民の声新聞 -29ページ目

逃げるも逃げないも丸ごと福島だ~放射能からいのちを守る全国サミット

「放射能からいのちを守る全国サミット」が11日、福島市内で始まった。全国の避難者受け入れ団体や避難者グループが一堂に会したのは初めて。この日は、福島県内外で避難者支援や放射線測定を行っている団体が活動報告を行ったほか、「避難者支援」「保養プログラム」「女子の視点で分かち合う」など5つの分科会に分かれて、現状や今後の課題、悩みなどを話し合った。一日を通して語られた言葉は「避難する決断もしない決断も、どちらも尊重しよう」。被曝回避のために福島から離れた人もつらい、残っている人もつらい─20代の女性は、これを「福島の溝」と表現した。この溝を埋めるためには何ができるのか。12日は2カ所に分かれて避難相談を受け付ける



【生活の全てを奪った放射性物質】

「実際に困難を受け入れ避難を決断した当事者だからこそ、福島と受け入れ先とのパイプ役になれるのではないか」

実行委員長の小河原律香さん(29)は、福島県須賀川市から4歳の娘を連れて北海道札幌市へ一時避難。現在は山梨県甲府市に暮らしている。

依然として多くの福島県民が避難せずにとどまっていることには「なぜ逃げなければいけないのか、ということが消化できないのでしょう。だって、日常生活を理不尽な形で奪わることになるのですから」と理解を示す。

避難先として選んだ札幌市では「普通に生きていくために足りないものをさりげなく分けていただいた」と感謝するが、福島が危険だからといって避難することは、生活の基盤である家も仕事も失うことを意味する。この日は司会として切り盛りしたが、マイクを握った小河原さん自身「放射能被害によって、これまでに築いてきた全てのものを失ってしまった」と力を込めた。

会津坂下町で特別支援学校の教員をしていたAさん(45)は、震災の1年前に夫と死別。原発事故によって小学校1年生の息子、4、5年生の娘の3人の子どもを長野県内に避難させた経験を涙ながらに語った。

ただでさえ子どもたちと離れるのが辛い。それに加えて周囲の無理解が襲いかかった。「放射能より怖いものは世の中にいっぱいあるよ」。何度言われたか分からない。友人は一気に減った。放射能からわが子を守ろうとすればするほど、周囲には奇異に受け取られたという。

「事故直後、知人のいるヨーロッパに逃げたが、早い段階でメルトダウンへのカウントダウンが始まったと報じられていた。帰国したら、あまりにも報道内容が違う。これでは意識が違うのも無理ないのかもしれませんね。会津坂下町で被曝の話はできなくなりました」

長野県内の学校への採用が決まり、子どもたちと一緒に暮らせることになった。

「子どもの避難では、NPO法人フリーキッズ・ヴィレッジに大変お世話になった。これからは長野から、様々な情報を発信していきたい」
民の声新聞-サミット①
全国の支援団体や避難者グループが一堂に会した

「放射能からいのちを守る全国サミット」=コラッセふくしま


【避難は復興の妨げか】

分科会の一つ「女子の視点で分かち合う」を仕切った宍戸慈さん(28)は、レースクイーンやラジオパーソナリティなどで活躍していたが、北海道への移住を決意。昨年のクリスマスイヴに転居したものの、福島への想いを捨てきれずに行ったり来たりを繰り返しているという。

「両親も友人も福島にいますからね。今でも戻ってきたくて仕方ないです」

原発事故や放射能に関する情報は得ていたはずなのに、避難を決断するまでに9カ月を要した。だから、福島を出られない人の気持ちは良く分かる。しかし、もっと心を痛めているのは、避難する人としない人との間に溝ができているのではないかと感じていることだ。

「特に年配者や企業経営者の中には、避難を口にすることが復興の妨げになると思っている人が多い。福島にとどまって復興に尽力すること以外の選択を否定してしまう。すごく嫌です。それぞれが下した決断を尊重しながら何ができるのか考えないと」

交際中の彼氏は先に北海道に移住して農家をしている。「被曝と言う価値観を共有できる人でないと結婚は難しいだろうから、彼と結婚したい。ヒバクシャ×ヒバクシャで子に身体的な障害が生じる可能性は高いだろうけれど、その時はその時で2人で大切に育てようと思います」

郡山市内のイベント制作会社に勤めていた日塔マキさん(28)は、「原発事故で人生設計が大きく狂った。今頃結婚してお腹に赤ちゃんがいたかも知れないのに」と憤る。

早くから避難を意識していたが、社長も含めわずか3人しか従業員がいない小さな会社。自分が抜けることへの罪悪感がなかなか払しょくできなかった。千葉県内に転居できたのは12月初旬のことだった。

「郡山にいると感覚がマヒしてしまう。まだ線量が高いのに、事故直後よりも下がっているから大丈夫だという声をよく聴きます。動ける人はぜひ動いてほしい」

交際中の彼氏は、やはり仕事の関係で郡山にとどまっている。「俺は避難できないよ」という言葉が今も頭に残っているという。

二本松市に生まれ育った専門学校生(19)の言葉が、福島の若い女性たちの想いを代表しているのかもしれない。

「初めのうちは洗濯物を外に干さない、なるべく雨に当たらないなどと気を付けていました。でも、1年も経つと風化されてしまう。出産への影響は怖いけれど、かといってマスク程度で被曝を防げるものなのでしょうか。有効な対策などないのでしょう。早くそれを示してほしいです」
民の声新聞-サミット②

若い女性だけの分科会では、結婚や出産に対する

不安が率直に語られた

【あっという間の11カ月間】

まもなくやってくる2回目の「3.11」。この一年間に対する思いが、参加者から次々と吐露された。

「絶対にあきらめません」

子どもたちを放射能から守る福島ネットワークの佐藤幸子さんは力を込めた。

「3.11以前に戻りたいと願いながら戻れない11カ月間だった。子どもの将来が心配だが、様々な理由でとどまっている人にも何かできないかと考えている。将来にわたって、必ず子どもたちを私たちの手で守っていきます」

CRMS市民放射能測定所理事長の丸森あやさんは「あっという間の11カ月間だった」と振り返る。「みな、泣きながら苦しみながら選択をしてきただろう。私もそうでした」。

全国サミット事務局長の吉野裕之さんは、自身も妻と子どもを京都市内に避難させている。その経験もふまえて「福島から避難した人々が全国で受けた親切が、福島に伝わってきていない。それがもっと伝わるようになれば、甘えてみようかな、頼ってみようかな、という気持ちになるのではないか」と今後の課題を指摘した。

12日は「ウィズもとまち」(北海道から関東甲信越まで)「チェンバおおまち」(中部・近畿から沖縄まで)の2会場に分かれ、全国の支援団体による相談会が開かれる。

(了)

