ガラスの迷宮 - raindrop_5588 -6ページ目
その店の通りに面した部分は、ガラスをいっぱいに使っている。硝子の枠は赤茶けた色に塗られ、それが他の店に比べてその店を引き立たせている。
そのガラスのこちら側にも向こう側にも、鉢がたくさん置かれ、あるいは吊るされている。それぞれの鉢には、僕の知らない、花よりも葉が目立つ植物がいっぱいに茂っている。
── 僕はその店を、そんな鉢植えを売っている店だと思っていた。注意を払わずにその前を通り過ぎていたら当然なのだろう。
その店は仕立て屋だった。── 夜遅くまで仕事をしているその店。(9/22)
カミュのノートにこんなことが書かれていた。「ペスト」執筆の後でだ。
「これからは自由の身で創作だ」
自由の身でカミュが書きたかったのは何なのだろうと思う。
── カミュはなぜ「モービィ・ディック」に感動したのだろう。
「モービィ・ディック」は思想の説明ではなく、思想そのものだった。
僕は「ペスト」にはどこか思想の説明を感じる。カミュは思想そのものを書きたかったのだろうか。(9/22)
夏の日の残したかすかな暖の中に、虫たちはその日その日を鳴いている。
── そうして遠い海の音が。(9/26)
今朝の夢。
なぜ僕はあんな所を歩いていたのだろう。古く入り組んだ建築群の中から僕らは出てくる所だった。
僕ら──もう一人いたのだ。それは女性だった。初めて会う女だったが、僕は彼女をよく知っていた。彼女は僕よりもいくつも年上の女だった。
──
僕らはそのおかしな建築物から外に出た。
高い針葉樹林の中にあるでこぼこの道を僕らは歩いた。
周囲にはたくさんの人がいたが、皆、僕の知らぬ人ばかりだった。
だが皆が何か一つの組織に加わっているような感じがした。
──
僕はその付近の地理に詳しいらしかった。一緒にいる女に、僕は周囲の説明をしてやっていた。
彼女は周囲にいる人が皆、同じ方向に歩いていくことに疑問を持っていた。
僕はそれに答えていた。「あちらに学校があるんです」。(9/26)
みあきたような街頭の中でも、何か見落としていることがある。
そうして、知らない街でそれを見つけることがある。(9/26)
人の姿の絶えた夜の街を歩いていると、荷車を引いた自転車が通り過ぎた。
もう六十過ぎに見える男が、うつむき加減になって一心に自転車をこいでいた。
荷車には束ねられた段ボールが山積みにされていた。
── 夜十一時のことだった。(9/27)
文学作品に対して僕は、事柄の成り行きや織り成される人生の中の、ある一点における総合的なピークに興味がある。
そうしてそんな状態が、日常的で普遍的な事であるほど、興味が持てるのだ。
(9/20)
完璧な形式は、その内容を外に見せないこともできるのだろう。── 「なにも無かった事にしている」かのような、完璧な否定の形式。
── 退屈な作品にしかなりえない。(4/20)
あの、風の中の街。裏通りに建ちならんだ家々。
そこによそよそしさがあるなら、それは僕の側からのよそよそしさなのだ。
枯れた木々の間を、街の中を流れる川。遠くには赤十字病院の建物がかすかに見える。
近所のあの公園には、一年前と同じに沈丁花の香がみちているのか。(3/9)
廃鉱山の街。あの街は日に日に廃墟になっていく。
目的をもって作られたものがその目的を失ったとき、それは何と無意味なものになってしまうのだろう。
── 知性、それは対象を求める。それがなければ知性は悲鳴を上げる。
廃鉱山の街。それはまるで、狂気に一歩手前の人間の姿だ。(3/2)
作り上げたもの。そこには常に存在の意志を感じる。人間の意志と情念を。
それも、「それ自体の」「単一の」存在を求める意思を。
それは、永遠なるものと必ず対立する。── そのいずれもが必要だ。
(2/28)
スペインの夕暮れ時。湖の岸辺には、漁師の古びた舟が並んでいる。
かすかな風の、土の香と水の香。(4/12)
夢。奇妙な葬儀。
僕は人と別れた後、行く所があった。前に信号があった。僕は立ち止まった。僕は周囲の人が泣き顔をしているに気づいた。
その理由は僕にはすぐに分かった。
通りの目の前を盛大な葬儀の列が通過したからだ。
