皆さま
ポップ心理学(通俗心理学とも呼ばれる)とは、科学的な心理学の知見を一般の人々に分かりやすく、親しみやすい形で伝えるために簡略化したり、流行に乗せて広められたりする心理学的な内容を指します。
ポップ心理学は心理学の基礎知識を広め、より多くの人々に自己理解や他者理解を促すポジティブな側面もあります。ここで重要なことは、情報の信憑性を確認し、必要な場合には専門家の助言を求めることです。
生きづらさに関するポップ心理学の書籍が紹介されている記事を目にしました。
この記事では、心理カウンセラーの池田由芽氏が、ネガティブな感情の根源について解説しています。池田氏によれば、怒りや憎しみといったネガティブな感情は、実はその背後に不安や悲しみといった感情(第一感情)が隠れていることが多いとされています。そしてさらに、その第一感情の奥には「第0感情」と呼ばれるものが存在します。
第0感情とは、幼少期に満たされなかった願いを指し、これが根本的な感情の原因となっているのです。たとえば、成功している他人に対して嫉妬を感じるのは、幼少期に親から「お前にはできない」と否定された経験があり、そのために「自分はどうせできない」という価値観を形成してしまった結果だと池田氏は説明します。
ネガティブな感情が生じた際には、それを抑制するのではなく、積極的に感じて言語化することが大切だと池田氏は強調しています。この「感情のラベリング」により、ネガティブな感情を小さくし、最終的には自己承認を通じて心の軽さを取り戻すことができるのです。
結論として、ネガティブな感情は悪者ではなく、幼少期の願いが叶わなかったことに由来する自然な感情であり、適切に向き合うことで心の健康を取り戻すことができるとされています。
ザックリまとめると、こんな感じになりますが、筆者としては以下の部分に目が行きました。
カリフォルニア大学ロサンゼルス校の3人の心理学者がこんな実験をしました。
被験者はクモ恐怖症の人たちです。研究チームは被験者を3つのチームに分け、それぞれのチームの前にクモを置いて、こんな対応をしました。
①クモが無害であることを説明する(楽観的思考)
②クモへの関心をそらす質問をする(経験の回避)
③今感じている気持ちを言語化するように指導(感情のラベリング)
③のチームの「感情のラベリング」とは感じている感情を言語化してあげるということ。積極的に「クモが怖いって感じていいよ」と言語化を促してあげたのです。結果はどうなったと思いますか?
①「楽観的思考」で無理やりポジティブに考えようとしたチームと、②「経験の回避」でクモを見て見ぬふりしたチームは不安が悪化。③「感情のラベリング」でネガティブを迎えにいったチームだけが不安が減少したのです。
この実験ですが、誰がいつどの学術誌に載せた論文なのかが非常に気になりました。
クモ恐怖 カリフォルニア大学 心理学者 感情のラベリング
というワードで検索をかけたら、色んな記事に登場してくるのですが、どの記事を見ても出典が書いてありません。
で、英語で検索してみたら、UCLAのサイトにたどり着き、さらに深掘りしたらようやく元の論文にたどり着くことができました。
出典:Katharina Kircanski, Matthew D. Lieberman, and Michelle G. Craske. 2012 Feelings Into Words: Contributions of Language to Exposure Therapy. Psychological Science, 23(10), Pp.1086–1091.
(Published online 2012 Aug 16. doi: 10.1177/0956797612443830
PMCID: PMC4721564)
少し脱線しますが、キルカンスキーたちが行ったクモ恐怖症の人々を対象にした実験について、データを示しながら補足します。
――――
実験の方法と手続き
クモ恐怖症質問票で上位25%に入った88人の実験参加者(平均年齢 = 20.5歳;82%が女性で、18%が男性)が対象。
1日目に、参加者はインフォームドコンセントに署名し、屋外で事前テストを完了した。この事前テストでは、生きたタランチュラに近づくように指示された。
タランチュラは容器の中にあり、参加者はそれぞれ、できるだけクモに近づくように指示された。
最初のステップでは、参加者はクモから 5 フィートの距離に立つように指示された。最後のステップでは、参加者は人差し指の先でクモに継続的に触れるように指示された。
図.事前テスト、直後テスト、1 週間後テストで使用したクモと容器(Kircanski et al., 2012より)
次に、参加者はランダムに 22 人ずつ 4 つのグループ (情動ラベル付け、再評価、気そらし、暴露のみ) に割り当てられた。
参加者は屋内に連れていかれ、事前テストで見たものとは異なる生きたタランチュラ (脚開長 = 6 インチ≓15センチ) を映したスクリーンから 2 フィート≓60センチ離れて座った。
参加者は、各 38 秒間の暴露テストを 10 回受けた。
1.感情ラベリング条件……クモを表す否定的な言葉と、クモに対する感情的な反応を表す否定的な言葉を1つか2つ含む文を作成して話すように指示された(例:「気持ち悪いタランチュラが私に飛びかかるのではないかと不安です」)。
2.再評価条件……クモを表す中立的な言葉と、クモに対する否定的な感情を和らげるためにクモについてどう考えるかを表す中立的な言葉を1つか2つ含む文を作成して話すように指示された(例:「小さなクモを見るのは私にとって危険ではありません」)。