【修学旅行】有事の今こそ日光はやめよ ~被曝回避へ校長は勇気ある決断を

学習と思い出の場である修学旅行先をめぐり、親たちの間で子どもの被曝を懸念する声があがっている。全小学校が、数十年にわたり栃木県日光市を修学旅行先にしている横須賀市では、行き先の変更を求める請願書が12月の市議会に提出されたほか、勇気を出して校長に直談判をした母親もいる。しかし、市議会は反対多数で請願を不採択。母親の訴えを受けた校長も、必死の求めを一蹴した。宿泊を伴う校外活動に対し承認権を持つ市教委は、「日光でなくてはいけないというわけではない」と各学校の「裁量権」を認めており、壁は厚いが校長が決断さえすれば日光以外の修学旅行先も選べる。「観光客の減少を修学旅行で埋めるな」─。母親らの訴えを、各校長は真摯に受け止めよ。真の教育者であるならば、長年の慣行や経済原理に縛られず子どもたちの命を優先せよ。有事の今こそ、勇気ある決断を求めたい



【母親の訴えを一蹴した女性校長】

「限界を感じました。修学旅行先を日光以外に変えさせるのは無理ですね。これからどう動いたら良いのか分かりません」

横須賀市内に住む母親(35)は、疲れ切った表情で話した。

もうすぐ6年生になる娘。秋にも予定されている修学旅行の行き先を日光以外に変更してもらおうと、校長に直接訴えた。さまざまな資料を用意し、必死に話した。緊張のあまり時が経つのも分からなかったが、気付いたら一時間が経過していた。しかし、女性校長の回答はあまりにもあっけなかった。

「お気持ちは分かります。でも、行き先は変えません。検討もしませんよ。日光市の放射線量は基準値以下ですから大丈夫ですよ」

今度は、校長が日光修学旅行のメリットを説く番だった。

小学生が集団で移動するには距離がちょうど良いこと、世界遺産であること、他校と一緒に実施することで費用を抑えられることなどを話した。児童の被曝を不安視する言葉は一つも無かった。挙げ句には「(経済的理由などから)日光に家族旅行に行かれない子どももいる」。最後に、被爆地から県外へ転校した際「原爆、原爆」とからかわれた実体験を引き合いに出し、母親にこう言った。

「分かりますよね、お母さん」

あなたのような心配が風評被害を生むんだ─。そうとでも言いたげな校長の言葉に、母親は愕然としたという。「子どもの被曝よりも、そんなことを考えているのかと。西日本へ行って何かアクシデントが起きたら仕方ないけれど、わざわざ日光に行くことはないんです」

そんな母親の姿に、娘は「そりゃ修学旅行には行きたいけれど、行かない方が良いのかもね」と話しているという。

「かわいそうだと思うし、つらい。でも健康被害の懸念を抱えたまま旅行をさせるわけにはいかない。行き先が変わらないのなら、せめて放射線量の低いルートにするなどのプランを考えて欲しい」

母親は涙を浮かべた。学校や市教委の今後の対応次第では、直前に不参加を決める可能性もあるという。

それでも学校は、苦渋の選択を親に強いるのか。
民の声新聞-陽明門
修学旅行コースの定番、日光東照宮の陽明門。

昨秋は、横須賀市内の全47小学校が日光を訪れた

(日光市ホームページより)


【市議会への請願も不採択】

保護者が個として学校や市教委に掛け合わなくても良い方法を、と市民グループ「NO!NO!放射能ミーティング@よこすか&みうら」(http://noradioactivity.seesaa.net/ )は、昨年11月末から始まった横須賀市議会に、日光以外の非汚染地域へ修学旅行先を変更するよう求める請願書を提出した。

「修学旅行という名目の下、高濃度に汚染された場所へ子どもたちを半ば強制的に行かせることに疑問を持った」と同会。しかし、12月1日に開かれた市議会教育福祉常任委員会の席上、所見を求められた市教委の学校教育部長の答えは「NO」だった。

「日光は歴史・文化遺産に満ち溢れており、長年修学旅行先として採用してきた。日光市では、すべての学校が何の制限もなく通常の教育活動を行っており、現段階では何の支障もない。修学旅行先を変更することによって、さらなる風評被害を起こす」として、被曝回避を理由にした修学旅行先の変更を拒んだ。

市教委は「日光市と綿密に連絡を取り合っており、空間放射線量が高くないことを確認している」と繰り返し答弁するが、同グループが資料として添付した文科省の「航空機モニタリング」については、同省のホームページを見るだけで担当者への直接確認は無し。日光市の安全性を確認した根拠も「地図上、毎時0.1-0.2μSVの範囲だったから」。これには一部市議から「出来る限り、市民の想いに寄り添って答弁してほしい」と注文がついた。「他市での行き先変更の動きは把握しているか」との質問には「神奈川県内の一部地域で変更した事例があるが、地震への不安が理由で放射線量への懸念ではないと認識している」と答えた。

市教委の答弁によると、昨秋に実施された日光への修学旅行には、3人の児童が参加しなかったという。「日光市が公表している空間線量をお伝えしながら対応したと学校からは聞いている。今秋に向けても、安心していただけるような数字は出して行きたい。ぜひ皆で参加できるような体制を整えたい」と、あくまで日光市への修学旅行は変えずに全員参加を実現させたい考えを示した。

請願書は結局、反対多数で不採択とされた。

採択に反対する市議からは「修学旅行の行き先については各学校が決めることで、市議会があそこに行くな、ここに行くなと言う事柄ではない」「日光市で生活している人々のことを考えると、このようなものが出されること自体がやり切れない」などの意見が出され、請願書を提出した市民らを大いに落胆させた。「市議会も世の中と同じで、子どもたちを放射能から守るということに関しての意識の差を痛感させられた」(NO!NO!放射能ミーティング@よこすか&みうら)。

この請願が本会議でも不採択となった5日後の12月19日、環境省は「放射性物質汚染対処特措法」に基づき、放射線量が毎時0.23μV以上の102市町村について「汚染状況重点調査地域」に指定した。関東のホットスポットと呼ばれる埼玉県三郷市や千葉県柏市とともに、栃木県日光市も含まれている。国が、日光市全域を「汚染の状況について重点的に調査測定をすることが必要な地域」として位置づけたのだ。
民の声新聞-請願不採択
横須賀市議会に提出された請願は、反対

多数で不採択となった


【強固に確立された修学旅行村】

横須賀市内で9番目に古い山崎小学校が1972年に発刊した「創立60周年記念誌」に、次のような記述がある。

「1961年から6年生の箱根林間学校が実施され、夏休みに二泊三日で行われた。しかし、66年から日光へ修学旅行へ行くようになり…」

校長経験のある市教委幹部も「日光以外に修学旅行に行ったという話は聞いたことが無い」と話しており、横須賀市内の小学校では、50年近くにわたって日光への修学旅行が実施されてきた。近隣の複数の小学校が「梯団」を組んで専用列車に乗り日光市へ向かう。その列車に別の梯団が乗って横須賀に帰ってくる仕組みが確立している。

各学校のプランを作成する旅行会社は、2年ごとに校長会がプレゼンを受けて決めるという。日光市、校長会、旅行会社の強固な枠組みが出来上がっていて、もはやその「村」から抜け出せない土壌が形成されているように思える。

