皆さま

 

古来より、日本には数多くの霊的な儀礼が存在し、人々の生活や信仰の中核を支えてきました。

その中でも特に注目されるのが、伏見稲荷大社に伝わる『秦乙足神供祭文(はたのをとたりしんぐさいもん)』です。

この祭文は、鎌倉時代には武士階級にも広まり、その後商売繁盛や財運向上の祈願に欠かせない存在として受け継がれていました。

この祭文は、稲荷信仰、陰陽道、密教の要素が融合した特別な儀礼で、商売繁盛や財運向上、霊的な調和と守護を目的としています。

今回は、この祭文の構造や内容を深掘りし、その背景と意義を詳しく解説します。


【秦乙足神供祭文】
 

謹請辰狐神王 (三回)

謹請天帝尺使者
謹請天女子使者
謹請赤女子使者
謹請黒女子使者

謹請八大童子式神使者
謹請頓遊行式神使者
謹請須臾馳走式神使者
謹請十二神式神使者
謹請二十八宿式神使者
謹請三十六禽使者
謹請堅牢地神使者

謹請東方青帝地狐木神御子
謹請南方赤帝地狐火神御子
謹請西方白帝地狐金神御子
謹請北方黒帝地狐水神御子
謹請中央黄帝地狐土神御子

謹請野干博士野干御子
謹請長髪美麗豊福御子
謹請如意自在豊富御子

謹請天地両番所生

一万三千七百五十八人式神使者、
皆来たりて座につき、献するところ尚饗。

二礼、間をおいてもう一度二礼

 

 

1. 秦乙足神供祭文の構造

 

『秦乙足神供祭文』は、稲荷信仰の史料として知られているものですが、鎌倉時代末まで遡ることができます。

 

この祭文は、以下のような部分に分けられます。

(1) 神霊の招請


「謹請辰狐神王(三回)」から始まり、主要な神霊や眷属を招請します。辰狐神王とは、 稲荷神の眷属の頂点で、神霊の力を司る存在です。荼枳尼天の別名。


その他、招請される神霊には、天帝、天女子、八大童子式神、十二神、二十八宿、五行の神々(青帝、赤帝、白帝、黒帝、黄帝)など、多岐にわたる霊的存在が含まれています。


(2) 五行と方位の象徴
 

東西南北中央を司る五行の神々を招き、それぞれの象徴的エネルギーを儀式に取り込む。
 

(3) 豊穣と繁栄の象徴


「長髪美麗」「如意自在」などの豊穣や繁栄を象徴する神霊が登場し、物質的な富や幸福を祈願します。
 

(4) 総括と感謝
 

最後に「一万三千七百五十八人式神使者」が召喚され、祭文全体を締めくくります。
尚饗(しょうきょう)の儀式で神々をもてなし、感謝を表明します。
 

 

2. 各部分の詳細な解説

(1) 神霊の招請の意図

「辰狐神王」……辰狐神王は、稲荷信仰における狐霊の王的存在で、神霊の力を象徴。三回の呼びかけは、 陰陽道や密教における重要な儀式的要素であり、霊的存在を確実に招くための方法。


「天帝」「天女子」「赤女子」「黒女子」

 

天帝は天界の支配者であり、天女子や赤女子、黒女子はその補佐役として登場。これらの存在は、天界のエネルギーを引き寄せ、儀式の効果を高める役割を果たします。


「八大童子式神」「十二神」「二十八宿」

 

八大童子: 神霊の補佐役で、守護と実行力を象徴。

十二神: 十二支を象徴し、時間の流れと調和を意味します。

二十八宿:中国の天文学・占星術で用いられた。天の赤道付近の28の星座(中国では星官・天官といった)の事。

 

(2) 五行と方位の神々
 

青帝(東): 木の神であり、成長と繁栄を象徴。
赤帝(南): 火の神であり、情熱と浄化を象徴。
白帝(西): 金の神であり、財運や安定を象徴。
黒帝(北): 水の神であり、浄化と癒しを象徴。
黄帝(中央): 土の神であり、基盤とバランスを象徴。
 

これらの五行の神々を招くことで、自然界のエネルギーと調和を図り、霊的な力を引き込むことを意図しています。

(3) 豊穣と繁栄の象徴
 

「長髪美麗」「如意自在」
 

長髪美麗: 美しさと豊穣の象徴であり、幸福と繁栄をもたらす力を表します。
如意自在: 願望を自由自在に叶える象徴で、特に財運や幸福に焦点を当てています。
 

「野干博士」
 

狐霊に関連する存在で、知恵や霊的な洞察を象徴。稲荷信仰において、知恵と導きを意味します。野干とはジャッカルの漢訳。
 

(4) 総括と感謝
 

「一万三千七百五十八人式神使者」
 

膨大な数の霊的存在を呼び出し、儀式の力を極限まで高めます。この数字は象徴的な意味を持ち、あらゆる方向からの加護を得ることを表します。
 

「尚饗」
 

招いた神霊をもてなし、供物を捧げることで感謝を示します。これにより、神霊との繋がりを深め、儀式の効果を確実なものにします。
 

 

