世の中には、不思議な力を持った人がおります。私の古い友人もそうです。
遠い昔、私は、一年だけ北関東におりました。大学に行っていたのですが、どうにも自分にあわないと思い、通ってひと月でもう、違う大学へ行くことを考えておりました。
大学に通いながら、下宿で参考書と格闘する毎日でしたが、予備校の模擬試験にだけは行っておりました。その間は、東京で浪人をしていた友人のアパートに泊めてもらい、お金を節約しておりました。
神田あたりで試験を受けて、帰ろうと思った時のことです。私の名前を呼ぶ方がいるのです。そんなわけないと思いましたが、確かに私の名前です。誰かと思うと、なんと!地元の友人ではないですか。
たまたま、東京に来ていたのだそうですが、こんな偶然、まずありません。だって東京なのです。神田なのです。しかも、北関東と地元に普段は住んでいるのです。ましてや、地元の夏祭りではないのです。
で、続きがあります。
これは、一度書いたかもしれません。その彼と一緒に、宇崎竜童のコンサートに行ったことがありました。今はなき、新宿コマ劇場の地下に、シアターアップルというホールがありまして、深夜スタートの、一夜限りの弾き語りコンサートでした。
そこは、カウンターがあり、軽い食事やドリンクが飲めるので、ふたりでコーヒーか何かを飲んでいたと思います。その時、ふとカウンターの反対側に座っている女性を見て、「げっ?」と思いました。
松坂慶子さんです。コンサートを見に来ていたのです。
当時の松坂さんといえば、日本の映画女優のトップです。それはそれは綺麗なんてものではありませんでした。
私は、友人に言いました。「いいか、黙って聞け、そして、絶対にずっと見るな。向かいに松坂慶子がいる」と。
見つめないわけがありません。プライベートの芸能人を、ましてやトップ女優を初めて見た彼は、完全に固まってしまいました。
凝視です。少し視線をそらせと言ってもききません。
その後、松坂さんは、連れの女性とふたりで席を離れました。後に、彼の言ったことは、今も忘れません。
「タモリの気持ちがわかった」と。
かつて、早稲田の学食で、タモリさんは、吉永小百合さんを見かけたことがあるそうです。その時、吉永さんは、いくらかご飯を残したそうですが、タモリさんは、それを食べたいと思ったそうです。
松坂さんは、その時カレーを食べておりましたが、少し残したのです。「残しちゃった」という声まで聞こえたそうです。
後で言っておりましたが、彼はその時、本気で残りのカレーを食べたいと思ったそうです。
引力、あると思いました。