前回のつづき


しかし、この『改めて』がおとずれることは二度となかった。


長宗我部本家を出たあと、私の鍼治療があった為、私達はそこに向かった。

鍼治療が終わり帰路に着く頃、私のスマホが鳴った。

義母からだ。

どうやら先に長宗我部にかけ続けたが長宗我部がでない為、私にかけてきたようだ。


しかし、長宗我部がでないのに私がでても、

と思いでなかった。

すると何回もかかってきたので、ひとまず着信拒否にしてみた。


しばらくすると


2人の声が聞きたかったのに、電話に出て貰えないのは悲しいです


とLINEがきた。



その後、長宗我部にも


2人とも電話にでてくれないし、ビブちゃんには電話を切られました


と送られてきた。


いきなり被害者感。


長宗我部がでないのに、私が出ても拗れるか変に私が丸め込まれても嫌だったので、長宗我部と相談した結果、私の方は電話もLINEもブロックする事にした。


その代わり長宗我部の方はどちらも対応可能のままにしてある。


そもそもうこの長宗我部本家のお家騒動は今回で3回目なので現段階で3部作となっている。



第1部 ナガコスタ爆誕

第2部 義長の変

第3部 ◯△の陣

である。


ナガコスタとは二世帯住宅として建てられ長宗我部本家の事である。

見た目が洋風でまるでミラコスタのようであることから、我が家ではナガコスタと呼ばれている。



そしてお家騒動は第1部から遡るのである。

今思えば、長宗我部が生まれた時から始まっていたのかもしれない。


以前も書いたかもしれないが、長宗我部は義兄と比べて義母に可愛がられてない。

と言うか、義母は義兄にしか興味がない。


10年ぐらい前、義母が突如、長宗我部に長宗我部が生まれた時の育児日記を渡してきた。家の片付けをしていて見つけたそうだ。


そこに書かれていたのはある意味衝撃の内容だった。


とりあえず長宗我部の体調が1行書いてあるかいないかが数日続いていたが、最後1週間ぐらい経った時だろうか、そこには今までにない長文が書いてあった。



今日、A(義兄)が夫と会いに来てくれた。

やっぱりAはかわいい。 



これぐらい普通では?と思う方もいると思うが、

特筆すべきなのは、この何日書いたかわからない(たぶん2週間ぐらい)長宗我部の育児日記帳には長宗我部がかわいいとは一言も書いてないのだ。


当時これを読んだ長宗我部は何とも言えない気持ちになっていた。


そして、なぜこの育児日記を渡そうと思ったのか今でも疑問である。


これを読んで長宗我部が傷つくと思わなかったのだろうか。


そんな感じで生まれながらのアウェー感を知った出来事であった。


そこから長宗我部の苦難の日々が始まる。



※追記※

この記事を読んだ友人から

『おかずは、長宗我部さんより義兄のが多かった?』

と質問が来た。


答えとしては


中高生時代のお弁当のおかずが、

義母は義兄にお肉ばっかりのお弁当って言われたらしいけど、長宗我部はそんな肉だらけのお弁当を食べた記憶はないらしく、タッパーのお弁当箱の

3/4が白米でその上には梅干しの代わりに紅生姜、そして残りの1/4はだいたいほうれん草と卵を炒めたものだっだと言っている。



記憶違いもあるかもしれないので真相は謎だが、

義母は義兄の嫌いな食べ物は覚えているけど、長宗我部の好きなものも嫌いなものもついぞ覚えることはなかった。





絶縁を3回言った後、『仕方がない』をしきりに言う義母に見切りをつけて長宗我部が帰ると言い席を立ち上がった。


ならば私も続くしかない。


いそいそ立ち上がり玄関に向かう。


義母が

落ち着いてぇ〜

そんな、興奮しないでぇ〜


と繰り返し言っている。


私にも、

ビブちゃん、あの子をなだめてあげてぇ〜


と言っていた。


長宗我部はすこぶる冷静だったそうだ。


私は義母の絡みつくような話し方から一刻も早く逃れたくなっていて、気がついたら我先に玄関の鍵を開けて外に出ていた。


そして、追いかけて来られるのが気持ち悪くなって

すぐさま車に乗り込んだ。


表面上は頭を下げて

また改めて

と挨拶をしながら。


しかし、この『改めて』がおとずれることは二度となかった。