「そういうことは無いのではないか」と市教委は否定する。校長の裁量で行き先を決められると強調するが、一方で「普段の授業とリンクさせることや距離、歴史的な価値を考えると日光は素晴らしい」とも。「何が何でも日光でなければいけないということではない」と説明するが、最終的に市教委の「承認」を得られて初めてGOサインが出るのが実状。壁は厚い。

市教委は今月中にも、職員を日光市に派遣して空間線量を測ったり、食材の入手先を確認したりするという。調査は秋まで複数回続けられる計画だが、調査結果は学校には伝えられるのみ。ホームページなどを通じて一般市民に公開されるか否かは未定。「どこまでをどのような形でオープンにするかを検討している段階」(市教委)。真の意味で子どもの被曝回避に役立てられるかは疑わしい。

行き先変更を求める親たちは、日光市の観光資源の価値を否定しているのではない。平時であれば、市教委の掲げる理念は誠に素晴らしいものだ。しかし、今は未曽有の有事。平時の理屈は当てはまらない。本当に子どもたちのことを考えれば、西へ行き先を変えることなど難しくは無いだろう。一人が英断すれば、山は動く。学校長には、真の教育者として、厚い壁を乗り越えるだけの勇気と決断を期待したい。

(了)


【震災がれき】住民投票もせず、黒岩知事は年度内受け入れへ

「心は全然折れていません」─。またしても怒号と野次が飛び交った対話集会。終了後、別室で行われた記者クラブとの囲み取材で黒岩祐治神奈川県知事は言い切った。そして「ご理解いただくまで、徹底的にやり抜く」。明言は避けたものの、年度内受け入れは否定せず。「強引に突っ走ることはできない」と言いながら、黒岩知事は震災がれきの受け入れに邁進する。「被災者の生の声を聴いてきた」と胸を張るが、神奈川県民の訴えには耳を貸さない。会場から出た住民投票の提案も一笑に付し、「今後も誠意を見せ続ける」と話す黒岩知事。「対話」とは名ばかり、もはや県民を説得する意思などないようにさえ見えてくる。「脱原発知事」の二枚舌ぶりに、票を投じた県民の心は折れる一方だ



【原発即停止の否定に「嘘つき」】

30日夜、2回目の対話集会が開かれた神奈川県庁の大会議室。参加した県民は、事前申し込みを下回る218人。強面の県議が二階席から会場を見下ろす。二階席は県議や関係機関の職員らで埋まった。ふんぞり返る県議が睨みつけるなか、横浜市内在住の母親は勇気を出して訴えた。「子どもの健康リスクを増やすことはやめてほしい」。会場から湧き上った拍手は、彼女が着席してもしばらく、鳴り止まなかった。

黒岩知事は毎度おなじみとなった言葉で答える。

「気持ちは良く分かります」

だが、わが子の被曝を心配する母親の気持ちなど分かっていないことは、その後に続いた言葉が表していた。

「汚染していないのだから、がれきを持ってきたって被曝が増えるわけではない。私は現場でしっかりと見てきた。想像がどんどん膨らんでいくと、放射能が怖くなっていくものです」

とても言論を業としてきた人とは思えない言葉の軽さ。

将来の子どもの健康被害に話が及ぶと、「責任をとれるのか?それは飛躍した言い方だ」と逃げ、

「知事は県民の利益を代表しているのではないのか」と迫られれば、

「もちろん神奈川県民の利益を代表してるが、その前に日本人だ」と言ってのける。

それはとうとう、最大の公約とも言える「脱原発」にまで及んだ。

「『脱原発』で当選した時の想いを、もう一度聞かせて欲しい」と女性が問うと、

「原発を全部止めてしまったら、私たちの生活はどうなってしまうのか…」と即停止を否定。会場から湧き上ったブーイングに、メガソーラー構想について懸命に話す知事の声はかき消された。

「嘘つき」

これが、知事の言う「誠意」に対する県民の答えだ。
民の声新聞-対話集会①
参加者にはもはやウンザリするだけの「視察映像」。

将来の番組制作含みでTVKが撮影したという

=神奈川県庁大会議室


【すべてが「絶対に大丈夫」】

会場からは、震災がれきの焼却や埋め立てによる健康被害を心配する声が上がる。黒岩知事は「100ベクレル以下なのだから汚染されたがれきではない」。議論は平行線。

県職員の説明では、神奈川までの運搬は鉄道が有力。横浜、川崎、相模原の焼却場で燃やされ、灰が横浜横須賀道路から県道横須賀芦名線(横須賀IC経由)を通って処分場に運ばれる。

集会では運搬ルート沿線住民から不安の声が出たが、知事を始め、県側の説明は「絶対に大丈夫」の一点張り。「鉄道で運ぶ際は、密閉性の高いコンテナを使うので途中で飛散することは無い」「焼却灰はフレコンバッグに入れ防水シートで覆って運ぶので、外に漏れ出すことは絶対に無い」…

放射性セシウムに対する懸念は、「専門家」の前川和彦東大名誉教授が答えた。

「一部のベラルーシの論文があるが、世界的に評価されていない。セシウムの発がんに対する危険性は世界的に認められていない」

ストロンチウムに関しても「文科省の計測で確かに少しは検出されているが、事故前の数値の範囲内だ」と一蹴。焼却場のばい煙から放射性物質が飛散するのではないかとの懸念に対しては、環境省の担当課長が「福島で10万ベクレルを超える放射性廃棄物を燃やしても、排ガスからは放射性物質は検出されなかった」として、バグフィルターの性能に絶対的な自信があるとの見方を示した。

「石原東京都知事が震災がれきの受け入れで儲けたという噂がある」という声には、黒岩知事は「そんな話は知らないし、無いと思う」。「実は水面下で芦名町内会と交渉しているのではないか」との疑念には「情報は全部オープンにしている。これがすべて」と否定した。

芦名の最終処分場も「万万が一漏れ出してもセンサーがしっかり監視しているから大丈夫」と黒岩知事。だが、絶対に安全と言われた原発事故が実際に起きたのだ。行政の「絶対大丈夫」を素直に聞く住民がいるだろうか。民の声新聞-黒岩知事囲み取材
対話集会後、記者団の質問に答える黒岩知事。

震災がれき受け入れへ「徹底的にやり抜く」と、

改めて決意表明をした


【「もう少し、理解が進んでいるかと思った」】

被災者の「心の復興」に貢献しようと繰り返す黒岩知事。

この夜も、岩手県の工藤孝男環境生活部長が再びステージに上がり、来場者に頭を下げた。

「基幹産業である水産業など、ようやく半歩踏み出したばかり。被災者にとっては、がれき=津波なんです。トラウマになっているんです…」

黒岩知事も、会場から「がれきを受け入れる金があるなら、その金で別の復興支援ができるのではないか」「心の復興と言うのなら、がれきでなく福島の人々を神奈川に招いたらどうか」と尋ねられると「岩手県宮古市などを訪れたときに、現場で『何とかしてほしい』と頼まれた」と、がれき受け入れが「心の復興」に寄与すると再三強調した。

