フジテレビにおける第三者委員会の調査において、局の幹部と女子アナとの飲み会に同席していたのが、福山雅治だと判明いたしました。そこで、福山雅治は、下ネタを繰り返していたそうです。


今から20年ほど前からだそうで、その下ネタを不快に思っていた女子アナもいたそうですが、これを中居正広や松本人志の件と、同列に扱うのは、さすがに可哀想です。


コンプライアンスの件もあり、今はだいぶ変わったでしょうが、私の知っている頃の業界なんて、それはひどいものでした。


日常会話の半分以上が下ネタと言えば、少々大げさですが、要はカタギの常識が通用する世界ではありませんでした。


以前にも書きましたが、私がお世話になっていた制作会社には、その筋の組長が普通に出入りし、社長と通っている風俗の話をしておりました。


テレビ局で、花形と言われる職種の方は、誰々と寝ただの、そんな話ばかりしておりました。わかってくれとは申しません。そんなものだったのです。


ましてや、福山雅治は、ラジオなどで散々下ネタを繰り返してきた方で、いわば芸風です。いつ頃まで飲み会が続いていたかは知りませんが、20年ほど前の、ましてやフジテレビの女子アナが、どうだったかを思い出すべきです。


繰り返します。同意してくれとは申しません。男の偏見だと思われるでしょう。でもね、当時は本当に、そんなものだったのです。

今朝、書いたとおり、「舟を編む」は、昨日最終回でしたが、BSで放送されたときほど、スルーはされておりませんが、ネットニュースでも、私が目にしたのは、本当に数えるほどでした。


私が、頂いたコメントのほうが、よっぽどまともです。何度も書きましたが、コタツ記事の多くは、自分自身でドラマを見ておりません。


だから、まともに論評する記事が、ほとんど出てこないのです。


ましてや、このドラマのように、ひとつの言葉を掘り下げるような内容であれば、手も足も出ないでしょう。あいも変わらず、いつのものかわからないようなドラマを、勿体つけて紹介するものばかりです。


恥ずかしくないですか?たまには、自分の目で見て、自分の言葉で書いてみなさいよ。素人の私だって、翌日にこのくらいは書けるのですよ。


◯◯を久しぶりに見ただの、全然変わらないだの、そんなのはどーでもいいからさ。


※先程、スマホをあけて、びっくりするほど、コメント、メッセージを頂いておりました。好きなドラマについて、こうやって感想を交換できるのは、本当に楽しいと思います。



地上波における、「舟を編む」が終わりました。改めて思いました。傑作です。


主人公を、野田洋次郎扮する馬締ではなく、池田エライザ扮するみどりに設定し、辞書作りにはど素人のみどりが、どんどん言葉に敏感になり、一人前の編集者になっていくという、かなり大胆な変更をしているのですが、時代設定をコロナ禍にすることも含め、原作からのアレンジが成功している、稀有なドラマです。


映画の「舟を編む」も名作だったため、連ドラにするにあたり、色々と考えたのでしょう。映画と一番違うのは、時間を使えるということです。時間が使えれば、様々なことを掘り下げることが出来ます。そこで、読者モデルあがりのみどりの成長を描くという、映画とは違うアプローチとなりました。


初回を見るまで、池田エライザと野田洋次郎という、かなり斬新なキャスティングに不安を覚えましたが、これは大成功でした。逆に、よくぞこのふたりをあてたと思いました。


そして、何より、蛭田直美の脚本です。あえて書きますが、柴田恭兵扮する松本先生を生かすというのは、ある意味賭けでした。しかし、コロナ禍に時代を変えることで、松本先生を希望の象徴にしたのです。


矢本悠馬扮する、製紙会社の営業、宮本を膨らましたこともいい。みどりは元々、カメラマンの卵だった、鈴木伸之扮する昇平と付き合っておりました。


まだ、稼げてはおりませんでしたが、背も高く、ルックスもいい昇平は、読者モデルあがりのみどりらしい選択でした。


それが、地味で背も低いのですが、仕事には実に誠実な宮本に、次第に惹かれていくというのも巧い。そこにあえて、矢本悠馬をあてるセンスも抜擢です。


このドラマのスタッフは、映画を超えることを、本気で考えていたのだと思います。だからこそ、これだけの作品が産まれたのでしょう。


エンディングのクレジットも、辞書を引いているように見せるなど、あちこちに辞書への愛を感じる作りになっております。こういうドラマが見たいのです。