アルコール病棟から退院して4ヶ月、ケイトさんの復職が決まりました。

 

翌日から仕事だと言うのに珍しく饒舌なケイトさんで、おしゃべりが止まりません。

・入院した3か月間で自分の心と向き合ったこと

・感謝の気持ちがあること

・依存症のこと

・考え方ひとつで人生が豊かになると知ったこと

そして、

「二人で無理しないで楽しく生きていこうよ」とおねがい飛び出すハート

 

10年も一緒にいるのに、シラフでこんなにたくさんお喋りするケイトさんは初めてでした。

「もう少し話してもいい?」・・・私が言うことはあってもケイトさんからこのセリフを聞くなんてと驚いたくらいです。

ケイトさんの心が開いているのを感じた私は、こんなチャンスはないかもしれないと思い、自身の共依存について話しました。

そして、共依存のためにケイトさんを苦しめてごめんねと謝りました。最後まで聞いてくれたケイトさんは優しくこう言ってくれたのです。

「俺がアルコール依存症になったのはぶらうすのせいだと思ってないよ。俺のせいなの。でもぶらうすがそう思っていて俺に謝ることで心が軽くなるのならそれでいいけど、でも謝るのはこれが最後ね。もう言わないでね。」

 

ほんの数ヶ月前までの地獄のような日々を思うと、お酒が完全に抜けたケイトさんはまるで別人のようでした。

 

第一に言葉が穏やか。声を荒げることもないし乱暴な言い方もない

今まではテレビのリモコンを話さずに、ろくに見もしないままひたすらクルクルと番組を変えていたのですが、今はもうそんなこともしないし、そもそもTVをつけていない時間が増えました。

私を呼ぶ時も「テメェ!」ではなく、「ねぇ、ぶらうす〜」爆  笑(ギャップの振り幅が大きすぎる💦)

ありがとうを何度も言ってくれるし、私の話に「そう、良かったねー音譜」って言葉(反応)も返してくれる

 

静かで平穏。

まるで出会ったときのケイトさんが帰って来てくれたみたいです。

こんな日々が戻ってくるなんて信じられない・・・。

心の底から「有り難いなぁ」と感謝の思いが湧いて来ます。

 

ありがとう。帰って来てくれて。ずっと待ってた。

お酒がないケイトさんはこんなにも穏やかで優しい・・

ケイトさんにとってお酒が「危険な薬物」であることを、私は改めて認識しました。

 

 

そして翌朝、休職期間を終えたケイトさんは半年ぶりに出社しました。

復職と言っても、レストラン部門の調理ではなくバックヤード、つまり食器管理や皿洗いなどです。

退院したてでアルコールを扱う調理は再発のリスクが高いというのが上司の判断でした。

飲まない日々を積み重ねたらまた調理に戻してもらえる・・当時、ケイトさんはそう思っていたため、復職へ希望を持っていました。

 

 

入院して間もなく2ヶ月半、ケイトさんは回復プログラムも大詰めを迎えていました。

この頃になると、外泊訓練の回を重ねるごとに私たちの関係性は確実に改善していました。

 

今回の外泊は最初から最後まで穏やかで優しいケイトさんで照れ

歩様も前回に比べて足取り軽く、その眼差しは終始落ち着いていて、会話でのコミュニケーションも問題なくできて。

どれくらいぶりだったでしょう。ケイトさんを愛おしいと思ったのは。

「大好き!」と言えた自分に私自身が驚いていましたし、またそんな自分が嬉しくて幸せを感じていました。

 

駅までの道のりを手を繋いで歩いたり、電車の中では話をして二人で笑ったり。

こんな時間がこんなに早く訪れるなんて・・・泣き笑い

お互いを尊重してこそ、お互いに自立してこそ、夫婦でいられるんだなと思いました。

だけど共依存が強いと自覚している私は、まだ自信がなくて。

ともするとすぐにケイトさんの先回りをして用意周到に、時に過剰に手数や言葉をかけてしまいそうになる私がいることをわかっていました。だからやっぱり「離れて暮らす」という日常は私たちには必要だと考えていたのです。

