善はあり得ないものではあるが、ときにそれはあまりにも残酷なものである、と今はただ悲しい。

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 ところで以前、頼れる年の功、母に「どうすればアリが来なくなってくれるだろうか」と持ちかけたことがあり、曰く「とりあえず目につくものは手当たり次第駆除していけば、不思議なもんで次第に来なくなるもんやで」であり、それはあまりにも野蛮だと非難したことがあった。今改めて見直せば闇雲に非難してよい手ではないかもしれないと考える自分がいる。それは、アリへの断固たるメッセージなのだ。「危ないからもう来ないでよー」と中途半端に呼びかけるのではなく、冷酷ならとことん冷酷に徹してでもこちらの気持ちを示さなくてはならない。最悪の事態を招くのは中途半端な慈悲心なのだ。見せしめ、といってしまえば非情な響きだが、その裏には断腸の思いが隠れており、する方もされる方もどちらの悲しみも真実のものだ。この一連の「アリの侵入」という事態も、瀕死状態の学者肌のアリと同じく、長引かせれば苦痛は大きくなるのみである。手を打つならば早い方がよく、たとえ遅かろうが気づいたときが良い転機、決断のときは今なのかもしれない。

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 そうはいってもやはり見せしめの虐殺は避けたいと思うのが正直なところだ。折しも明日、謎の長期休館が明ける図書館に行くつもりだから、そこで世界を救う鍵となる一冊を見つけたい。

 4月20日(火)

 それは昨晩のことだった。いつものように就寝前ふとんのなかで読書しようと、谷崎潤一郎の文庫本「春琴抄」を手に取った。確かに夕べはずいぶんと疲れ果てており、その時点で意識が薄らいできていたのは間違いないが、前回の続きの頁を開くと、小さな文字の樹海のその隅で文字がもぞもぞと動き回る奇妙な現象をはっきりと見たのだ。活字の反逆だ! 「春琴抄」が、小説が読めなくなる! と頭はたちまち混乱状態になり、全身はスクランブル態勢すなわち枕から一旦頭を持ち上げてどんな不測にも対応できる構えをとったのだった――。

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 この頃僕の日報すなわちこのブログをにぎわせているのが、アリである(3月21日ぶん参照)。それこそが人間とその他の生きものの違い。彼らは毎日毎日ひたすら真面目に僕の机廻りにやってきては、何がおもしろいのかぐるぐる徘徊をたのしんでいる。そういうわけだから近頃はなんとなく彼らの習性というか行動パターンがわかってき、だいたいの出仕時刻も把握できてきた。例外は雨の日であり、そういうときはやって来ない。先日、天気予報で気象予報士は雨の心配はないといっていたのだがアリが来ないことがあり、するとその日、突然雲行きが怪しくなったかと思うとぱらぱらと雨が降ってきたのであり。間違えた、降ってきたのである。これが動物の勘というやつか、と御見それしたのだった。

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 だいたいその時間は僕が部屋にいないことが多いため、彼らの退勤時刻は正確には知らない。だけど午後7時現在、いっときは盛況を見せた机廻りは再び落ち着きを取りもどしていることから、彼らの退勤時刻はおそらく日の入り近辺であることが予想される。しかし、現在この時間アリはまったくゼロというわけではないのだ。今も2,3匹のアリはぐるぐると巡回をくり返している。つまり、集団行動を常とするアリであるが、このように残業するアリがいるなどなかには例外の任務に就く特殊なアリもいるということなのかもしれない。

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 さて、夕べの大騒動「活字の反逆」の正体とは、もうお察しの通り、アリであった。朦朧とした意識のなか、上手い具合に活字のサイズとほぼ同じである黒いアリが本の隅でうごめけば、あり得ないことでも瞬間それは「活字の脱走」であると考えるのが道理である。それにしても驚いた。いや、本を開いて目が合った(と思った)とたん、文字通り「本の虫」はあたふたとものすごい小股ですばしっこく右往左往したのだから、真に驚いたのはアリの方だったのかもしれない。