横浜市内在住の男性から「そんなに安全なら、津波対策の高台を造るのに利用すれば良いじゃないか」との意見があったが、岩手県の工藤部長は「もちろん復興資材として活用するし、その中には『鎮魂の丘』という案もある。しかし、問題は可燃ごみなんです」と、地元での処理には限界があるとして、受け入れを求めた。

「奇策、妙案はないと思う。あったら教えて欲しい」

集会後、記者団にそう話した黒岩知事だが、結論ありきの名ばかり対話集会で、受け入れによる健康被害を懸念する県民を納得させられるはずがない。

「誠意を見せる」と言いながら、この種の集会は「今の雰囲気では、何回やっても同じ。『駄目だ』の繰り返しだろう」と開かない方針。「もう少し理解が進んでいるのかと思ったが、今日も怒号と罵声の嵐だった。冷静な議論がしたい」。挙げ句は「私の話に拍手をしてくれる人もいたが、とても賛同する発言ができる雰囲気ではなかった」と受け入れに反対する来場者を非難する始末。「いくら『汚染がれきではない』と説明しても歩み寄れないもどかしさがありますね」。今後は知事は前面には出ず、県職員による芦名地区を中心とした地元住民への説得を続けるとという。

「スピード感は必要」と、年度内受け入れに意欲満々の知事。二枚舌ぶりは前回の集会で良く分かった。住民投票も実施しないのならば、県民が知事を解職するしか道は無い。

生後6カ月の息子を連れて小田原市から参加した母親は、憤りを露わにしながら会場を後にした。

「関心が高い?当たり前じゃないですか。子どもの命がかかっているんですよ」

そして、やり場のない怒りをぶつけるように吐き捨てた。

「こんな説明で納得できるわけないじゃないですか」

(了)

【避難・移住】受け入れる側のジレンマ~熊本県の場合

熊本県の職員は言った。「復興を考えると積極的に『いらっしゃい』とも言いにくい」。善意のはざまのジレンマ。そして、宅建法の壁が立ちはだかる住宅あっせんの限界…。福島原発の爆発事故から間もなく11カ月。しかし、被曝回避のための避難・移住が顕著に進んでいるとは言い難いのが現状だ。被災者も受け入れる側も、難しさを口にする避難・移住。それらの言葉に耳を傾けるたびに、事故直後に全員避難を実行しなかった国の罪の重さが浮かび上がってくる


熊本県の担当職員が支援の「ジレンマ」として挙げたのが、人口流出への危機と宅建法の壁だ。

「大きなジレンマです。文科省の放射線量調査でも熊本はかなり低い値が出たし、われわれとしては是非こちらに来てください、と言いたい。もっとPRしたい。そのための部署ですから。しかし、これから復興のために進んでいくことを考えると、人手が少なくなっては困るだろう。同じ行政に携わる者として、特に若者の人口流出を危惧する佐藤雄平知事の気持ちも分からないではない」(熊本県・東日本大震災支援総合窓口)。担当者は「街から人がいなくなってしまっては、復興も何もなくなってしまうでしょう。そう思うと、あまり大きな声で避難受け入れを口にするのははばかれる」と話す。

被災者支援として熊本県が用意している住宅は、県営・市町村営住宅や国家公務員宿舎など793戸に上る。だが、1/16現在、実際に入居したのは46世帯105人。「福島県から熊本県への避難」という分類でも、47世帯100人にとどまっている。県の担当者も「福島の方々には情報が届いていないのか…」と残念がる。

公営住宅や公務員宿舎などは地元自治体の発行する罹災証明が無いと入居できないが、福島県内に住んでいれば罹災証明が無くても利用できるのが、「みなし仮設住宅」として位置づけられている「民間借り上げ住宅」だ。熊本県が移住者に代わって賃貸契約を結び、家賃や敷金などを福島県に請求。福島県は最終的には国や東電に費用を請求する仕組み。家賃6万円以下の住宅(5人家族以上の場合は9万円以下)が対象で、現在、熊本市と大津町に8世帯18人が生活している。熊本までの交通費、光熱費など生活にかかる費用は自己負担。入居できるのはいずれも最長2年間の期限付きで、「福島県からの要請が無くならない限り続けられるが、いずれ転居しなくてはならないなら、と福島から来て一戸建てを購入した人もいる」(同窓口)

福島県民でなくても、千葉県などから被曝回避を理由に避難・移住を希望する人向けの住宅あっせんもある。家賃は「大家さんの善意でほとんどが無料」と県担当者。しかし、これも今のところ3軒しか入居にいたっていない。そこには思わぬ法の壁があるという。

「あまり、積極的に住宅あっせんに乗り出すと、宅地建物取引業法(宅建法)に抵触する恐れがあるんです。こちらとしては業として営むわけではないし、大家さんの善意との橋渡しをしたいだけなのですが…」(県職員)。

避難者のニーズは自家用車が無くても移動しやすい熊本市内がやはり多い。しかし、実際に提供される住宅は逆に郊外が中心。需要と供給のずれも入居が進まない理由という。また「福島原発から離れた地域からの問い合わせもある。できれば高線量地域の方々に利用してもらいたいので、制度に便乗して通常の転居として利用されてしまうと本来の趣旨に反してしまう。本当は大々的に提供住宅のリストを公表したいのだが…」と担当者はジレンマを口にした。電話で問い合わせれば、提供住宅リストの郵送にも応じるという。

しかし、できないことばかりを口にしていても進まない。

熊本県の担当者は「仕事に関してはハローワークに行くことしかお話しできないが、入庫した住宅周辺の幼稚園を探したり、何でも相談に乗る」と話す。「全国避難者情報システム」(http://www.pref.kumamoto.jp/site/sinsai20110311- )に登録すれば、実際に避難していなくても、支援策や避難した人向けの催しなど定期的に情報が送られるという。
(了)
民の声新聞-くまモン
くまモンの登場で、一躍知名度が高まった熊本県。

罹災証明の無い福島県外からの移住者も、
2年間は提供住宅を利用できる。被曝回避を!
=水前寺公園




問い合わせは、熊本県・東日本大震災支援総合窓口 Tel:096-333-2811まで。

【震災がれき】二枚舌の黒岩知事は受け入れへ邁進~「野次は想定内だよ」

「帰れ」「リコールだ」と会場が騒然とする中、黒岩祐治神奈川県知事が退場する。厳戒態勢の県職員。しかし、記者クラブのぶら下がり取材を終えた知事は胸を張るように関係者に向かって言った。「野次は想定内だよ。あそこでカッとなってはいけないんだ。ははは」。そこには、誰が何と言おうと震災がれきを受け入れるんだという、知事の固い意地のようなものが見て取れた─。20日夜、横須賀市内で開かれた緊急対話集会。15日の住民説明会と同様、質疑応答では反対意見が続出。だが黒岩知事は「放射性物質に汚染していない」「理解を得られるまで誠意をもって説明する」と繰り返すばかり。岩手県の担当部長や東大名誉教授を味方につけて、市民の声には耳を貸さない。「結論ありきではない」という言葉とは裏腹に、黒岩知事の心は日に日に固まっている様子だ