避難用アパートを手放して、退院後のケイトさんとの生活に戻すということには迷いがありました。

 

3月20日。私はコートさんが運営する依存症回復施設に就職し、先輩スタッフのもとでご利用者様の対応を学び始めました。

ご利用者の皆さんはどなたも優しく私を迎え入れてくれて、通勤時間2時間でしたが念願だったコートさんの元で働くことができ、慌ただしくも毎日が充実していました。

 

 

そして4月17日。

ケイトさんが入院してちょうど3ヶ月、退院の日を迎えました。

その日、ケイトさんとお酒のない夕食をとりながら今後について話し合いました。(この頃は「シラフでいる」が日常になっていたので、私も安心して話すことができていました。)

・避難用アパートを借りていること

飲まないケイトさんとなら一緒に暮らしたいが、酔っているケイトさんのそばには居られないこと

・私も共依存から回復して自立した上で、ケイトさんと夫婦でいたいこと。

・私たちの今後について一緒に考えて欲しい

 

ケイトさんからは以下の返答でした。

・今は「もう酒は飲まない」と決めているけど、いつスリップするかは分からない

・避難用アパートは経済的に維持できるのであればしばらくそのままでもいいのでは?(ぶらうすが判断して欲しい)

・自分がアルコール依存になったのはぶらうすのせいではないし、ぶらうすが共依存だと思っていない。でも、ぶらうすが回復したいと思っているのならその気持ちは尊重する

・今までお金で苦労させてしまった。できるだけ早急に復職するつもりでいる。

 

結婚してからこんな風に本音で話し合ったのは初めてだと思います。

私たちは当たり前のことが当たり前にできていない夫婦でした。

 

結論として

・避難用アパートは「大丈夫」と思えるまで解約しない。

・もしケイトさんがお酒を飲んだら、ぶらうすはすぐに避難する。

・目的が「避難」であるから、アパートの場所は共有しない

基本的には夫婦として一緒に暮らす

ということになりました。

やってみてダメならまた考えよう!と。

 

こうして私たちの暮らしがリスタートしました。

ケイトさんはすぐに復職の意向を会社に伝えていましたが、会社からは主治医のOKをもらうようにとの指示でした。

ところが主治医からは「まだ退院したばかりなので、もう少しお酒のない生活に慣れてからにしましょう」と許可が下りず。

ケイトさんは外来通院するたびに復職したいと言っていたようです。

(実は、後でわかることなのですが、このとき主治医には懸念点があったのです)

 

ケイトさんは断酒を続けていて、そしてついに8月13日から復職することが決まりました。

 

前回の外泊訓練を期に、ケイトさんは地元のAA(アルコール依存症の自助会)にも参加するようになっていました。

ちょうど土曜日の19時〜なので、外泊の日はAAに参加してから帰ってくるという流れになっていました。

1月の入院から約2ヶ月。おそらくこんなに飲まないことは今までなかったのだろうと思います。

まず第一に、送られてくるLINEの文章が確実に明確な文章に変わってきていました。

今まで黙って下ろしていたお金も「生活費、5,000円下ろしますね」と、普通の文章になってるし、当たり前に私に教えてくれる笑

私からのLINEも未読スルーが原則だったのに「ごめん。飯を食べてて気づかなくて」ってちゃんと返信がくる。

 

そして言葉のコミュニケーションが取れるようになると、お互いに「ありがとう」が増えていくみたいで、ある時は私が仕事から戻って冷蔵庫を開けたら苺サンドとバウムクーヘン!というケイトさんからの初めてのサプライズプレゼントがあったりして爆  笑飛び出すハート

少しずつケイトさんへの安心感が増えていきました。

 

入院生活も折り返し地点になると、デイケアへの体験通所でお茶碗を作ってみたり(私の名前入り照れ)、絵手紙を書いてくれたり。

そして、お酒をやめたことでいろんな数値が血液検査の度にぐんぐん改善!

