またひとり清らかな魂が召されていった
皆さま
センター第XX期のKKさんが、7月31日、入院先のK病院にてご逝去されました。
享年66歳でした。
ご家族よりご連絡をいただき、8月2日(日)にXX斎場にてお見送りをさせていただきました。
Hからは、第1作業所よりH主任、Iさん、Yさん、Kさん、N
さん、Iさん、
地域定着支援センターよりIさん、KサポートよりTさんが参列いたしました。
KKさんはK県で生まれ育ち、中学校をご卒業後、美容師を目指して職業訓練校で1年間学ばれました。
しかし、ご自身には接客業は向いていないと感じ、その道を離れられました。
その後は、ガソリンスタンド勤務やトラック運転手、トレーラー運転手など、さまざまな仕事に従事されました。
1985年に仕事のためKへ転居され、2013年まで働き続けられましたが、ご病気で倒れられ、そのまま退職されました。
退職後は傷病手当や失業給付で生活されていましたが、生活が厳しくなりM区役所へ相談されたことをきっかけに、
自立支援センターを紹介され、Hとのつながりが始まりました。
ご家族との関係には、良い時期も厳しい時期もありました。センター退所後は、ご家族の理解もあり同居生活を送られましたが、
その後一人暮らしを選択されました。また、多機能型事業所Hへ通所し、ご自身のペースで作業に取り組まれていました。
その後も「やはり家族と一緒に暮らしたい」という思いから同居と別居を繰り返されましたが、最終的には施設で生活されることとなり、
Hの作業所も退所されました。
2021年に有料老人ホーム「HM」へ入所され、2025年にはご家族のご意向によりK南区の「HK」へ転居。
その後、特別養護老人ホーム「S」で生活を送られていました。
2026年6月、ご家族より体調を崩しK病院へ入院されたとのご連絡をいただきました。
それ以降、Kサポートと第1作業所の職員がお見舞いを続けていました。
ご家族からは「Hのことはもう忘れているかもしれないので、お見舞いに来られるとかえってつらい思いをされるかもしれません」との
お話もありました。しかし、作業所でともに過ごしたKさんが面会された際には、涙を流され、当時のことを思い出されているご様子がうかがえました。
多くの職員や関係者がお見舞いに訪れ、Hで過ごした日々や、ともに歩んだ時間を思い起していただけたのではないかと思います。
KKさんは、どれほど困難な状況にあっても、ご家族とともに暮らしたいという思いを持ち続けておられました。
さまざまな苦労を経験されながらも、私たちにはいつも穏やかな笑顔を見せてくださいました。
ご家族との関係は決して平坦なものではありませんでしたが、最期は大切なご家族に見守られながら旅立たれました。
お見送りの際、奥様は深い悲しみの中で何度も涙を流されていました。その姿から、KKさんがご家族にとってかけがえのない存在であったことが
伝わってきました。
KKさんのこれまでのご生涯に深く敬意を表し、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
ご報告が遅くなりましたことをお詫び申し上げます。
Kサポートセンター一同
