カンファレンスの翌週、ケイトさんの入院先で開催されたアルコール依存症の勉強会に参加しました。

この日の講師はケイトさんが外来受診していたときの担当医ということもあり、参加してみようという気になりました。

最初にDVDを見たのですが、これが驚くくらいにまるでケイトさんのことを映し出してるんじゃないかと思うほど、アルコール依存症の病態が盛りだくさんでびっくり

(ケイトさんって立派なアルコール依存症患者だったんだポーンと衝撃でした)

 

と同時にケイトさんの心の中の葛藤や悩みを知った思いでした。

こんな風にして依存が強くなっていったんだろうな・・。ケイトさん、自分でもどうしていいか分からなかったんだろうなって。

そんなことがよく分かる作品でした。

その後、医師から依存症当事者の体と脳に起こる変化や、進行とともに現れる症状について詳しい説明があり、ケイトさんの体に何が起こっているのかが理解できました

内臓の疾患だけではなくアルコール性認知症も発症してしまうかもしれないことを知り、依存症がどれだけ難しい病気なのかがとてもよく理解できました。

 

 

勉強会後にはケイトさんが駅まで送ってくれました。

少し散歩しようと言われ、駅近辺を二人で散策ドキドキ

ケイトさんが外出届を出したら「奥さんと一緒なら安心ですね!笑って看護師に言われた。うるせぇよって思ったグラサン」と笑っていて。

 

散策しながら「この辺は飲み屋の誘惑があるからやめとこうキョロキョロ(←あなたの口からそんな言葉が出てくるなんて、信じられない!!目)」なんて普通に言ったりしていて、すごくびっくりしました。

 

またケイトさんは、断酒会のこと、院内でのこと、色々話してくれました。

喫煙所で煙草を一本くれと言われて一本あげたら、先輩患者にあげちゃダメと言われたとかで。

経済的な問題で小遣いに不自由してる人も多いから、貸し借りやあげたりするのはトラブルの元になるので良くないと。

断酒会への参加も職員の付き添いはなく、先輩患者が新入りさんを先導するとか。

「だからもう少ししたら今度は俺が指導するんだ」ってニコニコ

 

そうやって人間関係の構築の仕方を改めて学んでいく機会を増やしていくのだろうな。

入院は学びと気づきの機会なんだな。

 

ケイトさんは今、初めて本気で断酒しようと思っている・・・

この1週間でケイトさんの心の変化を感じ、お酒をやめる覚悟があるならまだ夫婦として頑張れるかも・・と思ったお散歩タイムでした。

ケイトさんがアルコール病棟に入院して2週間が過ぎ、1回目のカンファレンスがありました。

参加者は、ケイトさん・私・担当医・担当看護師・担当ソーシャルワーカーの5人です。

 

最初に看護師からケイトさんへ「入院してから自分の変化についてどう感じているか」という質問がありました。

ケイトさんは「プログラムで見るDVDは全部自分に当てはまります」「身体的には腕と脚のだるさがすっかりなくなりました」と。

次に2月から第2段階のプログラムに入る説明がありました。そして「第2プログラムに入って2週間後から自宅への外泊ができるがどうしますか」と。

先に私の意見を求められたので、私は「今は未だ難しいと感じます」と答えました。ケイトさんは私の気持ちを察したのか「僕もまだいいです」と。

すると看護師から以下の説明がありました。

外泊は自宅で生活する環境の中で、飲酒欲求をコントロールできるかどうかの練習でもあるので、一度も外泊しないまま退院するというわけにはいかないこと

・2回目のカンファレンス時に外泊の日程を決めること

 

実は、この日ケイトさんと会ってすぐに乱暴な受け答えをされて、私はとても嫌な気持ちになっていました。

”怖い”まではいかないけれど、長時間一緒にいるのは嫌だなと感じてしまっていたのです。だから外泊の話になったときにケイトさんを迎え入れる気持ちにはなれなかったのです

 