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 ここからは完全なる予想であるが、そのアリとはほんとうの意味での「本の虫」でもあったのかもしれない。これは自分の話であるが、僕は古い本の匂いがとても好きだ。祖父の家の本棚の前や、図書館の古い蔵書でいっぱいの一角ではいつも心が安らぐのを感じる。折しもこの文庫本「春琴抄」は父が学生時代に読んでいたもので、相当に「古い本の香り」をたたえている。このアリも、探検が高じて迷い込んだ文庫本の隙間、そのあまりの居心地のよさについうとうとしているうちに本格的に眠ってしまったのかもしれない。さすがにそんな深夜に活動中のアリを見たことはこれまでないのだから。

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 近頃彼らに節操がなくなってきたものだから、そろそろ絶縁を申し入れようかと思っていたところだが、アリにもそんな一面があることを知ったら俄然いとおしく思う心が戻ってきた。もう少しだけアリとの日々を続けようと思う。異常な生活だということは理解している。

 4月19日(月)

 細々と(理想的な響きだ)ではあるが励んでいるのがダイエット(4月2日ぶん参照)。その基本にして究極はやはり「食べる量を控えめにすること」であるようで、やってみてわかったのだがそれならば自分には向いていることかもしれない。

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 親が「よく噛んで食べなさい」という隙がないくらい、昔からよく噛んで物を食べる子どもだった。小学校のかなり低学年、その給食の時間に先生は「30回は噛んでから飲み込むようにしましょう」といった。「そんなもんでいいのか、世の中とは」と、それが僕が世の中をちょろく見た最もはじめの記憶である。そうして、ふつうにしていてすでに「ちょっとすごいこと」ができている自分だという誇りが生まれたのだが、それはずいぶんと早い段階で一転して疎ましいものへと変貌することになった。よく噛むということは、必然的に食べるペースが遅くなるということで、昼休みを一分一秒でもあそびたいと意気込む少年たちにとって給食などはただの義務、ただのエネルギー補給でしかない。友だちたちはさっさと済まして校庭に飛び出してしまい、食べるのが遅い僕はいつもそれで文句をいわれ、しまいに「遅いから先に行っとこうぜ」といわれる始末。悔しい僕はそこから努力してよく噛むのをやめ、一箸ごとに喉に詰まる思いをしてまで早く食べることに励んだ。それでもまだ遅かったらしいが、けれど努力の甲斐あって僕を仲間はずれにされることはなかった。

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 やがて少年は成長し、昼休みに校庭で走り回ることはなくなった。だらだらとしゃべるのがたのしくてたまらなくなれば、別にそれは食べながらでもかまわない。そうして僕は再び本来の姿、よく噛んで食べる子どもに戻ったのだった。あのころとちがうのは少しだけ伸びた背と、「ちょろくあってほしいものほどちょろくないものだ、世の中とは」とわかったこと。

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 そんないきさつで、つまり、僕はよく噛んで物を食べる大人である。それは健康にとても重要なことらしく、いくつかあるメリットのひとつは「満腹中枢が正しく刺激されること」だ。早食いは満腹中枢が働く前にたくさん食べ物を胃に詰め込むから、つい食べすぎになってしまうのである。よく噛んで、つまりゆっくり食べれば少しの量で満腹感は得られ、食べる量を控えめにすることができるのだ。そしてこの度のダイエットでは、さらにゆっくり食べることを実践しているのである。

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 それは僕にとりちっとも難儀なことではない。むしろ、そうした方がしっくりくる、すなわちより自然だと感じられたほどだ。むろんジョギングも励行しているからそればかりに帰結させるわけにはいかないが、現に今、わずかながらも痩せてきている。それは先日久しぶりに会った友人に開口一番「痩せた?」といわしめたほどである。気に入りのベルトはサイズを誤って購入してしまったせいで、いちばんきつい穴で締めなければぶかぶかになってしまう。それが今、いちばんきつい穴でも心許なさを覚えるのであり、それはうれしい悲鳴であり悲しい驚喜である。

