波打ち際に捨てられていた「彼」。
ふたたび波打ち際に戻らなければならないなら、── 花々に埋もれた家々に彼はなにを思うのか。(6/5)

ただ悦楽に溺れさせていくだけの「偉大なる価値観」というものがある。(12/20)

観念のこの活動は、さらに巨大な城壁を築き上げるだろう。
そうして僕は ── その城壁に追われるのだろう。
いつでも破壊だけが、つまりは少年期のマーチだけが僕に歓喜をもたらすのだ。
(11/3)

春なのか、彼方、あの沈丁花の花は、今も咲き乱れているのか。(3/10)

哲学は静止させて語り、芸術は行為して語り、── 哲学は静止の中に行為を探し求め、芸術は行為の中に静止を探し求める。
再びその二つを明確にすること。(1/6)

言語の可能性は拡大し、詭弁もまた肥大する。(11/3)

同じ方法論を守り通せば、同じ行為に至れるというのだろうか。
方法論を打ち破らなければ、同じ行為にすら至れない。(1/6)

自己の存在の壊滅の場に、行為はありえない。そこに、最後で最大の悲劇はあるだろう。
── アナーキズムもまた、あらゆる「可能性」の一形態ではあるのか。(12/27)


赤く焼け、やがては崩れ落ちてゆく彼方の灯台。
静かな波の音の中、目を閉じてゆくものは何か。静かに膝をつき、「彼」の額に手を当てる者は誰なのか。
彼方には少女、── いっしょに暮らすことにでもなれば、何もわからぬままに終わることは、充分知っていた。
灯台は終夜語らず、赤く崩れ、雨の中 ── だが雨の音すら聞こえず、倒壊してゆく。(10/19)

僕を幽閉する牢獄はどこにあるのか、それは何なのか。── それを見出さなければ、僕は確実に破滅するだろう。(12/27)

「ここなのだ」。── だがそうしてまた、僕は結局そのつぶやきとともに偶像を作り上げ、それをのみ信じるというわけだ。
── ようするに僕自身の分身を。(1/19)

鬼怒川。彼方に川を見渡す、断崖に沿った道。
緑と光との中、土の淡い香の中、水の流れの音の中、水辺の物語か。
── 舟は走る、水の香、光の香、風の香、それらを切って。(10/5)


ハインリヒ・シュッツ。
僕が音楽に、ある種の陶酔を求めていたなら、── つまりは、僕自身に語りかける世界の彩色、妖精たち、それらが大切であったのなら、
── 語らぬ蒼と黒と白との世界は、やはり理解出来るものではなかった。
── 僕にとって、「自由」とは何なのか。(1/16)




HEINRICH SCHÜTZ "Musikalische Exequien"
 - Rudolf Mauersberger - [Vinyl record]





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