乱暴な言葉と言っても大したことではなくて。

最初は「(水筒の蓋を)閉めろよ!」にびっくりして。

次にカンファレンスのために病棟に入ったときに用紙に記入してネームを受け取ると言うシステムを知らなかったので、何もせずに待合室に立っていたら

「バッジは? 早く貰えよ!」と言われたのですが、私はケイトさんが何を言っているのか意味が分からなくて

「バッジって何?」と聞き返したら

「貰えってば!」と。

何だかお酒を飲んでいるときと変わらないなと思って悲しい気持ちになりました。そしてやっぱり強い口調は怖いと感じていたのです。

 

カンファレンスの中で、担当医から飲酒時のトラブルについてどうだったかと退院後の復職についての質問がありました。

飲むと感情がコントロールできないこと、喧嘩や物を壊したり自分を傷つけたりすることをケイトさんが振り返ると、担当医は

酒乱ですね。病的酩酊といいます。病的酩酊は人の信頼をなくすので、孤立しやすく、身体が壊れることとは違う大変さがあります。節酒ではなく断酒を目指して頑張るのが良いと思います。

 

職場復帰については、ケイトさんは「退院後すぐに復帰したい」と言っていました。今の職場がだめでも腕があれば仕事には就けるので、と。

 

私は、そういう考え方、変らないんだ、まだそんな風に思ってるんだ・・と感じました。料理にはお酒を使わないわけにはいかないのに、それでもまだ料理人ができると思ってるの?と・・・。

できれば料理人ではない他の仕事に向かってくれたらと思うけど、料理人を続けるか辞めるかはケイトさんが選択することです。

そういう境界線は認知できるようになっていました。

 

入院時の検査結果も聞きました。

糖が高い、肝機能が良くない、脳の萎縮がある・・。やっぱり、という思い。もっと早くに依存症だと受け入れていたなら、もっと早く医療に繋がっていたなら、と悔やまれました。

 

病院からの帰り道、LINEのやりとりでは優しさを感じるのに、会うと乱暴な言葉に聞こえるのは何故なんだろう?と考えていました。

多分ね、ケイトさんは私を怖がらせようなんてこれっぽっちも思っていないのです。無意識のうちに素の自分が出ている、若しくは私に甘えているだけなんだと思うのです。

それを裏付けるかのようにケイトさんはカンファレンスでもこう言っていました。

「俺、元々が短気なんで」

そして、私はそれを聞いただけで「怖い」と思ってしまっていました。

 

ただ、この日、ケイトさんにコートさんが運営する福祉施設に就職が決まったことを報告すると

「ふぅん、いいんじゃない」というだけの返答に傷付かずにいた自分に驚いていました。

以前の私ならきっと「そう! 良かったね!」と一緒に喜んでくれるはず・・という過度な期待をして、思うような反応のなさに憤りを感じていたと思います。でもこのときはなぜかそういう感情が全くなくて。

「私は私のやりたいように生きる」という意識が芽生えてきていました。

ケイトさんがアルコール病棟に入院して1週間、ケイトさんから電話がありました。

第一声の「おはよう」がとても優しい声で♡(それだけで感激してるラブ

だってね、ケイトさんから先におはようを言われたのは初めてだったのです(笑)。

しかも話し言葉の文章がちゃんと組み立てられてるから、何を言いたいのかが分かる!(飲んでる時はいつも支離滅裂えーん

アルコールの影響がないとこんなに違うものなんだなぁとしみじみ思うという・・。

 

「ちゃんとしたcoffeeが飲みたいから今度来る時、水筒に入れて持ってきて。」

はいはい。

昨日自分用に安い豆を買ってきたところだったけど、仕方ない、ケイトさんのためにちょっといい豆を買ってきて淹れてあげよう♪

でも、入院してたった1週間でこんなに変化するものなのかと驚きました。

まさしくアルコール依存症は病気なんだなと実感。

 

 

この日は午後からコートさんの施設で依存症セミナーでした。

今日はどんなお話が聞けるかな。そして私は何を気づけるかな・・

そんな希望を持ちながら参加しました。

 

