絆と成長を感じる作品で最近観た中では1番感動した作品です。映画「竜とそばかすの姫」


物語は、世界中の多くの人が登録している『U』という仮想空間が存在する世界で描かれます。これだけだと、「サマーウォーズ」の『OZ』を連想するかもしれませんが、決定的に違う部分があります。現実世界に直結し自らの分身をアバターとする『OZ』に対して、『U』は現実とは違う自分をアバターとして作成します。なので、『U』のアバターは現実世界の身元がバレることはご法度になってます。


そんな『U』の中にベルという歌姫が現れ、熱狂を産みだします。この歌がマジで良くて、個人的に好きです。力強さのなかに、切なさのある歌声に多くの人が引き寄せられます。そんなベルの正体は、現実では人前で歌えない田舎の女子高生すずでした。トラウマにより歌えなくなったものの子供の頃は歌うのが大好きな少女でした。仮想世界のなかで、歌えなくなった少女は違う自分として感情を爆発させて歌いだします。そんなベルが仮想世界を破壊していく竜と出会うことで、物語は大きく展開していきます。現実世界の葛藤、仮想世界で生まれる悪意など、物語は人間の内面を生み出していきます。


この作品での日常は、主人公のトラウマなど特別なことがあるものの、ほとんどは何気ない日常です。何気ない日常の中にあるちょっとした葛藤を過度に強調せず描かれていきます。そして、現代のSNSで起こっているような様々なトラブルを仮想世界の中で展開していきます。そんな現実に寄り添って作られた世界なので、アニメ的な展開は多々あるもののすんなり感情移入ができました。そして世界観にはまり込めることで、感情をとことん動かされました。声優さんもスゴイうまいわけではないけど、とても感情を動かされる演技でした。そういう意味で好きだったのが鈴のお父さん、いい味出してました。


あまりネタバレしたくないのですが、最後にこれだけ言いたい、ラストに向かうとこの歌が最高過ぎて、自然に涙が溢れました。



久ぶりのブログですがまた再開する前に今回だけいつもと違う話をしたいのでします。
最近色々話題に上がる経済のことの解決策としてベーシックインカムが必要だと思ってます。
45歳定年制の趣旨である、転職市場を活性化させて、皆が自分の価値を会社に売り込みに行くということ。これから日本は少子化になることで人口が減って消費が減っていくので、海外市場に物やサービスを売らなきゃいけません。このためには、日本の会社は海外の会社に負けないパフォーマンスを発揮しなければいけません。そのためには、このパフォーマンスを発揮できる社員を集めなければいけません。そのために必要な策として、転職市場を活性化させる45歳定年制が提案されました。でも、転職が実現するまでの間の生活を保障する制度は十分にあると言えません。ましてや、売り込むための価値を作り上げるための時間に生活を保障する制度も十分ではないです。ベーシックインカムがあれば、どんな状況でも最低限の収入は得られるので、問題を解決できます。
若者の貧困による、教育費不足、晩婚化とこれに伴う少子化。これも、ベースの収入を付加できることによって、若者の収入の底上げができるようになります。さらに婚姻、出産によって世帯人数が増えればベーシックインカムで得られる収入は増えますし(国民一人あたりで金額が出る前提)、経済的理由による子供を作ることを控えることも減ると思います。また、育休、産休による収入低下にも対応できます。
生活保護の受給条件が厳しい上に、収入が少しでもあると減額または解除される。さらに受けていると、偏見を持たれる。働くと減るので、労働意欲が低下するのもありますが、受給することに後ろめたさがあったり働かずにお金をもらってズルいと思われたり、マイナス面がつきまといます。ベーシックインカムは、働いていてももらえるので労働意欲の低下に繋がりにくく、全員もらうので受給による不公平感もなくなります。
AI、ロボットの発達で人の仕事が減る。これは、一部の働いてる人は収入が増え、仕事にあぶれた人の収入は減ります。ただ、仕事を代替するだけなので生産高は減りません。なので、全員の生活を維持するだけの収入は国全体で得られるはずです。この収入を再分配する仕組みとしてベーシックインカムが使えます。この方法で仕事にあぶれた人達も最低限の暮らしを保証しつつ、仕事をしている人達にはより多くの富がえられるようになります。
この制度を実現するためには、収入の多い人からより多くの税金を払ってもらう必要があります。もともと、これらの制度の目的は貧困を回避することで、お金持ちや権力者への反抗心を起きにくくすることです。これを理解してお金持ちは税金が上がるのを受け入れてくれるといいなと思います。僕も多少増える側ですが受け入れます。
乃木坂46が出ているという、そのことだけを目当てに観に行きました。でも、正統派な青春映画で、とても爽やかな気持ちにしてくれる映画「あさひなぐ」。

主人公は、小さくて気弱な文科系な女の子「東島旭」。このあさひちゃんが、変態から救ってくれた先輩「宮路真春」への憧れと、先輩に言われたアメリカンドリームを信じて、薙刀部に入り、葛藤のなか成長していく姿が描かれています。日々の練習、先輩の引退、寺での合宿、ライバルの出現、少しのロマンスと、スポーツ青春漫画の王道と言えるストーリーです。

