【1】より続く。
それではいよいよ、
旧隧道にごたいめーん。
無骨な感じのコンクリポータルだが、
あるべきものはしっかりと設えられているね~。
そう、扁額!
右書きも力強い筆致で、「七曲隧道」。
左端に刻まれた揮毫者は、
「廣島縣知事 大原博夫書」。
調べてみたら大原氏、1951(昭和26)年1月から1962(昭和37)年4月まで(ほぼ)三期にわたって県知事を務めていたようで、当然ながら隧道の完成もこの間のどこか、ということになる。ビジュアル的にも矛盾はないかな。
「山形の廃道」様が公開している隧道リスト(道路トンネル大鑑)によれば、昭和32年完成、延長は…え?えーと、延長は…いやっこれ、どう考えても間違いやろ!
26.3mって!
恐れおののきながら今度はトンネルリスト(平成16年度道路施設現況調査)をあたってみたら…なんのことはない、正解は263m。小数点間違いかーーい!全然違うし!
しかもこちらでは、完成は昭和31年となっていて微妙な誤差がある。ちゃんと完成年も扁額に刻んでおいてくれたらよかったのに…(笑)。
さて、改めて正対してみて…。
ダメ押しのガードレールで車両完全シャットアウト、そしてネットで封鎖もされている。
あーあ、これでは内部潜入は叶わないか…
…いや、
これは?
これは?
なんだ?
…って、
あれ?ここは?
おお…
強く念じた結果、またしてもイリュージョンを現出させてしまったようだ。この遠征初日一発目のココに続き…まああまり乱用するものじゃないが、行ける限りは行く。
オールコンクリ巻きらしい洞内、
洞内随所に、こうした照明の残骸が残っている。
中には、
こうして落っこちているやつも多数…。
決して広いとはいえない幅員は、
隧道リスト(道路トンネル大鑑)によれば4.5m。さすがにこれは小数点間違いはないだろう。
県道の隧道だけあって、
もちろん舗装済。
全体的に、
状態はよかったように思う。典型的な、路線改良による放棄という印象。
さて、いやに長く感じた26.3m(笑)を抜けて、
西側坑口が目前。来たはいいけど、出られるのか?
【3】に続く。














