出入橋 (大阪市北区曽根崎新地) | 穴と橋とあれやらこれやら

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初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

2022年10月30日、仕事で大阪に出たついでに、訪問先ほど近くにある「気になっていた物件」に寄り道した。ええ、これは、サボりではありません。「立ち寄り」でございます(笑)。

 

 

はい、いきなりドン。

阪神高速の下にうずくまる、古色蒼然たる橋。現在地こちら

 

 

 

 

お名前は、

右書きで「でいりはし」。

 

 

 

 

そして、傍らから覗きこんで、わかることが2点。

1点目は、跨ぐべき川がすでにないこと。

 

 

 

 

そして2点目は、

鋼製橋であること。下路プレートガーダー橋だ。好きなやつ~。

 

 

 

 

でも通行者目線で見れば、

コンクリ+石の高欄。このいい意味での「体裁の整え」感がいいんだよな~。

 

 

 

 

こちらの親柱は、

漢字で「出入橋」。

 

 

 

 

側面にしつらえられた、剛健なサドルたち。

 

 

ブッとい鉄管を載せていたのだろうか。リベット打ちのシブさも含めて、たまりませんなこれは。馬鹿どもによる落書きは最低だが。

 

かつてこの橋は、堂島掘割(梅田入堀川)という水路に架かっていた。頭上をゆく阪神高速池田線の建設(当時は空港線)に伴い、昭和40年前後に埋め立てられたらしいのだが、

 

 

橋はこうして残され、

往時を偲ぶよすがとして令和の世を生きている。

 

 

 

 

これなんだ?

照明が埋め込まれてたとか?

 

 

 

 

わかりにくいが、

すぐむこうを国道2号が走っている。

 

かつて国道2号は堂島掘割を「新」出入橋で渡っていた。が、国道の拡幅に伴い、昭和末期頃には姿を消したということだ。「新」のほうが先に逝く…人間だけじゃなく橋の世界にもそういうことはあるんだ。

 

 

 

 

西側より。

ただそこに在る。その感じがいい。

 

 

 

 

 

 

おっ!銘板発見!

「昭和拾年 株式會社横河橋梁製作所 大阪工場製作」。おお。お誕生日が判明した。

 

この時はズームが致命的に弱いスマホ撮影だったんで、これが限界。でもなんとか読み取れた。

 

 

 

 

 

 

 

そしてこれ。もうすでに撮った親柱(とは呼ばんか)だけど、

なんで撮り直したかわかりますかね?

 

 

 

 

裏から見るとわかるかも?

そう、これたぶん、袖高欄の遺構よね?

 

 

 

 

そして、こっちに回り込んだことで気づいた。

側面にお誕生日銘板があったわ!「昭和十年七月竣工」。先の銘板ともども、見落とさなくて良かった。

 

 

 

 

とっくの昔に埋め立てられた掘割に架かる、無用の橋。

誰がどういう判断で残したのかは知る由もないが、その決定にただただ感謝。今もこの橋を渡ることができて、触れることができる。ありがたい。

 

 

 

大阪に残る「元」橋といえば、だいぶ前に記事にした万年橋。ヤフブロ時代のヒット記事(笑)でございます。今回の記事は、この万年橋と金屋橋を足して2で割ったような感じになったかな。実は記事にしかけて今年アタマから寝かせてたんだが、やっと書けた。

 

 

 

以上。