本当の緊急事態とは | 不幸を書こうか幸福を書こうか、それが問題だ

母が退院しておよそ2週間経つ。 



 退院直後は緊急事態として母を女王様のように気遣っていた家族も 

日常として動けない母を受け入れ 

めんどくさいものとして扱うようになった。



 とはいえ、実際に動けないので
やることは、やる。



 母の悪いところは
やってもらっているのにひたすら文句を言うことだ。


 たとえ、
ありがとう、いつも助かるわ

と言われたとしても
24時間の介護中心の生活に
家族は疲れるだろう。


 なのに母は、

買ってきたものを嫌がったり
文句を言ったり。 


 父が「 俺は疲れたよ 」と泣くのはわからないでもない。 


 母は、寝たきりで
起き上がることもしづらくなっていた。


 ごはんを用意すると
なんとか起き上がって食べようとする。 


 元々家事など一切しない父には
母が食べたいものを作ることはできず 

 出来合いのものは、母には口に合わない。 


 私が、聞く話だと
タンパク質は全くと言っていいほど
食べていないようだった。 

 食べるか食べないか分からないが

 魚を焼いてほぐして持っていった。 

 それと、きゅうりの和物。 


 きゅうりは食べてはいけないものだと思い込んでいて

食べない、と言ったが


野菜も食べたほうが良い

よく噛んで。

食べないと栄養が偏ってまた病気を招くよ、と説き伏せて
小指の爪ほどの大きさの
きゅうりの和物を食べてもらった。





 母の好きな味は知っている 。





 まずい、と言うわけがない。




 胃袋が少し残っている 。

なんでもゆっくり時間をかけて食べていいと言われている 。



もらった命と胃袋。



 なのに、なぜ食べたいものを食べないのか? 


 また、前と同じに食べたくもないものを
便秘にならないように、とひたすら吐きそうになりながら食べるのか? 


 動けない今、食の楽しみしかないのに 

 せっかく、食べられるのに 

食べられるようになったのに。 




おかゆしか食べてはいけないが

おかゆが不味くて食べられない、と嘆いていた。


食べてはいけないと思っているのだ。




 悔しいような思いで、母を見ていた。 


 私の言葉に

いやいやだが
魚ときゅうりを食べた。


 今日は、嫌なおかゆではなく


柔らかいご飯粒にした。


 母は


きゅうりを一欠片食べて


 「美味しい」と言った。



「 もっと食べたい」と言って

あと一欠片だけ食べてもらった。 



 「これからは、もう食べたいものを食べなね」 


私が言った。



 母は「病気になってから
はじめてちゃんとした美味しいご飯を食べた 」と言った。 





 実家から帰ろうとすると
母がベッドから大きな声で父を呼んだ。


父がベッドに行くと


母は

私に渡してくれ、と2000円を父に手渡した。


 ベットの下に
置いてあったお財布の中の
全財産だった。


  当たり前だが
受け取るつもりはない。 


 逃げるように家を出ると
父が2000円を持って
追いかけてきた 。



「受け取ってもらいたい」と言う。


母の希望だから「 受け取ってやってくれ 」と言った。





 また、使えない紙幣が増えた。





 父は、そのとき
自分も健康診断で
胃と食道に異常があり
28日に検査を受けることを伝えてきた。




 わたしは、できることをする。



 いつだって、そうすることしかできない。



少しでも笑ってもらうために。