ガラスの迷宮 - raindrop_5588 -7ページ目
東京の下町の川原。高い鉄橋を通り過ぎる電車の轟音。
鉄橋の彼方には太陽。
広い川原は風が強かった。僕は友人と川原を歩き続けた。
── 汚れた川だった。川辺に打ち寄せるさざ波は、何か僕にはなつかしかった。
向こう岸には枯れた無数の植物が風に吹かれていた。(2/27)
国木田独歩。彼の文章。それは酔い交じりに熱中しながら語りかけてくる調子がある。
「号外」。加藤のような男は、当時は号外だったかもしれない。── だが今の時代では、それは号外でも何でもない。(2/7)
淡い冷たさにおおわれた、あの静かな街。澄んだ水が流れる川に沿った街。
── いつだったろう、雨が強すぎて陸橋の下で長いこと、雨宿りをしたのは。
僕の記憶にあるあの街は、いつも淡い冷たさの中にある。(3/28)
夕方。口の中の苦さ。彼方に、ゆるやかに傾いてゆく太陽。
建物もほとんどない広野には、ところどころに電柱の細くきゃしゃな姿が点々と見えるばかりだ。
目の前に、古びた木造の橋が架かっている。── 水量の減った川は、川床が黒々とあらわれている。そうして、川面を渡ってくる冬の日の風。
── 木造の朽ちかけた橋、彼方に傾いてゆく太陽、
──もはや声もないブルース。
かすかに聞こえる音は、調子を変えることもなく、ただ一定の音を連ねているばかりだ。(2/8)
五年ぶりの京都。
竜安寺。砂に描かれている波紋は、いったい何なのだろうか。
それは音もなく生じ、静かに緩やかに広がってゆき、やがて消えてゆく。
── ただ黙している石は人間そのものなのか。
千年も昔の墓。その人の情念も今は静まり、墓石として穏やかに安らぎ、今もここに残っている。(2/27)
自殺。それは簡単な遊びだ。(3/22)
夢で見た海賊たち。彼らはふたたび船に乗らなければならなかった。
同じ事を繰り返すためにだ。
彼らは僕たちにも乗船することを促した。僕たちはためらった。
彼らの額に突き刺さった釘を抜くことが、おそらくは僕たちの義務になるのだろうし、彼らもそのつもりでいたらしかった。
結局僕たちはためらいながらも彼らの船に乗り込んだ。
僕たちは僕たちで、僕たちの船でいろいろな所を回ってきた後だったのだが。
── ところで、僕ともう一人いた男の顔がどうしても思い出せないのだ。(2/7)
水面に投じられる石が波紋を残す。
── 「僕にとっての思い出?。つまり『事件』の事だな。それにつまづいたその時のことが思い出になる。
笑いであれ、悲惨であれ、要するにつまづいたその時だけのことなのさ」。
── 石は波紋を残し、水底に落ち着く。
── 様々な場所。僕にとって表現とは、自らの愚劣の告白に他ならないのか。
(8/7)
メルヒェン。遠い日々、腕に道具を持った男たちは、ふと立ち止まり、風と光とのざわめきと香とを知り、それを女に知らせた。
男たちと女たちの、最初のほほえみ。この世界は男たちの表情を通り過ぎ、女たちを包むのだ。(8/16)
彼方からの海鳴りに背を向け、モーツァルトは人々に微笑む。
海鳴りは巨大な鏡になり、そこにバッハは立つ。
風景の沈黙は沈黙のままに、少年期に夢見た、静止した風景の美そのものとして。(8/16)
蒸し暑い夜、僕は涼みたくなり、都営アパートに囲まれた小さな公園に入った。
公園は、アパートの窓と、そうして街灯とで明るかった。風が、最近植えられたらしい小さな木を揺らしていた。
どこかから風鈴の音か、それとも飼われている鈴虫の音か、区別のつかないような硬く澄んだ音が聞こえてきた。
──
高層アパートの姿。ここでは木々の存在も虫たちの存在も、もはや消え入りそうなものでしかなく、巨大なアパートの窓に、生活の灯。
アパートのどこかから、ドアの閉じられる音がする。── 風は身体から汗と熱とを奪ってゆく。
だがこの場所は何なのか、建築の姿はこの目を盲いさせるのか。建築を透かし、彼方を見つめる事はないのか。
── かすかに響いてくる、電車の警笛。(8/6)
波打ち際。僕は波に足を濡らされないように歩いているつもりだった。
だがいきなりやってきた、比較的大きな波に足を濡らされ、そのために波からはるかに離れたところを歩くことになった。