【がれきは「心の復興」の妨げか】

「横須賀市民の皆様、おばんでございます」

前回の住民説明会と同様の説明と映像放映が終わると、ステージに上がったのは岩手県の工藤孝男環境生活部長だった。「被災地の『心の復興』に協力したい」という黒岩知事が招いた。いかにがれきが震災からの復興を妨げているか、工藤部長が訴える。

「いまだに4万人が仮設住宅での生活を余儀なくされている。県単独でのがれき処理には5年は要するだろうとの試算が出ている。子どもたちが本来、遊ぶべき場所にがれきが積まれている。夏場には強い異臭を放った。風が吹けばほこりが舞う。火災も2件起きた。放射能に関しては全く異常は無い。ご理解を賜りたい」

岩手県環境生活部によると、同県で発生した震災がれきは、一般廃棄物量の10年分に相当する約435万㌧。新たな焼却炉を建設しても約57万㌧を広域処理する必要があるが、昨年末までに処理できたのは約20万㌧で4%にすぎないという。

被災地の復興を願わぬ横須賀市民はいまい。

しかし、知事の独断と拙速な動きに勢い、言葉はきつくなる。横須賀市民にとっても命の問題だからだ。

「地元に処分場を造ったらどうか」

「なぜ3年間での処理、広域処理にこだわるのか。時間をかければ現地だけで処理できるのではないか」

これには、工藤部長が何度も頭を下げた。

「地元の方々は3年でもまだ遅いと言っている。処分場を造るには1年はかかる。あのがれきがあると何もできないんですよ。衛生上の問題もあるんです…」

黒岩知事も「国に対しては、最終処分場を造るべきだと全国知事会名で求めているが、がれき処理に5年かかっても良いだろうとは言えない。決して情緒的に話しているわけではないが、一日も早く処理しないと被災者の『心の復興』が進まない」

これには、会場から「情緒的に話しているようにしか聞こえないよ」との野次が飛んだ。

知事が再三強調する、被災者の「心の復興」。

しかし、「情」では被曝や土壌汚染を回避できないことは、既に福島の現状が物語っている。
民の声新聞-対話集会
273人が参加した、黒岩県知事との対話集会。

参加者からは受け入れ反対意見が続出した

=横須賀市総合福祉会館


【健康被害の責任は国や東電がとる】

この夜も黒岩知事は、「放射性物質は目に見えないから不安に思うのは良く分かる。しかし、1kg当たり100ベクレル以下というのは法治国家ニッポンで汚染されていないという基準。しかも、原発事故以前に決められたものだ。焼却についても、バグフィルターでほぼ100%吸着できるというデータがある」と安全を強調した。

これに対し、相模原の女性は「放射性物質が量によって倍化することは既に認められている話。もっと真剣に考えて欲しい。バグフィルターで吸着できると言うなら、現地で焼却すれば良い」と反論。横須賀市武山の男性は「処分場の周囲には幼稚園や小学校もある。絶対に持ち込まないでほしい」と訴えた。逗子の男性は「あちこちに死の町をつくるのか。脱原発と言うからあなたに投票したが間違っていた。反省している。受け入れはできないと断りを入れて欲しい」と迫った。

黒岩知事は「焼却灰になると、放射性物質が16倍から33倍になることは知っている。しかし、それでも3300ベクレルで、国の基準値8000ベクレルは下回る」と強調。しかし、来場者から「健康被害が出たらだれが責任をとるのか、知事は責任をとれるのか」と迫られると「責任は国や東電がはっきりと認めている」と責任転嫁。処理費用に関しても「国または東電が補償するだろう」。県独自の基準策定についても「法治国家である以上、国の基準に従うのが基本。県独自で基準をつくるつもりはない」。安全を強調しながら最後は国や東電を持ち出す姿勢に、会場は怒号が飛び交った。

黒岩知事が「放射能の専門家」として招いた東京大学名誉教授の前川和彦氏はほとんど発言せず。内部被曝への不安に対し「粒子を吸い込んだり、傷口から入れたりしない限り内部被曝をすることは無い。大気中でもかなり希釈される」「処分場の作業員の年間被曝量は1mSVに満たない。離れて暮らす住民はなお低い」と説明するにとどまった。会場からは、自己紹介の時点で「お前が御用学者の前川か」との声が飛んでいた。ちなみに、前川氏は山下俊一福島医大副学長らとともに、政府の「原子力災害専門家グループ」の8人に名を連ねている。

なお、複数の横須賀市職員が来場したとの情報はあるが、会場に吉田雄人横須賀市長の姿は無かった。

横須賀市長坂の男性が「市長は高見の見物を決め込むな」と批判した。
民の声新聞-前川の資料
前川和彦東大名誉教授の用意した資料。

被曝を恐れる横須賀市民を馬鹿にしているかのような

表現が並ぶ


【被曝への不安を『アレルギー』と呼ぶ知事】

「芦名町内会の役員会としてはNOです」

住民説明会に引き続いて参加した役員の一人はきっぱりと反対を表明した。

「神奈川が受け入れたという既成事実を作らせてはいけない。違った形での被災地支援という方向に、どうして頭が向かないのだろうか。環境省の資料は、いずれは福島の震災がれきも頼む、と読める。いろいろな考えがあると思うが、ご自分の街の問題だったらいかがですか、と聞きたい」

会場には、俳優・山本太郎さん(37)の姿もあった。

「東京は既に受け入れてしまったけれど、神奈川がさらに認めてしまったら、なし崩し的に全国に広まってしまう。ここで頑張れば、市民の力で止めたんだという力を共有できるようになる」

「原発事故前の基準だから大丈夫だと言うが、基準を作った時には爆発事故も起きていなかったではないか」

「センサーが働くから汚染水が染み出すことは無いって?センサーは万全でないから様々な事故だって起きているんじゃないか」

しかし、黒岩知事は「大丈夫」「安全だ」の一点張り。

知事の腹は決まっているのだ。

被災地のために一肌脱ごうと。

質疑応答では「結論が先にあって、それに従えと言っているわけではない」と言っておきながら、集会後の記者クラブメディアとの会見では「放射性物質に汚染されていないんだ。私が頑張るしかない」と、改めて受け入れへ決意表明をしてみせる二枚舌ぶり。さらには「岩手県の環境生活部長に罵声を聴かせてしまい申し訳ない」と詫びる始末。罵声を浴びさせたのは誰なのか。

黒岩知事は繰り返す。

「皆さんのお気持ちは良く分かります」

しかし、何も分かっていない。

なぜなら彼は、訪れた宮古市で、山本正徳市長に向かってこう言っているからだ。

「放射能に対するアレルギーがまだあるんですよ」

リウマチ・アレルギー情報センターによれば、「アレルギー」とは「過剰な免疫反応が身体に害を与えてしまう状態」を指すという。黒岩知事にとって、県民が抱く放射性物質に対する恐怖心は「過剰な反応」なのだろう。それで、よくも「気持ちは分かる」などと言えたものだ。

