さて
これまで
「顔が悪くて背中に瘤のある 大変醜い非道な王」として有名だったリチャード3世。
しかし 500年の時を経て見つかった遺骨から
醜くないどころか結構イケメンな姿が見つかり
さらに背虫男というのも多少の側湾はあったが服で隠れる程度だったこと
500年ぶりに「醜い姿情報」が誤りだったことが発見され 注目を集め始めました!
良かったね!![]()
遺骨を見つけたのは
フィリッパ・ラングレー氏(主婦)
さらに! 彼女は 長く信じられてきた
「リチャード3世が2人の王子を殺した」
という情報にも切り込んでいきます。
2015年「失踪王子プロジェクト」
を開始。
(彼女はその経験も本にまとめている『The Princes in the Tower』)
調査手段: 現代の警察の手法で捜索!
500年以上前の行方不明者は兄弟の王子
エドワード5世(当時12歳)と、
弟のヨーク公リチャード(同9歳)
今風にいうと
「行方不明者の未解決事件」
→ そこで彼女は、
現代の警察の原則&手法を採用!
⭐️後知恵を取り除く!
⭐️事件の瞬間を掘り下げて、できるだけ正確かつ現実的に過去を再現!
⭐️人間的な要素を取り入れ
誰が、何を、どこで、いつ、なぜ、誰と行い、
その結果どうなったかという分析。
↓
収集した情報をより適切に理解できる。
これまで みんなの先入観で見られていたリチャード3世とその周りの事件にはこれはとっても有効でした!
そしてこれをボランティア300人以上の力も借りていろんな人の証言を検証!
とんでもない結果を上げていきます!
(普通警察は直接証言聞くけど 500年前で直接証言は聞けないので文章等を見る必要があり、データが広範囲&膨大になるため ボランティアを募集してたくさんの専門家が集まりました)
①王子たちのプロファイリング
2015年12月15日、プロジェクトのウェブサイトが公開
→ 世界中から300人がボランティア
膨大になる情報を元にプロファイリング!犯罪科学の技法を採用して、
2人が最後にいたことがわかっている場所へ戻り、過去を再現し、2人の周囲にいて、2人とつながりのあった広範囲にわたる関係者のファイルを作り上げた。
兄のエドワード(12歳)
あまり体が強くない。詩や文学の才能があり、顔は父親似。うつ病の気があったようだが、それは思春期の始まりと、過酷な環境の変化によるものだった可能性が高い。
周り: 姿を消す前、ロンドンの人々は、エドワードが新しい王となった儀式として街に入り、その後ロンドン塔にある王室用の居室に入るところを目にしている。教会、政府、庶民院 色々な関係者とともにいた。
弟リチャード(9歳)
明るく元気な子ども。美しい顔で 全体的に健康。音楽、ダンス、歌、アーチェリーテニスなどのスポーツも得意だった。兄とは別に、以前からロンドンに住んでいた。
失踪直前に、はしけ船に乗ってウェストミンスターから兄のいるロンドン塔に向かっているところを目撃されている。少なくとも8隻のはしけから成る船団には、教会や政府の主要な関係者も乗っていた。
王子たちは注目を集め、にぎやかなロンドン塔の庭で遊んでいるところを何度か目撃されている。
2人とも金髪で、際立った魅力を放っていた。
②姿を消した時期は?
地元の証言や外国の証言から
1483年7月18日〜10/28ごろまでの間に姿を消したことがわかった。
「リチャード3世による殺人」のイメージを作ったのはヘンリー7世だった!
今定着している「リチャード3世による甥っ子たちの殺人」イメージは
フランスから王位継承権を主張したヘンリー・テューダー(のちのヘンリー7世)であったことがわかった。
(勝者であるチューダー調の時代に特に!)調査の結果、テューダー朝の主張に疑問が呈され、2人の王子は殺害されずに生き延びていた可能性が浮かび上がった。
殺人、王子死亡の証拠も目撃者も見つからない!
ボズワースの戦いの直後の時代を法科学的に分析
↓
殺人の証拠も目撃者も何一つ見つからなかった。
ヘンリー・テューダーが速やかに北部を捜索したが、消えた2人を見つけることはできず、その後ロンドン塔内部の捜索でも、何も出てこなかった。
王子の逃亡計画発見!
さらなる捜査で王子たちを傷付けずに塔から連れ出すための当時の計画書が見つかった。
王子達が生きていた証拠が発見される!
ついに失踪王子プロジェクトは、王子たちが生きていたことを示す文書を発見!(兄は1487年、弟の方は1493年のもの)
2020年11月 オランダにあるヘルダーランド古文書館のナタリー・ネイマン・ブリーケンダール氏が発見!
2人の王子のどちらかが書いた文書で、自分たちに起こったことを詳しく記述し、名前、場所、検証可能な事実を含んだ記録を発見!!!
[続きます]
次は王子達の辿った道のり!


