【3】より続く。
堤山隧道を抜ける。
そそるなあ~、この景ときたら。
抜けて振り返り。
なんか…モッコモコのムッキムキ(笑)。マッスル隧道って感じ。
技術的なことはわからないが、いやマジでよく掘ったなあ、というのが素直な印象。
こちらにもAバリが置かれていて、
同じく「落石注意」。でも寝てらっしゃるけど(笑)。改めて、こういう隧道がちゃんと管理されてる(されてた)のに驚いた。
そもそも、この隧道と市道畝畑1号線という道について、何もわかっていないに等しい。ただひとつわかっているのは、この隧道と栗須吊橋の完成年が、それぞれ昭和25年と30年だということだけ。
例えば、この素朴な石積みとか、
これの時代考証…隧道と同時、昭和25年のものと言われればまあそう見えるけど、もっと古いことだってあり得るわけで。隧道も戦後に掘られたにしては、なんか粗削りすぎるというか…要は、いろいろ疑ってかかってしまってる、ということで(笑)。
ちなみに、洞内では発破痕もしくは削岩機のロッド痕など工法を示す物証を探したはずだが、写真を見返した限りでは発見できなかったようだ。
この熊野川町による看板、味わいありますな~。
これはさすがに昭和20年代まで遡るものではないだろうが。ちなみに熊野川町が平成の大合併で新宮市の一部となったのは、2005年10月のこと。
改めましての、
堤山隧道・奥地側坑口。
…んで、わたくしここで発見してしまった。
坑口の直上に…
なんかあるぞ?
パッと見てあるものをイメージしたが、あんな場所に?これは確かめねばならなーい。
つうわけで、
隧道右脇からガシガシと直登。下に見えてるのはAバリである。
さて、接近してみれば、やっぱり。
これは、コンクリート製の枡に見えるが…?
ビンゴ。
やっぱりそうだ。コンクリート製の枡。内部は…久しく使われていない感。
当たったのはいいが、その使途・設置目的については皆目見当がつかない。ここは隧道直上で、水が集まるような位置ではないから、集水桝ではないと思うのだが、じゃあ何?
上に登って、和田川の谷方向を見下ろしてみた景。
さすがに栗須吊橋も、県道も見えない。
気づかれると思うが、この枡が設置されている場所は窪んでいて、峠の鞍部のような掘割状になっている。もともと実際に掘割(つまり隧道ができる前の旧道)だったのか、枡設置のための土工なのか。
いや、不明点が多すぎですやんか~。
とりあえず、現場ではブツを確認できたので、満足して降りた。
さて、最大の目的である堤山隧道には早々に到達、記録を果たした。いつもならばここで引き返すのだけど、今回はもう少しこの「畝畑1号線」を追いかけてみようと思う。そう、とりあえず「堤山1号橋」までは行ってみたいかな、と。
つうわけで、進軍再開…だが、
のっけから、香ばしいものが出迎えてくれてるじゃないの~。
【5】に続く。











