1867年5月18日、南方熊楠が誕生。唐澤太輔『南方熊楠』は、虚実さまざまな伝説に彩られた生涯を描きます。志村真幸『在野と独学の近代』は、熊楠を軸としつつ英日の独学者たちの姿と「知」のインフラを照らす一冊。斎藤兆史『英語達人列伝II』は、語学面から彼について論じています。 pic.twitter.com/AbQcOsG8TQ
— 中公新書 (@chukoshinsho) May 17, 2026
熊楠は
1867年5月18日生まれ
在野の
渡米し
多くの論文を著し
— 論文としての体裁はなしていない。
国内外で大学者として名を知られたが
学会に加入せず
無位無官の
非組織人
日本の民俗学の
主著として『十二支考』もあるが
同じく在野の吉野裕子先生の論考とは
いささか次元が違う。
創始者のひとりですが
大変博識で
百科全書的な学問に裏づけられた民俗学
博物学、民俗学、人類学、植物学、生態学など様々な分野に及ぶ。
知の巨人と称されます。
柳田國男からは「日本人の可能性の極限」と称された。
大変な集中力・記憶力・語学力
収集家として知られますが
生物学者としては粘菌の研究で知られているが
— そうした調査に基づいて生態学(ecology)を早くから日本に導入
粘菌標品110種類を進献
その姿は宗教家のようで
仏教書に精通
インドで仏教の僧に
アラブ諸国でイスラムの導師となり
世界を漂泊する夢をもちながら
— 雲水のように
命懸けで山野を跋渉
— 千日回峰行のように
宗教哲学にまで昇華されました。
イントラ・フェティスムー≪時間は「永遠の今」として、強烈な高揚感や感情の洪水に取り巻かれ、未来も過去もなく、ただただこの今の祝祭的一瞬を生きている≫。
折口や柳田のように歴史意識を持たず、一回起的意識が欠如した熊楠は、万物が複雑系の中で永劫回帰する時間のない永遠の今に生きていた。— 秘密結社+M (@freakscafe) February 27, 2020
実際に
てんかん発作があり
息子さんも高校受験中に突然精神病に…
子どもの頃からの
異常な癇癪持ちは
— 一度怒り出すと手がつけられないほど凶暴になる。
両親の頭痛の種で
その緩和のために
生物学などの学問に打ち込んでいたと本人も自覚
多汗症のため薄着あるいは裸で山中での採集を行うので
天狗と呼ばれていた。
— 遠野物語の天狗みたいに見た人は驚く😱
その治療のために
瞑想的な芸術療法が役にたつ。
箱庭療法のような収集記録に没頭していたとも解されています。
— 森永ミルクキャラメル
じつのところ、純粋な物それ自体、心それ自体などは存在しない。一切は事なのであるが、その事的世界から疎外された度合いに応じて、物と心とが分化する。
熊楠が粘菌を観察し、「直入」するとき、そこでは熊楠の心と粘菌との一体化が起こり、そこには「事物心一切至極のところ」の境域が開けている。 pic.twitter.com/oJrOWDotvo— 秘密結社+M (@freakscafe) December 21, 2017
妖怪学に通じていると思えば
わたしたちの生きるこの世界の構成は
物理学などによって知ることのできる「物不思議」
心理学などによって研究可能な領域である「心不思議」
そして両者が交わるところである「事不思議」
推論・予知、いわば第六感で知ることができるような領域である「理不思議」
これらは人智を超えて
「大日如来の大不思議」によって包まれている。
それは「完全」であるとともに「無」である。
その中心「萃点(すいてん)」からものごとを考えることが
問題解決の最も近道
— 熊楠のマンダラ(森羅万象) 学
絶対矛盾的自己同一のビジュアル化じゃないかと思う。
井上 円了と9歳違いで
1858年3月18日生まれ
水木しげるが奇才ぶりを紹介しています。
見えるものがちがうので
言動が奇抜で
奇行が目立ったので
さまざまな逸話がある。
ヘビースモーカーで甘いもの好きの酒豪
— これだけの依存物質がなければバランスが保てなかった…
山川草木悉有仏性といわんばかりに
自然と一体化した現実感の熊楠は
普通の人の現実とは異質
臨終の際
医者を呼ぶかと問われると
「紫の花が消えるから」と拒否したそうです。
薬で幻覚が消えるのは残念なことなのです。


