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 このままでは危険だと感じた。しかしそれはどんどん痩せていく、という心配ではない。体型自体はおそらく、もう大きくは変わってはくれないだろう。心配は、誰にも見えない胃である。このままではどんどん胃が小さくなっていってしまいそうなのだ。先日行った居酒屋は料理が美味かった。たくさん食べたいと思った。だが、かなり早い段階で胃から白旗が振られたのである。ダイエット、それは食のたのしみが単純に減るということ。食のたのしみとは人にとってかなり重要なことである。食べることが好きな僕はそれを失いたくはない。ちょっとダイエットも考えものである。

 4月18日(日)

 そろそろ夕方だしブログでも、と思いパソコンの前に腰を据えてみたけれどフリーズしたのは自分の方だった。考えてみれば当たり前で、今日はほんとうに頭のなかから一切の厄介ごとを排除してほとんどぼーっと過ごしていたのだから。始動早々全力疾走できるはずもなく、いきなりギアを六速になど入れられるはずがない。

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 こういうときは衝動だ、と思った僕はギター少年。エレキギターを肩から提げ、音叉を前歯で咥えてチューニングし、アンプにジャックを突っこんでツマミをひねればたちまちノイズが轟々と唸りをあげる。轟音のノイズがひしめく雑音にまみれた世界のなか、指板に印相をひとつ与えてやればカオスの世界には秩序が生まれる――それは和音である。印相(指の形)を次々変え、それに合わせて弦を鳴らしてやれば統一された世界は正しく廻りはじめる。曲はそうやって進んでいく。

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 一小節ごとに意識はずんずんと覚醒していく。慣れ親しんだ曲ならばもはや頭よりも指の方が先に動くというやつで、勝手に共謀して進んでいく左手と右手、ときどきデタラメにテンポを上げたり間違えて演奏を中断させたりするものだから頭は振り回されっぱなしだ。やがて気づく、頭で理解して追おうとするからいけないのだ、と。流れに身を委ねる要領で、左手と右手が引っ張っていってくれるこの舟に力を抜いてただ乗っていればいつのまにか到達している景色があるのだ、と。

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 まもなく意識は光を見た。すっかり覚醒することができ、昨日が終わるときに中断した凡百の記憶と、今日の頭が完璧につながった。これ以上はないのでは、というくらいの完璧な目覚めである。そしてその瞬間、役目は果たしたといわんばかり、嘘のように一弦が華々しく切れたのだった。弾きはじめてから一分ほどのことである。

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 それは宿命なのだが、いつになっても弾いている途中で弦が切れてしまったときの「やるせなさ」は新鮮だ。消耗品だからさすがにもう失望することはなく、また、今回に至っては「ギターを弾く」という行為は目的ではなく、眠っている意識を呼び覚ますための手段であった。その任務は完遂した末の殉職であるために、その「1弦」は英雄、「弦のなかの弦」と称えられるべきなのだが、欲深いのがこの自分、せっかく気分が乗ってきたところで切れるなよと肩をすくめてしまっていた。

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 こうして弦が切れたときは同時に意欲の糸も切れるもので、「まぁ今日はもういいか」とギターを下ろし、切れた弦の処理をする。ギターは基本的に毎日触っている。しかし明日や明後日に楽器屋に行く予定もない。1弦が切れてしまっている無様なこれはギターであってそうではない。六本の弦すべて揃ってこそのギターなのだ。さて困った。がさごそと引き出しのなかを漁ってみる。すると、あった、予備で買い置きしていた1弦が!(1弦は最も細いから切れやすい) こうやって一本だけを張り替えることが久しくなかったのですっかり忘れていた。おそらく高校3年か大学1年の自分の仕業だと思うが、ファインプレーだ。

