【1】より続く。
ああ、できねぇよ!!
このアプローチ時点で、めっちゃそそる。うーん、できればこの橋には現役の時にお目にかかりたかったな。
イイねぇーー!!
「とみくにばし」。
「昭和三十六年十二月竣功」。
そして
どうやら、車は通れなかったようだ。まあ、この幅やしね…と現地では思っていたが、後から調べてみたら…。
かつてはこの橋にも普通に自動車が通行していたようだ(あー、やっぱり現役でお会いしたかった!)が、平成12(2000)年9月の東海豪雨にて三連ポニーワーレントラスの中央スパンが流失。取り急ぎ仮復旧させたものの、このタイミングから自動車の通行は禁止とされた、という。
この狭小ぶりでは渡るのに骨が折れたことだろうし、離合もできないとあってはさぞかし不便ではあっただろうが、たまたま見つけたこちらのブログ様(残念ながらリンク切れ)ではそのことを懐かしく思い出しておられる記事が。道路趣味系ではないブログ様で拝見することで、かえってクリアにこの橋のことがイメージできた気がするし、仮復旧時の姿も拝める。
いつだかも書いたが、渡れる橋は渡るのが礼儀。
橋が橋として在る限り、1スパンであろうとも渡れるのなら
渡らせていただこうじゃありませんか。
ちょっと失礼して…。おっと、左端、銘板発見。
1961年12月…うーん、見にくいが、「猿投町建造」かな。
さて、
しずしずと進んでまいりました。
岸辺の竹林に覆われたエリアから脱出。
この橋が供用されるまで自動車は相当な遠回りを強いられてきたわけで、地域の方々にとっては念願の開通だろう。
その陰で、旧橋はひっそりとお役御免となったわけだが。
旧橋、そのどん詰まりへ。
【3】へ続く。