追憶の新門前橋 (京都市東山区中之町~西之町) | 穴と橋とあれやらこれやら

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

 お気に入りの橋が、記事にする前に架け替えられるとショックなものでしてね。

 

 

これまでにもいくつか記事にしてきた、架け替えられた橋の記録。今宵も、そういうやつを。撮影は2011年6月24日。この日のネタで記事にしているのは大和橋

 

 

 

 

タメなく登場。

京都祇園のロケとかで非常によく出てくる場所…の、一本北の道(笑)。新門前通りという。

場所はコチラ。これは東側より撮影。

 

 

 

 

 

 

 

なので、橋の名称も新門前橋。

いわゆる「旧」がそばにあるわけじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

渡る川の名は、白川。

親柱と一体化した、なかなかに個性的な高欄。石造か?やさしい丸みを帯びた造形が実にいい。

 

 

 

 

 

 

上流側からのサイドアングル。

外側はまた違うテイスト。石の上からモルタルで化粧してるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

内側から見ると、

石?人造石?で組まれているのが目視できる。いいなあこの開口部も。

 

 

 

 

 

 

 

渡って西側、向かって右の銘板。

「しらかは」。

 

 

 

 

 

 

 

で、左が

「しんもんぜんばし」。

 

 

 

 

 

 

あれ~、お誕生日がないやん…と、この外側をのぞきこんでみたら、

イエーイ、発見(笑)。

「昭和十一年九月竣功」。戦前橋だった。

 

 

 

 

 

 

 

このひび割れを見ると、

やはり上からモルタルをかぶせてるっぽいな~。

 

 

 

 

 

 

改めて西側から。

いや~、地味ながら実に味わいが深い。ある意味京都っぽい、いい橋だった。

 

 

 

 

 

 

 

で、月日は流れて2018年3月14日。

 

昼休み中の仁丹看板ハント(笑)で久々に通りかかったら…

あらららら!!

めっちゃしょーーもない橋に架け替わっておりました。これは酷い。

 

あーーあ、やるせない。街並みに溶け込んだ、いい橋やったのになあ…。

 

 

 

しかしなあ。架け替えはしかたないにしても、観光都市・京都、しかも祇園なんやから、もうちょいこう…考えてほしかったなあ。

 

 

 

 

…という、喪われた橋の記録でありました。