本日はあの日からまる2年。やるかどうか少し迷ったけど、やろうか。
関西からみれば遠く離れた被災地ではあるが、あの当時(そして時は巡って今また)自分の仕事の担当エリアは東北で、その一か所が石巻だった。その縁で、震災前年の夏には仙台~石巻、女川のあたりを、そして震災2か月前には松島~東松島あたりをのんびりと(でもないが)巡る機会もあった。
徐々に暮れていく中で現地とはまったく連絡がつかず、そしてテレビ画面からは信じがたい映像。あの時の何とも言えない…腹の底が冷え冷えとするような感覚は鮮明に覚えている。(幸いウチのスタッフは全員無事だった。悔しくも仕事関係で亡くなった方もおられたが…)
まあそんな感じで、「遠くに住んでいるけど無縁ではない」というのが、自分と被災地の関わりである。だから、今日という日には、やはり反応してしまう。
2013年3月8日、出張の中で仙台で1日の休みを得た自分は、ぜひ行ってみたい橋があった。
それがここ、仙台市若林区荒浜、貞山運河に架かる深沼橋。ご覧のような「容易に想像できてしまう」場所。そう、津波による甚大な被害がでた一帯である。
県道10号から県道137号に入り数百m、見えてきた深沼橋。
思わず棒立ちになってしまった。そして思った。「よくぞ残った!」と。なにしろ周囲はすべてはこんな感じなのだ。自分はどうなんだと言われれば苦しいが、間違っても観光気分で行ける場所ではない。
親柱には「竣工昭和十年」での銘板があり、実は土木学会選近代土木遺産Cランク物件でもあるのだが、これより新しそうな橋が壊滅しているのを何箇所も見かけた。その後だけに、この残り方には心震えた。
横から見るとこんな感じ。実に重厚な感じのRC充腹アーチなのである。