30日には横浜で、同形式の「対話の広場」が開かれる。

もう、ごまかすのはやめるべきだ。

はっきりと「受け入れ計画は撤回しない」と明言せよ。

二枚舌で県民を愚弄するな。

民も、もはや騙されない。

知事は質疑応答での女性の言葉を忘れてはいまい。

「既に『ここに埋める』というのが頭の中にあって、市民を説き伏せるための集会なのではありませんか

そして、「黒岩知事には感謝したい」と話した岩手県の工藤部長に対する会場からの声も、ぜひ覚えておいていただきたい。

「感謝するのはまだ早いよ」
民の声新聞-山本太郎
横須賀に駆け付けた山本太郎さん。「バグフィルター

の実証実験なんてどこまで信用できるのか」などと

黒岩知事に異議を唱えた

(了)

【震災がれき】人命軽視の知事に民の怒りは頂点に達した~横須賀で住民説明会

座りきれない住民、怒号飛び交う会場、マイクを手に気色ばむ知事…。15日夕、岩手県宮古市の震災がれき受け入れを巡り神奈川県横須賀市内で開かれた初の住民説明会は、放射性物質の拡散による被曝や土壌汚染を心配する地域住民と、「100ベクレル以下は放射性物質でない。よって今回は汚染がれきの受け入れではない」とする黒岩祐治神奈川県知事との溝が埋まらないまま幕を閉じた。黒岩知事は予定時間を延長して自ら住民の質問に答えたものの、あいまいな回答と「放射性物質とガン発病の因果関係など分からない」など人命軽視の発言に、住民の怒りは増すばかり。がれき受け入れには産廃処分場建設時に地元町内会と交わされた協定書の改定も必要で、一日も早い受け入れを実現させたい黒岩知事の思いとは裏腹に、地元住民の拒否反応は高まる一方だ


【はぐらかす知事に飛び交う怒号】

開始早々、会場がざわついた。

黒岩知事は、今月7日に宮古市を訪れた際、被災者から「何とか助けてくれませんか」と懇願されたとするエピソードを披露。「しかし、放射能に対するアレルギー、恐怖感が根強い」と発言したのだ。

「アレルギーってどういうことだよ」

会場のあちらこちらで声があがる。知事は「われわれは手を差し伸べるべきだ」「今日で終わりにするつもりはない」「誠意をもって説明したい」と続けるが、野次が飛び交い始める。

知事は東京都が既に震災がれきの受け入れを始めていること、がれきの放射線量が著しく低いことなどを配布資料やフリップを使って説明するが、住民の耳には届かない。

収まらない野次に知事も気色ばむ。

「説明しなくて良いんですか?聞かなくて良いんですか?」

そして、次の知事発言で参加者の堪忍袋の緒は切れた。

「放射性物質の『被災地』という意味では、宮古市も横浜市も同じ状況だ。こちらがクリーンで被災地だけが汚染しているというのは、イメージの錯覚と言わざるを得ない」

既に神奈川も汚染されているんだから受け入れろ、と言わんばかりの姿勢なのだ。

知事の趣旨説明の後には7分余の映像が用意されていた。黒岩知事が宮古市を訪れた際の密着映像。

しかし、当然ながら映像が流されている途中で、誰ともなく「もう止めろ」と怒号を飛ばした。

「早く質疑応答に入れよ」

映像は途中で打ち切られた。司会役の県職員は、もはや司会の役割を担えていなかった。

出席した住民の多くが求めたのは、黒岩知事が何をもって地元の理解を得られたと判断するか、その根拠だった。

結論先ありきの説明会などごめんだ、という怒りが会場を包む。

しかし、知事は「誠意をもって説明する」「逃げも隠れもしない」と繰り返すばかりで、最後まではぐらかすのだった。

民の声新聞-住民説明会
住民の怒りが爆発した説明会。黒岩知事は

「誠意をもって説明していく」と繰り返した

=神奈川県横須賀市芦名


【「誠意」繰り返す黒岩知事】

地域住民の被曝や土壌汚染への不安、県への不信感は根強い。

「全く準備が整っていないのに受け入れようとすることには絶対に反対。線量が低いとか、福島のがれきは受け入れないなんて信じていません。被曝の恐れは消えません」

近くに住む30代の主婦はきっぱりと受け入れ反対を口にした。

処分場近くの畑で育てた三浦大根などの野菜を直売している女性も「不安です。本来なら被災地で処理をするのが最善なのではないですか」と表情を曇らせた。

会場には、幼い子どもを連れた母親の姿も。

ある女性はマイクを握り、「知事は任期が切れたら辞めればいいが、私たちは子どもを守らなければならない」

と知事に訴えた。

別の住民は「将来、放射性物質が原因で子どもがガンになったら、どうするんだ」と詰め寄った。

しかし、黒岩知事は平然と言ってのけた。

「将来、放射性物質によって子どもたちがガンになるかどうかなんて、分かりませんよ」

果ては

「タバコの方が健康へのリスクは高い」

と言い放つ始末。

「放射性物質を持ち込むのではないと繰り返し申し上げているじゃありませんか」と黒岩知事は何度も口にしたが、出席者を納得させるには至らない。いや、この日で納得させようとはしていなかった。「今日はスタート、第一回目」として、「誠意をもって説明」していけば、いずれは住民らの合意が得られると考えているからだ。

これには、芦名町内会の役員がきっぱりと「計画を一度、振り出しに戻してほしい」と求めた。

「がれきは全国の問題。『神奈川が受け入れたのだからおたくの県でもお願いします』という流れになりかねない。それでは、被災地の人々が安全に暮らせる場所が日本から無くなってしまう」と主張。今後、黒岩知事が白紙撤回をしなければ、リコール運動も視野に入れていると迫った。

だが、知事には偏った復興支援しか見えていないようだ。

住民からは「こんなものは真の復興支援ではない。時間をかけて別の方法がないか知恵を出し合おう」との提案が出たが、知事からは前向きな言葉は聞かれなかった。「何とか、東北の方々の思いに応えたい」

住民たちのいらだちが増す中、それでも黒岩知事は言い切った。

「受け入れていただけるまで頑張りたい」
民の声新聞-環境整備センター
黒岩知事が震災がれきを持ち込もうとしている

「かながわ環境整備センター」。説明会では

「背骨の曲がったコイが見つかった」と住民が

環境汚染を訴える一幕も


【この街はゴミ捨て場じゃない】

住民説明会は、県の管理する産業廃棄物最終処分場・かながわ環境整備センター近くの芦名コミュニティセンターで開かれた。用意された250のパイプ椅子は開始予定時刻を待たずして満席となり、立ち見の住民が多数出た。

県環境農政局によると、同センターは約15ha。「県内の事業所から排出される産業廃棄物のうち、焼却・破砕等の中間処理されたもの:燃え殻、汚泥(非水溶性無機性)、ばいじん、がれき類、鉱さい、ガラスくず・コンクリートくず・陶磁器くず」の最終処分を目的に2002年から建設が始まり、06年から使われている。2016年までの10年間で54万㎥を埋め立てる計画だが、説明会に出席した住民は「埋め立て始めて6年目だが、まだ18%しか埋め立てられていないのは当初の県の見通しが甘かったと言わざるを得ない」と指摘。「県はあの時の過ちを再び繰り返すのか」とする声に、黒岩知事も「当時の見通しは確かに違っていたのかもしれない」と認めた。

