母は昔から
笑わなかった。
楽しいとか、嬉しいとか、美味しい、とか
肯定的な感情を知らない。
そういう感覚は感じたことがない、といつも言っていた。
生きることは拷問
結婚は墓場
過程は監獄
私に何回も説いてきかせた。
私も、ずっと教えられてきたから
そういうもんだと思っていた。
母も私と同じように
親から
一般的な愛情を見せてもらったことがない。
だから、仕方ないんだ、とわかったのは 40歳くらいの時かな。
私の心が虚しいのは
親のせいではないか
と感じていたけれど
親も愛情を得られなかった人なんだ、とわかってから
なんで、うちの親はこうなんだ?
という、怒りに似た気持ちは消えていった。
母には、他に三人兄弟がいて
母より下の弟は
父親が四分の一違う。
異父兄弟ではあるが、
母の弟の父親は
母の実にお父さんの弟だ。
母の実のお父さんは早くに亡くなり
女手一つで子供を育てるのは大変だ、ということで
その弟が
親戚中に頼まれて
泣く泣く母のお母さんと結婚したらしい。
母の下に弟が生まれた、ということは
そういうこともしていた、ということだが
母の義理のお父さんは
好きな人がいてその人と結婚するつもりでいた。
好きでない女と自分の姪や甥のために結婚する。
愛はない。
なので、母の実家も
私の家と同じに
いつも暗くて会話ははく喧嘩ばかりしていた。
母は、その家庭から逃げるように結婚した。
恋愛結婚だ。
でも、逃げるための結婚だったと私に話していた。
私もそうだと思っていた。
私の結婚式のために
昔の写真のアルバムを整理したときに
思いもかけない写真を見つけた。
レンゲが一面咲き乱れる中で
ミニスカートをはき
ぶりっこなポーズで
満面の笑みを浮かべている母。
この人、笑うんだ?
そう思うほど笑顔を知らない母が笑っている。
それは、父に向けての笑顔。
恋愛結婚なんだと初めて実感した。
ボケてわからなくなっていた母が唯一、父のことは認識していた。
夫婦って、こういうもんなんだと思った。