以下の書面で 厚生労働省に意見具申しました。日本のHACCP研修を正常化をはかるために。
HACCP研修を中心とした課題についての厚生労働省への上申書
2023/2/6
一般社団法人 食品品質プロフェッショナルズ 代表理事
広田 鉄磨
序文:
国民の健康維持の要ともいえる食品安全の担保のため 2020年6月にHACCPが制度化されて2年半以上が経過したが その主たる目的である食品安全の向上という点では 赫々たる成果を挙げているとはいいがたく 行政目標として標榜されているHACCPの食品産業への浸透率の数値的な向上のみが主眼となっているという印象を免れない。このように数値目標だけが先行している状況の中で 日本国内に居住する人々の健康が維持されるのかといえば HACCPをやっているという事実だけで満足しているという側面がないわけではない。そのおかげで 将来は かえって健康危害事件が頻発したとしても不思議はない。この度 厚生労働省に向けて上申を行うことで 国家的なスケールでの改善が望ましいこと そのためには第三者機関の設置が必要となることを明確にしていきたい。
一般社団法人食品品質プロフェッショナルズの概要:
2016年に法人格を取得した団体であるが それ以前より食品安全の啓もうを旨とした活動は開始していた。現在 活動としては 1.研修運営、2.技術支援提供、そして 3.意見・情報の発信を 三つの柱としており、なかでも 研修運営については 民間の研修団体の中で 唯一 実効性のあるHACCPの推進を標榜しているものであり、そのおかげもあって研修修了者が食品業界の中で食品安全の推進力となって活躍していることを誇りにしている。現在 メルマガ読者まで入れると300名弱の構成員を有する団体にまで成長しており 食品産業および関連産業、そして消費者の意見を代表するものといってよい。
今回要望する内容と 期待する回答期限:
1. HACCPの三層構造化(現在ある「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」と「HACCPに基づく衛生管理」に加えて その上層階といえる 「HACCPのあるべき姿」認証を 第三者機関の下に構築し、今までの浸透率の達成のみが目標となっていたHACCPとは一線を画し、真の意味で 食品産業全体と消費者の便宜を図る。
2. この「HACCPのあるべき姿」認証については 現行の諸々の認証団体による形式的なる認証ではなく 真の意味で実効性を問いかける 厳正かつ中立なものとすること。そして この「HACCPのあるべき姿」認証が 米国のHARPCや EU-HACCPと同等なものであることの認定を 将来 厚生労働省経由で 国家間交渉において勝ち取り、輸出に関しての優位性の確保にも貢献すること。認証機関を構成する人材の調達は 厚生労働省、農林水産庁の協力を必要とするところもあるだろうが 運営そのものは どの省庁にも隷属せず 現在のアプローチに欠如している 民間の活力を最大限に活かしていく。この認証機関はまた 将来 研修団体やほかの認証機関の評価も担当し、真の意味での日本のHACCPの推進役となっていく。
厚生労働省よりの回答については 部分的であっても、全体を通してであっても構わない または 審議機関を設置するのでそこに参加せよといった共同討議の開始提案であっても構わないが HACCPの制度化が三年目を迎えることになる2023年6月までにと期待したい。
今回提案の背景:
(行政の意識)
2022年度を眺めると 農林水産省補助事業で いわゆるコーデックスHACCPの構築に責任をもってあたるものの育成を目指していると思われるのは わずかに2件、行政側のHACCP教育への投資意欲が冷めてきていることが見て取れる
l サラヤ:HACCP指導スペシャリスト養成研修:2日間 40名3回
l 食品衛生協会:HACCP指導者研修:1.5日間(Webで事前学習) 24名3回
補助金対象外の民間による研修もいくつか運営されているようだが 満員により受け付け終了などの完売札を見ることは稀になってきた。どの会場でも 定員をコロナ前の半数以下に絞り込んでいるのに ただちに満員になることがないというのは コロナによる外出自粛の影響を加味したとしても 官民ともに 教育に対する熱意がさめてきていることの証左といえよう。
