7月14日(水)
一か月の長きに渡り連日熱戦がくり広げられたサッカーW杯が幕を下ろした。結果は周知のとおり、スペインがはじめての、そして史上8か国目の優勝の栄誉を勝ち取った。
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我らが日本代表も、自国開催以外でははじめての決勝トーナメント進出、見事16強という堂々たる成績を刻んだ大会であり、異論はあるかもしれないが、それは(少なくとも応援する側としては)先陣をきって初戦を勝利、そして一次リーグを突破していった韓国の活躍に勇気と希望をもらってのものであったかもしれないと思う。16強入りすなわち一次リーグの3戦を勝ち抜いた国の大陸別内訳は、欧州が6、南米が5、北中米カリブ海が2、アジアが2、そしてアフリカが1であった。数だけでみれば欧州が最多ではあるが、大陸別本大会参加国の数と照らし合わせてみればこの6という数字は優れているとはいえない。一方南米の5とはすなわち参戦するすべての国であり、一次リーグ終了時点での南米勢の好調は目を見張るものがあった。W杯がはじまって以来ずっと栄冠を分け合ってきた欧州と南米の二代大陸に、今回これほどの差が生まれた理由として考えられるいくつかに、南米とは、開催地である南アフリカと同じ南半球に位置し気候への順応がさほど困難ではなかったことをはじめ、今大会の環境(標高差、優良とはいえないピッチコンディションなど)にも、欧州に比べまだ比較的経験値があったことなどが考えられる。が、それはここではあまり取り上げない。今回、大陸間なかんずく欧州と南米間でこれほどまでに成績にちがいが生じたのは、大陸を同じくするライバル国の試合結果が、試合を控えた隣国の士気に影響したのではないだろうか。そうはいっても出場国の各選手は百戦錬磨だ、隣国が敗れたことによって士気が低下することはまずないだろうが、その反対の、「あの国が勝ったのだから自分たちだって!」というモチベーションがおおいに働いたはずである。
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今回ほんとうに多くの試合を目を皿にして観戦した僕は、お世辞にも通めいた解説などはできないが、それでもサッカー観戦眼は初心者のそれではないはずである。そんな自分ですら、日ごろ見慣れた親善試合とはまるで別ものの真剣勝負となるその一試合、1プレーごとに新たなる発見――サッカーの奥深さを見出してきた。そのひとつが、サッカーとは90分を通して大小複数の流れがあり、それに飲み込まれず掴んだチームが然るべき勝ち点を得る、ということ。それを身をもって確認した。しかし流れとはどうやら一試合のなかだけにあるものではないらしい。このような短期決戦の大会では、その短期のなかにも流れがあり、それというのは自分たちだけでなく、グループに同居する対戦相手や隣国によっても生み出されるものだったのだ。そしてその流れとは、個人の力では戦況を一変できにくい、そんな非強国にこそ勝ちあがるための大きな要素となる。そういう意味では、日本や韓国が戦前の下馬評を覆して躍進したのは、生み出した流れに飲み込まれることなく、自分たちのものにできた結果なのかもしれない。
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しかし、決勝トーナメントからはそうではない。むろん、大会におけるチームを取り巻く流れは重要だが、その時点ではすでに残っているチームよりも大会を去ったチームの方が多くなる。もはや自分たち以外に信じるものはなく、いかに目の前の相手に負けないかが求められてくるのだ。だから――これは結果論になるが――ベスト8時点で4か国残っていた南米勢が、ベスト4にはひとつしか進めなかったことも不思議ではない。サッカーとは生ものだから、もう一度やれば結果はまたちがってくるだろう。だけど、そのとき流れを上手く掴んだのがスペイン、オランダ、ドイツ、そしてウルグアイだったのだ。思わぬ大差がついた試合もあったが、実際実力の差は思っている以上に僅差で、過去や直近のデータの上ではもしかしたら両者の優位関係は結果とは反対の対戦カードもあったかもしれない。しかしキックオフの笛と共にそんな計算はいったん白紙になるのがサッカーとりわけこのような大一番だ。前々回のサッカー欧州選手権で優勝したギリシャのように、流れに上手く乗ったチームはみている側からしてもどうしようもないと思うほど強い。今回スペインの優勝は、「珍しく」大会前の大方の予想通りという妥当な結果に落着したが、ひとつのいい方として、それは上手く流れていったからに他ならない。しかしみていてもわかったように、また、何より選手たち本人がいっているように、「ほんとうに上手くいかないときもあ」り、流れとはふとしたひとつのプレーでがらりと変わってしまう。表出こそしなくとも、精神面ではいつだってシーソーゲームで、それを勝利したのだからこの大会、7試合中、勝つことができた6試合のスペインはあらゆる意味でほんとうに強かった。
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どの試合も声が漏れない試合がないというほどにおもしろかったのは、どの選手もひとつのプレーを成功させようと、そしてミスを犯さぬよう、つまり流れを相手に与えてしまわないように必死だったからだ。夢のような一か月が終わってしまい、一抹の寂しさは漂ってはいるけれど、今日も、そしてまだしばらくはW杯が僕の生活にもたらしてくれた夢のような流れのなかにゆらゆらと揺れている。