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 そうして今――ほんとうはあまりよろしくないのだけれど――1弦だけぴかぴかの六本の弦すべて揃ったギターは背中からこの文章を覗いている。ワシのこと書くならかっこよく書けよ、と沈黙の重圧を感じるのは気のせいか。備えは大事、という話。

 4月17日(土)

 夜遅い駅からの帰り道、今日は40分、あえて少しだけ遠回りしてとぼとぼ歩いて帰ってきた。

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 朝は、無理いって早めに切り上げさせてもらったけれど学習教室で土曜日の子どもたちと勉強しつつも戯れた。そして向かうは大阪、話題の劇団四季のミュージカル「ウィキッド」を鑑賞した。

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 ミュージカルとはっきり銘打たれた舞台を観たのは生まれてはじめてだ。はじめての体験をこのような名劇団で果たしたのは幸運で、それは想像を遥かに上回るくらいにすばらしく、そして作品の性質を差っ引いても夢のようなひと時だった。どんな役どころのどんな動きひとつとっても見入ってしまうほどで、それどころかチケットのもぎり、売店の歓待、座席への誘導員、上演に際してのアナウンスなど細部に至るまでまったく手を抜いておらず、さらにいうならばそれは1月末にチケットの一般販売で応対してもらった電話オペレーターから、すでにそんな世界がはじまっていたのだ。演者の動き、声。舞台装置、衣装、照明。さらにそんな舞台には直接携わらない裏方のどれもに同じ血が通っているのを感じ、そこにもまた大きく感動した。生意気なことをいうかもしれないが、大人の本気の仕事を見た、という感想である。

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 それ見たさに劇場に足を運ぶといっても過言ではないカーテンコールも終わると、パンッと手を叩いて夢は終わり、ではなく、徐々に現実へと意識は帰ってくる。そして気がつく、ああ今日は土曜日で今は16時過ぎ、そしてここは大阪のビルの7階なのだ。そんなふうに書けばなんの変哲もない時間、空間なのだけれど、確かにそこには圧倒的なエネルギーが存在していた。同じ時間に世界中ではもっと他におもしろいことがあるのだろうなと、以前ならばそう考える自分がいたのだが今はちがう。たとえ同じ時間にどこかで別の魅力的なことがあろうが、自分が居合わせた現場で大きな感動を得たのならば、今ここが世界でいちばん最高なのだと思える。これは普遍的に最高という意味ではなく、自分にとって自分のいたここは最高の現場だったという意味で、世界中で最高はひとつだけではないことに気がついた。「今は何時で、ここはどこだ?」という時空の迷子に陥ることが近ごろ少なくないのだが、その迷子の意味がようやくなんとなく理解できた。悪いことではない、むしろ素敵なことだったのだ。

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 夜は場所を三ノ宮に移し、一緒にカンゲキした友だち、さらにそこで合流した友だちの都合3人で呑んだ。それは高校時代のクラスメイトで、そう多くはない貴重な心許せる友だちだ。学生時代とは異なり、会うときはいつだって「久しぶり」といっているような気がする。そしてこの先ずうっとこの調子だろう。会う機会が減るならば、心はそのぶん補おうと努力してくれるのか、たのしいなぁ愉快だなぁと思う気持ちが増しているように思える。心がよろこんでいる、と思うことしばしば。どこもかしこも満席やら貸し切りのなかとりあえず入ることに決めた居酒屋が、店の人もお客さんも、店内の雰囲気も、そして料理や飲み物もとてもよかったのは、ほんの少しだけ気分が色づけしたせいかもしれない。

