熊野街道・姉妹水(妹橋)とねじりまんぽ(姉橋)【6】(三重県多気郡多気町色太/大台町栃原) | 穴と橋とあれやらこれやら

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初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

【5】より続く。

 

 

これまた7年ぶりの再訪となる、「姉妹水」。

大きなお変わりなく、何よりだ。改めて見て、なんとも異様な…客観的には、桁橋の橋台部分が水路隧道になっている…的な。

 

 

 

 

これは、2011年4月の初訪問時。

発見者であるおろろんさん、よととさん、ピカさん含め、集いし変態の皆様。

 

 

 

 

皆が食い入るように見つめる、その視線の先にあるのがこの扁額。

これこそが、再訪したかった理由そのもので。

 

 

 

 

流麗な右書き(草書体?)で刻まれた

「姉妹水」。これを撮り直したくって。

 

実際、すぐにこれの撮り直しに取りかかって、ああでもないこうでもないと10枚以上撮影したんだが、

 

 

 

 

記事上それは後回しとし、先に洞内を。

ポータル含め完全に総コンクリ製。これをよく覚えといていただきたい。

 

 

 

 

呑口側に流木が引っかかっているのが見えているが、

初訪問時もこのとおり、洞内にまで木が突っ込んでいた。

 

 

 

 

外からだと、この惨状。

今やアルプさん顔出しされてるけど、ちゃんと隠します(笑)。

 

 

 

 

で、これが再訪時なんだが、

初訪問時よりマシとはいえ、やはり流木が引っかかっている。クランク状に曲がった川道の外側に隧道…そりゃまあそうなるか。

 

 

 

 

コンクリポータルだが、アーチ部にはアーチ環っぽい文様が刻まれていて、

要石部分は五角形で、少し突出している。…いや、手前側の疑似アーチ環が剥がれたためにそう見えるだけか?

 

 

 

 

ポータル最上部は、

笠石的な仕上げ。

 

これら古典的な隧道のフォーマットを踏襲した仕様から、けっこうなコンクリ初期の物件であると疑われた。

 

 

 

 

そして、桁橋部分。

谷積みの橋台は、手前側が大きく損壊したとおぼしき補修痕があった。

 

 

 

 

引きで、上流側全景。

次回に述べる状況的に、先に水路隧道があって、後に桁橋部分…つまりあらたな川道を作って、いわば拡幅したような状態なのかと。

 

そりゃああの隧道一本でスムーズな流下は望めないだろうから、そうするのはわかるし、むしろなぜ最初隧道のみにしたのか、そしてなぜ川道拡幅時に隧道が撤去されなかったのか、理解に苦しむ…というのは、客観的に見てのもの。趣味者としては、よくぞ残してくれた!に尽きる。なぜなら…詳しくは次回に(笑)。

 

 

ちなみにQ地図様によれば、あの桁橋部分の名称は「無名橋1」、そして完成年は「不明」。川道拡幅と同時になんらかの橋は架かったものと思われるが、現在の桁橋が「初代」なのかも不明だ。

 

 

 

さて、次回【7】、「姉妹水の秘密」を。