【2】より続く。
なんもねぇじゃねぇか!?
とか書いたものの、実はすでに小さくホームが見えている(笑)。
(ようやく)ここらあたりで、押角駅について書いておこう。この駅が注目されだしたのは、「秘境駅」という新しい鉄道趣味の切り口が提唱されたことがきっかけだろう。今日至るこのブームの火付け役かつ第一人者である牛山隆信氏による「秘境駅ランキング」によると、この押角駅は堂々の第6位。この周辺立地を見れば、むべなるかな。だが、ブーム以前からの鉄にとってのこの駅は「かつてのスイッチバック駅」というキーワードが大きい。
ご存じない方のために書いておくと、スイッチバックとは急勾配を克服するために線路をジグザグに敷設して高度を稼ぐというものだが、そこに停車場を設置する際には、急勾配の本線上ではなく平坦な引き込み線を本線から分岐させ、そこにホームを設置することになる。
ここ押角も駅の前後は1000分の30~33パーミル(1000m走って30~33m登る)という、鉄道としては相当な急勾配の只中にあり、スイッチバック方式が採用されていた。しかも、その形式は貴重な通過不可能型、いわゆるZ型である。
この形式こそスイッチバックの中の「王」。つまりその駅に停車する必要があろうがなかろうが、Z型の後進・前進を行わないと、その先へ進めない線形なのである。
Z型でもっとも有名なのは島根県にあるJR木次線・出雲坂根駅だろう。あれはまさに、「実物大の鉄道模型」。感動必至だ!そして熊本県のJR豊肥本線・立野駅の雄大な大Z、同じく九州で美しいホームと駅舎でも知られる肥薩線の真幸駅、そして大畑駅。ここは日本唯一の「ループ線の途中の駅」としても有名なところ。現存するZ型はこれで全て。いずれも鉄道名所ともいうにふさわしい、素晴らしい駅たちである。
そんな貴重なZ型であるが、押角駅のそれは1972年、廃止…というか運輸上で言えば解消された。想像だが、もしかすると機関車牽引による貨物列車がなくなったからではないだろうか?気動車、しかも短編成であれば、ある程度勾配上でも発着が可能だっただろうから。
そんなわけで、改めて見てみると、本線右側の細長いスペースはかつての引き込み線であることがわかる。その奥に建物が見えるが、あのあたりに駅舎があったらしい。その手前にはホームも残っているとか。以上のことは、この記事を書くにあたって初めて知った。そんなことなら絶対見に行ったのに(泣)。ちなみに画像右寄りに少しだけ写っているのが、渡ってきた橋。
訂正)
というわけで、【2】において「駅付近にある建物は下流側にある二つのみ」というニュアンスのことを書きましたが、それは誤りでした。訂正いたします。てか、最も大事なのを見落としてたし。
ここでもう一つお話を。
なぜ現役鉄道駅への唯一のアプローチルートである橋が立ち入り禁止になっていたのか? それは、この押角駅を含むJR岩泉線が2010年7月31日に発生した土砂崩れによる脱線事故により、運休となったままだから。
国鉄時代はもとより、JR東日本管内でも随一の赤字不採算路線であった岩泉線。復旧させるには全線において新たな安全点検を行わなくてはならない。となると…
もう二度とここに列車はこない、という可能性は、極めて残念なことだが、否定できない。
列車の通わなくなったレールは、急速に赤錆びていく。JR東日本はすでに「鉄道復旧を断念、バスによる輸送を継続」という「方針」を発表しているものの、岩手県との協議はまだ続いているとのこと。決着が気になるところである。
これは国道沿いにあった代替輸送バスの時刻表。
…って、いっしょかい!!(大爆)