【隧道後篇】より続く。
初代・唐尾隧道。
なかなかの逸品だった。
8時22分、隧道を後にして、
東側(龍神側)旧道探索へ。
のっけから廃道あるある、
なぜかどんな廃道でも見つかる(言い過ぎ)、碍子ハケーン。
ホント、どこでも見つかるよな~(笑)。
とか言ってるうちに、最初の右コーナーがやってきたが・・・
Oh!ナイス石積み!
西側旧道では見られなかった規模の、堂々たる石積み土留め登場。
その上から見下ろした景がコチラ。
トンネルを抜けてきた現道が。
後で見てみたら、今立ってるこの石積み土留め、現道からも確認できた。
ちなみに、ココけっこう切り立ってんですよ(笑)。
そして・・・
次なる刺客・・・もとい、遺構が現れましたぞ。
コンクリ製の
駒止め!
しかしサイズがデカイな。林道規格か?
その先。
今日イチで道幅の広いところが。
思えば隧道前でもかなり狭かったが、なんでこの場所がここまで広く取られたのかは謎。
そして、そこから程なく。
あ・・・
あ――出た!
石組み水抜き暗渠だ!
次から次へと道路遺構登場!
素晴らしいじゃないか!
が・・・んん?待てよ、コイツは・・・?石じゃないな?コンクリか?
論より証拠、覗いてみよう(笑)。
んーー。コレは・・・やはりコンクリ。かな?
側壁には型枠痕があるから場所打ちコンクリっぽい。それにコンクリの蓋を載せてる感じか。なんでこんな造りになってるんだろう?
この道の古さと隧道の建造年次がイコールではないかもしれないが、もしそうだった場合、昭和14年にもなれば、すでにプレキャストのコンクリカルバートとか存在していたように思うけど。・・・まあこんなことをツラツラと考えるのも楽しい(笑)。
道草終了~。
しかしこの東側旧道、
西側に比べて圧倒的に遺構が豊富&歩きやすい。
実に雰囲気がよろしい。すこぶるGOODだ。
なんだけども、言ったそばから・・・
どうもあの先、ヤバいんじゃないの?
【後篇】に続く。