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 そろそろ帰ろっかと店を出、わざわざ来てくれた友だちとそこで別れ、土曜日を満喫してくたびれたというような気だるく幸せな空気が満ちる電車で友だちとことこと話をしながら帰り、やがて別れた。ジョギングの代わりだと思えば俄然気分はよく、歩くには少し遠い帰路をとぼとぼ歩いて帰る。ふだん走り慣れた時間、道を歩くのは最初変な気がしたが、たのしかった今日のことを思い出しながら、また、いろいろな考えごとをしているうちにあっというまに家だった。ほろ酔いはすっかり覚めていた。思えば、居酒屋で「カンパーイ」の代わりに「ありがとー」といってふたりから全力投球でクエスチョンマークを頂戴したのだけれど、そしてそれは実は確信犯的奇行で自分でもクエスチョンマークだったのだけれど、あながちおかしな音頭ではなかったように思えてならない。

 4月16日(金)

 不本意ながらも最近は塞ぎがちな気分というのが常となっている。体を動かしているときや何かに没頭しているときは塞ぎこんでいる余裕がないから良いものの、それ以外のときは少々険しい顔をしていることが多い、かもしれない。そして、心の風見鶏があるとしたらそいつは勝手に憂鬱という方角を向こうとする。なんとも不本意である。

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 そんな気分のときはなかなかポジティブな気持ちに仕向けることは困難で、だからたのしいことを求めるバイタリティも必然的に低下し、閉塞的な生活を送りがちになる。閉塞的な生活で気分が晴れるはずはなく、従ってそこをぐるぐるくり返す、これはれっきとした負のスパイラルだ。あそぼう、と自分から友だちを誘う気分ではなく、しかし気のおけない友だちとあそびでもしなければ快方は遠くなる一方で、こんな渦中にそんな友だちが「あそぼう」と誘いの声をかけてくれた昨日などは、少し不気味なくらい当日をたのしみにしている自分がいて、そしてやはりたのしかった。

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 そこは年がら年中早朝から深夜までにぎやかな街で、通過点とする人々の往来ならばとても早足で、目的地とする人々ならばとろとろと、いろいろな速さがあるとはじめて感じた。どの人もそのときの状況のとおりの表情で、精悍であったり締まりがなかったり、笑っていたり怒っていたり、困惑していたりすっきりしていたり。どんな人もきらきらしているように見えてしまい(絶対そんなことはないのだろうけど!)、久々に降り立った僕はなんだか気圧されてしまいそうな、押しつぶされてしまいそうな弱気になり来たことを後悔しそうになるほどだった。だけどそれはまぁほんのごくごく一瞬の悪い夢で、友だちと合流したとたん「なんぼのもんじゃい」な気概に戻ったのだけど。

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 友だちとあそぶといっても自分の場合、ほぼ必ずといってもよいほどそのプログラムは「おしゃべり」一本だ。昨日もまたそうだったわけだが、ここしばらくの自分はやはりそうなのか、と自己発見した。すなわち、自分ばかりがべらべらしゃべるということがなくなったのだ。

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 以前の自分は自分のことを、良くも悪くもとてもよくしゃべる奴だと見なしていた。だけど今は――実質そんな如実に変化したわけではないとしても――確実に話を聞く時間が増した。よりしっくりくるニュアンスでいうならば、話題や質問を投げかけることが多くなったと感じているのだ。それは以前の自分が憧れてやまなかった姿であり、晴れて成就した形となった今、しかし「思っていたのとちがう」という気分なのはなぜだろう。きっと、ならざるを得なくして、今のこのポジションにあるのかもしれない。よくわからなくなってきたのでこの話は置いておこう。

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 なんだかんだといったが、ここ最近でいちばんたのしい一日であったことは間違いない。あんなに能天気にけらけら笑ったのは久しぶりだ。昨日一日、心はとても開いていて、そして翌日になった今日、今も、その記憶があることで心はいくぶん軽やかだ。

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 昨日、とてもたのしくなった気分のときにふと見かけた駅構内でケーキを売る女の人がすごく、すごくかわいくてどきどきした。そんな自分を気持ち悪いといわれたら不本意(だけどそれまで)だが、その瞬間「春がきた!」と思ったのは昨日のうちで最も印象的な一幕だった。明日もどうやらたのしい一日になりそうだ。