歴史学者の方が、「豊臣兄弟!」のことを、厳しく批判しておりました。私同様、お市の介錯については、特に痛烈でした。まあ、そりゃそうです。


歴史ものですから、創作が入るのは当然です。ただ、ものには限度というものがあります。


例えば、明智光秀や石田三成などは、視点によって良くも悪くも描けます。「麒麟がくる」などは、光秀を頭脳明晰で、信長の信頼は秀吉よりも遥かに厚く描かれておりました。しかし、「どうする家康」などでは、日和見で卑劣な性格になっておりました。前者が長谷川博己、後者が酒向芳ですから、実にわかりやすい。


幕末ならば、井伊直弼や徳川慶喜は、その最たるもので、ヒーローにも悪役にもなります。それはわかります。しかし、あくまで史料を調査しての解釈に基づかなければならず、何をしても良いわけではありません。


「どうする家康」では、有村架純扮する家康の正妻、瀬名、すなわち築山殿の描写について、批判が起きました。従来、悪妻として描かれていた彼女が、徳川を救うヒロインのようになっていたからです。


築山殿あたりになると、そこまで史料があるわけではないのですが、彼女が送った密書か何かが残っており、それが家康を裏切っていたという定説になっていたと記憶しております。


ドラマでは、彼女は自害するのですが、これはおかしいと非難轟々でした。ただ、私はまだ、ぎりぎり許容範囲と考えておりました。


それは、森下佳子が、井伊の悪い家老というのが定説だった小野政次を、悪名を全て背負っていった忠臣と描いた「おんな城主直虎」と同様で、あくまで解釈の範疇と感じたからです。


先程、大河ドラマフリークの松村邦洋が、先日の「豊臣兄弟!」を神回と絶賛したニュースを読みましたが、私は残念ながら真逆です。餅を詰まらせた武田信玄もそうですが、さすがにやり過ぎだと思いました。






今日は、午後から出勤です。


5日もあった休みは、録画しておいたドラマ、映画を見ることがメインでしたが、本当は、もっと掃除をするはずでした。


ところが、元々怠惰な性格であるため、トイレはがっちり掃除しましたが、他の場所は、それほど進みませんでした。これは、深く反省しております。


それにしても、いつものことではありますが、やはり連休明けは、仕事に行きたくありません。


かつての私は、ゴールデンウィークなど休めたことがなかったので、贅沢な悩みではありますが、こんな年齢になって、ようやく大型連休というものを体験しております。



今は、奇をてらえば、黙っていてもあちこちで、ネットニュースに載せてくれます。そうすれば話題にもなるのでしょう。


だからといって、あえてドラマ名は書きませんが、いきなり、「あのひとは、あなたのお父さんよ」だの、「あなたを、そんな身体にしたのは、私の父です」だのは、度が過ぎるということです。


そんなことをしなくても、きちんとしたドラマになっていたではないですか。余計なサイドストーリーは、言葉の通りで、余計でしかありません。


それなら、もっとそれぞれの登場人物の日常を、掘り下げればよいではないですか。だから、お話がとっちらかるのです。


大河ドラマでは、浅井長政を、お市が介錯するという、前代未聞のシーンがありました。あのね、人間の首を落とすというのは、見様見真似で出来ることではないのです。骨を断つのですよ。だから処刑場には、首切りのエキスパートがいたのです。


ならば、せめて頸動脈を斬るだとか、例え作法ではなくても、無理がない方法があるではないですか。


そういう描写を、私は新しいとは思えません。ただ、ただ、邪魔です。