──
ぼくには誰の葬儀なのか、まるでわからなかった。だがどういうわけか、僕もその行列に付き合うことになったのだ。
裏通りから広場へと抜けると、そこには薪が整然と、しかも驚くほど高く積み上げられていた。人の声が広場中に響いていた。
僕はそこから引き返した。
──
だがその時、僕はいつのまにか手に何かを持っているのに気がついた。
小さな箱だった。
「何者だか僕にはわからない、あの死者だ」
僕はそう直感していた。だが僕には、その銀紙に包まれた箱の中が空であることがよくわかっていた。(4/16)
青い夕暮れ時。木の葉は皆、静かな雨の中で頭を垂れている。
── 僕たちももう、長いこと一緒に居すぎたらしい。── 風。空は急速に晴れ上がってゆく。(4/6)
夜の東京の街。行きかう無数の人々。── 誰も、他の人の行き先などわからない。
渦巻くネオンの光と騒音と、── 今日は久しぶりにブラック・サバスのテクニカルエクスタシーを聴いた。(2/28)
"It's Alright" - Black Sabbath - [Vinyl record]
山々が見える場所で絵を描いている男。その横では女が、男が描く絵を見て二人は談笑している。幸福というもの。
── ゴッホはいつでも一人で描いた。血を流す画家たちは、「事件」の場で、ただ一人で。
表現の場に連れ添う愛人の夢、幸福か。── 求め過ぎというものだ。いずれとも選べるはずもないだろう。
── ただ一人で描いてきたあの天才たちは、結局何を得たのだろうか。(8/31)
夜曲。夜の雨。冷たく濡れる路面に映る、かなたまで連なる街灯の光。
どこかの家の物置の屋根に、絶え間なく流れ落ちる水の音。
カバーをかぶせられたオートバイの向こう側の窓からは人の声。
光の洩れる窓、窓、窓。
夜の通りに、冷たい風が流れてゆく。それは僕の肺の中にまでしみこむ。
── 冷たく濡れる路面に映る、かなたまで連なる街灯の光。
雨の中、シグナルの高い響きと、電車の通り過ぎる轟音と ── 彼方、夜の高みにはクレーンの赤い光の点滅。(9/13)
便宜的な立て札。
穏やかな生活の中にも、燃え上がる砂漠の中にも、── 停止命令の立て札。
── いつの間にか取り壊された家の跡。(9/12)
彼方には、いまは再建されることもない塔の廃墟。
その手前に広がる家々。── 無数の家々の無数の容貌。閉ざされた窓という窓に、太陽の光が反射している。
無数の家々の、無数の神々。── 無数の建築の無数の容貌、老いた妖精たちの歓喜なき笑い。
── 彼方には、いまは再建されることもない塔の廃墟。(8/19)
福田恒男: 稲架ぶすま橋桁の景閉ざされて (8/13)
霜の降りた夜の砂漠。── 僕の内側にある、僕にもわからない他者の顔。
遠くには灯が一つ ── 僕の内側にいる他者の顔が、そこに向かう道を教えてくれた。
── だが僕は、必ずしもそこに向かわなくてもよいのだ。── 少年の日、朝もやの出た夏の早朝か。(8/12)
橋桁を失った橋は、緩やかに崩れ落ちてゆく。
人々も、道路も、街灯も、家々も、空も、海も、大地も、何もかもが ── 白い霧の渦巻く大河の中に落ちてゆく。
── 夢の中へと、── そう、夢からさめるまで。(9/20)
夢。夜、浅い川を渡っていた。
ゆるやかな流れの中で僕は膝まで川につかっていた。川の温かさがどこから来たのか、僕にはわからなかった。
ゆるやかな流れはそれでもときどき僕を押し流しそうになった。僕は何度もバランスをとり直した。
── 水音が不思議だった。僕には川幅がわからなかった。
── 目が覚めてその夢を思い出し、僕はふと思った。
僕には川幅がわからなかった ── たぶん僕は幸福なのだろう。(8/12)
南千住の隅田川貨物駅。
夕暮れ時、空の赤も遠のいて行くその時間。高い鉄塔に銀の色。
何本も引かれた、やや錆びかけた線路、貨物列車の沈黙。無数のコンテナ。
── 貨物車の荷台に一人の男が腰を下ろし、煙草をくわえている。(7/12)
メルスマン。形式とは、内部の運動力の投影である。(6/12)
日暮里、谷中。熱を帯びた緑の香の中に無数の墓標。