体調がいいから表情もいいし、気分に波がないので安心してそばにいられます

電話で話しても言葉も聞き取れるし、コミュニケーションに何の問題もありませんでした。

 

そうなると私も仕事に集中できるのと、休みの日にはケイトさんの陣中見舞いをかねたデートをして楽しむということもできるようになっていました。

 

あるときケイトさんが財布を忘れて帰院してしまい、届けに行ったことがありました。

これまでは何をしても「ありがとう」なんて言われたことはなかったのに

「ありがとう。わざわざ持って来てくれたのが嬉しい😆

というLINEが届いたときは、天地がひっくり返るくらい嬉しかったです。

と同時に「これが本来のケイトさんなんだな・・」と思いました。

「次の土曜に帰る! 日曜の4時までには(病院に)帰る!!」

と短いLINEがケイトさんから届いて、いよいよ外泊訓練が確定したことを知りました。

 

ケイトさんが入院して初めての外泊。嬉しい気持ち4、不安6・・・かなぁ・・


社会復帰したいとケイトさんも私も願っての今回の入院です。

外泊訓練は退院後にどうお酒と向き合い、また家族とどうコミュニケーションを取っていくかの練習の機会です。

シラフのケイトさんが帰ってくることは嬉しい気持ちもありましたが、やはり不安が大きくて。

なので、ケイトさんが帰ってくることで何が不安か考えてみました。

お酒を飲んでしまうリスクもゼロじゃないこと、飲んだらまた暴言の嵐になるかもしれないこと・・、「病的酩酊」になるケイトさんは高リスクです。単純にそこへの懸念がありました。

 

でも、それよりももっと大きな不安があることに気づきました。

私は、ケイトさんといることで私が我慢をしてしまうことが不安なのです。

以前の私ならそんなことは微塵も思わなかったし、自分が我慢するのはむしろ当然という認識でした。だから苦痛に感じることもなかったのです。

前提として、苦痛は全て封じ込めていたのです。感情に蓋をして苦痛を感じないようにしていました・・

でも自分で自分のお世話をし、自己否定を止める努力をしている今は、「我慢することが苦痛だと感じてしまうのでは」と思ってる。嫌なことを嫌と伝えることができるかどうかが不安なのでした。(私が嫌だと伝えることがケイトさんのストレスやダメージとなり、飲酒の引き金になってしまう心配も考えていました)

 

気持ちを伝えることは難しい。増してケイトさんは生来 短気な性格の上に今は依存症のリハビリ中・・。ケンカにならずに伝えることができるかな?

 

・・っていうか既に私、我慢する気全然ないじゃん笑い泣き

それが答えだな、きっと。

もし険悪な雰囲気になったら避難用アパートへ帰ればいいだけのこと。そのために借りた部屋なのだし。

不安の中身を知ったことで、私は複数の事案に対する行動パターン(対応策)を決めることができました。

 

 

 

そんなあれこれを考えているうちに土曜日はやってきて、ケイトさん久しぶりの我が家の日。

私は21時過ぎまでバイトだったのですが、ケイトさんからLINEが。

 

ケイト  「ぶらうすの箸、1本ないのか🥢」

ぶらうす「うん。ちょっと行方不明になりました💦  割り箸を使います。」

ケイト  「あーい」「帰りに炭酸かノンアル、買って来て」

このLINEのやりとりで、ケイトさんが鍋を作ってくれたのだと理解しました。そして、よく私の箸がなくなっていることに気づいたなと・・。(シラフだとこんなことにも気づけるひらめき電球

 

久しぶりに食べるケイトさんの鍋は野菜てんこ盛りで美味しくてラブ

ケイトさんはお酒を飲まずに過ごしていました。

「ここまで酒なしで頑張って来たのに、外泊で飲みましたなんてカッコ悪すぎだろ?」と笑ったりして。

久しぶりにお風呂に入って「やっぱ風呂はいいね〜!」と炭酸グビグビ笑

結局、あんなに心配だったあれやこれやが現実化することはなく、私が「嫌だな」と思うことは何一つありませんでした

 

お酒のないシラフなケイトさんは、優しくて、よく笑って、よく喋る笑

当たり前のことが当たり前にできる暮らしがありました

こんなケイトさんなら夫婦として頑張れそう・・そんな風に思えた外泊訓練でした。

 

 

 

 

 

