さて 引き続き 

マーニータワー紹介

イギリスで1番高い チューダー様式の塔門。ヘンリー8世を迎え入れるために建設されましたが、主人のマーニー家がすぐに途絶えたため、巨大な門だけが完成し、本館のない「未完成の宮殿」として残りました。


もちろん 歴史も調べました。



始まりは


ヘンリー7世についた ヘンリー・マーニー

始まりは かの有名な「ボズワースの戦い」

リチャード3世対 ヘンリー7世の戦いです。


元々 エセックス州の 有力な貴族の家系だったマーニー家。

当時の当主であったヘンリーマーニーは、このボズワースの戦いで 当時まだ亡命中でもあったヘンリー7世につき 勝利を収めます。


そうして リチャード3世が廃されて

ヘンリー7世が王となります👑


しかしまだ

反乱軍などの抵抗も強く ヘンリー7世の地位は不安定でした。


そんな時起きたラベルの反乱(1486年)と ストーク・フィールドの戦い(1487年)でも マーニー(ヘンリーだと分かりにくいのでマーニーとか来ますが ヘンリーマーニー)は王位を狙う反乱軍との戦いで ヘンリー7世に側に立って戦い勝っていきます。


こうして ヘンリー7世はマーニーを

「軍事的に有能で、かつ裏切らない男」

と 信頼するようになります。




チューダー朝の幕開けですね☀️


ヘンリー7世に信頼され息子の教育係に



ヘンリー7世は

非常に慎重で 疑り深い性格でしたが 

マーニーを信頼していたそう。

様々な要職を任せていきます。

(王のアドバイザー 枢密顧問官など)

そして

何よりも信頼の証として 

息子の教育や身辺警護をマーニーに任せます。



やがてヘンリー7世の最期が来ます。


ヘンリー7世はマーニーを名指しして

「息子を支えるように」と言い残し 旅立っていきました。



ヘンリー8世の保護者に



そうして

ヘンリー8世が王として即位すると

マーニーは近衛隊長となります。


王の寝室やプライベートな空間に立ち入ることが許される 王の最も身近な側近となりました。

そして

王の意思を政治に反映させる 実務のトップになりました。(枢密顧問官:王に直接アドバイスを送る最高機関のメンバー やランカスター公領大臣:王室の莫大な資産管理)


つまり王様の

アドバイザー&護衛官



王がまだ遊びや狩りに夢中だった頃、マーニーは実務を取り仕切る数少ない側近の一人だったのです。


ヘンリー8世の成長と関係の変化


トマス・ウリジーが台頭すると

マーニーはウリジーと対立し 実務の権力は移り変わっていきます。


しかしそれでも ヘンリー8世は、父の代からの忠臣であるマーニーに対し、最後まで敬意を払い続けました。

  • 男爵への叙爵: 1523年、マーニーは「初代マーニー男爵」に叙せられました。これは長年の功績に対する王からの最高の報いでした。

  • 最期の訪問: 1522年には、王自らがマーニーの建設中だった「レイヤー・マーニー・タワー」を訪れています。これは王が臣下に対して示す最大級の親愛の情でした。


王を迎え入れられる 大きな邸宅を計画

そして マーニーは、王を迎え入れるのにふさわしい、当時イギリスで最も高いレンガ造りの塔を建設しました。これは「自分は王の側近である」という富と権力を誇示するためのものでした。実際、ヘンリー8世は1522年にここを訪れ、滞在しています。




王を迎えるため

それが この塔を作った大きな理由でした。


王はこの門を潜るのを最も楽しんだそうです。

塔は 当時の最新であったイタリア・ルネサンスの影響: 窓の装飾などに、当時の最先端だったイタリアのデザイン(テラコッタ装飾)が取り入れられています。

ヘンリー8世は 建築にも詳しく、こう言った話を楽しんだであろうと言われています。


この頃が ヘンリー8世にとって

信頼する部下たちに囲まれた 

輝いた時代であったようです。


彼も落馬以前

妻を愛し 子供を可愛がり

ダンスや音楽、芸術を愛する よき王でした。


(塔の中にも歴史の説明も色々ある)



しかし 男爵に叙せられた翌年に

なんとマーニーがなくなってしまいます。


そして後を継いだ息子も なんと2年後に亡くなり 家は断絶。


塔を要する巨大なもんはは完成していたものの

本当は この門の後に来るはずだった 

母屋を作ることができませんでした。


マーニーはそこに

ヘンリー8世を招待するために こうして大規模な城を作り始めたのに、、、、


しかし

家の断然ゆえに その後姿を変えるような改修されることがなく 当時の最新の建築として今も残っているのです。







さらにいえば

後に

エリザベス1世も この塔を訪れました。


(ヘンリー8世の死後です)


彼女が そこで思ったのは間違いなく

かつての父王のことでしょう。


ヘンリー8世にも

妻を愛し 娘を可愛がり 腹心たちと楽しく語り合ったそういう時代があったのです。そんなことを女王は思っていたのでしょうか、、、(そしてそれを壊してしまったのが自分の母だということも、、、)



↑見えますか

上のドールハウス 中心には エリザベス1世の有名な絵(のコピー)がかけられています。


色々細かくて可愛い

ドールハウスです。


その後 様々な人々の手に渡り

経緯と修繕を経ていきます。


強者どもが夢の後

そして


今ここには ドールハウスがあり

プレイグラウンドがあります。


ヘンリー8世や 妃たちにあったいろいろ

血で血を洗う戦いも時の彼方

今も庭には美しく花が咲いて

美しい景色

誰でも宿泊できるようになり。

まさかの 東洋人が泊まってこんなところで朝ごはんを食べて景色を愛で


現オーナーは

子供向けイベントを開くので イースターのこの時期 毎日このもんは子供でごった返します。

(30分に一本出る トレーラーに30-40人がいっぱい乗ります それが1日に 7-8本出るので 本当に300人近い人が毎日来てると思う)



そうして

昔のその後の恐ろしいことは時の彼方というように

大喜びの子供達に囲まれて

なんだか塔も喜んでいるように思います。


まさに「夏草や強者どもが夢の後」

の歌を思い出す 景色が広がります。



現在

毎日たくさんの人が来て 帰っていき 私たちはここで夕飯を食べて、、。

夜はあたり一面 真っ暗 静寂の包まれます。



そして朝 静かな朝に 日が昇り

私たちが庭に入っていって朝食を食べていると


塔の主人の犬たちが 元気に走りまわっています。



そんな静寂の空間。

10時になると それまでの静寂が嘘のように 突然子供達の笑い声で賑やかになります。開園と同時にたくさんの人々で賑やかに賑わいます。


この先もここが

争いではなく 子供達の笑い後でで賑やかで

あり続けるように願います。



これまでの チューダー時代系の記事色々

https://ameblo.jp/raincherry2021/entry-12789485945.html


https://ameblo.jp/raincherry2021/entry-12870649723.html

https://ameblo.jp/raincherry2021/entry-12738912408.html





✴︎おまけ✴︎

塔の周りは 永遠と緑の丘が続く 赤毛のアンの世界。


一方20分ちょい車で行けば

江ノ島みたいに橋で繋がった マーシー島(Mersea Island)があります。少しの移動でこの変化があるのも嬉しいです。もし塔に行かれたらぜひ海にも行ってください!


イギリスにいるのを忘れるような美味しい海鮮を

綺麗な夕暮れ見ながら食べると これもまた天国です。(でも飲めないので やっぱり塔の庭がいい)