#244 大ぼら吹き野郎 ~「弥次郎」~ | 鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」

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1956年に落語に出逢い、鑑賞歴50余年。聴けばきくほど奥深く、雑学豊かに、ネタ広がる。落語とともに歩んだ人生を振り返ると共に、子や孫達、若い世代、そして落語初心者と仰る方々に是非とも落語の魅力を伝えたいと願っている。

鳥取県には、12月8日に豆腐を食べると、1年間に吐いたウソが帳消しになるという言い伝えがあるそうだ。口から出たものが元に戻るわけではないから、豆腐を食べて、呵責を続けて来た良心を解放してやろうということなのであろう。ウソを吐かない人は誰もいないと思う。聖人であるお釈迦さまも、「悟り切れない人々にはウソも必要(嘘も方便)」と言ったとか。人間、“嘘の効用を弁えつつ嘘を吐かない人生”を目指すのが理想なのではなかろうか。

さて、“大ウソは吐くとも小ウソは吐くな”という格言がある。誰も信じそうにない大きな嘘は吐いても害を及ぼすことはあまりないが、人が信じそうな嘘は害を及ぼす場合が多いから吐いてはいけない という戒めである。落語に「弥次郎(やじろう)」という大ぼら吹きを主人公にした滑稽噺がある。

 

 弥次郎が隠居宅を訪問した。「しばらく見なかったが、何処かへ行ってたのかい?」「ええ、ちょっと北へ」「そうかい、今日は暇だから土産話を聞かせておくれ」「いいですとも」。

「行った所はものすごく寒い所でして、小便が出ながら凍るんです」「小便が詰まって大変だね」「でも、うまく出来てましてね、便所に金槌が置いてあるんです。それで凍った小便を壊しながら用を足すんです」「本当かいな?」「慣れない私は誤って急所を叩きましてね、目を回しましたよ」。

 

「鴨刈りというものも初めて体験しましたよ。水が溜まっている田んぼで鴨が群れを成して餌をついばんでいると、寒さのせいで水が凍って、鴨が動けなくなるんです。そこへ鎌を持って行き、鴨の足を切り取って捕まえるんです。残った足から来春には芽が出るそうです。これをカモメと言うんですって」「そんな馬鹿な…」。

 

「火事にも遭いましたよ。宿の前で火事が起きまして、誰かが水を掛けて消そうとしたところ、極寒のせいで燃えてる火がガチャガチャと凍ったんです」「そんな馬鹿な…。大体、火が凍るのに掛けた水は何故、凍らなかったんだい?」「それが七不思議の一つで、今、学者の間で研究中です」「…」。

 

「山賊退治もしてきましたよ。ある時、道に迷って山中に入り込んだところ、褌一丁の坊主頭の大男が若い娘さんを引っ張り込んで悪戯をしようとしていたんです。“義を見てせざるは勇無きなり”たぶさを掴んで…」「坊主頭と違うんかい?」「胸倉を掴んで…」「裸姿に胸倉があるかい?」「…、傍にあった牛ほどの岩を小脇に抱え込んで…」「そんな大きな岩が抱え込めるかい?」「ちょうど真ん中がくびれている瓢箪岩というやつでして、これを千切っては投げ、千切っては投げして山賊を退散させました」「岩が千切れるかい?」「出来立ての岩だったのです」。

 

「ところが一難去ってまた一難、今度は牛ほど大きな猪が二人を襲ってきました」「お前さんは何でも牛だね」「娘を隠しておいて私が囮になって木の上に逃げました。猪は賢いですね、木の根元を掘り始めたのです。木が倒される前に機先を制して背中に飛び乗ってしし乗り…」「馬乗りやろ」「猪(しし)ですから。股間に手をやるとぶら下った物がある。睾丸ですね。猪でもここが急所だろうとギューッと握ると気絶したので、持っていた短刀で腹を裂くと、中から子供が16匹出て来ました」「沢山やな」「四四(猪)十六といいまして」「でも、さっき、睾丸を握ったと言うたな? 雄が子供を産むかい?」「そこが畜生の浅ましさ」。

 

 
 
 

 

 

この噺は法螺話の小咄を寄せ集めた性格を持つ滑稽噺で、持ち時間に合わせて自由に組み合わせて高座に掛けられてきたので演者に依るバリエーションが観られる。上記は八代目古今亭志ん馬の高座に依ったものでコンパクトにまとめられていて面白い。

 

ところで、この噺には「日高川(ひだかがわ)」という別題が付けられているが、上記の筋書きではその由来が判らない。実はこの後、安珍清姫伝説をベースにした続きがあるのである。

 

助けられた娘が弥次郎に一目惚れし、結婚を迫る。弥次郎は安珍と名を変えて和歌山県日高川の道成寺へ逃げ込む。娘は追い掛け、蛇になって弥次郎を殺そうとするという件が語られる。ここまで聞いた隠居が訊く、「お前さんつまり安珍はその時どんな姿をしてたんだい?」「山伏で」「どうりで法螺を吹き通しだ」。

 

あまりに馬鹿々々し過ぎて誰にも害を与えることのない嘘であろう。前座噺だと思うが、私のコレクションには三代目金馬、五代目志ん生、六代目円生という名人級の音源がある。ただ、いずれも後半部分は演じられておらず、弥次郎が武者修行に出た時の山賊退治と猪退治を懐古談として話すという構成になっている。

 

上方では「鉄砲勇助(てっぽうゆうすけ)」という演目で演じられており、これが東京へ移入され、日高川の部分が加えられて「弥次郎」になったとのことである。二代目桂枝雀の「鉄砲勇助」では、山賊と猪退治、鴨刈り、凍る火事で構成されている。そして、

住人の挨拶も凍り、それが囲炉裏の上で融けて「お早う、寒いね」「お早う、一晩で銀世界だね」等々一斉に声になる。「それがまたうるさいもんでして」と法螺吹き男が言うと「お前さんの法螺話の方がよっぽどうるさい」と聞き手がサゲていて、鉄砲勇助なる人物は登場しない。勉強不足の私にとっては勇助は正体不明の人物である。

 

 楽屋符牒で「あいつは酢豆腐だ」と言えば“知ったかぶりをするやつ”、「熊の皮」と言えば“かかあ天下の恐妻家”そして「弥次郎」と言えば“大嘘吐き”のことである。

 

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