4月に入り、以前にバイトしていた病院で再び内視鏡を握るようになりました。
一度辞めた病院に舞い戻るなんて、そんなにないことでしょう。医者に限らず他の職種でも、「辞めた職場でまた働く」なんて、そうそうないはず
なぜその病院に舞い戻ったのか…⁉︎。理由はありました。
それは、その病院で働く外科の先生と再びタッグを組みたかったから💪
キレッキレの外科医で、一人何役もこなしていた先生を私は心底リスペクトしていました。そして先生もまた、チャキチャキの私に信頼を置いて下さっていたので、イケイケコンビ再結成したかったのです。
何ヶ所かの病院を掛け持ちで内視鏡を握っていると、それぞれの病院の長所と短所が見えて来ます。1ヶ所の病院だけだと他と比較が出来ないため、よりよくしていくための工夫が難しい。それもまた、その病院に戻った理由の一つでした。
ところが。
先週、病院を訪れるなり、懐かしのスタッフが「先生、外科のA先生、お辞めになったんですよ」と驚愕の事実を知らせたのです
えーーーっ‼️
「私、A先生と仕事したくて戻ったんだけど」
スタッフは、私がその旨を知って戻って来たと思っていたそう。
そんな、知らなかったよ〜😱
週末も祝日も休むことなく患者さんの様子を見に来られていたA先生は、ある日突然燃え尽きてしまい、「かつてのオーラが消えていた」と、とても分かりやすい言葉で説明してくれました。
そこに行き着くまでにいろんな事があったのでしょうが、やる気満々でガンガンにオペしていたA先生しか知らない私には、ただただ「信じられない…」の言葉しか出て来ませんでした。
A先生の話は他人事とは思えなくて、「根を詰めすぎちゃいけないな、どこか緩さを持っていなきゃ心がついていかなくなることがあるんだな」と、自分への教訓になりました。
一方。
身をつまされたようにA先生の事を反芻していた先週、目の前には日に日に陽キャラに変身していく夫の姿がありました。
先月、義母を亡くした夫😂。 お母さんロスでチョイ鬱状態になるんでは⁈と内心心配していたのですが、何が何が! 現実はその反対でした。
生き生きした表情で毎朝鏡に向かって「毎日頑張ろう❗️」と自分にエールを送り、高校の同窓会で久しぶりに会った同級生達に「僕は妻推しだから✌️」と言って皆にドン引きされた話をニコニコしながら私に告白し、挙げ句の果てにはクリーピーナッツの“ブリンバンバンボーン”を口ずさむ声が夫の部屋から聞こえて来るという…😅。
いろんなことから吹っ切れて、「楽しく生きよう!」と決めた姿のように見えました。
昨日のこと。
東京で開催された神人さんの講演会に行って来ました。
「自分が変わったら、周囲に与える影響は大きい。特に親子、中でもお母さんが変われば即子供に影響を与える。たとえ母子が離れて暮らしていても、ちゃんと伝わるもの。お母さんやおばあちゃんの存在が(かつての日本では)すごく大事にされていた。」の言葉が印象的でした。
93歳で亡くなった義母はとても鷹揚な人でしたが、「子供達に迷惑をかけたくない…」とどこか遠慮していた気持ちが、夫の心に小さなトゲになって刺さっていたのかもしれない…。
小さなトゲが夫にとって小さな違和感となって、長年積もり積もって自分らしさからかけ離れた姿になっていたのかもしれない…。
60代後半でようやくなんらしがらみの無くなった夫は、生まれ変わったかのように毎日を楽しんでいます。
「こんな一面があったとは…😆」とびっくりするくらい軽やかで、子供みたいに素直なおじさんに変身〜(笑)🌿
そんな姿を見る度に、本来の自分に戻ることがどれだけ生きやすく、周囲に安心や優しさといったピースフルな影響を与えるのかを実感します。
A先生にとって燃え尽きたタイミングこそ『進路変更』のサインで、「このまま行ったら命まで危ないよ!」の危険信号が点滅していたのかもしれない。
大きな視点で見ると、全ての出来事にはちゃ〜んと意味がある。
大きな視点に見守られ、生かされている“今”に感謝し、味わうこと。
ただそれだけなんじゃないかなと。
思考や感情もまた『選択』していることが分かると、笑顔になれる選択をしたくなるもの。
それがそのまんま周囲に与える影響になり、そのまんま自分に返って来ますから。
よりよい選択をするかしないかは、自分次第なのです✨
鎌倉の夜桜🌸
🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸
【開催告知】
4/26(金)に、鎌倉garden&spaceくるくるさんで、お話し会を開催します❗️
今回は、イラストレーターのゆかりんさんとのトークイベント。テーマは、『やっぱり人が好き❤️』。
ゆかりん&Dr.恭子の“今ここ”を生き続ける秘訣が聞けるトークイベントに、ぜひお越し下さい🤗
ワラーチ作りワークショップや、ゆみねーさんの絵本の読み聞かせも同時開催です。
お楽しみに‼️