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第6R「偽りの人。」←今ここです
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前回の話はこちら。
父の手術の翌日のこと。
朝から病院へ向かい、ICUに入ると、父は麻酔から既に覚めていました。
言葉を発することがまだ負担のようでしたが、何とか意思疎通はできました。
脳に後遺症が残る可能性もあると、術後、医師から伝えられていましたが、父と会話をしてみると、たぶん問題ないのではないか、という印象を受けました。
面会は1日3回しかできません。最後の面会を終え、週末また来るからね、と父に伝え、私は夫の待つ自宅へ一旦帰ることを決めました。
夕方、自宅に着きました。夫からは、いつもどおり「残業でもう少しかかる」とのメッセージが入っていました。
夫は21時半ごろ帰宅すると、悲しそうな困ったような顔を私に見せ、子供のように口をとんがらせて言いました。
「手術成功して良かったね。。。 お父さんのこと、あんな風に俺が言っちゃったから、こんなこと起きちゃったのかなって思って。」
3日前の自分の発言を夫は気にしている様子でした。
つい3日前、両親は私たち夫婦の家を訪問したばかりでした。
両親が到着する直前、
「(両親に)長居されると困るから、(父の好きではない)クラシックをBGMとして流そう。」
夫は私に、平然とこう言い放ったのです。
父の急病と夫の発言には、当然ながら何の関連性もないし、そもそも夫の発言のことを、父は知りません。
言霊を信じるようなタイプの人間でもないのに、夫が私に敢えてそう話すのは、
悪いタイミングであのような発言をしてしまった気まずさを帳消しにできるかも、という自己満足に過ぎない。
夫のその言葉には私は反応せず、
らぶか「ドクターヘリって聞いた時は、父はもうダメかもしれないって正直思った。3日前に久しぶりに家族全員揃って食事したばかりだったし、父もなんだか人生を振り返るような発言ばかりしていたから、余計にね。。。」
私の言葉が終わらないうちに、夫は被せるように言いました。
夫「あ、俺も同じこと思った。ああ、そういうことだったのかなってさ。」
軽々しく、そして、何故か得意そうに言った夫のこの発言に、私は少し苛立ちを覚えました。
実の娘である私が、親がもうダメかも、と言うのとは、立場が違う。
心の中でそう思ったとしても、そんなデリカシーのない発言は普通は口にはしない。
それに対していちいち指摘する気力はもうありません。
この2日間、病院にいながら、時間を見つけて、私はアスペルガーについて激しく検索していました。
その特性を知り、幼少期を含め、夫が多くの部分で合致することを知り、
動悸が激しくなるのを必死にこらえながらも、私がまず最初に思ったのは、
私が悪いんじゃないんだ
誤解や批判もあるかもしれませんが、真実がどうであれ、当時の私はまずそう思いました。
散々繰り返してきた不毛な口論。
普段は温和な夫なのに、
ひとたび自分が責められていると感じると、攻撃モードのスイッチが入り、
私の言いたいことが伝わらず、噛み合わず、言葉尻ばかり捉えられてしまい、
全く話し合いにならなかった。
理解と常識を超えた夫独自の論理と論点のすり替えに、私は次第に自分が間違っているのではないかと混乱し、興奮状態になり、逆上しました。
夫の住むマンションに引越した直後から、そんな言い争いが増えていきました。
クッションや携帯を夫の方向に投げつけたことが2回ありました。
投げつけた直後、私はハッと我に返りました。
そんなヒステリックな行動を起こした自分自身にショックを受けました。
長い交際期間にはそんなこと1度もしたことなかったのに。
投げつけられるや否や、夫は軽蔑の眼差しを私に送り、今度はその行為に対して私を責め始めました。
大きな声をあげはしますが夫は興奮していません。冷静です。
呼吸を荒くして興奮しているのは私だけ。
離婚したいと思った理由のひとつは、私のこういった感情的なところだ、と夫に言われたことを思い出しました。
その後、私が寝室に駆け込み、鍵をかけて数時間閉じこもったことも、家の中で鍵をかけるなんてあり得ない、ショックだったと非難されました。
そもそも原因を作ったのはどっちなの?
ここまで至ったのは何故なのかと考えたことはないの?
いつの間にか私が加害者で夫が被害者という図式になっていく。
でも。
物を投げつけるなんてヒステリックな行動をしたのは確かに私だ。
不倫相手と一緒になりたいから、離婚したいと切り出したとはいえ、不倫に至るきっかけは、私なのだろう。
なぜもっと冷静に優しく夫を説得できなかったのか。
いや、違う。
私は最初は冷静だったはず。むしろ夫の性格を分かっているから、かなり抑えて話しかけていたはずだ。
なのに、夫の主張していることが理解できず、次第に興奮してしまったのだ。
私は我慢が足りなかったのだろうか。
結婚は我慢よ、と母からずっと言われてきました。
私なりに、夫を理解しようとしてきたつもりだったし、子育てをすることが夢だった私が、子供を諦めるという大きな決断をしたのも、子供が嫌いな夫の気持ちに添いたかったからでした。
子供がいなくても幸せになれるはず。2人で仲良く楽しく生きていけばいい。
私は、この大きな犠牲の見返りを、夫に求め過ぎていたのかもしれない。
自分の主張ばかりして、夫への理解が足りなかったのかもしれない。
自己の感情をコントロールできない成熟していない妻を、夫は見限ったのだ。
そんな風に私は考えていました。
アスペルガーの特性を知るにつれ、
私の肩に重くのしかかっていた何かが、フッと消えた気がしました。
夫にそう診断が下っているわけではないし、
全ての特徴に当てはまる訳でもない。勝手な決めつけは危険だ。
ただ、
交際時から夫に対して微かに感じていたいくつかの違和感と、
他人には説明し難い堂々巡りの口論と、
自分が自分でなくなるくらい逆上してしまったことの謎が、
解けた、と思いました。
散らばっていたジグゾーパズルのピースが一気にはめこまれ、絵が現れた。
そんな気がしました。
夫がお風呂に入っている時間を使って、彼がゴミ箱に丸めて捨てたレシートを確認しました。
夫は21時に会社を出たと連絡してきましたが、19時13分発行のタクシーレシートと、その後の時間に発行された中古CDショップのレシートが3店舗分出てきました。
21時というのは嘘で、実際は19時には既に会社を出て、タクシーで中古CDショップへ向かったのでしょう。
疲労困憊の妻が、父の病院から3時間かけて帰宅し、夕食の準備をしている間、こんな日でさえもCDショップをはしごするルーティンをこなす夫。
22時まで妻を待たせて、素知らぬ顔で一緒に夕食をとる夫。
虚しかった。
ただただ虚しかった。