そんな墓標からは高く、空を走る雲の姿は木々のざわめきの彼方、── 子供らの声と、そうしてそれに重なる故郷の港。
世界のざわめきの中に黙す、その、彼方の蜃気楼と共にある世界。
休日のこの日、熱は街路に満ち、── 今は死んでしまった人々の、光と香との乱舞。(5/20)
水谷六子: 空梅雨や市人にまじる蝶ひとつ (6/12)
ビルの窓ガラス。
その巨大な、歪んだ鏡の内側、鏡を叩き、手を血に染める男は、遠い昔から何と呼ばれていたか。
── 空白に無数の銃弾は撃ち込まれ、壊滅の時まで終止符は打たれない。
(6/14)
東京駅の地下で、水槽の中のピラニアを見た。
アロワナなどはさかんに泳ぎ回っていたが、ピラニアはほんのわずかも動かなかった。(5/18)
高いガードの上を、電車は轟音の中、彼方の夕日の方向へと走る。
── 動くことのない家々は、遠ざかる光の中にうつむいてゆく。(6/19)
人々の笑う姿が描かれたステンドグラス。
光はその彩色を反対側の壁にうつし、── 太陽の移動、── 光は壁を確かめてゆく。
光が無くなれば、彩色の消滅とともに、その姿も消え失せてゆく。(6/26)
源実朝: 武士の矢並つくろふ籠手のうえに霙たばしる那須の篠原 (7/1)
夏の日の、窓を開けた夜。吹き込んでくる風が熱を遠ざけ、この場所からはわからない、なにか不思議な幸福の所在を示す。
── 割れた仮面が、極彩色の川を流れていく。
── 少年の日、まだ櫂の感触も定かでなければ、水のざわめきもやはり恐怖を与えはした日々。
そこからあの神殿までの距離はどの位あったか。── ふたたび船に戻れる保証を与えるあの神殿までの距離は。(7/1)
フォーレ。首を傾け、微笑む静かな優しい生活。
雨上がりの昼下がり、ひとけのない路上。立ち止まる人。
──
街。新たな風が、淡く不思議な、新たな香を運んでくる。
熱と涼風との、ささやかな語り合い。口ずさむ言葉は、世界に淡く融けてゆき、
── 静かな家々の姿。(7/6)
Gabriel Fauré "Violin Sonata No.1 in A Major, Op.13"
- Doukan, Cochet - [Vinyl record]
かなり以前に見た夢。山間の人のいない街。
鉱山の街だったか。建物は斜面にいくつも並んでいた。
僕は階段を登った。階段には水が流れていた。
そこで僕は一人の男に出会った。何年も前に少しの間だけ付き合いがあった男だった。
── 当時、僕も彼も、互いに好意を感じない仲だった。なぜそんな男が出て来たのだろう。
──
僕らは何の感情的なものをまじえず、その街を歩いた。僕らは大きな建物の前に来た。
男が言った。「ここは図書館だったんだ」。
僕らは中に入った。中には、人がいたころと同じようにたくさんの本が積まれていた。
── それから僕がどうしたのかは覚えていない。(10/15)
しばしば、優れた芸術家が言う。
「私は私の芸術が私自身によってなし得たとは思っていない。なにか、別の場所からやってきたものが、私を通して・・・」。
── 言葉を預かる者、預言者、それは宗教に限らないのだろう。人知の及ばぬ地点・・・。(10/14)
川沿いの野草の間にのびる道。かすかな雨の中、どこかからの煙が漂っている。
子どもらの遊ぶ公園。それも一瞬目にしただけだ。
落差のある所で川は音を立てている ── 濡れた植物が見せる幸福もあるのだろう。
──
高い橋。その下の芝原には恋人が一組。
── あの見たことのある建物。果てしなく広がる曇った空の下に、ひときわ高く、あの塔。(10/14)
ジャズ喫茶。大声で会話をすれば、人が没頭して聴く事への迷惑になる。
レコード盤に傷があり、ノイズが続けざまに聞こえてきた。── これもまた没頭への迷惑になるのだが、それでも皆、没頭している。(10/13)
なぜ僕を誰かと比較するのだろう。── 僕が興味を持っていない基準によって。それは騒音に過ぎないのだ。(10/6)
新聞に、ある種の子どもたちの話が載っていた。
トイレの水の流れるのが面白くて、いつまでもトイレに入っていた子供。
病院に行くはずが、目印の街灯が消えていたために、10km先まで行ってしまった子供。
テレビで見た海に行きたくて、夜中に居なくなってしまった子供。