波打ち際の砂は硬いが、波から離れたところの砂は柔らかく、── 僕は砂に足を取られて歩いていた。(9/18)
文学。── 均質の文体が激しさも静けさも表現しうるという作品に、僕はある理想を感じる。
そこに必要なのは、夾雑物を焼き去った、解放されきった観念の運動という性質のものだ。(8/9)
バッハは自らを語りきる。── 彼は自らの求める所を語ったのではなく、その瞬間のみずからを語りきったのだ。
── そうでなければ、語りきるなど不可能だ。(8/14)
J.S.BACH "Schmücke dich, o liebe Seele" BWV 654
- KARL RICHTER - [ Vinyl record ]
まだ暗い中、僕たちは冷たい街の中を歩いていた。海を目指して歩いていた。
(1/1)
雨に濡れた朝。秋の色もすっかり消えて、静かな冬だ。季節は流れ、それでも僕はここにいる。
都市。あのたくさんのアパート。鉄の階段を上がって、並ぶ戸口の前を歩いた。
人々の生活。── 僕はそんなところに住みたかった。僕たちは。
戸口には様々な、自作の表札がついており、──。(12/8)
フッサールから、カミュとサルトルは正反対のものを引き出していたのだろうか。
つまり、現象学的世界観から、「自己の存在の危機」と「自己の存在そのもの」とを。(12/28)
怪奇な話を聞いた。
ある人が道路に猫の死骸を見つけた。その人はそれを道のはじに寄せてやった。そうしてそれからしばらく行くと、前方の道のすみにさっきの猫とそっくりな猫がいた。
その人はすっかり気味が悪くなって、自分の家に帰った。
ところが夜になると、さかんに窓をひっかく音がした。それは猫の爪の音だった。
──
その人は言っていた。怯えさせるためではないだろう、救いを求めていたのかなあ。可哀想な話だよな。(12/6)
ニーチェ。彼は自然の力の絶対的な暴力を肯定した。
── 僕は思う。それは肯定なのか、屈服なのか。この二つには明らかな相違があるはずなのだが。(12/6)
僕は地図を眺めるのが好きだ。地理上の断片的な知識が地図によって見事にまとめられる。(2/7)
彼は、冬の日の出をときおり思い出す。
太陽が見えた瞬間、海の面は無数の黄金に満ち満ち、凍てつくような世界はその瞬間、燃え上がる。
停泊している漁船のマストは高く陽を受け、逆巻く波頭は白く輝き、鳥は舞い上がり、船の上を、海の面を、太陽の中を飛翔するのだ。
── 彼はどのような思いで、その光景を思い出していたのだろう。(12/11)
「あいつの言う事なんか、本気で受け止めるな。あいつの思想で最も重要なことは、『死とは何ぞ』なんだから」。(12/28)
三島由紀夫。「利口であろうとすることも人生の罠なら、馬鹿であろうとすることも人生の罠であります。そんな風に、人間はなにかであろうとすることなど、本当はできるものではないらしい」。(12/27)
現代という母体から派生したあらゆる現象は、それがかなり強い支持を受けている場合、たとえその現象自体に大した価値がないように見えても、その現象の派生した原因というものは、抜き差しならない問題を秘めている。(12/7)
二十歳ごろ、三年間ニューヨークに住んでいたという人の話を聞いた。
夕暮れ時の街頭にぼんやり立ちつくしている男。娼婦たちの群れ。一晩中、電柱に抱き付いている男。麻薬と狂人。ビルの隅で抱き合ったまま動かぬ少女たち。
──ことさらにそんな話ばかりを選んだ彼は、レッド・ツェッペリンを幻覚の世界の中で聴き、絶望的な恐怖を感じたという。(12/5)
Led Zeppelin - Black Dog - Celebration Day [OFFICIAL]
あの夏の朝の日々。すべての開始点。
すべてに触れ、恐怖から顔をそむけ、そむけ続けようと求め、それの不可能だった日々。
だが確かに、── 正当な中に僕はいたのだ。(12/24)
風に揺れるカーテンのすき間からの風。
音楽。── 停止することのない運動のため息。(1/11)
数知れぬ「美」。
西風が示した彼方の王国の、その陶酔と戦慄とを潜ませる「美」は。