知事はこの日、最後まで合意形成の判断基準を明確にしなかったが、実際に震災がれきを受け入れるには、処分場建設時に地元町内会と県が交わした協定書の改定が必要となるため、芦名町内会として改定協定書に捺印した時点で「地元の理解が得られた」と知事は判断するのだろう。説明会の席上でも、現在の協定書では、放射性物質を帯びた廃棄物や、一般廃棄物そのものの受け入れが含まれていないことが確認された。

県は今後、横須賀と横浜で黒岩知事の対話集会を開き受け入れへ理解を得たい考え。しかし、病をおして会場に足を運んだ老人の言葉が地元住民の固い拒絶の意思を表していた。

「芦名の街は、ゴミ捨て場じゃないんだ」

(了)

【都民投票】30万筆署名集めへラストスパート~無関心層を掘り起こせ

原発を止めるも続けるも決めるのは俺たちだ。首相や都知事じゃない─。最大の電力消費地である東京都民の意思を、原発政策に反映させようと始まった住民投票のための署名集め。2/9の最終日に向けて1カ月を切りラストスパートに入った。住民投票実施には都条例の制定が必要で、制定を求めるには有権者数の1/50、約22万筆の署名を集めなければならない。1/9現在の署名数は約7万8000。署名の不備も見越して事務局は30万筆の署名集めを目標としており、現段階での苦戦は否めない。だが、既に必要署名数を達成した大阪市も最終日直前まで苦戦を強いられており、スタッフは皆「これからが勝負。無関心層を掘り起こしたい」と力が入っている


【直接請求は民主主義の基本】

「原発を止めるか否か、都民の意思を尋ねるのは当たり前の事。だが、都知事も都議会もやろうとしない。彼らがやらないならわれわれがやらせる。直接請求は民主主義の基本なんです」

9日、都内で開かれた中間報告会。立川市在住の男性は、ステージ上で力強く語った。

男性は1979年、米軍立川基地の跡地利用に関する住民投票の実施を直接請求した経験(結果は否決)から、今回の都民投票実現に向けて並々ならぬ思いがある。

朝から夕方までJR中央線・立川駅周辺で署名を呼びかける日々。雑音も多く耳に入って来るが、男性はそれらを一喝する。

「『もし、再稼働への投票が多かったらどうするんだ。台無しじゃないか』という意見がある。私は違うと思う。そもそも、最初から勝てる見込みのある運動など無かったではありませんか」

この日、発表された署名数は78240筆。目標している30万筆はおろか、必要最低限の22万筆の1/3にとどまっている。

「正直、苦戦しているのは否めない」と話す男性スタッフ。

中間報告会では、スカイプで大阪市から参加したジャーナリストの今井一さんが「直接請求は、東京都大阪が同時に行ってこそ意味がある。東京は何をやっているのか」とゲキを飛ばしたが、既に必要数を集めた大阪市も、ギリギリまで署名が集まらず、スーパーで特売があると聞けばスタッフが駆け付けて署名を求めるというローラー作戦を展開したという。

「もちろん、どのスタッフも全力で毎日頑張っているけれど、もしかしたらまだ緊張感が足りないのかもしれない。まだ事務局に返送されていない署名もあるし、精力的に動いていない受任者(署名を集める人もいるはず。まだあと1カ月ある。時間はまだまだありますよ」

請求代表人である千葉麗子さん(37)は「東京は、地方から出てきている人が多いから、なかなか自分たちの問題として考えにくいのかも知れない。帰る故郷はあるわけだし」と分析。しかし、12歳の息子の母として手をこまねいているわけにはいかない。これからも30万筆達成に向けて街頭に立つ。
民の声新聞-シマダさん
ステージ上で紹介される受任者たち。

マイクを握る立川市の男性は「直接請求は

民主主義の基本」と力強く話した


【スウェーデンの投票率は75%】

中間報告会では、18歳の時に母国・スウェーデンで原発の是非を問う住民投票に実際に参加したことのあるレーナ・リンダルさん(持続可能なスウェーデン協会・日本代表)も参加。20年以上にわたって日本で生活しているレーナさんは、流ちょうな日本語で当時の経験をスライドも使って話した。

18歳で参政権を与えられる同国では、通常の国政選挙の投票率が90%を超すという。国民投票の投票率も75%に達した。

「選択肢は3つだったが、それぞれに長文で複雑だった。でも、原発について国民が真剣に考える良い機会だった」と振り返るレーナさん。スライドの写真が変わるたびに、会場からため息とも歓声ともつかぬ声が起こった。投票を呼びかける集会に多くの人が集まる、街のあちらこちらに国民投票のポスターが貼られている…。今の日本とはあまりにもかけ離れているが、これが30年前のスウェーデンでは日常の光景だったのだ。

「日本と違って、投票への運動がとても身近だったと思う。地下鉄の駅に反対票を投じるよう訴えるポスターが貼られていし、マクドナルドでアルバイトをしていたら、来るお客さんが皆、意思表示のバッジを胸につけていた」

投票は結局、中立的な選択肢が大勢を占め、2010年までに12基ある原発を全廃することになった。しかし、同年6月の国会で政策転換が決定。未だに全廃には至っていない。

翻って東京。

どうせスウェーデンは駄目だったんだろ、などと物知り顔で言うことに何の意味も無い。

無関心こそ最大の罪だ。

これだけの事故が起こってもなお、原発に関心の低い人が少なくない。山本太郎さんや千葉麗子さんがマイクを握ると聴衆が集まるが、終わるとさっといなくなるのが実情。

レーナさんは当時、日本からスウェーデンにやってきた大学生に「日本の原発は今、どうなっていますか」と尋ね、決まって同じ答えが返ってくるのに落胆したという。

「さあ、分かりません」

民の声新聞-レーナさん
1980年に実施されたスウェーデンの国民投票

について話すレーナ・リンダルさん(右端)。

スライドは左から原発賛成、中間、反対

=武蔵野公会堂


【負の遺産を背負わされるのは子ども】

富樫泰良さんは、15歳の環境活動家。これまで何度も街頭に立ち、都民投票の実現を訴えてきた。

「僕の母は旧ソ連の出身です。チェルノブイリ事故の話は、毎日のように聞かされてきました。将来、負の遺産を背負うことになる子どもとして立ち上がりました」

歌手で女優の仲代奈緒さん(38)は、母親が広島県呉市で被曝した。7年かけて執筆した「大切な人」を出版、昨年は朗読劇を行った。「一人の人間として直接行動をしたいと考え、デモ行進にも参加している」と、都民投票の実現に向け支援を続けている一人だ。

中間報告会には、アイドルグループ制服向上委員会も参加。「ダッ!ダッ!脱・原発の歌」を披露したほか、会長の橋本美香さん(31)は、ギター一本で「原発さえなければ」を歌った。