3. 背景と意義
 

(1) 稲荷信仰と陰陽道の融合
この祭文は、稲荷信仰の商売繁盛や財運向上の祈願に加え、陰陽道の調和や浄化の理念を融合させたものです。特に以下の点が重要です:

稲荷信仰: 豊穣と繁栄の象徴。
陰陽道: 五行と方位の調和によるバランスの追求。
 

(2) 荼枳尼天の役割


荼枳尼天は富と財運の象徴として、この祭文の中心的存在です。
この祭文では、狐霊や他の神霊を通じて荼枳尼天の力を最大限に引き出します。

荼枳尼天(ḍākinī)は、もともとインドにおいて魔女や夜叉的存在を指しました。彼女たちは死者の魂を食べる恐ろしい存在として知られていましたが、仏教に取り入れられ、密教を通じて日本に伝わりました。

 

仏教密教の影響で荼枳尼天は恐ろしい存在から善神へと変容し、特に財運や繁栄をもたらす神として信仰されるようになりました。
 

日本では荼枳尼天が狐霊(地狐)と結びつき、稲荷神の眷属の一部として位置づけられました。商業繁栄や農業の守護神としての信仰が強調されています。特に武士の間で荼枳尼天信仰が広まり、鎌倉時代から江戸時代にかけて広く尊崇されました。


4. 儀式における実践的なポイント


唱えるタイミング: 新月や満月、大安などの吉日が最適。
 

供物の重要性: 酒、米、塩などを捧げることで、神霊への感謝を表現。その他供物に関する本式の規則もあり。
 

祭文の繰り返し: 3回繰り返すことで、神霊を確実に呼び寄せる。
 

この祭文は、商業繁栄や財運向上だけでなく、霊的な浄化や調和をもたらす深い意義を持つものです。


5.祭文を唱える際の心得と注意点
 

秦乙足神供祭文は、霊的な力を強く引き寄せる高度な儀礼文言です。その中には、神聖な存在を招請し、力を借りるという非常に繊細な要素が含まれています。

 

この祭文を唱えることによって得られる恩恵は大きい一方で、正しい心構えと慎重な取扱いが必要です。
 

霊的干渉の可能性……不適切な方法で祭文を唱えると、目的外の霊的存在を引き寄せるリスクがあります。これは、術者自身や周囲に霊的影響を及ぼす可能性があるため注意が必要です。

意図の不明確さによる結果の不安定性……祭文を唱える際に祈願内容が明確でない場合、意図した結果が得られない、あるいは意図しない影響が出ることがあります。

術者自身の精神状態の影響……心が乱れた状態や、怒り、悲しみなどの強い感情を抱えたままで儀式を行うと、霊的なエネルギーが誤った方向に作用する恐れがあります。



6.術者に求められる要件
 

純粋な動機と誠実な心……祭文を唱える際は、私利私欲ではなく、純粋な動機で行うことが求められます。神聖な儀式であるため、誠実さが大切です。

霊的な清浄さ……術者自身が六根清浄(浄化された状態)であることが前提です。儀式の前には、身体や心を清めるための浄化儀礼を必ず行いましょう。

知識と経験……祭文の意味や背景を正しく理解していることが重要です。また、可能であれば霊的な実践に習熟している指導者のもとで行うことが推奨されます。

 

まとめ
 

秦乙足神供祭文は、陰陽道や稲荷信仰、密教のエッセンスを統合した、非常に奥深い祭文です。

 

正しい方法で唱えれば、商売繁盛や財運向上、霊的守護といった大きな恩恵を得られます。

 

しかしながら、その神聖さゆえに扱いには注意が必要であり、術者の心構えや準備が結果を大きく左右します。

「霊的な力を求める」とは、自身の責任を伴う行為でもあります。祭文を唱える際は、感謝の心と謙虚な姿勢を持ち、慎重に実践してください。


祭文を正しく唱えた後、その効果を持続させるためには、日常生活の中で神聖なエネルギーを維持する努力が求められます。

 

術者自身の生活態度や感謝の心が、神々との繋がりを強化し、より大きな加護をもたらします。

 

たとえば、祈願後も毎朝の簡単な祈りや、月に一度の供物の捧げものを行うことで、霊的なエネルギーの流れを整えることができます。

 

そして、術者自身の努力や日々の行動が、祈願の効果をさらに高めることを忘れないようにしましょう。


参考文献

 

伏見稲荷大社(編)1957 稲荷大社由緒記集成 信仰著作編

 

入江 多美 2008 ダキニ天(辰狐王菩薩)に関する一試論 : 日光山輪王寺蔵「伊頭那(飯縄)蔓茶羅図」を中心として 美術史論集, 8, Pp.94-110.(神戸大学美術史研究会)

 

中村禎里  2017 狐の日本史:古代・中世びとの祈りと呪術 戎光祥出版

 

 
 
 

 

 

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