セミナーではコートさんの真摯な姿を見ることができました。

参加者の多くは私と同じような依存症家族で、皆さんそれぞれに苦しい状況でした。

コートさんは常に冷静に人の話を聞き、的確な分析をし、少ない言葉で、しかも確実に相手が理解できるように、そして相手の心情に寄り添った受け答えをされていて、とても素晴らしいと思いました。

 

私は相手に感情移入してしまいます。その線引きがうまくできないのです。(何しろ立派な共依存症ですからガーン

更には人の話しを聞いているフリをして聞いていないときが多いえーん(これはかつて営業職をしていた時と、認知症の母の介護で身についてしまった悪癖だと思っています)

 

コートさんのように静かに冷静に心に寄り添える私になりたい!

もしもそんな自分になれたのなら、自分の心を見失うこともないだろうから。

それには今の私は無知すぎる。

 

依存症・共依存の闇の中にいるときに、私はどこに&誰に相談すれば良いのその選択肢があることを知りませんでした。

行政や民間のHPを見ても「一人で抱えずに第三者に相談しましょう」と書いてあります。

第三者って具体的にどこ!? 誰の事!? 

その具体的な第三者に相談するとどんなことがわかるのか示してよ。道を教えてよ、と思っていたのです(真っ暗闇の中にいたので、冷静ではなかったのだなと今なら分かりますネガティブ

 

迷って迷って、たくさん泣いて疲れ果てたとき幸運にもコートさんの施設に繋がりました。並行してメンタルケアのブログも見つけて、自己流ですが心の仕組みを学び始めていました。

私にとってこの二つはとっても大きな出会いでした。どちらか一方では闇から抜け出せなかったと思います。

コートさんから直接的な励ましと考えるヒント具体的な対応を教えてもらい、心理系のブログを読むことで自身の心を見つめる作業ができ両輪が揃ったことでようやく暗闇から脱出できたのでした。

振り返れば暗闇のあの時間は「必要」だったかもしれないですが、自分のことを自分が分からないと気付いたときは、本当に愕然としました。

当時と比べたら、ケイトさんが入院したこともあり、私のメンタルは大分回復しています。

 

まだ、依存・心理の世界のほんの入口に立ったばかりだけど、私と同じ苦しみを抱えている方の力になりたい。

力になれなくても寄り添いたい

コートさんやスタッフさんたち、専門職の方が存分に働けるような黒子になりたい

うん。そうだ!

私がなりたい姿はバックオフィスの黒子だ!

そもそも私は前面に立つのは得意じゃないし好きじゃない。陰で支える裏方が好き。そういう仕事がしたい。

採用されるかどうかは分からないけれど、今はできる範囲で依存症や支援や回復や心理や・・色々学ぶ努力をしよう!

 

そんな決意と希望に満ちていました(採否も分からないのにアセアセ

コートさんの施設の面接の日。

早く着きすぎて、カフェで時間調整。コーヒーの味もわからないくらいにドキドキしながら何度も地図を見て。

でもこのドキドキは緊張とは違う、ちょっとワクワクした感じでした。

 

そして面接は無事終了。

 

凄くワクワクした時間でした。就職の面接と思えないくらい楽しかったのです!

採否はわからないのに、私のなかで「ここで働きたい!」という思いは一層高まっていました。

そんな興奮冷めやらぬなか、帰りの電車内で朝からのあれこれを振り返っていました。

コートさん、施設長との面接で、当たり前ですが志望動機を聞かれました。上手く自分の気持ちを説明できなかったけど、「人の心に触れることに喜びを感じるから」みたいなことを話しました。

ここで一つの疑問が湧き上がりました。

あれ? でも、なんで他の仕事にこういう気持ちを感じなかったんだろう?・・・。

 

今までずっとサービス業がしたいと思っていたけど、どうも何かが違う気がしていて。

人と触れ合いたいけど、それはサービス業ともちょっと違うな・・とうっすら思ってはいたのです。

う〜〜ん、なんで??

