戸倉の続きをやる前に、ちょいとブレイク。
今宵の小品、時系列で言えば、明日からご紹介する予定の「戸倉隧道若桜側および魅惑のあれこれ」(笑)探索を終えてから立ち寄ったのだが、実際はそこへ行くまでの旧道にあるので、スピンオフ的に…。
よって当然、日付は同じ2015年8月23日。
先述のとおり、コレは現道へ戻る途中に立ち寄った。
ご覧のように、大きなカーブの途中。
アウト側にあるのは…
実にステルスな、橋の高欄!
正直言って、行きには気づかなかった。カーブの途中でもあるし、何よりまったく目立っていない。
親柱があるようだが、何か情報があれば…おっ!
「昭和三十年十一月架設」。お誕生日判明!
昭和29年建造の戸倉隧道よりも1年遅いのが謎だが、まあこの小さな沢程度、工事期間中は仮設橋で対応してたんだろうか。
で、向こう側の親柱は…
「くらたに●●」。えーと、コレがお名前よね?
下端が苔むして判読できない。まさかの河川名ひらがな書きの可能性もゼロではないが、まあほぼ「はし」か「ばし」のどっちかだろう。
※あーやんさんの記事を見たら、「ばし」だった。「は」は変体仮名が使用されていた。
ってことで、これがお名前と判断したが、漢字表記が不明だ。
じゃあ反対側の高欄をチェック…って
ないし!
つうか、遠くのガードレールがそれなんだけど(笑)。
先ほど、まったく目立ってなかったんで行きには気づかなかった、と書いた、その理由がコレ。廃道としては異例な、とんでもなく広いこの幅員のせい。走り屋対策なのか中央分離帯まであって、行きにはさらに気づかない。
というわけで、お誕生日と仮名でのお名前だけが判明した、ごくささやかな(でもめっちゃ広い)この橋。こういうのも嫌いじゃございません。
道の様子もあいまって、
なんとも廃橋らしくない廃橋でありました。
以上、完結。
…っで、戸倉の続きへ(笑)。