『メタンフェタミン』という薬物を知っていますでしょうか?
名前くらいは聞いたことあるのではないでしょうか?
どんな薬物か知っている方は、知識人か理系の方でしょう。
悪用したことがある人は、これを機会に警察に自首しましょう。
というわけで、『メタンフェタミン』は覚せい剤の一つです。
現在、「覚せい剤取締法」で規制されている覚せい剤の成分は2種類あります。
「アンフェタミン」と『メタンフェタミン』です。
「アンフェタミン」は、1887年にルーマニアの化学者ラザル・エデレアーヌ氏が「エフェドリン」から合成に成功しています。
そして、異称「the queen of ice(氷の女王)」と言われている『メタンフェタミン』は1988年に日本の薬学者の長井長義氏が開発した薬物になります。
(長井氏は1899年、勅令第344号により学位に「薬学」が加えられた際に、薬学博士第1号となった人物です。)
開発したといっても、それを目的に作ったわけではなく、喘息の薬の研究中に偶然できた薬物なのです。
(ちなみに、ラザル氏と長井氏は同じ大学の同窓生です。
また、以前紹介した「アドレナリン」を発見した人高峰譲吉氏とは、同時期に長崎で学んでおり、上野彦馬写真館というところで舎密学(化学)に加え、薬の取り扱い方を学んだとされています。
この上野彦馬氏は日本最初の戦場カメラマンとしても有名で、坂本龍馬や高杉晋作ら幕末に活躍した若き志士や明治時代の高官、名士の肖像写真を数多く撮影した人物です。)
『メタンフェタミン』の合成に成功した当時は、今のような覚醒作用は発見いなかったため、第二次世界大戦当時には連合国軍と枢軸国軍の双方で、航空機や潜水艦の搭乗員を中心に、「士気向上」や「疲労回復」の目的で用いられていたそうです。
ナチスは「戦車用チョコレート」「パイロットの塩」として兵士に支給しており、日本でも、「疲労をポンと取る」または「ギリシア語のピロポノス(労働を愛する)」という意味で「ヒロポン」という名前で使われていました。
「ヒロポン」は「本土決戦兵器」の一つとして日本国内で量産され、終戦時でも大量に備蓄されており、終戦後はその備蓄品が市場に流れ、中毒患者が50万人を超えるなどの社会問題となりました。
さて、『メタンフェタミン』は喘息の薬の研究中に偶然できた薬物と言いましたが、その喘息の薬は先ほど出てきた「エフェドリン」という薬物になります。
「エフェドリン」は漢方薬の「麻黄」に含まれる成分で、「気管支喘息」や「感冒に伴う咳」「鼻粘膜の充血」等に現在も用いています。(『メタンフェタミン』も限定的な治療や学術研究では使用されています。)
この「エフェドリン」から『メタンフェタミン』が生成されるので、「薬にも毒にもなる」という言葉がよく似合う薬物になります。
人類のためになるから、良かれと思って、という作成者の思いとは裏腹に、使用する人の欲で逆のことが起こることは、世の中には意外と多くあります。
覚せい剤は「ダメ!ゼッタイ!」です。
参考資料:
毒と薬の化学 (著:佐竹元吉)
参考URL:
https://blogs.yahoo.co.jp/ito_pharmacy/69100778.html (アスリートとお薬の関係(ドーピングについて))
https://ja.wikipedia.org/wiki/メタンフェタミン