──
他者が一歩も踏み込んだことのない、かよわい花々が咲く領域がある。
だが何というあぶなかしさ!(10/14)
ドストエフスキーの世界の人間模様。
内なる自分が赤裸々に暴かれて驚く人もいるし、しょせん他人の喧騒にすぎないと感じる人もいるのだろう。
── ラスコーリニコフ。人は神にはなれない。── なりたいと思う人には、物語は重厚なものになるのだろう。(10/8)
雨に打たれなければ、傘がないことを知ることはできないだろう。
書斎の知識人。傘をさしていながら、肩のあたりが濡れるかもしれないと苦悩する幸福。(5/2)
水は流れてこそ浄化される。
── 高い鉄柵に囲まれた僧院。赤茶けた鉄柵には名も知らぬ植物が絡まっている。そこここに茂る木々の向こうに、古び堂々とした僧院。
── 異教徒と交わった女神は聖所淫売となり、壊滅した前世紀の亡霊は不断に僕の前に。
── 水は流れてこそ、浄化される。(5/12)
それはもう、秋も終わろうとしている頃だった。
広いアスファルトの道路の両側には、小さな街路樹が、その葉をすっかり落として、先まで連なっていた。
ふと、彼方に見た陸橋。── やがて僕たちは、その下を通り過ぎていた。(5/14)
夢。雲の切れ目には光の輪がいくつも連なっている。
だが誰もその光景には冷淡だった。僕は空の光の輪を眺めながら坂道をかけおりた。
その時突然、光の輪がひとつを残して皆消えてしまった。
いつの間にか周囲は暗くなっていた。── 日食だと誰かが言った。(5/13)
彼の悲哀。彼は悲哀から何も手に入れることができない。失い、支払うものなど、すでに何もないのだ。牢獄の中で、彼の視力は次第に失われてゆく。
彼は美しくあろうとする。── 彼にできることはそれだけなのだ。(5/7)
クールベ。彼は、黒い炎に焼かれる苦痛の中、麻酔の中に限りなく転落しながらも、気を保とうとする男をよく知っていた。(7/13)
なにもかもが流れ落ちる。秋の彼方の日々、僕がたどったあの大都市のはずれの、木々や家々や空や、── それらは今でもあるのだろうけれど。
── 人のいない墓地。秋の彼方にまだ残る暖。
僕は帰りたくなかった。
だがどこまで行っても、風景は僕に何も語りはしなかった。(5/1)
その公園には様々な玩具が置かれている。
組み合わせと応用とによって、そこでは無限の遊戯が可能だ。
白い金属片を組み合わせる者もいるし、黒い泥をこねる者もいる。
── だが公園であることに変わりはない。風は公園の外を吹きすさぶ。(5/7)
夏の日の午後、水の豊かな川。
川に沿って木々、そうして木々の間には高く黄金色に輝く太陽。
── 川面にも黄金色の光がまき散らされている。(7/25)
仏教の影響を受けた東洋文化?
東洋文化が仏教を生み落とし、成長させたと考えてもよいのではないか。(8/9)
風のない、湿気の多い猛暑の日。ともかく暑い日だった。
空はそんな中で、水分を十分に含んでいった。
雷雨は予想外の激しさだった。
雷の音の轟く中、すべてのものは白い水煙を巻き上げていた。
── そうしてまた、静かな夜。静かすぎるぐらいに静かな夜。(7/26)
雨。軒下で僕は立ちつくしている。雨は僕に言う。
「ここに居なさい。さもなければ濡れるのですから」。
── 僕は濡れずにいなければならないのか。(8/5)
芥川龍之介の「トロッコ」。
真っ暗な夜道を走って帰ってきた事がなければ、このような作品はかけないのだろう。
いつになってもトロッコを押し続ければ、夜道を帰る必要もないし、トロッコを見失ってもトロッコを見つけ出せばよい。
── そうしてトロッコにしがみつけばよいのだ。(8/6)
濃霧がこの服を次第に濡らしてゆく。── 僕の観念であるかのように、次には僕の身体を。(7/28)
三島由紀夫の「大義による死」と、宮沢賢治の「グスコーブドリの伝記」に見られる自己犠牲。
そのニュアンスの、あまりにも大きな相違。(8/9)
夢。
僕は硫黄島を見ていた。「形が変わるほど、爆撃されたんだってな」。(8/6)
あの日の光景。あの日といっても、それがいつだったかは、まるでわからない。
夢だったのかもしれない。
