入院して間もなく2ヶ月半、ケイトさんは回復プログラムも大詰めを迎えていました。

この頃になると、外泊訓練の回を重ねるごとに私たちの関係性は確実に改善していました。

 

今回の外泊は最初から最後まで穏やかで優しいケイトさんで照れ

歩様も前回に比べて足取り軽く、その眼差しは終始落ち着いていて、会話でのコミュニケーションも問題なくできて。

どれくらいぶりだったでしょう。ケイトさんを愛おしいと思ったのは。

「大好き!」と言えた自分に私自身が驚いていましたし、またそんな自分が嬉しくて幸せを感じていました。

 

駅までの道のりを手を繋いで歩いたり、電車の中では話をして二人で笑ったり。

こんな時間がこんなに早く訪れるなんて・・・泣き笑い

お互いを尊重してこそ、お互いに自立してこそ、夫婦でいられるんだなと思いました。

だけど共依存が強いと自覚している私は、まだ自信がなくて。

ともするとすぐにケイトさんの先回りをして用意周到に、時に過剰に手数や言葉をかけてしまいそうになる私がいることをわかっていました。だからやっぱり「離れて暮らす」という日常は私たちには必要だと考えていたのです。

避難用アパートを手放して、退院後のケイトさんとの生活に戻すということには迷いがありました。

 

3月20日。私はコートさんが運営する依存症回復施設に就職し、先輩スタッフのもとでご利用者様の対応を学び始めました。

ご利用者の皆さんはどなたも優しく私を迎え入れてくれて、通勤時間2時間でしたが念願だったコートさんの元で働くことができ、慌ただしくも毎日が充実していました。

 

 

そして4月17日。

ケイトさんが入院してちょうど3ヶ月、退院の日を迎えました。

その日、ケイトさんとお酒のない夕食をとりながら今後について話し合いました。(この頃は「シラフでいる」が日常になっていたので、私も安心して話すことができていました。)

・避難用アパートを借りていること

飲まないケイトさんとなら一緒に暮らしたいが、酔っているケイトさんのそばには居られないこと

・私も共依存から回復して自立した上で、ケイトさんと夫婦でいたいこと。

・私たちの今後について一緒に考えて欲しい

 

ケイトさんからは以下の返答でした。

・今は「もう酒は飲まない」と決めているけど、いつスリップするかは分からない

・避難用アパートは経済的に維持できるのであればしばらくそのままでもいいのでは?(ぶらうすが判断して欲しい)

・自分がアルコール依存になったのはぶらうすのせいではないし、ぶらうすが共依存だと思っていない。でも、ぶらうすが回復したいと思っているのならその気持ちは尊重する

・今までお金で苦労させてしまった。できるだけ早急に復職するつもりでいる。

 

結婚してからこんな風に本音で話し合ったのは初めてだと思います。

私たちは当たり前のことが当たり前にできていない夫婦でした。

 

結論として

・避難用アパートは「大丈夫」と思えるまで解約しない。

・もしケイトさんがお酒を飲んだら、ぶらうすはすぐに避難する。

・目的が「避難」であるから、アパートの場所は共有しない

基本的には夫婦として一緒に暮らす

ということになりました。

やってみてダメならまた考えよう!と。

 

こうして私たちの暮らしがリスタートしました。

ケイトさんはすぐに復職の意向を会社に伝えていましたが、会社からは主治医のOKをもらうようにとの指示でした。

ところが主治医からは「まだ退院したばかりなので、もう少しお酒のない生活に慣れてからにしましょう」と許可が下りず。

ケイトさんは外来通院するたびに復職したいと言っていたようです。

(実は、後でわかることなのですが、このとき主治医には懸念点があったのです)

 

ケイトさんは断酒を続けていて、そしてついに8月13日から復職することが決まりました。