雪は崩れ、汚れ、そうして姿を消し、── 空に雲は、その彼方の太陽の光の輪郭を浮かび上がらせ、空白の中、不可思議な戦慄を与えた日々。(1/15)
アレクサンダー大王の晩年。
かつての過激な活動はようやく恐怖に拮抗していた。
「立ち止まれば、死が私に追い付いてしまう」。
過激さの放棄が、拮抗しているもう片側の巨大化を許す。
── 戻った王宮でもはや、彼に安息はなかった。彼にとって、安息は生きるかぎり不可能だったのだ。(1/23)
いにしえの刀工が彼らの刃に残した波の紋。── その気韻は世界とそれを知る人とを融合させる。(10/26)
小さな歴史。怠惰から逃れるため、── というのも、怠惰はいずれにせよ恐怖を背負うのだから、
── 高まった行為は、目指すものの完結とともに消失し、再びそこで、死に絶えた行為の上に、赤い空から雪は止むこともなく降ってくる。
── 逃れることの不可能な罠。振り返れば、さまざまなモラルの墓標。(10/12)
爛熟への愛。── 僕には一度としてそれがありはしなかった。つまり、爛熟への転落は。(10/11)
おなじ色彩の中の一日。日々、熱は静まり、風景は明らかになっていく。
朝、肌に感じる冷気。
── 長いこと、僕とは親しくなかったもの。── 路面の僕の影。(10/16)
道標には様々な文字が書かれていた。
── きゃしゃな偶像にすがりつくこの魂の、風の中での小さな悲鳴と小さな歓喜と。(11/21)
雨。久しぶりだ。枯れかけた植物が雨の中、かすかに揺れている。
夜の闇を、雨のかすかな光が洗い、洗い続ける。
雨、それは世界の何という語らいなのか ── 僕が嫌悪し、求めた世界の。
歩いてゆく姿、彼は誰なのか。
── 知りつくした場所の中を、さらに歩き回るしかないのか。(1/28)
バッハ。魂の語ることのすべて。最大限の表出がそれでも静止して描かれる。その恐怖に至るまで。
ヴィヴァルディ。存在そのものの運動の歓喜、そうして歌。前を向きなおせば、歓喜の先にすべては洗い尽くされる。
この二人以降に、爛熟は拡大するのか。(1/27)
J.S.BACH "Triple Concerto in A minor - BWV1044"
- I MUSICI - [Vinyl Record]
I MUSICI - A. VIVALDI "Flute Concerto in G Minor"
- P440 (F.VI 11) - [Vinyl record]
秋に入る冷たい雨は容赦なく降り続けていた。濡れた路面に映る彼の姿は、いつも通りのたった一人きりの姿だった。
静かに建ちならぶ家々のたたずまい。路上にまで流れてくる夕食の香。
玄関口には子供の遊び道具が置かれている。
濡れた緑のあちらこちらに見える小さな花々。── 赤や黄のほほえみ。(9/13)
夢。僕は走っていた。海があった。波が砕ける岩場を僕は渡った。
── やがて僕は乗り物に乗った。乗ったとき僕はほっとしたものだ。
しかし僕はその乗り物の行き先を明確に意識していた。そこは──。(10/30)
カミュ。「キリストの時代まで仏陀は絵に描かれていない。というのは、彼は涅槃に入っているから、つまり非人格化されているからだ」。
森本和夫。「道元とサルトル」 P.72
我の無化によって遂行される人間の一体性の否定は、さらに人間現実の一体性の否定にまで突き進むことによって、絶対現実を現成し、”無”と化した我は、まさにその事によって絶対意識となる。(10/12)
部屋。僕はしばしば、部屋に入るとき、異様な気持ちにおそわれる。
これは、退院した人が再び同じ病室に入れられるときに感じるのと、似た気持ちなのだろうか。(9/16)
風の強い夜だ。季節外れの嵐がやってくるらしく、雲がかなり出ている。
時おり、雲のぬぐわれた空がぽっかりと見える。
── ふと思う。僕を待っているものは何なのだろう。(11/11)
ランボーの「地獄の季節」の、「大洪水の後」。
洪水とは精神の高まり、「地獄の季節」そのものの事だ。
彼はこう言っているではないか。
── 水よ、悲嘆よ、再び大洪水をもたらしてくれ。(10/31)
高いビルの屋上の手すりにもたれて。