(研修実施側の意識)
補助金を受給している団体の研修の内容は ゼロトーレランスに傾斜しがちであり ゼロという数字を書き入れただけで すべての問題が自動的に解消すると期待しているかにも見える。 また 有効性が検証もされていないのに 一般衛生管理を頑張って書き連ねたという労力への満足感をもって 自画自賛に陥っているものが多いのではないだろうか。コーデックスHACCPに基づいているということを謳い文句にしている研修団体はあまたあるが 実際のラインに適用するには コーデックスHACCPを そのラインの特異性や 商品の感受性などを考慮して 修正すべきものであるという意識には乏しい。
(事業者側の意識)
保健所の指導が相変わらずの監視票準拠のものであるために ほとんどの事業者にとっては監視票に適合することが第一義となりがちであり、真の意味でのHACCPの理解・運用を目指すという機運は生じていない。ほとんどの事業者は 「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」に該当するが そこでは HACCP研修受講の必要性も謳われていないことから 自発的にHACCPを極めようという意識の醸成には遠く 多くは保健所からの指示待ち姿勢に終始しがちである。いわゆる事業者団体が作成した業種別手引書も 農水省補助金対象研修事業者の研修内容と大差なく 自主的であるべきものが いつの間にか上意下達を行う方向に流されてしまっている。せいぜいが 業界慣行や既成事実の正当化というポイントだけで踏ん張って見せたとしても 食品安全のへの貢献は少ない。
(受講者の意識)
まだ HACCP制度化のめどが立っていなかった頃の受講者には 自らHACCPを極めようという気迫を感じさせるものが何割かは存在したが 過去1年間の受講者の多くは 例えばGAPの内部監査要件であるからとか、 会社から指示されたので仕方なしに来ているという感触のものが増えてきている。HACCPが自主的であるべきものという原理原則に照らし合わせると 受講者の意識から自主性が欠如してきているというのは 大きな問題であると感じる。
(弊会主催研修の貢献)
弊会は 2017年度よりHACCP研修を開始し 3日間相当の時間長で 「HACCPシステムにつて相当程度の知識を持つと認められる者」の育成に適合するHACCP責任者研修を年6回以上ずつ開催してきており 結果として多数の修了者を輩出してきた。有効性を重んじるというHACCPを骨子とする研修内容を堅持してきたため 修了者の水準では他の団体の追随を許さない。また 弊会の支援する事業者群では その研修内容を現実のものとするために日々精進しており 初期に 研修団体やコンサルタントの言うがままに構築したHACCPとは 似ても似つかないまでに修正を加え 原形をとどめないところにまで至っている。受講者としては それまでなじんできた形骸化した思考パターンから頭を切り替えるのには大変な苦労を伴ったが その苦労は報われているといえよう。
(今後の方向性)
日本のHACCPが 進化の袋小路ともいえる状況に入り込んでしまったのは
1. コーデックスHACCP全文も読みこんでいないのに コーデックスHACCPを語る風潮を作り上げてしまったこと。コーデックスHACCPと唱えるだけで いかにもりっぱな内容が伴っているかのような印象を与えるため 何かといえばコーデックスという語彙を前面に立てる場面が増えていること。
2. コーデックスHACCPはあくまでガイドラインでしかないのに いつの間にか金科玉条 法律に準じるような取り扱いがなされてしまっていること
3. 「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」なる 極端に簡略化されたHACCPを普及させてしまったこと。急速なるHACCPの普及には確かに貢献してはいるが、あまりにも 簡略化を進めたために 事業者の自ら考えるという態度の醸成にはかえって阻害因子となっていること。
といった背景がある。
もしも今後 日本のHACCPの真の意味での正常化を考えていくのであれば