「原発さえなければ不安な日々は生まれなかった/

原発事故さえなければ悲しみや怒りは生まれなかった/
原発さえなければ事故は起きなかったのに/
原発事故さえなければ昨日と同じでいられたのに…」

福島県民の思いを代弁するような歌詞が胸を打つ。

「都民ではないので署名はできませんが、少しでも皆さんのお役に立てたらうれしいです」と話す橋本さん。

「もちろん、脱原発の実現に向けて頑張ります」


署名集めは2月9日まで続けられる。

都民の意識、行動力が問われている。
民の声新聞-2人の女神
脱原発、そして都民投票の実現に向けて闘う2人の女神。

千葉麗子さん(右)と橋本美香さん

(了)


都民投票に関するサイトは

http://kokumintohyo.com/branch/archives/18



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http://ameblo.jp/rain37/entry-11126744664.html

【現地リポート】300日後の福島は今 ~新成人に聞くヒバクへの思い

華やかな成人式会場で、ふるさと福島への思いと被曝への不安が交錯した。福島原発事故から10カ月目を迎えようとする中で行われた福島市の成人式。晴れ着姿の女性は大きく手を振りながら「放射能なんて怖くないない」と言い、スーツで来場した男子大学生は、やや下を向きながらも「俺ら若いもんが福島を発展させる」と力強く語った。しかし、マスク姿は一人もいない。放射能の話をすると誰もがうんざりした顔を見せる。今さら被曝を防いでも仕方ない、今さら気にしても…。福島の未来を担う新成人に会場で話しを聴いた。ヒバクについて、日頃意識していますか─


【マスクくらいじゃ被曝は防げない】

 「原発事故の直後はマスクをしていたが、今はまったくしなくなった。ここに住んでいる以上、被曝はある程度仕方ないというか…。え?まだ線量高いんですか?そうなんですか?」

 美しく着飾った介護職の女性は、雪が舞い散る国体記念体育館の入り口で驚いたような表情をした。

 2990人が晴れて新成人となった福島県福島市。

 多くの新成人が被曝への意識低下を口にした。

 南相馬市で販売職に従事している男性は「仕事柄、マスク着用は禁じられている。周りの年配の人はいろいろと心配しているけれど、俺たちより下の若い世代は、そもそも知識がないのではないか」。製造業への就職を機に茨城県に転居した女性も「マスクをしたくらいでは防げないですよ。親からは内部被曝に関して注意されているので、福島の食べ物は食べないことにしてはいますけれど…」。

 福島市内で福祉関連の仕事をしている女性もきっぱりと話した。「子どもを生んだ友達は警戒しているけれど、私たちは子どもがいるわけではないし、全然。妊娠?でも今から将来の妊娠に向けて気をつけろと言われても実感がわかない。県外に避難するつもりもないです。逃げたところで生活は安定しないしね」。男子専門学校生は「もう事故から一年くらい経つので、危機感はない。今さら心配したところで…」。

 日頃から被曝に意識を向けている「少数派」の一人、市内の専門学校に通う女性は「内部被曝をしないよう、地元の食材は使わないようにしているが、マスクはもうしません。放射能の問題が早く片付いてほしいけれど、30年40年とかかるというから、未来は暗いですね」と下を向いた。
民の声新聞-福島市成人式
色鮮やかな晴れ着姿の新成人が集った成人式。

会場外の空間線量は毎時0.8-0.9μSV(γ線のみ)

だった=福島市国体記念体育館


【わが子の被曝とふるさとへの思いと】

 式典には、生後6カ月の息子を抱いて嫁ぎ先の千葉から駆け付けた母親の姿もあった。

 「夫が(子の被曝を)心配して心配して…。昨日こちらに着いて、今日帰ります。怒られるから」

 友達と談笑する母の胸でぐっすりと眠るわが子。

 二十歳の母はしかし、子どもの被曝とふるさとへの思いとのはざまで揺れていた。

 「もちろん、子どもの身体を心配してくれるのは素直にうれしい。でも、正直言うと複雑です。ここ福島は私が生まれ育った街。放射能が危ない、とばかり言われたくないという気持ちもあるんです。ふるさとが駄目な土地になってしまったかのように言われるのは絶対に嫌なんです」

 目を見開いて、こちらをじっと見つめながら話した。

 東京で大学に通う男性は、帰省にあたって「最近、セシウムが多く降っているようだから気を付けなさい」と親に言われたという。

 「ここで生活し続けている家族のことを思うと、やはり心配です」

 両親も姉も福島に暮らす。自身も福島の企業への就職を希望していた。

 「でも、リーマンショックで一気に県内経済が悪化してしまった。やむなく東京の大学へ進み向こうで就職することにした。できれば将来、また福島に戻ってきたい。やはり、生まれ育った街です。思い入れはある。でも何だか、昔の福島に比べて活気が無くなった気がするな。福島の未来は暗いかな…」

 彼はそう言って、式典会場に入って行った。
民の声新聞-振り切れる
福島駅周辺では、雨どい直下で軒並み毎時10μSV超

を計測。しかし、多くの新成人が「今さら気を付けても」と

言葉を濁した(環境放射線モニタ PA-1000

Radi



【俺たちが福島を発展させる】

 進まない県外避難。

 「そりゃあ、県外に行かれるものなら行きたいですよ」

 娘の晴れ姿を見届けに来た母親は、語気を荒げて言った。

 中学生の息子の通う中学校では、浜通りからの転入、県外避難に伴う転出が相次いでるという。

 「馴染めなくて不登校になったケースも少なくないんです。うちの子も見知らぬ土地へ行って馴染めるかどうか…。いじめらえる可能性だってある。命より優先するのかって?仕事を放り出して逃げるわけにもいかない。家のローンも残っているんです。飼い犬はどうするんですか?一緒に連れて行かれるんですか?そうやって考えると現実的に避難は難しいんですよ」

 そして、吐き捨てるように言った。

 「生活が一変するんです。ガラッと変わるのはちょっと…」

 ふるさとを離れ難い思い。

 それを打ち消すような放射性物質。

 それらが交錯する中、日々進む被曝。
 福島市内在住の男子大学生は、こちらを睨みつけるように力強く語った。

 「福島は、逆境をバネにして発展していけば良いと思う。俺たちがやります」


(了)



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さっそくカンパをいただきました

ご報告


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お二人の方から、計7000円を振り込んでいただきました。

心よりお礼を申し上げます。

ありがとうございました。

引き続きのご支援、よろしくお願い致します


鈴木博喜

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お願い


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いつも民の声新聞を読んでくださり、ありがとうございます。

さて、福島原発事故以来、福島取材を続けて参りましたが、恥ずかしながら財政的に非常に厳しく、このままでは取材活動の休止もあり得る状況でございます。

つきましては、新年早々大変心苦しいのですが、読んでくださる方々の支援をお願いする次第であります。

もし、趣旨に賛同してくださる方は、下記の口座に振り込んでいただければありがたいです。

記事以外、何もお礼をすることはできませんが、ご理解いただければ幸いです。

また、振り込み手数料などが発生するとは思いますが、その分を差し引いていただいて結構でございます。

何卒、よろしくお願い致します。


民の声新聞 鈴木博喜


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(銀行コード0039 支店番号106)


よろしくお願い致します