4月25日(日)
夕べは遅くまで久しぶりにビリヤードに興じて、そのほぼ唯一にしておそらく最高のライバルである先輩の、買ったばかりという超最新の携帯電話の「近未来ぶり」に舌を巻きに巻いた。ここ最近センセーショナルを巻き起こし、近い将来それが主流になるとまで囁かれている「タッチパネル式の携帯電話」。ろくに知りもしないくせに、高性能もある一線を越えれば逆に不便となる、という持論を信じる僕はそれに関して「反応は果たしてスムースなのか」、「誤認識が多発しないか」などと懐疑的な見方をしていたのだが、やはり百聞は一見に如かず、である。おっかなびっくり触らせてもらったその「近未来携帯電話」はこの若輩の不安をことごとく掃き清めていき、最終的にはすっかり欲しいと憧憬の眼差しを向ける対象にまでなった。なにしろそれはスタイリッシュ。形から、それを操る所作から、本体のみならず関わる人までもスタイリッシュに変貌させてくれる魔法の機械であった。しかし飼い慣らせば最高のパートナーとなりうるものほど、そこに至るまでの道は険しい。使用可能になるまでかなりの面倒をクリアする必要があるらしく、実際買ったばかりの先輩はお手上げ状態だった。今夏以降、僕が買いかえるかもしれない頃にはおそらく先輩は相応に使いこなしているはず。もし僕も「近未来人」の仲間入りを果たしたあかつきには、真っ先に先人の指導・鞭撻を仰ごうと目論んでいる。まったくもって自分は次男気質である。
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さて、今日は朝から高校生ブラスバンドの演奏会を観に行ってきた。といってもそれは何を隠そう妹の所属する部活。嘘のようだが高校3年生になった妹の晴れ舞台ももう残りほんのわずかということもあって、半ば義務的に観に行った、というのはやはり少し嘘か。気がつけばこの「定期演奏会」は毎年観に行っており、当初はそれほど興味があったわけではないのだが今ではすっかり興味先行で足を運ぶようになっているのだ。ブラスバンドは派手な音楽という性格をもち、従って親しみやすいものではあるが、それでも音楽的なことはたいしてよくわかってはいない。半分子ども半分大人である高校生がする、という点に僕はどうやら心動かされているようなのだ。すなわち、彼女ら彼らが舞台の上で見せる表情の緊張と緩和は、完全大人のそれに比べてどうしても顕著なのだ。開演直前はがちがちに緊張を見せ、はじまれば真剣そのもの。途中で失敗したならば動揺は隠しきれておらず、上手に演奏を終えた直後は解放感からかよろこびを爆発させる。瞬間瞬間があまりにもリアルなのだ。例え失敗しようが成功しようが、そこに向けた「一生懸命さ」は何ら嘘のものではない。「一生懸命にならざるを得ない」と当事者たちにニュアンスを正されるかもしれないが、もしそうでも構わない。一生懸命で、それが観ている者にリアルに伝わることこそがすべてなのだから。自分に今、一生懸命になれることがないわけではない。だけど彼女ら彼らのそれには到底及びもつかないものであるのは間違いなく、感動と同時になんだか襟を正されるような気分になるのである。
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それが終わって昼下がりからは悪友ふたりと合流し、まさかの青空の下でボールを追いかけてあそんだ。そこで、ここ数年でもしかしたら最高級に一生懸命になる一幕があったのはいったいどういう偶然だろうか。とにかくたのしくてたまらなく、その後ごはんを食べに行ったのだが、そこでの会話で、これまたここ数年で最高級、大爆笑の一幕があった、数分間、三人とも涙を流しながらただただ声も出ず笑うような。なんだかとんでもなく密度の濃い、日づけをまたいだ24時間だ。まったくあそんでばかり。明日から連休までは少し、一生懸命になってやろうと意気込む。それでようやくプラマイゼロだ。