ケイトさんがアルコール専門病院に入院して3週間。

 

差し入れでケイトさんからのリクエスト品を鞄に入れて面会に向かいます。

久しぶりに会ったケイトさんは表情が穏やかで、安心して側にいられました照れ

午後はコートさんの施設で開催される依存症セミナーに参加予定だったため、ケイトさんに差し入れとお小遣いを渡してすぐに帰ろうとすると「駅まで送るよ」とドキドキ

 

駅までの道すがらケイトさんは色々話してくれました。(飲んでたときは文句しか言わなかったので笑い泣き、こんなにおしゃべるする人なんだと今頃知りました)

 

入院して初めて強い飲酒欲求があり、コンビニまで行ってしまったそうです。

何を飲もうか迷っていた時「何にするか決められないんだから、一旦外に出よう」と。その後近くの公園を散歩して無事に帰院。

 

でもやっぱり飲みたい気持ちが収まらず、もしかして糖分をとったら緩和するんじゃないかと「初めて自分のためにチョコを買ったよ笑」って。

お湯に溶いて少しずつ飲んだら落ち着いてきたので「甘いものって(飲酒欲求を抑える)効果あるのかも」。

 

そして、そのことを看護師に言うと直ぐに「そういう欲求を抑える薬がありますから!」と持ってきてくれたそう。人によって何分で効いてくるかわからないので報告してくださいと言われたようでした。

そして

ちゃんと正直に言ってくれてよかったですよ。そういう衝動があることを話さないで呑んでしまう人が多いから

と誉められたみたいで、嬉しそうな表情で話してくれました照れ。(大の大人でも褒められると嬉しいらしい笑)

 

仲良くしてる入院仲間たちにも話したら「そういう時は、まず食べろ」と、みんな手持ちのお菓子を次々持って来てくれたそうです爆  笑

 

更には「断酒会も大体同じメンバーだから、違うミーティングにも行ってみようかな」と言ったんです!

 

散歩するにもお酒の誘惑がない道を意識的に選んで歩いているのがとても伝わってきたりして、もうね、これらのケイトさんの変化、凄いなと思いましたし、これらは私にとって本当に嬉しい変化でした!ドキドキ

やっぱり同じ苦しみを持つ人とつながることは励みになるんだなぁと、生気が戻ったケイトさんの表情を見てしみじみと思いました。

 

そしてもう一つ。

ケイトさんは病院のプログラムでこれまでの人生の振り返りをノートに書き出していました。自分の名前しか書かない人が人生を振り返ってノートに書くとは正直驚きました。(多分、初めての経験でしょう。書きすぎて手が痛いと言っていたので笑い泣き )

文字で表現することは様々なことを気づかせてくれるものです。ケイトさんもこの作業で周囲の人々が敵ではなく、自分が味方の中で生きていることに気づいてくれたらいいな・・・

 

あ〜、ケイトさん闘っているんだなと感じました。そして、闘い続けるにはやっぱり仲間と環境も大事なんだなと。

 

一方で依存症について新たに気づいたこともありました。

ろくに働いてもいないのになぜかボーナスが支給されると思っていたケイトさんアセアセ

私が「ボーナス、出るのかな? 期待できないんじゃないかな?」と言うと、今度は「履歴書持ってきて」。

お酒の誘惑だらけの飲食業界で飲まずに働く自信があるのかな? 今の会社は辞めるつもりなのかな?

依存症のこと、お金のこと、公的支援のこと、ちゃんと学んだら安易にバイトしようなんて考えには至らないと思うけど・・

多分、そこまでは思い寄らないんだろうなぁ・・。

そもそも、そういうことを他人に相談して知恵を借りるという発想がないのかもしれない

ケイトさんは幼少期から親族や知り合いの家に転々と預けられて育ってきた人なので、何でも自分一人で決めて生きてきたから、誰かに相談したり意見を求めるという経験もないのかもしれない。

だから自分一人で抱えて、抱えきれなくなって、お酒で紛らわせるしかなかったのかも・・・

 

ケイトさんと駅まで歩いたのは短い時間でしたが、依存症の気づきを多く得られた貴重な時間でした。