【前篇】より続く。
現れたのは、経年感皆無のピカピカ橋。コレは想定外。
向かって右の親柱には「高知川」(あれ?小津川だと思うけど…)。そして左の親柱には
「木天蓼橋」。やはりコレか!
何が想定外って、まさかこんな橋だとは!見た目の新しさもさることながら、この型式は
直路式吊床版橋…って、植生が・汗
吊床版橋とは、平たく言えば張ったワイヤーの上を直接渡れるようにした、吊り橋の一種。架橋技術的には新しい部類に入る型式で、主に歩行者用橋に用いられる。調べてみたところ、1967年、スイスで架けられたfaffikon橋(橋長40m)が、世界初の歩行者用吊床版橋だそう。おお、同い年(笑)。ちなみに国内では1968年、大阪万博会場に架けられた万博9号橋(橋長19m)が初の施工とのことだ。
で、それ以降も各地で架けられているから、レア中のレア!ってほどではないが、どこでもゴロゴロしてるほどでもない。個人的にはけっこう「おお~!」となった。しかもこういう状態になってるものは、全国的に見てレアじゃないか?
さて、と。
渡りますよ、もちろん(笑)。
いや~エライことになってますね。
おおー、けっこう高い…。これはなかなかのスリルですなあ。
ぅわ~…
ぶへぇ(草が口に入ったw)
そうしてようやく対岸の光景が。
旧道入り口にあった看板には、「木天蓼橋より下流 全面通行止」とあった。自分の理解としては、「橋の近辺、もしくは橋そのものに問題があり、この遊歩道を向こう側のトンネル坑口横までは完抜けできませんよ」、という状態を想定していた。半分はその通り、遊歩道はゴッソリ逝ってたが、実際のところ遊歩道の「全面通行止め」には、橋そのものはまったく関係なかった。てか、
ちょ、
向かって左の親柱。
「またたびきょう」。ここで初めて読み方を知る。「またたび」よりも「きょう」に驚き。「橋」と書いて「きょう」と読ませる親柱は、実はなかなかレアだ(「~歩道橋」とかいうネーミングの橋は除く)。そして右側の親柱。
「平成八年三月」。
自分史上、最新の廃橋、現る。
なんてこった、人間でいえばまだ J K 高校生じゃないか。見てほしい、この親柱の ピチピチ ピカピカ具合を。これは圧倒的に不憫だ。周辺はまさにグリーンヘル状態。どうやらベンチらしきものがあったり、ちょっとした公園のようになっていたっぽいが、今では渡るのはおそらく野生動物くらいのものではないか。
冒頭に書いたように全然ノーマークでたまたま見つけたこの橋。帰ってから調べたらやはり先人が。ですよねー。まずはさすが吊り橋なら見逃がさない!「近畿の吊り橋」さんのコレ。書かれてるように、やはりこの立地で吊床版橋という型式は選択ミスだったか?ちなみにアプローチは同じだが、途中の遊歩道の状態はこの時のほうが酷い。ちょいちょい手入れはされてるのかも?
ちなみに、小津トンネルの銘板によると、トンネル完成は1993年、つまり平成5年。
しかしまあ、わずか15年ほどでこんなんなっちゃうとは、ホントに…。
不憫ですなあ、なんか。