ケイトさんがアルコール病棟に入院して2週間が過ぎ、1回目のカンファレンスがありました。
参加者は、ケイトさん・私・担当医・担当看護師・担当ソーシャルワーカーの5人です。
最初に看護師からケイトさんへ「入院してから自分の変化についてどう感じているか」という質問がありました。
ケイトさんは「プログラムで見るDVDは全部自分に当てはまります」「身体的には腕と脚のだるさがすっかりなくなりました」と。
次に2月から第2段階のプログラムに入る説明がありました。そして「第2プログラムに入って2週間後から自宅への外泊ができるがどうしますか」と。
先に私の意見を求められたので、私は「今は未だ難しいと感じます」と答えました。ケイトさんは私の気持ちを察したのか「僕もまだいいです」と。
すると看護師から以下の説明がありました。
・外泊は自宅で生活する環境の中で、飲酒欲求をコントロールできるかどうかの練習でもあるので、一度も外泊しないまま退院するというわけにはいかないこと
・2回目のカンファレンス時に外泊の日程を決めること
実は、この日ケイトさんと会ってすぐに乱暴な受け答えをされて、私はとても嫌な気持ちになっていました。
”怖い”まではいかないけれど、長時間一緒にいるのは嫌だなと感じてしまっていたのです。だから外泊の話になったときにケイトさんを迎え入れる気持ちにはなれなかったのです。
乱暴な言葉と言っても大したことではなくて。
最初は「(水筒の蓋を)閉めろよ!」にびっくりして。
次にカンファレンスのために病棟に入ったときに用紙に記入してネームを受け取ると言うシステムを知らなかったので、何もせずに待合室に立っていたら
「バッジは? 早く貰えよ!」と言われたのですが、私はケイトさんが何を言っているのか意味が分からなくて
「バッジって何?」と聞き返したら
「貰えってば!」と。
何だかお酒を飲んでいるときと変わらないなと思って悲しい気持ちになりました。そしてやっぱり強い口調は怖いと感じていたのです。
カンファレンスの中で、担当医から飲酒時のトラブルについてどうだったかと退院後の復職についての質問がありました。
飲むと感情がコントロールできないこと、喧嘩や物を壊したり自分を傷つけたりすることをケイトさんが振り返ると、担当医は
「酒乱ですね。病的酩酊といいます。病的酩酊は人の信頼をなくすので、孤立しやすく、身体が壊れることとは違う大変さがあります。節酒ではなく断酒を目指して頑張るのが良いと思います。」
職場復帰については、ケイトさんは「退院後すぐに復帰したい」と言っていました。今の職場がだめでも腕があれば仕事には就けるので、と。
私は、そういう考え方、変らないんだ、まだそんな風に思ってるんだ・・と感じました。料理にはお酒を使わないわけにはいかないのに、それでもまだ料理人ができると思ってるの?と・・・。
できれば料理人ではない他の仕事に向かってくれたらと思うけど、料理人を続けるか辞めるかはケイトさんが選択することです。
そういう境界線は認知できるようになっていました。
入院時の検査結果も聞きました。
糖が高い、肝機能が良くない、脳の萎縮がある・・。やっぱり、という思い。もっと早くに依存症だと受け入れていたなら、もっと早く医療に繋がっていたなら、と悔やまれました。
病院からの帰り道、LINEのやりとりでは優しさを感じるのに、会うと乱暴な言葉に聞こえるのは何故なんだろう?と考えていました。
多分ね、ケイトさんは私を怖がらせようなんてこれっぽっちも思っていないのです。無意識のうちに素の自分が出ている、若しくは私に甘えているだけなんだと思うのです。
それを裏付けるかのようにケイトさんはカンファレンスでもこう言っていました。
「俺、元々が短気なんで」
そして、私はそれを聞いただけで「怖い」と思ってしまっていました。
ただ、この日、ケイトさんにコートさんが運営する福祉施設に就職が決まったことを報告すると
「ふぅん、いいんじゃない」というだけの返答に傷付かずにいた自分に驚いていました。
以前の私ならきっと「そう! 良かったね!」と一緒に喜んでくれるはず・・という過度な期待をして、思うような反応のなさに憤りを感じていたと思います。でもこのときはなぜかそういう感情が全くなくて。
「私は私のやりたいように生きる」という意識が芽生えてきていました。