無数の家々が眼下に広がり、もはや朱もあせてきている夕暮れ過ぎ。はるかな彼方には尖塔が黒くそびえていた。
見下ろせば、下の地面は暗く静かだった。
──
別のある日、僕はそのビルのそばを通りかかった。
ふと僕は、ビルのそばの、小さな石の散らばっている草のまばらな空間を見やった。
── 僕は、はっとした。見上げるとあの手すりがあった。(9/16)
原口統三。彼は生きていく以上、安慰、満足はわが身に付いて来ると「自分自身について」感じ、武装した。
その武装こそが死だった。
── 彼にとっては、死こそが「安全圏」だった。(11/2)
二日続きの暑い日。土曜日の午後、むせるような暑さの中、通りは人でいっぱいだ。
僕はS公園へ行った。土も野草も川も、皆熱をみなぎらせている。そうして風だけがそれらの中に涼を静かに流してゆく。
何日か前に降った雨のせいか、川はいつもより水が豊かだった。(6/4)
芥川の「歯車」。
人は見たと言っているが、自分では知らない自分の姿、つまり本当の自分とは別に存在している自分。
それが、本当の自分より先に死んでいくのだとしたら・・・。(6/16)
郵便局から、「不在だったから小包を取りに来てくれ」という通知を受け取っただけで、想像による作業が始まる。
── 幸や不幸も、あるいはこのようなものなのか。(6/17)
机の上で虫がさかさまになってもがいている。── そうして何かの拍子に起き上がる。(5/19)
柔らかな雨の音の中に、元気な雀たちの鳴き声は響いている。
懐しい、静かな時間。── 乾いた街とそうして埃まみれの心。(6/11)
レコードを聴いていて、美しいメロディラインを持つ曲はノイズが気になるけれども、即興演奏の曲は気にならない。(5/26)
枯れかかった池に、濁った水がよどんでいる。
池の縁に桟橋のようなものがある。もう使ってはいないものだ。
池の対岸には藤棚。緑に茂った藤棚の下は昼でも薄暗い。
人は誰もいない。池の周囲の木々では、鳥たちがかん高い声で鳴いている。
(5/29)
涙が出そうになるニュースがあるものだ。(5/22)
三島由紀夫は「詩を書く少年」で、観念に対する彼の態度を明らかにした。彼は観念を玩具とした。
観念は行為によって存在理由を持つ。つまり、「知行合一」なのか。(5/22)
広い河原に古い墓石がいくつか打ち捨てられていた。
「俗名 入澤信弥」。「文政」などという文字が見える。どんな人間だったのだろう。それらは河原に、静かに日差しを受けていた。
── 僕らは棒をバットにして石を川に打ちながら歩いていたのだ。(5/19)
感情など征服したと思っていた彼は、単に感情が鈍磨していただけだった。
(5/27)
雨。幽閉の時間。
風景の清められていく中で、しばしの間、活動は停止させられる。風景の清められていく中で、人はいつも一人だ。(5/25)
一日中陽のさす場所では、紅葉がまだ残っている。
子供たちの笑い声と姿とが、手に手を取り合って走ってゆく。
── その笑い声と姿とを、常に捨て去りながら走ってゆく。(12/7)
朝から雪。午後から雨にかわり、冬の夜、窓の外は雨。
風は木々を、窓を通り過ぎる。── 部屋の中へやってくる冷気。
視線と指先。── すでに知られた混沌の夜に、言語と音律との、さざ波のようなざわめき。(1/18)
言葉。── 頭と腰と胸のいずれかを忘れると、それは空虚な独り言となる。
(1/18)
二日続きの雪。風景を縦に、無数の白い線。
夜道、ポストへ歩く僕の前に白い道。
── 再び外に出れば、いつしか雲は流され、この深夜、オリオンが、そうして蒼いシリウスの姿が。
冬の夜の連星シリウス ── 眠ればまた、新しい日が始まる。(2/3)
アルコール。── 僕の幻想が僕の肉体を愛する一瞬。(11/27)
レーサーの片山敬済がこのような事を言っていた。
「目的の中にいる限り、自己の問題点を見つめておく事。これがなければ進歩はない」。
「目的から目を離さず、見つめておく事。これがなければ目的に至れない」。
(11/7)
速度が上がれば、細部に目が行きにくくなる。だが、細部を知らなければ、速度は上げられない。(12/7)