人ひとり居ない林だった。僕は木もれ陽の中にいた。
風は強く吹いていた。どこか、僕にはわからない世界から響いてくるような木々の音の中に僕はいた。
── ただ僕の記憶の中にさりげなく、しかも深く根を下ろしているあの光景。
(8/18)
雨に濡れた夜の線路を、電車のヘッドライトが進んでくる。(8/5)
何かを得れば僕は救われるのだろうか。
── 得れば何もわからないままになる ── 要するに、得ていようがいまいが、同じことなのだ。(7/25)
グスタフ・レオンハルトは、「自分でも演奏したいから」、無伴奏ヴァイオリンパルティータを鍵盤楽器用に編曲した。(7/26)
J.S.Bach "Partita" BWV1004, 1013, 831
- Gustav Leonhardt - [Vinyl record]
夜。冷気は窓を通り過ぎ、僕の存在に触れ、僕は外の世界をふと知るのだが、
── 僕が僕の消えかかった松明を持ってさまよった、この永遠の夜の、都市のビル群、ネオンの閃光。
── 僕にとって「知る」とは何だったのか。(1/31)
雨。── 影の静かな侵略は、何を眠らせるのか。── すべてなのか。
冬の終わりの雨。── 夜の彼方から、冬の終わりの雨の音。
この静かな幽閉。(3/5)
遠のいた波は、波打ち際の「同じ輪郭」を目指し、だが同じ輪郭などすでにどこにもなく、彼方、月は赤く焼けてゆく。
赤く焼け、閉ざされた目は夢見るのだ、夢を、夢を、夢を。
── 知りつくし、知りつくされた、地平の手前、かつて知った拡大する輪郭の手前、── おそらく人は、捧げるものが何ひとつなくなった時に、滅びてゆく。
(1/6)
ある種の書物や音楽への退屈。
── そこでふたたび招かれるものがある。
少年時代、あの冬に入る日、広野の彼方に見た山々。零度の行為の表出。
── 決して求めてなどいなかったものへの退屈が、それを明らかにする。
(1/16)
帰省する数日前に、雪が降ったそうだ。日陰にはまだ雪が残り、風の冷たさ。
友人たちと車で行った場所はひさしぶりだと思ったが、数えてみれば八年ぶりになっていた。(2/11)
たとえ恐怖というものが世界の側にあるのだとしても、そこから逃れ、熱に焼かれる愚自体が苦痛だ。
── 口実は無数にある。だが怠惰の素顔の先に、「世界」はある。(1/19)
恐怖感すらが、しょせんは休息なのだ。── 行き場の一切の壊滅。(2/4)
逃げ続け、手近かなものを手に入れ続け、知らず墓標は後ろに並び立つ。
── ただ一度の勇気で、幸福は微笑んだのに違いない。
だが手近かな、がらくたを手に入れ続け、── 振り返れば墓標が連なるなら、振り返ることすらできない日々。(2/7)
彼方の灯台は、── 少女たちの表情の中にも、風と光のざわめきの中にも、僕の身体にも、ただ休息なき休息の中に、光を放ち続ける。(2/19)
雨の夜。── どこか遠くで、置き忘れた僕の持ち物が、たぶん乗り物か何かが、僕の見えないところで雨に打たれている。
僕は多くの場所をめぐったはずだった。
── あの日々、Fさん、Iさん、Sさん、Rさん、Mちゃん・・・。
── 何が、僕の言葉を語っていたのか。雨の中、腐食した悲哀は、もはや息絶える。
彼方からは電車の音が雨を縫い、山々の深い闇に反射し続けている。
── 冷淡で残酷で、しかし必ず正しい零度の光と風とは・・・。(9/23)
家族。
水晶の砂漠に打ち寄せる波。風の中、彼方の灯台。
浜辺の家々、打ち寄せ、砕ける波。浜辺の家々は流木を焼き、青の硬く輝く海からの魚を得、── 彼方の蜃気楼からは離れ、そのつつましやかな生活。
── とは言っても彼ら、皆、海賊どもの末裔ではあるのだが。
家族。
打ち寄せ、砕ける波の前に建ちならぶ家々。
今日も浜に出る貧しい男たち。季節の中、彼らは手に銛を持ち、波打ち際を歩いていく。(8/27)
黄金色の朝もやの港。出港する数えきれないほどの漁船。
冬に入る風景の歓喜と悲惨と、頌歌と挽歌と。
── 落雷の後の森林 ── 季節の中、僕らの日々。(10/30)
雨の中の一日。冬に入る日が近づいている。
雨はいつしか雪となり、生活を閉ざし、家々を埋め、そうしてこの地の地平線の彼方、言語の踊る舞台をも埋めていくだろう。