冒頭に書いたように、主人公の東島旭を演じた西野七瀬ちゃんを初め、宮路真春役の白石麻衣ちゃん、主人公の部活の先輩野上えり役の伊藤万理華ちゃん、同学年の部活のメンバー八十村将子役の桜井玲香ちゃん、紺野さくら役の松村沙友理ちゃん、主人公のライバル一堂寧々役の生田絵梨花ちゃんなど、乃木坂のメンバーが多数出演しています。演技は、生田絵梨花ちゃんなど上手い人もいるものの、全体的にはまあお世辞にも上手いとは言えないです。でも、漫画原作独特のコミカルさと、部活動が中心に描かれている雰囲気にとてもあっていて、映画に引き込む手助けにすらなっています。また、吹き替えなしで薙刀を行うなど、メンバーの努力も作品に違和感を与えなかった要因になっています。これらの演出のうまさは、監督さんの実力の高さを感じさせるところです。

前述してますが、漫画原作だけあって、それぞれのキャラクターは、バラエティーに富んでいます。今どき、そんなと思わせる厳しい練習なども、スポ根な内容になっていて、漫画っぽさを感じさせます。この漫画感に欠かせない存在だったのが薙刀部顧問の小林先生です。とにかくチャラく、能天気。演じていた中村倫也さんのアドリブもふんだんに入ってたらしく、作品のポップさを増してます。

コミカルなだけでなく、葛藤や挫折、成功、そのなかで生まれる気づきと成長。まさしく青春群像の王道的な内容です。映画を見終わったときに、とても清々しい気持ちになれる作品になっています。伏線や物語の裏を気にせず、とにかく何も考えずにただただ楽しめる作品です。
何年ぶりですかね。記事書くの。それでも、書きたいと思いました。
観る人によって、答えが変わる作品だと思います。強烈です。映画「3度目の殺人」

作品は、殺人のシーンから始まります。この強盗殺人事件の被告人である役所広司演じる「三隅」と彼を弁護することになった福山雅治演じる「重盛」を軸に物語は進みます。三隅は、殺人は認めていますが、証言がコロコロ変わります。過去に強盗殺人を犯している三隅は、今回有罪になると、死刑は逃れられません。重盛は、これを覆すためにあれこれ作戦を練ります。あくまで、真実よりも法廷戦略を優先する重盛に周囲から苦言が呈されます。そして、事件と強い関連性を窺わせる被害者の娘である広瀬すず演じる「咲江」。三隅という人間の追及、それとこの咲江の関わりによって、重盛にも変化が起こっていきます。

さて、この映画を観た感想として、三隅という人間をどう感じるかが、人によって変わるだろうなと思いました。三隅という人間が、何を思って、何をしたのか?そもそもどういう人間なのか?最後まで分からなくなってます。そして、そんな三隅を演じた役所広司さんのスゴさをまざまざと見せつけられました。

そんな三隅の存在もしかり、この作品では、「真実は必要か?」が問われ続けます。「真実が何か?」にしなかったのは、この作品全体において、これを追及しつつも、どこかでないがしろにしていると思ったからです。だから、冒頭に書いたように、この作品が何なのかは、人によって変わると感じています。ここから先は、観てもらわないと分からないです。「3度目の殺人」というタイトルの意味ですら、人によって変わると思います。

そして、それぞれの感じかたを語り合いたくなる作品です。感想が違いすぎて、紛糾しそうですが(ー_ー;)是枝監督に壮大な何かを投げつけられる作品です。
観てみて下さい。

いつかは、作られるであろうと思っていた題材でした。

こんな雰囲気の作品になると思っていませんでした。

映画「遺体~明日への10日間~」


この作品は、東日本大震災直後の釜石市が舞台になっています。

冒頭で語られますが、取材記録を基に製作された作品です。

正確には、取材した情報を基に書かれた本を原作に、製作された作品です。

津波被害後の遺体安置所と、それに関わる人々のお話です。

地震が起こる直前の日常の風景から話が始まります。

遺体安置所も正規の場所ではなく、中学校の体育館が使われます。

これも、実際そのような対応が多く行われたらしいです。

でも、津波の映像も、地震の映像もありません。

そういう、劇的な部分を全て除いて描かれています。

坦々と事実を描き出します。

過度に盛り上げず、音楽などの演出も極力除いて描かれています。

正直、こんな作品が作れられると思っていませんでした。


日常の風景や地震直後のそれぞれの行動を描きだす部分は、映画の雰囲気が残っています。

遺体安置所が映し出され始めたあとは、空気が変わります。

本当にその場に移動させられたような気持ちになります。

どこまでも入り込まされます。

映画の撮り方が、その原因なのだと思いました。

大筋だけ作っておいて、後はアドリブだそうです。

だからこそ、その場にいるような雰囲気が作れたのかなと思いました。

演者も、追体験をし続けていることがこの作品を作り上げています。


演者は、全て挙げるときりがないくらい、豪華です。

各世代のトップクラスの実力派が揃っていると思います。

そのメンバーだからこそ、想像だにしない状況の中で自由に演じるということが可能だったのでしょう。

過度に演出をしすぎない、作り物の雰囲気を出さない、この映画の雰囲気を作っているのだと思います。


フィクションだし、遺体も場所も偽物だし、人も演じているだけだし、完全な作り物です。

でも、エンターテイメントにとらわれずに作られたことで、作り物が真実を描き出すことができたのだと思います。

あの地震を少しでも知る全ての人に観て欲しい作品です。

観ていると、涙が止まらなくなりました。


※東日本大震災で亡くなられた全ての方のご冥福をお祈りいたします。