風景。木陰に座り、彼方の都市を見つめ、── 座した旅人は、劇場での観客になるだけだ。(12/7)
吉本隆明。基本的に、人間は自由な存在と考えている。彼の思想の一切はそれを基礎にしている。
人間を何らかの形式的なもので捉えようとする試みの一切を彼は拒絶する。
── 解答が先にある思想の数々だから、結局彼は評論以外のなにも生み出せない。「公式の否定」という公式。
── 彼の自己陶酔は、彼の自己陶酔にとどまる。(11/24)
暴力としての言葉は、それを受ける側の言葉をも、しばしば同じ次元に引きずり込む。── そうしてしばしば最終的に、「皆、オトモダチ」となる。(12/7)
炎暑の中の奈良。小林秀雄の書いた「山辺の道」という文字。
── 緑はひろがっている。ある種の単調さの中にある優しさ。(8/15)
氷河期のさなか、民族の沈黙。雪原を歩く人々。── 捨て去らなければならないものは何なのか。
凍てつく原野に投げ出された影。地平近くにはかすかな太陽。
── 変転か。
熱が戻ってくれば、そこに再び、拡大はなされるのだ。
── この風景、居場所が変われば、単なる病人の怠惰な夢。(10/25)
橋を渡り、振り返れば、そこには残照をいっぱいに受けている、黄金色に染った家々、そうして窓々。
街よ、語られることのない悲哀をまとう建築群の、光の中のその姿よ。
── 路上に散らばる木の葉を、小さなつむじ風が巻き上げ、家々のすき間へと吹き寄せていく。(10/16)
溺死者は深く深く、どこまでも深く、見知った無数の生き物たちから離れ、深層の奇怪な生物たちからも離れ、どこまでも深く。
なにもかもから遠ざかり、無の彼方へ彼方へと沈んでいく。
── 光からも、音からも、そうして救済からも遠ざかり、忘却の彼方へと。
── そうして至るのだ、胎児の眠りへと。(9/20)
移民たちは、歩くのをやめた時、城壁を築き始める。(9/20)
小雨の日。午後の路上に、人々の姿。角の空き地にはいつのまにか新しいビルが建った。
── 川の向こうを歩いてゆく、見知らぬ人。
川に沿って茂る木々の中、たった一本だけ立ち枯れした木の姿。
── 川の向こうを歩いてゆく、別れを告げることもできなかった人。(9/14)
晴れ間の見えない日々。
ガラスの壁の前に立つ男は、ガラスの反対側に、自分とよく似た女のいるのを知っていた。二人はいつも同じことを話した。
それは何と言うコミュニケーションだったろう。
──
だが彼らは、間にガラスの壁があることを知らなかった。ところどころ霞み、そうして屈折する壁があることを。
ドッペルゲンガー。
── 晴れ間の見えない日々。ガラスの壁の反対側に立つ女は。(9/14)
路上、家々の硬い輪郭の連なり。
歓喜を、悲哀を ── 彼の影を引きずって歩いてゆく男の姿。乾いた足音。
──
通りの横の側溝に、そこから出られなくなってしまった小さな生き物の姿。
側溝の中を右往左往し、小さな鳴き声を漏らしている。
電線のうなる残酷な音。工場のすすけた壁と、一面に張られた、褐色を帯びたガラス窓。その中、一枚だけガラスが破れている。
──
通りの横には、そこから出られなくなった、小さな生き物の姿。
── 影を引きずって歩く男の目と、小さな生き物の目とが合う。
── 都市。様々な邂逅。(9/17)
高い煙突。夕暮れ時の空には、淡い朱の中に白い雲のかたまりが無数に広がっている。(6/4)
川の上を、鷹か鳶が一羽、ゆったりと飛んでいた。
獲物を捕る瞬間が見たくて、しばらく眺めていたが、ゆったりと、どこか遠くへ飛んで行ってしまった。
── つまり、僕もまた獲物を見い出せなかったのだ。(6/4)
周囲のすべてが変化していく。近づいてくるものはわからないが、離れていくものはわかる。── 変動というもの。(5/30)
日差しの中の風。カラタチの香。アゲハ蝶の幼虫たち。
気温はどんどん上がってゆく。(5/18)
スナックで猥褻な話に爆笑している何人かの男たち。
その隣に、別の客である細身の女が座っている。けだるそうな表情をしている。
「ずいぶん、うるさいのね」。
彼女は食べるものを少し残した。店のママは顔をしかめて言う。