都市を貫く、凍り付く運河には舟の姿すらなく、ただつつましい沈黙。
飽食の後にはかならず返済が要求される。── 僕の存在。生誕と死とは、いつでも隣り合わせにある。(10/27)
置き去られた肖像。家々の屋根の向こう側には細く高い煙突の姿。
── うろこ雲の広がり。路上、淡い暖を放つアスファルトの路面、── ひとりの男の姿。
小さな池のある公園には人の姿もなく、木々の中を走る鳥の声。
日に新たな街、屋根の広がり、彼方にはかすかに橋の姿が見える。
置き去られた肖像。── またなのか。(9/9)
秋。動くことのない雲のひろがり。静止した人々の影。
崩れ、流れ去ったものは、いまは遠い彼方に。── 空間にあぶなかしく広がるパズルの数式。
秋。あの高いクレーンを見つめている人の姿。
── 動くことのない雲のひろがり、静止した人々の姿。(9/8)
午後から雨。波の彼方には、過ぎ去った日々の悲惨の形骸。
長い足止めの時間、僕の見ていたものは何だったか。
葉を打つ雨の音が、風とともに一瞬強くなる。
── 水煙につつまれる滝が見える。その向こう側には定かには見えない、不思議な家々や人々の影も。
──
古い世界の黒からドアを押せば、淡い雨の中、木々の幾筋もの枝をつらぬく、高く鋭い鳥の声。(9/3)
夜の家々。あの店の灯は消えたままだ。
熱は通り過ぎた季節の中に残り、深夜、硬く冷たい路面。
── 夜の川沿いの道に頌歌。(10/29)
赤茶けた柵の向こう側には、くすんだ木々が茂っている。
木々の間を見知らぬ人々が無表情に歩いている。
── そのさらに向こう側にひっそりと家が立っている。人の住んでいない家だ。
かつて笑いの中に生活していた家族は、いまはもう立ち去ってしまった。
── 皆、遠い日々に生きていた人々なのだ。(8/18)
モノクロームの、少しばかりは暖のある冬枯れ。
暖がわずかな倦怠を運んでくる。沈黙する木々、家々、── 土の路面。
風の静止の中、声にはならぬ悲哀の叫び。
少しばかりは許されてある「幸福」か。── 光の中の荒れた路面に、そうして先の見えぬ、ゆるいカーブに。
時おりは通り過ぎる名もない川、そうして橋。── 枯れた植物。(2/1)
少年時代。── 見知らぬ街の中に迷い込み、── 迷い込んでいるということに気が付くまでは、迷い込んではいなかった。(12/7)
死地にあればこそ、冷静である心掛けが必要だと言われる。
── だが、そこが死地であることを知る事こそが必要だ。(1/7)
黒い波打ち際。
打ち上げられた廃船は、もう彼方に遠のいた海の呼び掛けに黙し、朽ち果てる。
── かつてはそこにいたはずの場所からの呼び掛けに黙して、廃船は。
(12/18)
ふと立ち止まる午後。── 空へと延びる、今は葉の落ちた木々。
荒れた観念は、そんなとき風景の中に表出され、冬の光の中、膝を抱えて眠り込む。
午後、木々 ── そうして枯れた無数の野草。
── それらさえ光の中には明晰に、忘れ去られた解答を見せてくれる。(2/1)
いつでも僕に何かを示すのは、一切のざわめきが合流し、たった一つの流れになるその瞬間だけだ。(2/2)
曇り空の下の大陸。集まってくる土産物売り。── みな、自分の体力に合わせて様々なものを持ち寄ってくる。
子どもたちが窓を叩く。── 彼らが持ち寄るものが「良いもの」なのは、分かるのだが。
── 帰国したその日の夜は、雪だった。(1/6)
ミューズ。
私が笑って見せたところで、誰が笑うでしょうか。私が泣いて見せたところで、誰が泣くでしょうか。
笑っている人と私は笑い、泣いている人と私は泣くのです。(2/4)
幾重にも重なる、波の上の家々の光景。(2/5)
かつてギリシャ人は、胸には熱をと言った。僕はその言葉に、心臓の鼓動を思った。
だがそれだけではない。もう一つ、「呼吸」が重要な意味を持つ。心臓の鼓動はコントロールできないが、呼吸はある程度コントロールできる。
── そうして、心臓の鼓動と呼吸には、密接な関係があるではないか。(12/8)
常に、山々のスカイラインのように光に縁どられ、そうしてその光の中を歩くということ。(1/7)

