【隧道篇】より続く。
改めて鑑賞する、
極上の短小隧道。
この短さではあるけど、隧道で抜く以外の突破方法がなかったのはひと目で理解できる。
桟橋も可能だっただろうけど、それが採用されなかったことが、この道の性格を知る手掛かりにもなろうかと。作業道などではなく、交通、交易の道…すなわち、「恒久的に使うなら隧道が有効」だろう…と考えられたのではないか、ということ。
しかしあの「柱」…よくもまああれを支えているものだ…。実はけっこうヤバそうなのだが、それは(覚えていたら)最後に。
隧道を抜けて少しのところにあった、
この標識。
よく見る水源涵養保安林の標識だった。赤丸で示された現在地から、県道は「鍋津呂小谷」に沿って遡上していくことになる。
先に申し上げておくが、わたくしこの先をトレースして完抜けしたわけではない。拙ブログのタイトル通り、我が主目的は穴と橋。しかもこの日中には滋賀まで帰らなければならないのに、時刻はすでに14時をまわっていたし。
しかし、先達の記事により、見るべきものがまだあることがわかっていたので、もうしばらく進む。
先の標識の、その先に
豪快かつ幅広な掘割が。
コレを抜けて振り返ったところが、…
!?
あああ、コレだ~、この光景…。
先達が記事にされていたのはここまで。しかし、道の雰囲気もあまりに素晴らしいので、ここの紹介は後回し。もう少し進んでみた。
どうですか、この
素晴らしい古道の雰囲気!
大規模な石積みによって支えられた道。その下には…いつのものとも知れぬ疏水遺構?も。
ここらで見上げてみた反対側…つまり山側は、
ひょえ~!
思わず写真がボケてしまったけど、隧道付近と同じ岩質、のしかからんばかりの断崖絶壁!
凄いな~…このへん、観光資源的にもっと注目されてもいいような気がするけどなあ。…まあ静謐な現状のままが嬉しいけど。
さらに歩くことしばし、
現れた、さらなる掘割。
この掘割、サイズ感が伝わりにくいかもしれないけど、
ひょおおお~!
抜ける間際に振り返ったところだが、これまたかなりの規模!
隧道から連続して現れたこの大規模な土木工群は、やはりこの道の(かつての)重要性を表わしているように思える。
掘割を抜けた先の県道。
先述のように、右に流れる鍋津呂小谷を遡上、庄川越を経て牛屋谷へ抜け、車道として供用されている庄川側へとつながっているはずの道だが…。
この先にももちろん興味はあったが、時間を考えればこれ以上深追いはできなかったので、わたくしはこの場所で引き返した。
あとは…
この掘割から戻り、先ほどのホットスポットをホジくり返すのみ。
【3】に続く。