 

でも帰宅してから気づきました。

サービス業に何故トキメかなかったのか。

 

サービス業は一過性。売ったらおしまい。(毎日会うわけじゃない)

でも「支援」は長く付き合う。長く時間をかけて分かり合い、共に前に進んで行ける仕事。しかも共に成長できる。それはお金に換算できないもの。

そう!! 「お金に換算できない」「こころが触れ合う」これが私には魅力的に感じていて、かつ大事に思うこと。これが仕事で得られたらいいなぁ。

だから、トキメいたんだなぁ・・

 

でも、やっぱり一番は「コートさんと仕事してみたい!!

あぁ、私は心の奥でこういうことに魅力を感じていて、こんな風に思ってたんだ・・・と気付いたのです。

 

また一つパズルのピースが埋まって、本当の私がちょっぴり見えた(自己理解が進んだ)気がして嬉しい気持ちの夜でした照れ

 

 

同じようなことで悩んでいる方へ

依存症や悪習慣を匿名で相談・克服したい方向けSNS『クイットメイト』というアプリがあります。
やめたいのにやめられない苦しみは、決してあなただけではありません。
私自身も共依存カテゴリでお世話になっていて、仲間がいる心強さを実感しています。
もし興味があれば、ぜひ選択肢のひとつとして考えてみてくださいね。

コートさんの会社宛に履歴書を発送して、晴れやかな気持ちのまま家計簿をまとめていたときに、ふと1年前の家計簿を見てみようという気になりました。

私は家計簿をつけるときにちょっとした日記のようなものも書き留めていたので、去年の自分たち(私が共依存だと自認できていないとき)がどんな状態だったのかを振り返ってみたくなったのでした。

 

そしたら・・

 

去年のお正月には既にお酒が原因でケンカしており、そして1/30には

「俺、アルコール依存症だと思う」とケイトさんが言っていたことが判明。

こんな大事な告白を私は何も気に留めることなくスルーしていたのです。

しかも

「お客様が飲んでいる様子を見ると飲みたい気持ちが押さえられなくなる凄く凄く飲みたいと思う。そういう自分が嫌だ。」

「俺はもう料理人ダメだ。この環境は辛い。」

「あんたがいいって言ったら料理人やめて農業をやる。そしたらもう飲まないから・・」と。

 

なぜこのとき、アルコール外来を受診させなかったんだろう・・こんなに苦しんでいたのに。

この時すぐにアルコール外来に繋がっていたなら、こんなに苦しむことはなかったかもしれないのに・・ととても悔やまれました。

 

でも、一年前の私はケイトさんがアルコール依存だなんて少しも思っていなかったんですよね。

お酒のトラブルは始まっていて、喧嘩するくらいお互いに傷ついていたのに。

当時の私は、アルコール依存症という言葉も知らなかったし、まして共依存症なんて聞いたこともなかった。

ケイトさんについては「深酒になりやすくて、酔うと悪酔いする人」というくらいの認識で。

だからケイトさんの苦しみに(本当の意味で)寄り添うことができなかった・・

 

でも、アルコール依存症と共依存症を自認している今ならよくわかります。

ケイトさんがどれだけ辛かったのか・・

そして、こうして苦しい胸の内を曝け出してくれていたこのときが治療に繋ぐことができる一番のチャンスだったということも。

 

でも、私たちはここからさらに転げ落ちて行かなければ自分たちがいる場所に気づけなかったのです。

私たち夫婦は、精神的・肉体的・経済的にとことんボロボロになって、初めて「何かがおかしい」「もう苦しすぎて辛い」と気づけたのでした。

 

そして、私がいかに長年にわたってケイトさんに対してイネイブリングを続けてきたのか、このとき始めて気がついたのです。

思い返せば、ケイトさんは何度も「お酒、やめようかな」と言っていたのです。

その度には私はなぜか居心地が悪くて「やめなくてもいいんじゃない? ちょっとだけにしたらいいんじゃない?」などと言ってはケイトさんの好きなお酒を用意していました

お酒をやめよう、やめなければと思っていたケイトさんの足を引っ張ったのは紛れもなく私でした

 

依存症が関係性の病と言われる所以をこのとき始めて、ようやっと理解できたのでした。