3.気そらし条件……家の中にある物や家具と、その家具がある部屋や場所を含む文を作成して話すように指示された(例:「書斎のソファの前にテレビがあります」)。
4.曝露のみ条件……参加者は言語化の指示を受けなかった。
2 日目には、参加者は 1 日目と同じ方法で、それぞれ 38 秒間の曝露テストを 10 回受けた。その後、参加者は、事前テストと同じ手順で、最初から最後まで沈黙を保つように指示された直後事後テストを完了した。
9 日目には、参加者は、事前テストと直後事後テストと同じ手順で、1週間の事後テストを完了した。
結果
3回のテストにおける3つの指標の平均スコア
実験条件
|
||||
---|---|---|---|---|
測定とテスト | 感情ラベリング | 再評価 | 気そらし | 暴露のみ |
皮膚電気反応(μS) |
||||
事前テスト | 1.76 (1.09) | 1.73 (0.77) | 1.59 (0.85) | 2.00 (0.73) |
直後のテスト | 2.18 (0.80) | 1.91 (0.97) | 1.82 (1.01) | 1.83 (0.85) |
1週間後のテスト | 1.58 (0.80) | 2.18 (1.01) | 1.95 (1.29) | 1.90 (0.98) |
接近行動 |
||||
事前テスト | 5.18 (2.44) | 5.68 (2.97) | 6.36 (2.46) | 6.14 (2.12) |
直後のテスト | 6.36 (2.84) | 6.36 (3.03) | 7.18 (2.46) | 7.00 (2.39) |
1週間後のテスト | 7.82 (2.44) | 7.45 (2.84) | 7.68 (2.59) | 8.05 (2.50) |
報告された恐怖 |
||||
事前テスト | 79.75 (20.77) | 65.49 (20.39) | 74.49 (22.02) | 67.34 (24.89) |
直後のテスト | 68.99 (31.34) | 60.26 (22.70) | 63.94 (26.50) | 52.42 (30.15) |
1週間後のテスト | 56.52 (29.16) | 44.98 (31.96) | 40.64 (25.33) | 40.22 (30.79) |
注: 標準偏差は括弧内に表示。接近行動は、参加者が完全に完了したテストステップの数を測定することによって指標化された。自己報告による恐怖は、各テスト試行の最終ステップの後に、0 (恐怖なし) から 100 (極度の恐怖) の範囲の視覚アナログスケールを使用して評価された。
皮膚電気反応……感情ラベリング条件がの方が、再評価条件、気そらし条件、および暴露のみ条件よりも 皮膚電気反応の減少が有意に大きかった。これは、感情ラベリング条件の参加者が、他の条件に比べて恐怖を感じにくくなっていることを示す。
接近行動……感情ラベリング条件の方が気そらし条件よりも、わずかにクモへの接近をしたことが示された。
感情や情動に関する心理学的理論
1. アタッチメント理論(Attachment Theory)
2. 幼少期の逆境経験と長期的影響(ACE: Adverse Childhood Experiences)
4. 社会的学習理論(Social Learning Theory)
ネガティブな感情が幼少期に形成されるという主張には、アタッチメント理論やACE研究、感情調整の発達研究、社会的学習理論など、さまざまな実証的なエビデンスが支持しています。
1. エビデンスの不足
池田氏の言説は、心理学の理論に基づいてはいるものの、特定の実証的な研究やデータに裏付けられていない部分があるかもしれません。特に「第0感情」という独自の概念に関して、これを支持する具体的な実証研究が示されていない場合、その理論の科学的な妥当性に疑問が生じる可能性があります。
3. 個別事例への適用の難しさ
池田氏のモデルは、一般的な感情の構造を説明することを目的としていますが、個々のケースに当てはめる際に柔軟性が欠ける可能性があります。すべてのネガティブな感情を幼少期の未充足な願望に帰結させることは、一部のケースでは適切でないかもしれません。個々の感情の背景には、多様な要因が存在するため、単純化しすぎる危険性があります。
4. 感情の階層モデルの単純化
感情を階層的に捉えることは、感情の複雑さを理解する一つの方法ですが、それがすべての感情体験を説明するわけではありません。感情はしばしば複雑に絡み合っており、階層構造というモデルだけでは説明できない側面も存在します。例えば、感情が必ずしも順序立てて湧き出るわけではなく、複数の感情が同時に存在し、互いに影響し合うことも多いです。
学術的な心理学の理論や研究はしばしば複雑で専門的です。それを一般の人に伝える際に、内容が簡略化され、誤解を招くことがあります。
次に、ポップ心理学はテレビ番組、雑誌、インターネット、自己啓発書などを通じて広く知られるようになります。これにより、科学的でない内容が広まりやすくなります。
第3に、ある時期に流行するテーマやトピックがポップ心理学として注目されることが多いです。これにはストレス管理やポジティブ思考、恋愛心理などがあります。
代表的な例をあげてみます。
また、人気のある心理学者やカウンセラーが出演する番組や書くコラムは、視聴者や読者の関心を引くために、しばしば科学的ではない簡単な解決策を提示することがあります。
ポップ心理学は多くの人々に心理学への関心を高める一方で、誤解を生む可能性も高いといえます。
お問い合わせ等はこちらへ