「駄目よ、残しちゃあ」。
「なあによお、関係ないじゃないのよお」。
そう言いながら彼女は、残した分も食べる。(6/17)
深夜、酔った帰り道。自動車のライトで明るい陸橋のどこかから燕の鳴き声が聞こえてくる。
何を鳴いているのだろう。何もない夜に、懸命に。(6/8)
舞台に居れば僕はその役柄になりきれない。舞台に居れば僕は台本を読むだけだ。── そこが舞台だと思っているからだ。(5/26)
遠くから聞こえる猫の鳴き声、のような物音。周囲には蛾しかいない。
── 蛾が鳴くものか。(6/19)
真上にある太陽はまぶしすぎる。
噴水。── 風の吹くたびに、僕の顔に飛沫が降りかかる。
木の葉は太陽を全身に浴びている。それは光と熱のシャワーだ。
── 埃っぽいアスファルトの道路に沿って。(5/9)
彼女。彼女は小指の爪にだけ、マニキュアを塗っている。ぼくがその理由を聞くと、彼女は笑って言った。
「じゃあ、親指だけに塗れっていうの?」。(6/9)
モーツァルト。「フリーメーソンのための葬送音楽」。
灰色の渦の空の下には朽ち木ばかりの墓地。
人などどこにもいない、風の音ばかりだ。長く尾を引くホルンの音。
── モーツァルトは、眠る前に常に、自分はこのまま死んでしまうかもしれないと考えていた。(5/27)
Kertész -W.A.Mozart K.477 [479a]
"Maurerische Trauermusik - Masonic Funeral Music " [Vinyl record]
波打ち際に捨てられていた「彼」。
ふたたび波打ち際に戻らなければならないなら、── 花々に埋もれた家々に彼はなにを思うのか。(6/5)
ただ悦楽に溺れさせていくだけの「偉大なる価値観」というものがある。(12/20)
観念のこの活動は、さらに巨大な城壁を築き上げるだろう。
そうして僕は ── その城壁に追われるのだろう。
いつでも破壊だけが、つまりは少年期のマーチだけが僕に歓喜をもたらすのだ。
(11/3)
春なのか、彼方、あの沈丁花の花は、今も咲き乱れているのか。(3/10)
哲学は静止させて語り、芸術は行為して語り、── 哲学は静止の中に行為を探し求め、芸術は行為の中に静止を探し求める。
再びその二つを明確にすること。(1/6)
言語の可能性は拡大し、詭弁もまた肥大する。(11/3)
同じ方法論を守り通せば、同じ行為に至れるというのだろうか。
方法論を打ち破らなければ、同じ行為にすら至れない。(1/6)
自己の存在の壊滅の場に、行為はありえない。そこに、最後で最大の悲劇はあるだろう。
── アナーキズムもまた、あらゆる「可能性」の一形態ではあるのか。(12/27)
赤く焼け、やがては崩れ落ちてゆく彼方の灯台。
静かな波の音の中、目を閉じてゆくものは何か。静かに膝をつき、「彼」の額に手を当てる者は誰なのか。
彼方には少女、── いっしょに暮らすことにでもなれば、何もわからぬままに終わることは、充分知っていた。
灯台は終夜語らず、赤く崩れ、雨の中 ── だが雨の音すら聞こえず、倒壊してゆく。(10/19)
僕を幽閉する牢獄はどこにあるのか、それは何なのか。── それを見出さなければ、僕は確実に破滅するだろう。(12/27)
「ここなのだ」。── だがそうしてまた、僕は結局そのつぶやきとともに偶像を作り上げ、それをのみ信じるというわけだ。
── ようするに僕自身の分身を。(1/19)
鬼怒川。彼方に川を見渡す、断崖に沿った道。
緑と光との中、土の淡い香の中、水の流れの音の中、水辺の物語か。
── 舟は走る、水の香、光の香、風の香、それらを切って。(10/5)
ハインリヒ・シュッツ。
僕が音楽に、ある種の陶酔を求めていたなら、── つまりは、僕自身に語りかける世界の彩色、妖精たち、それらが大切であったのなら、
── 語らぬ蒼と黒と白との世界は、やはり理解出来るものではなかった。
── 僕にとって、「自由」とは何なのか。(1/16)
HEINRICH SCHÜTZ "Musikalische Exequien"
- Rudolf Mauersberger - [Vinyl record]