1. 「HACCPに基づく衛生管理」「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」の二つの衛生管理の上に 「HACCPの本来あるべき姿」とでもいうべき上層階を構築し 二つの衛生管理は最終的には「HACCPの本来あるべき姿」に集約していくべきことを示して 低層階の内容に満足するのではなく 最終的には最上階に向かうべきことを明確にすべきであろう。
2. この「HACCPの本来あるべき姿」には 実効性の確保のため (ISO22000にPDCAが組み込まれている、そのような認証スキームのように) 公正なる第三者による検証を必要とすることになろう。既存の認証機関がその役割を担えるかといえば 認証審査の報告書の内容を見る限りでは 適切なる実力を有しているとはいいがたく やはり新たな組織の設置を必要とすることであろう。
3. 現在の保健所を通じての事業者への介入は 既発文書に規定された内容の伝達と 既発文書に沿っているか否かを観察する方向に流れがちであり 多種多様な形態をもつ食品事業者全般をカバーしうるものとはなりえない。保健所の職員が相ふさわしいトレーニングも受けることなく 監視票を唯一のよりどころとして チェックリストとして使用しているのであるから当然の結末とはいえよう。
4. 新しく設置する第三者機関は PDCAの有効性の検証を行うという 米国で言えばFDAが掌握する役割をこなすと同時に HACCP研修の フレームワーク作成と 研修の有効性をもまた吟味するという (米国で言えば)FSPCAのような立場をとることになるのではないか。(FSPCAのような)半官半民の組織こそが 指導と規制を受動的に受け入れているばかりではなく 自発的に物事を考えていこうという事業者側の態度の醸成に貢献することになる。
5. 新しく設置する認証機関の構成員については 各自治体のいわゆる保健所OBといわれる人材に着目する可能性が高いといえよう。既発文書に沿っただけの介入とはいえ 実際に事業者の内情を観察したことがあるという経験は他にはないものであるし、保健所OBというものは 有期で安価に雇用が可能であるため 経費の抑制には向いている。
6. ただ この保健所OBのマインドセットの転換には 相当なる量の研修を継続的に加える必要があり、前述した FSPCAのような研修機能を持つ機関を早期に立ち上げておく必要がある。
7. 研修内容としては 保健所OBが 今まで親しんできた 監視票に代表される 初めに一般衛生ありきのものではなく 特定できた危害要因の特性・挙動に応じた管理手段を選定してみるというものとなろう。弊会の一般向け研修では このコンセプトを中心に据えて研修を運営しているが たまたまそこに参加してくる保健所職員・OBの率直なる感想は このような 危害要因と管理手段の紐づけを行ったことは 過去に一度もなく 今まで保健所機構の中で習ってきたHACCPがいかに矛盾に満ちたものであったかを思い知らされたというコメントに依拠している。
8. 新しく設置する第三者機関は いままで事業者の方ばかりに目が向いて 消費者の参画、消費者の教育とは無縁の行政機関のツールでしかなかったものを フードチェーン全体をカバーした公正なる運営が可能になるよう FSPCAのように半官半民の形をとるべきであり 1つの行政機関の色合いの濃いものとしてはならない。厚生労働省の蓄積してきたノウハウには巨大なものがあるが それでもこの第三者機関の諮問機関にとどまり 運営の主導権を握るべきではない。諮問機関には消費者庁も組み込むべきで これをもって 今まで事業者の方にばかり向いていたHACCP政策を 消費までカバーするものに誘導する。
9. 今まで研修機関は 日本国内で公知のものしか参照してこなかったが 今後は グローバルな展開をも意識して 常にHACCPのブラッシュアップに努めるべきであるのは言うまでもない。
10. 一般社団法人 食品品質プロフェッショナルズとしては 一流の研修のプロバイダーとして他の見本となれといわれても 将来の第三者機関の設立委員会に あるいは 運営段階に移行した第三者機関に 実力のある人員を派遣せよといわれても いつでも対応可能である。